【完結】先生、大人の診察は勤務外でお願いします

雪村こはる

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不貞行為の汚名

嫌な男

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 専門医になってたかだか6年程度だろう。にもかかわらず彼の評判はうなぎ登りだ。
 患者からは感謝され、県外からだって手術適応外とされた患者がその技術に縋るようにしてやってくる。
 それをとんでもない速さで根治させていくのだ。傍目から見ればまるで魔法のよう。他の病院で突き放され、絶望に満ちた患者とその家族にとっては神のような存在に見えるだろう。

「おい、この抗生剤入れたの誰だ!?」

 ただそれは表向きの顔であって、裏ではこんなにも悪魔のよう。まだ怒鳴るのかってくらい大きな声が響く。

「斉藤正子さんの担当、今日誰だ」

 低く唸るような声が聞こえた。
 ……ん? 斉藤正子さんの担当は私。なんならプライマリー(入院から退院までを担当する)だし。抗生剤は先程落としましたが……。

 呼ばれている以上、無視するわけにもいかずその嫌な男に近付いた。

「今日の担当は私ですが」

「お前か。俺はタゾピペをオーダーしたはずだけど、今見に行ったらメロペネムが繋がってた。パソコンの中にもオーダーを変えた痕跡はないし、誤薬だろ」

 鬼の形相で睨み付けてくる。切れ長の綺麗な二重にしゅっとした顎先。流れるような漆黒の髪は柔らかそうで、意志の強そうな上向きの眉が聡明さを物語る。しかし、迫力は満点。
 なんで私が怒られなきゃいけないのよ。

「それは……」

「お前、名前は?」

「……九ノ瀬愛莉彩です」

「……ああ。お前か。院内に不愉快な噂をばら蒔いてんのは。男を食い漁ることしか考えていない能無しだからこんなミスするんだろう。看護師としてまともな仕事ができないならいっそのこと夜の仕事にでも転職したらどうだ」

 ……本当に嫌な奴。ここまでの言葉は久しぶりに言われたわ。別に、こんなこと言われたのも1度や2度じゃないから泣いたりなんかしないけど!
 でもさ、そりゃ私だって少しくらい傷つくし……。って、もういい。人違いだってなんだってこんな言葉が出てくる以上、この男から見ても私は不倫顔の下品な女ってことだ。
 言い訳したって始まらない。

「お言葉を返すようですが久我先生。それはミスではありません」

「……は?」

「斉藤さんはゾシンにアレルギーがあり、以前にアナフィラキシーショックを起こしています。先生の指示のまま投与していたら大変なことになっていました。オーダー変更の履歴がないのは、先生の手術中に川崎先生が来てくださって口頭指示をいただいたからです。こちらが証明の口頭指示箋です」

 そう言って私は口頭指示箋をその男の前に突き付けた。
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