婚約者に愛想を尽かし、追放されて陵辱される道を選んだら、私を弄ぶはずの伯爵がなぜか楽しげに近づいてきて対応の仕方が分からない

迷路を跳ぶ狐

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40.いつも

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 砦の拘束の魔法の道具は、クウォリアス様たちがヴクトヘアス様たちと力を合わせ、全て破壊していた。
 それから砦には、公爵家の魔法使いの方々が来てくれて、これからは、彼らが砦を取り仕切ることになった。砦の内部は隅々まで調べ上げられ、王家から送られた魔法の薬や武器、道具はまるでなく、周辺の領主たちから送られたものまでなくなっていたらしい。これにはついに王家も堪忍袋の尾が切れたようだ。殿下は失脚、ベネディクシア様と彼の部下だった魔法使いたちと共に王城に戻り、魔物退治に従事することになったらしい。

 私は、このまま砦に残って欲しいと言われたけれど、私も流用の件には気づけなかったし、新しく砦に来た公爵家の方は、魔物退治でも実績のある方。元王子の婚約者の私の存在など、邪魔なだけでしょう。
 ですからそのまま、クウォリアス様に同行して彼らの領地に向かうことにした。彼らの仲間は、まだ傷が癒えたばかりだし、魔物が多い谷を通らなければ、彼らは城に帰ることができないのですから。護衛を買って出ただけ。

 彼の領地に向かういくつもの馬車を、巨大な使い魔の竜たちが引いて行く。その竜の背中に乗った私は、ぼんやりと空を見上げていた。

 空は晴れていて、なんだか眠くなりそうですわ……

 うとうとしていると、キートティーグ様が空を飛んでやってくる。

「フィリレデリファ」
「あら……キートティーグ様。いかがなさいました?」

 私がたずねても、キートティーグ様は無言。何も言わずに私の隣に腰を下ろす。

 どうされたのかしら……以前のように、切り掛かってきたいわけではなさそうですが。

 彼は、しばらく俯いて、私に向かって顔を上げた。

「………………なんで早く、あの女が砦の連中を操ろうとしていることを話さなかったの……?」
「誰かが王子殿下に手を貸そうとしていそうだったので。それに、あなた方は拘束の魔法に対抗できるようですし、あなた方がいれば、砦の方々を守ってくださるでしょう?」
「お前は馬鹿? あれだけ敵意を剥き出しにしていた僕たちを、そんなふうに信用するなんて」
「信用したのではありません。ですが、砦についた時も、あなた方は彼らを脅しただけ。傷つけるつもりで魔法を使っているかどうかくらい、私でも分かりますわ。あなた方の敵意は、彼らには向けれていない。けれど、今考えてみれば、拘束され操られる可能性があったので、ちょっと危なかったかもしれません。私も、まだまだですわ……」
「…………お前はいい性格してる。クウォリアスも、いい奴。僕らのことも、考えてくれている……」
「……その流れで言うと、あまり誉めているように聞こえませんが……」

 けれど、おそらくキートティーグ様にとっては、最高の褒め言葉なのでしょう。

 見ていれば分かる。クウォリアス様はとても部下たちに慕われている。傷ついた仲間たちが目を覚ました後も、終始彼らのことを労っていた。

 キートティーグ様も、クウォリアス様のことを頼りになさっているようですし、彼らにとっては、頼りになる隊長なのでしょう。

 私も、彼ならば、ヴクトヘアス様と砦を歩いて砦の中の道具を調べれば、すぐに気づくだろうと踏んでいた。

 出会ったばかりの男を信じるなんて……私も、どうかしている……

 妙に落ち着かない後悔のせいで、鼓動が早まる。
 それだけでも訳がわからないのに、キートティーグ様がとんでもないことを言い出した。

「……お前のことも、信頼できると思う……クウォリアスのことをお願い」
「お、お願いされても困ります……キートティーグ様は、それでよろしいのですか?」
「いいも何も、クウォリアスのことは、クウォリアスが決める。その上で……僕はお前なら、いいと思う………………お前のことは、気に入らないけど」
「はい? どういう意味かしら?」
「…………」

 無言で私を睨みつける彼の目は、出会った時のままだ。

「……お前のことは気に入らない…………クウォリアスが選んだお前は、筋の通らない曲がった奴だとは思えない。それは認める。だけど、僕はお前が気に入らない。あの時、僕らを騙そうとしたことだって、忘れてない」
「あらまあ。根に持っていらっしゃるのね」
「あ?」
「では、あの時のように、剣を抜きますか? 私は構わなくてよ?」
「……そう…………」

