婚約者に愛想を尽かし、追放されて陵辱される道を選んだら、私を弄ぶはずの伯爵がなぜか楽しげに近づいてきて対応の仕方が分からない

迷路を跳ぶ狐

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31.ご容赦ください

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 ヴクトヘアス様は随分と沈んでいる様子だけれど、彼には聞きたいこともある。

「それで、あなたはどうなさるのです?」

 私がたずねると、彼はまだやり場のない怒りを交えたような口調で答える。

「………………どう? どうって……どうって、なんですか?」
「私達は扉を開いて中に入ったのです。殿下にご報告なさるのですか?」
「…………開いた? 破壊したように見えますが…………」
「……そんなこと、どちらでもよろしいではありませんか。それとも、不法に侵入した件と共に、扉を破壊した罪の話もなさるおつもりですか?」
「…………いいえ。破壊の件も含めて、このことは殿下には報告しません。扉の修復はしますが……僕たちはもう……この扉を守る必要がなくなってしまったんです。こんなものをっ……見せられたら……っ!」

 彼は悔しそうに言って、棚に置いてある薬の瓶を床に叩きつける。けれど、それも空だったらしい。中身が出てくることはなかった。しかも、瓶だけは王家から賜ったはずのものに見えていたのに、床に落ちて割れたら、ずいぶん粗末なつくりの瓶に姿を変える。姿を変えて敵の目を誤魔化す魔法がかかっているようだ。

 それを見てカッとなったのか、ヴクトヘアス様は、そこにあった他の瓶まで割ってしまう。

「ここにあるものは……全部っ……全部偽物ですっ!! よくもっ……こんなことをっ…………あんまりだっ……!」

 瓶を振り上げる彼の手を、クウォリアス様が握って止めた。

「やめろ。割ったところで、薬が出てくるわけではないだろう」
「……クウォリアス様…………あなた方にも、申し訳ないことをしました…………僕たちは、ここを守っていると……そう、信じていたのにっ……!」

 彼は、今にも泣き出してしまいそうだった。

 王子殿下からは、回復の魔法の薬がある部屋だと聞かされ、いざという時に必要になるものだと信じて守っていただろうに、そこがこんな状態だと分かり、すっかり落ち込んでしまったようだ。彼は肩を落としてボソボソと話し出す。

「全部……この地を守るためだと思ったのに……ここも、最近になって規則も増えて……僕たちのことはあれだけ規則で縛るくせに、こんなの……ふざけています…………」
「……落ち着け。ヴクトヘアス……」

 クウォリアス様に言われても、ヴクトヘアス様は俯いたまま話し続けている。怒りも、普段の不満もずいぶん溜まっていたようだ。

「砦にも、魔物から守るためだと言って、防御の魔法をかけた魔法の道具がいくつもあるんです。そ、それの管理まで押し付けられて……残業ばっかり増えるし…………その割に、魔物に襲われたらあっさり結界破られちゃうし…………」
「…………」

 大丈夫かしら……? ヴクトヘアス様……離れて見ていても少し怖いくらいの目をしているけれど……

 項垂れる彼を、クウォリアス様が見下ろしてたずねた。

「他の連中はどうした?」
「……ここ以外にも回復の魔法の薬を保管している部屋があるので……それを確認しに行ってます。けれど……どこもここと同じような状態です……回復の魔法の薬だけではなく、魔法の武器や道具を保管している部屋まで…………やけに強い鍵の魔法がかかってて入れなくなってる部屋まであるんです……みんなで開けようとしても、開かなくて……」
「……鍵の魔法を強化する結界でも張られているのだろう。先にその部屋に見慣れない魔法を強化するための道具がないか、探してみた方がいい」
「……はい……」

 すっかり気落ちしている彼は、今度は、私に向かって顔を上げた。

「フィリレデリファ様……あなたにも、申し訳ないことをしました……本当に、ごめんなさい」
「あら。私、全然気にしていませんわよ。あなた方は王子の命令に従っただけ。おかげで、回復の魔法の薬の流用が見過ごされるところでしたわ」
「…………す、すみません…………お、怒ってますか?」
「多少は。私にも、感情がありますから。ご容赦くださいませ」

 すると、ヴクトヘアス様は少し笑って、自嘲気味に言う。

「僕たちは、一体何をしていたのでしょう……」
「私に聞くのはおかしいのではありませんか? あなた方はここで、砦を守っていた。魔物が出た時に、部隊を引き連れてくる殿下や私、クウォリアス様達のような領主を迎え入れるために。それが全てではありませんか? 私たちを話も聞かずに追い返そうとしたことについては怒っていますが、あなた方が普段ここを管理してくださっていることについては、私、感謝しているのですよ?」
「…………フィリレデリファ様……そう……ですね。すみません…………さ、さっきも……僕たちのこと、庇ってくれたんですよね……?」
「庇う? 私が?」
「……鍵のことです。キャラルイトル様から鍵を盗み取るふりをして、僕たちを逃すつもりだったんですよね?」
「……あら……なんのことでしょう?」
「……だって、本物の鍵をこっちに向かって投げてくれたじゃないですか……すみません……魔力が足りなくて、ダミーの鍵は用意してないんです」
「そのことについては、後でキャラルイトル様によく聞いておきます」
「…………怒ってますよね?」
「全く怒っていませんわ!! 私は、ダミーの鍵でも扉を開く自信がありましたから! ダミーでも本物と変わりませんわ!!」
「すごい自信だ……」

 そう言って、ヴクトヘアス様は少し笑っていた。
 その様子を見ていたら、私もホッとした。
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