【完結:R15】蒼色の一振り

雪村こはる

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神室歩澄の右腕【15】

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 一方、潤銘城へ帰った歩澄と瑛梓は休む間もなく大広間で評定を開いた。そうはいっても、重臣の内二人も処罰を受けている。梓月を含め三人は、皇成の言葉について話し合っていた。

「燈獅子だぞ。その話が真であれば国宝級の刀だ」

「ええ。しかし、誰もその存在を目にしたこたなどありませぬ」

 腕を組む歩澄に、瑛梓も腑に落ちない様子でいる。

「匠閃郷へ持っていけばわかるというのでしたら一度澪に聞いてみてはいかがでしょうか」

 梓月がそう尋ねると、歩澄は一睨し「近頃のお前は、あの女と距離が近しいようだな」と言った。

「そのようなことはございません。しかし、何の根拠もなしに栄泰城へ出向くのは危険だと申しておるのです」

「しかし、あやつは敵郷の姫だ。まだ信用はできん」

 一瞬で目利きができる澪の目を、歩澄は目の当たりにしている。その力は確かだが、澪に計られ偽の情報を掴まされれば、足元を掬われる。

 迂闊に刀のことを口走っては、こちらも危うい状況となる。それを危惧して、歩澄はこの事態をどうするべきかと悩むところであった。

 そんな刹那、噂を嗅ぎ付けたかのように障子の前で「お茶が入りましたがどうなさいますか」と声がかかった。
 数日前、茶を運んで来た澪の声と同じであった。皇成とのやり取りで昂った士気をそのままに帰城した二人を見て、絃はまたもや澪に茶汲みを頼んだのであった。

「……もらおう」

 暫し考えた後、瑛梓はそう答えた。その様子を見た歩澄は、眉をひそめる。
 障子を開けて中に入り、お茶を配る澪の前で「しかし、歩澄様。燈獅子を手に入れる機会があるとすれば、これが最後です」と瑛梓は言った。

 何か言いたげに口を開いた歩澄に、被せるように梓月が「檜山偉江蔵の刀はそう簡単には手に入りませぬ。誰もが手に入れたいと思っているはず。それは、他の統主とて例外ではありません」と言った。

 その言葉にぴくりと反応したのは澪だった。名工の祖父をもつ澪が燈獅子の存在を知らぬはずがなかった。
 しかし、女が軍義に口を出すものではない。そう教えられてきた澪は、素知らぬ顔をしてその場を後にした。

 三人は澪が障子を閉めた後、顔を伏せて軽く息をつく。その刹那、パァンと勢いよく障子が開かれ、三人は焼石でも投げられたかのように飛び上がった。

「……これは一人言です故、聞き流していただいてかまいませんが」

 澪はそう前置きをし、「燈獅子はもうこの世にはございません」と言った。

「なん……だと」

 思わず声を上げたのは歩澄だ。
 両手を広げたまま立ち尽くす澪は、「二年前、先王の家来が燈獅子を持って匠閃郷に現れました。檜山偉江蔵の弟子と祖父は交流がありました故、燈獅子を葬る際に立ち会っております」と続けた。

「葬るだと!?」

 歩澄は腰を上げ、目を見開く。国宝級の価値がある刀である。それが刀工の手で葬られたとあれば驚くのも無理はない。

「はい。それが元の持ち主と檜山偉江蔵の遺言だったそうです。妖刀とよばれた燈獅子は、暗殺に使用される前から不吉な噂が立っておりました。燈獅子を用いた戦では異様な数の死者が出る。燈獅子で斬られた者の顔は悲壮に歪むなど。
 刀の力を恐れた持ち主である五十六代目の王は己が亡くなった後、燈獅子を檜山偉江蔵に返納しその存在をなきものにするよう命じてあったそうです。然れどそれは暗殺に使用され、王族は滅びた。五十六代目の王が憤慨し王族を滅ぼしたのではないかと恐れられ、燈獅子はようやく匠閃郷に返納されました」

「して、なきものにするとは?」

「鍛刀する時のように全て溶かし、刀の形をなくして檜山偉江蔵の墓に納めました。檜山偉江蔵と交流のあった他の刀鍛冶かたなかじも集まり、名を馳せた名工ばかりが居合わせましたよ」

