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32.行くな
しおりを挟むヴクトヘアス様は、少し苛立ちや緊張が解けたみたい。肩をすくめて言う。
「さすが……あの王子から指輪を奪うだけあります……」
「私達のことは、どのように殿下から聞いていらっしゃるのですか?」
「フィリレデリファ様は……ここを破壊するクウォリアス様に従ったと。クウォリアス様も、魔物と戦うことを忘れ、王家が渡した魔法の薬を狙っていると聞きました。決して砦には入れるなと……僕は、クウォリアス様達が魔物と戦ってくれたことを知っていたし、命令が理不尽であると分かっていたのに……すみません……」
「でしたら、ここにあるはずの回復の魔法の薬の確認、手伝っていただけませんか? あなたなら、砦を管理する道具も持っていますわよね?」
「……はい……もちろんです…………」
彼はそう言って、魔法で杖を呼び出す。
「これも、王家から賜ったものなんです。これで砦の鍵を開けられます。キャラルイトル様がいない時にここの管理を任せられているのは僕なので………………それなら気づくべきでしたよね……馬鹿ですよね……僕…………」
「お、落ち着いてください。私も……気づきませんでしたから」
私がヴクトヘアス様を宥めていると、扉を開いてキャラルイトル様が入ってくる。
「ヴクトヘアスっ……クウォリアス様達もっ……! こちらにいらっしゃったのですか……」
こちらに向かって走ってくるなり、彼は、私達に向かって頭を下げる。
「……まさか、こんなことになっていたなんて…………すみません……私は……気付くこともできず……こんなつもりじゃなかったのですが……」
「キャラルイトル様、そう落ち込まないでください……」
私がそう言うと、彼は顔を上げた。
「……あ、あのー……ふ、フィリレデリファ様……あなたにお願いがあるんです」
「私に? どういったことでしょう?」
「今、砦に保管されている回復の魔法の薬のことを調べているんです。他にもなくなっているものがあるかもしれませんし、こんな状態では魔物とも戦えませんし……フィリレデリファ様なら、王家から送られた薬のことも、すぐに判別できますよね?」
「あら。私たちもちょうどここにある回復の魔法の薬のことを調べようとしていたところですわ」
「で、でしたら……実は、砦の奥にもこういう部屋があるんです。図々しいとは思うのですが……回復の魔法の薬の確認を手伝っていただけませんか? あなたを追い返そうとしておいて、こんなことを言える立場ではないことは分かっているのですが……どうか……お願いします……」
キャラルイトル様は、再度頭を下げる。
さて……どうしようかしら。
少し考えて、私は頷いた。
「構いませんわよ」
「ダメだ」
私の返事と、全く逆の返事が同時に聞こえた。
背後に振り向くと、クウォリアス様が仏頂面で立っている。
「止めておけ」
「ここはクウォリアス様がいれば十分でしょう? 私はキャラルイトル様と一緒に、別の部屋の薬の確認をしに行きます」
「行くな」
「……なぜです? ……私にはできないと思っていらっしゃるのかしら? あなたは私の腕を買ってくださっているのかと思っていましたのに……残念ですわ。クウォリアス様」
「……」
「まだ砦の中で、殿下が私物化してしまっているものがあるかもしれません。ここは、この地を魔物から守るために用意された、重要な砦です。今のうちに正常に戻しておかなければ、この地を守ることもできなくなってしまいます。こちらは私に任せて、あなたにはヴクトヘアス様と一緒に砦の中の状態を確かめてきてほしいのです。彼でしたら、砦の中のことにも詳しいはずですから」
「………………」
言って私が微笑むと、クウォリアス様は少し悩んだようだが、頷いてくれた。
「……分かった。だが……」
彼は、突然私の腕を強く握る。抗う隙すら見せないその男の手は、すでに私の腰に回っていて、そのまま私を引き寄せた。
私の肩が、その男の胸にぶつかる。その手一本で抱き寄せられて、簡単に相手の腕で包まれて、手合わせでもないのに相手の体がやけに近い。
「な、何っ……!?? 離してください!」
「死んだらただではおかないぞ」
「は!?」
なんの心配をしているの! 死ぬのも生きるのも私の勝手であって、この男に指示されるようなことじゃない。この男、ふざけるのも大概にしてほしいわ!!
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