婚約者に愛想を尽かし、追放されて陵辱される道を選んだら、私を弄ぶはずの伯爵がなぜか楽しげに近づいてきて対応の仕方が分からない

迷路を跳ぶ狐

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28.参りましょう

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 先ほどのことを思い出し、痛む頭を抑えていると、背後から声がした。

「……フィリレデリファ」
「……クウォリアス様? …………っ!!」

 私は、咄嗟に魔力で剣を作り、その場を飛び退いた。背後から近づくクウォリアス様の気配に気付いたからだ。

 背後から近づけば、私に手を伸ばそうとしていたことに気づかないとでも思ったのか、クウォリアス様は、驚いたような顔をして立ち止まる。剣は抜いていないけれど、先ほどあんなことを言い出した男だ。警戒せずにはいられない。

「……何をしようとしたのです?」
「そう警戒するな。何もしない」
「何もしないですって? 先ほど、あんなことをしておきながら、何をおっしゃっているのか……それとも、先ほどの戯言を撤回しに来てくださったのですか?」
「撤回はしない。フィリレデリファ。俺と婚約しろ」
「しません」

 キッパリと断っても、クウォリアス様はまるで聞いていない。
 代わりに、回復の薬で目を覚ましたばかりの方に驚かれてしまう。

「こっ……婚約!? た、隊長……婚約したんですか?」
「本気にしないでくださいっ……! クウォリアス様が勝手におっしゃっているだけですわ!」

 怒鳴りつけて否定すると、その方は驚くのに、クウォリアス様は肩をすくめただけ。

「陵辱されると知りながら俺の前に立ったときも、俺が胸ぐらを掴んだ時も、キスされそうになった時まで平然としていたくせに、婚約は嫌なのか?」
「嫌です。誰があなたのような男と。私は、ここにいる方々を回復し、この砦に対する義理も果たしたら、さっさと逃げ出す気でいますので」
「そんなことを考えていたのか? 抜け目のない女だ」
「私、絶対に婚約なんていたしません。諦めてください…………きゃっ……!」

 不意に、その男に腕を掴まれた。

 こんなに簡単に、武器を握る腕の自由を奪われるなんてっ……どうかしている。

 自分の不甲斐なさに対する八つ当たりも交えてクウォリアス様を睨みつけると、彼は、撤回するどころかニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。

「絶対に逃しはしない。貴様こそ、早々に諦めるんだな」
「絶対に諦めません。離してください」

 再度断ると、クウォリアス様は私を離してくれた。けれど、先ほどの求婚は撤回しない。

 全く……どう言うつもりなのか……呆れてしまう。

「クウォリアス様っ……私はっ…………」
「求婚は撤回しない。その首が、グラウワウルに切り落とされるのは我慢ならない」
「……私は、そんなに簡単に処刑されたりしません」
「分からないのか? 感謝している」
「…………は?」

 訳がわからなくて見上げると、彼は今度は真剣な顔をしていた。

「フィリレデリファのおかげで、全員目を覚ました。領主として……礼を言わせてくれ」
「………………」

 またこんな卑怯な真似を…………私は、そういうのは苦手だと言ったのに。

「……あの回復の魔法の薬は、あなたにお渡しして当然のものです。私は役目を果たしただけ。そ、そのようなことで、領主がいちいち礼など言うべきではありません!」
「領主でも、礼くらいは言う」

 そう言って、馬車の中から出てくる人たちを見渡す彼の表情は、これまでで一番嬉しそうで、どこか、無邪気にすら見えた。

 彼らが起き上がる姿を見ると、私もここまで来た甲斐があったと思える。

 ここはもう大丈夫だわ……

 私は、クウォリアス様に振り向いた。

「では、クウォリアス様。私は用事があるので、これで失礼しますわ」
「さっきの部屋に行くのか?」
「あら……分かってしまいましたか?」
「あの部屋が気になるのは、俺も同じだ。壊したままの扉を修復に行こうと思っていた」
「…………」

 一緒に来ると言うことかしら……
 正直、この男と二人で行くのはかなり嫌だ……

 けれど、彼もこの地を守る領主であり、ここにいる方々に「隊長」と呼ばれる身。いざと言うときに拠点になるこの砦の中のことを確認しておきたいはずだ。
 私も、あの部屋にある回復の魔法の薬のことは調べておきたい。何しろ、王子殿下があんな強固な鍵までかけた部屋だから。

「分かりましたわ。では、参りましょう」
「ああ。キートティーグ」

 クウォリアス様が、まだリュードヴェラグ様と口喧嘩を続けているキートティーグ様を呼ぶと、彼は、どこか決まりが悪そうにこちらに振り向いた。

「……なに?」
「回復の魔法の薬を保管していた部屋に行ってくる。ここを頼む」
「…………分かった」

 答えると、彼は今度は私の方を睨みつける。街中での続きがしたいのかしら?

 望むところだけど、今はあの部屋に向かうことの方が先決。

 私は、彼に微笑んだ。

「どうされました? キートティーグ様」
「…………薬……本当に渡す気だとは思わなかった……」
「あなたが私を疑うのも、無理ありません。仲間を心配するのも当然のことです。私があなただったら、とっくに締め殺していたかもしれませんわ」
「…………僕は、簡単に殺されたりしない。だけど……その……ありがとう…………」
「え…………」

 まさか、キートティーグ様にまで、こんなことを言われるなんて。

 調子が狂う……

 リュードヴェラグ様も元気そうで、私に「助かったよ」と言ってくれた。

 ここに来てから苦手なことばかり起こる……そろそろ音を上げそう。

「…………お、お礼など……け、結構です!! 私は砦を管理していた者として、しなくてはならないことをしているだけです……行きましょう。クウォリアス様!」
「そんなに顔を赤らめることはないだろう。照れているのか?」
「だ、黙りなさい!! い、行きますわよ!」
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