「では……もうこの世に燈獅子がないのは確かなのだな?」

「はい。もし仮に手に入れられるという話が持ち上がっているとなれば、それは罠である可能性が高いでしょう」

 澪の言葉に三人は沈黙した。八雲皇成はこの後に及んで尚歩澄を騙し、罠を仕掛けようとしている。その事実を目の当たりにし、沸々と怒りが込み上げた。

「……なぜそのような話をした?」

 敵である筈の歩澄が死ねば、匠閃城の仇は取れる。澪の行為は、潤銘郷の危機を救うも同然である。

「知っていて黙っているのは性に合わないのです。それに……もし仮に栄泰郷が関わっているのであれば、匠閃郷が栄泰郷に渡るのは絶対に嫌です」

 澪はそうきっぱりと答えた。そして怒りに顔を歪ませた。
 澪とて、千依の死は栄泰郷が招いたことであるとわかっていた。そして苦痛を訴える秀虎と、立場上処罰を与えなければならなかった歩澄の涙。その元凶となる栄泰郷は、澪の怒りの矛先である。

「絶対にか?」

「絶っ対にです! 栄泰郷と洸烈郷はなりません!」

「翠穣郷はよいのか?」

「翠穣郷は知りません! 統主とも会ったことがございません故!」

「……他の統主とも会ったことなどないだろう」

 歩澄は呆れた様子で息を吐き、「まあ、よい。これで答えは出た。栄泰郷は放っておけ」と言った。

「放っておく? よろしいのですか?」

 歩澄の言葉に瑛梓は目を丸くする。

「ああ。これが罠だとしたら軍を揃えて私の首を取ろうと待ち構えていることだろう。宴の準備までしているやもしれぬ。あのうつけ殿のことだ。今頃潤銘郷の金品は全て女共にくれてやると豪語しているだろう。
 浮き足立つあやつを丸1日放っておけ。罠だと気付かれどこからか奇襲がくるやもと怯えて過ごすであろう」

 瑛梓と梓月は顔を見合せ、その姿を想像した。二度も潤銘郷を欺こうとしたことに気付かれたと怯える姿。二人はその場で声を上げて笑った。


ーー

 約束の時、皇成は八雲軍総出で歩澄と瑛梓を待った。当然歩澄の首を取った後の宴の準備も進めている。

「いやあ、しかし惜しいな。女人顔負けの美しい顔よ。生け捕りにして余の奴隷にするというのはいかがかな」

 今か今かと歩澄を待ち望む皇成は、嬉しそうに頼寿にそう尋ねる。

「はい。よい考えかと存じます。牢屋が空いています故、そこに閉じ込めておけばよろしいかと」

「そうだな、そうだな! あの瑛梓という男もまた美しい顔をしておる。やはり殺すのは惜しいのう……」

「瀕死の状態で助けてやれば、皇成様にすがるのではないでしょうか」

「ほう……そうだな。それはいい。血を流した姿も美しいのであろうな」

 命乞いをする二人の姿を想像しては、笑みが絶えない皇成。ようやく機嫌が良くなったことに安堵している頼寿。

 しかし、約束の時から一刻過ぎようとも姿を見せぬ歩澄。

「遅いのう……」

 待ちくたびれて、その場に座り込んだ皇成は、じっと城下の方向を見つめている。

 それから更に一刻が経った。

「歩澄はどうした!? 何故来ぬ!?」

 徐々に機嫌を悪くしていく皇成に、頼寿もとうとう言い訳を思い付かなくなっていった。

「わ、忘れているなどということは……」

「そんなわけあるか! 燈獅子を囮に使ったのだぞ! あのように興味深い、愛らしい顔をしておったではないか!」

「あ、愛らしい……?」

「その神室が! ……もしや、勘づかれたなどということはあるまいな?」

 皇成は血相を変えて頼寿を見上げた。

「勘づかれたとおっしゃいますと?」

「この作戦がだ! 燈獅子の話が作話であり、神室を迎え撃とうとの企みが気付かれているなどとは……」 

「だ、だとすればとんでもないことです! 正面から攻めては来すまい」

「で、ではどこから……」

 皇成は、来る筈のない歩澄の姿を探し、奇襲に備えて万全な態勢を整えろと全家来に命を下した。
 その緊迫した状態のまま怯え、刀を構え、夜が明けるまでその場に立ち尽くしていた。
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