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27.あなたが
しおりを挟む「二人とも、そんなどうでもいい話は後にして!!」
キートティーグ様の声で、ハッとした。
そうだわ……せっかく、扉が開いたんだ。
キートティーグ様は、棚の方に走っていく。そこには、いくつかの薬が並んでいた。
そのうちの一つの瓶を手に取って、キートティーグ様は私たちに振り向く。
「薬があった。クウォリアス!」
彼は、クウォリアス様に薬を投げて寄越した。
あれが、保管されていた回復の魔法の薬? 質がいい上に、強い魔力を持っているようだ。あんなもの、簡単には手に入らない。
いかにもあのケチな男が渡すのを渋りたくなりそうなものだわ……売れば相当な値が付くはずですもの。
キートティーグ様は、薬の瓶を握りしめると、背中に魔法で輝く黒い羽を作って猛スピードで部屋を飛び出していく。
クウォリアス様も、棚にあった薬を手に取り、空いている方の手で、私の手を握った。
「行くぞ」
「ま、参りますっ……! 参りますからっ……! 手を離してください!!」
なんで手を握る必要があるの!? そして私は、なんでこんな時にこんなことで動揺しているの。今は早く、回復の魔法の薬を持っていかなければ。
「早く薬を持って行きましょう! そ、それと、先ほどの戯言、必ず取り消してくださいね!」
叫んで彼の手を振り払い、私はキートティーグ様を追っていった。
*
砦の外に止めてある馬車のところまで、恐ろしい勢いで飛んだキートティーグ様は、馬車の中に突っ込んでいく。馬車の中は存外広く、そこにはベッドが設置されていて、一人の男が横になっていた。確か彼が、一番重症だったはずの人だ。
キートティーグ様は、そっとその体に回復の魔法をかける。それも、かなり強力な魔法だ。
その魔法でかすかに目を覚ました男に、キートティーグ様が持ってきた回復の魔法の薬を飲ませると、男の体に残った傷が塞がり、顔色もだんだん良くなっていく。
それを見たキートティーグ様は、ずいぶん安心したようだった。顔を綻ばせる様は、普段と違って、可愛らしくすら見える。
ぐったりしていた男は、ゆっくりと目を覚ました。
「…………う……」
「リュードヴェラグ!? だ、大丈夫っ……!?」
「……ん…………キートティーグ? お前か?」
「……僕が……分かる? もう一回、僕の名前を呼んで!!」
「……うるせーな…………黙れよ。キートティーグ……」
「リュードヴェラグ……よかった…………本当に……」
今にも泣き出しそうなキートティーグ様に、彼は微笑んだ。
「キートティーグ……? どうした?」
「な、何が……」
「泣きそーだぞ」
「だ、誰がっ…………どれだけ心配したと思っているんだ!」
彼がそう言って涙を流す間に、私が薬を飲ませていた怪我人も目を覚まし、ほっとした。他の馬車に乗っていた方々も、次々目を覚ましたようだ。本当に、この回復の魔法の薬、すごい力ですわ……
私が薬を飲ませていた人も、すっかり傷が塞がり、私に微笑んでくれる。
「……ありがとう……」
「いいえ……あなた方のおかげで、この地の安寧は守られました…………もう大丈夫です。あとは、ゆっくり休んでください……」
「…………あなたは……確か、王子殿下の……」
「……私をご存知なのですか?」
「はい……魔物退治の最中にお見かけしました。王子殿下の婚約者のフィリレデリファ様ですよね?」
「……それは忘れてください。私はもう、王子の婚約者ではありませんわ」
「……?」
「今はまだ、回復していたばかりですし、どうか起き上がらずに休んでください。お水をお持ちしますね」
「あ、ああ……ありがとうございます……」
「では」
私がその場を離れようとすると、彼は背後から呼び止めてくる。
「ま、待ってください! フィリレデリファ様!!」
「……フィリレデリファで結構ですわよ? どうしました?」
「……この地を守れたのは、あなたが率いる部隊が魔物の勢力を抑えてくれていたからでもあります……共に戦ってくれたこと、感謝いたします……」
「…………」
感謝……? そんなこと、初めて言われました……
ど、どうしましょう……何か……お返事をしなくては。
悪意でも敵意でもないものは苦手。だけど、だからといって、不義理を働く者にはなりたくない。
「…………あ、あの……あ、ありがとう……ございます……」
「……」
「ど、どうしました!?」
何か変だったかしら!? なんで急に顔を背けられるの!? 確かに、顔が引き攣っていたことは否めないのですが……
すると、彼は口元を抑えて私に振り向いた。
「いいや…………王子殿下の部隊なんて、いつも遠くで見ているばかりで、あなたのことも、遠くで指示を出すところを見たことしかありませんでした。そばでこうして話してと、随分素直なご令嬢だ」
「…………すなお?」
随分私とはかけ離れた言葉だわ……素直? 何のことかしら……?
その人は、首を傾げて言った。
「けれど、なぜあなたがここに……? うちの隊長さんは、すこぶる殿下と相性が悪いのに……」
「……」
隊長……クウォリアス様のことか。あの男の話をされると、頭が痛い。先ほどの婚約の話、さっさと取り消してくれないと困るのに。
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