 キートティーグ様が剣を握る。以前のように本気で殺す気だとは思えないけれど、彼となら、十分やり合えそう。

 けれど、私も剣を握ろうとしたところで、目の前に顔が現れた。気配を消して、わざわざ空から現れたキャラルイトル様だ。お陰でびっくりして転げ落ちそうになった。

「きゃああっっ!!」

 悲鳴をあげてバランスを崩す私の手を、キートティーグ様が握る。彼がそうしなければ、私は転げ落ちていたでしょう。

「……なにしてるの? 大丈夫?」
「……あ、ありがとうございます……」

 彼に使い魔の竜の上に戻された私は、上空から私を驚かせた男に向き直った。

「何をしているのです……キャラルイトル様!!」

 怒鳴りつけると、キャラルイトル様はヘラヘラ笑いながら、使い魔の上に降りてきた。

「そんなに怒らなくてもいいじゃないですか。私を負かしたあなたを、ちょっとびっくりさせて突き落として見たかっただけです」
「…………」

 このゲス……

 彼は、王子たちに私を捕らえるように命じられていたらしい。手を組んだのかと思っていたが、そうではなく、薬のことは全く気づかなかったようだ。魔力も異常に減っていたのは、一向に魔物退治に本腰を入れない王子の代わりに、小さな魔物退治に奔走していたかららしい。私を殺そうとした罪に問われたが、私は気にしていない。危うく王家に全責任を押しつけられるところだったが、クウォリアス様や他の領主たちがそうはさせなかったため、今ここにいる。
 そしてその身柄はクウォリアス様に預けられることになった。首には逃亡防止の輪がとりつけられているが、魔法は使えるので、たまにこうして訳のわからない嫌がらせをしにくる。

「突然突き落とすのはやめてください。キャラルイトル様」
「だって……二人が仲良くしているから妬けてしまっているのです…………フィリレデリファ様。私とも、遊んでください」
「私は遊んでいるわけではありませんし、あの程度の罠しか張れない方には、興味がありませんわ!」
「そんなこと言わずに。私、こう見えて他にもいっぱい珍しい魔法が使えるんですよ? 一度、試してみませんか?」
「珍しい……魔法……ですか……」

 彼には全然興味が湧かないけれど、珍しい魔法とやらには惹かれてしまう。

「…………わかりましたわ。では……是非…………きゃあっ!!!!」

 不意に、背後から引っ張られて、悲鳴を上げてしまう。

 だから……なぜこうもこの方に背後を取られてしまうの……さっき、キャラルイトル様の気配にはすぐに気づけたのに……

 こう言うところが、悔しくて堪らない。

 キャラルイトル様の魔法、是非とも見せていただきたかったのに、突然現れたクウォリアス様は、背後から私を抱き寄せてしまう。こう言った真似はやめろと、何度も申し上げているのに。

「……キャラルイトル……これは、俺のだ。勝手に誘うな。お前がフィリレデリファに手を出そうとしたこと、俺は忘れていないぞ」
「く、クウォリアス様……そんなに怒らないでください……私はそんなつもりはありません……」

 焦るキャラルイトル様を見て、私は声を上げた。

「クウォリアス様! やめてください!! 彼とは私が決着をつけるのです! あなたこそ、勝手なことを言わないでくださいっ……!!」
「何が勝手だ。婚約しただろう。領地にもくるんじゃないのか?」
「それはっ…………! あ、あなた方を送るためです! 勘違いなさらないでください! それに、あなたとはお手合わせの約束をしていますし……」
「それは城に戻ってからだ……それまで……俺以外とはやるなよ」

 囁かれて、なぜか抵抗できない。

 その男は勝ち誇ったような顔をして微笑んで、魔法で飛び上がり、馬車の列の先頭にむかって飛んでいく。

 悔しい。一方的に言って去って行く相手に、反撃の一つもできないなんて。

「お、お待ちくださいっ……! クウォリアス様っ……!」

 叫んで止めると、クウォリアス様は驚いたような顔をして、振り向いた。

「……? どうした? フィリレデリファ」
「……あ、あの…………わ、私もっ……一緒に参りますわ…………つ、連れて行ってください」

 何を言っているのかしら……対抗心を剥き出しにして言ってやるつもりだったのに、こんな風に言い淀むなんて……

 けれど、クウォリアス様からは返事がない。

「クウォリアス様……?」

 見上げれば、彼はまだ、驚いたような顔のままだった。

 ……私がこんなことを言うとは思わなかったのかしら……

 そんな顔をされると、ますます落ち着かなくなるけれど、少し気分がいい。いつも動揺させられてばかりだから。

 私は、魔法で飛んで、その男の隣に並んだ。

「では……参りましょうか。クウォリアス様」
「……ああ……そうだな」

 そう言って、クウォリアス様が笑う。

 その時に目があって、急に力が抜けた。魔力の使い方まで誤って、落ちてしまいそうになる。

 墜落しそうな私の手を、クウォリアス様が握ってくれた。

「……気を付けろ」
「……っ! 平気ですわっ……この程度っ……!」

 私は、ずっと騎士として魔物と戦って来た。今さら、どんなものにも動じない。知らない感情に心動かされたりもするものですか。

 そう思い直して、私は、彼より先に先頭に向かって飛んでいった。


*婚約者に愛想を尽かし、追放されて陵辱される道を選んだら、私を弄ぶはずの伯爵がなぜか楽しげに近づいてきて対応の仕方が分からない*完
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