隣の猫

JUN

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第二の事件

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 刑事が出入りするせいか、上司の理不尽な説教や怒鳴り声は控えめで、相変わらず忙しいとは言っても、営業部の面々にとっては楽になっていた。
 あまり大っぴらには話せないが、こそこそと社員同士集まって、グチなどを言い合って息抜きをする。
 しかしこのグループは、そういう集団ではなかった。
「誰が殺したんだろうな」
「チンピラとかじゃないのか?」
「桜だぞ。あのことを当てこすっているとしか思えないだろ」
「あのことを知っているのは、行田とこの3人だけだぞ」
「という事は、この中に犯人がいる?」
「や、やめて下さいよ」
「あれを知られるわけにはいかない。行田の件であれがほじくり返されでもしたら……」
「迷惑な話だ。全く」
 こそこそと会議室で話をする彼らは、そう言って不満げに溜め息をついた。

 その遺体は、会社の屋上にあった。
 浜地利夫はまちとしお。行田の上司に当たる、営業部課長だ。
 屋上に横たわり、胸の上で組んだ手に桜の枝を握り、開けられた口には、桜の花びらが詰め込まれていた。そして首には同じように絞められた痕が残っている。
 司法解剖の要ありとして監察医務院に回されて来たその遺体を担当したのは、涼子だった。
「首に、スタンガンと思われる電極を押し付けた痕が2つ。それと、背中に圧迫痕が1つ。
 スタンガンで抵抗力を奪い、うつぶせにして、背中に片足を乗せて、首に巻いた凶器で絞殺したと思われます。スーツに残っていた靴の痕は、24センチ。凶器は幅3センチ程度の帯状の布。
 死亡推定時刻は昨夜21時前後。
 桜の枝と花びらは外部から持ち込まれたもので、死後に詰め込まれたものでした」
 そう、礼人と晴真に報告する。
「外部ですか?」
「鋏で切ったものだったから、生け花用とか、どこかで切って来たか」
 涼子は首を傾けながら答える。
「ああ。じゃあ、花屋を当たるか」
「今の季節、どこにでもありますよ、先輩」
 晴真はウンザリしたように言う。
 礼人もそれは同感だが、捜査とはそういうものだ。
 今回、浜地は残業中で、屋上にタバコを吸いに行ったのが20時45分。中々戻らないまま、他の社員が屋上の喫煙場所に行って遺体を見つけたのが9時15分。犯行時刻はわかっていた。
「容疑者の中に花屋で桜を買ったやつがいれば、一気にそいつが犯人候補だ」
「はい」
 礼人と晴真は、遺体検案書のコピーを持って署に戻って行った。
 それを見送って、涼子は検案書をファイルに閉じ、棚にしまいに行った。
 そこで、思い出してそのファイルを探す。
 ちょうど2年前、同じように口に桜の花びらをつめた状態で発見された遺体があった。死因はニコチンによる中毒死で、ビールにタバコの吸い殻を入れ、それを飲んでいた。そして桜の下で発見された時には、開いた口に散った桜の花びらが入り込んでいたのだ。
 不自然な圧迫痕もなく、自分で飲んだものと推察され、殺人の痕跡はなかった。
 缶ビールには本人が飲んだ時についた指紋もあり、ニコチンを気付かずに飲むとは考えにくいので、事故ではなく自殺として処理されたと聞く。
 それをもう1度眺めた。
 確かに、抑えつけて無理矢理飲ませたような痕は見当たらない。自分でビール缶を持って飲んだと思われる。
(でも、飲めと強要することはできる)
 涼子は少し前に、苦手な粉薬をのめと言われて嫌々のんだ時の事を思い出していた。
 しかし、監察医として死因を解明はしても、その後にまで口出しをする事は、職務を逸脱している。ドラマとは違うのだ。
(犯人は、あれが殺人だと考えている?)
 ふと窓の外に目を向けると、桜がはらはらと花びらを散らせているのが見えた。
(まだ、続くかもしれない)
 それは、勘だった。
 

 

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