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神室歩澄の正室【24】
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紬も朱々も固まったまま、しぱしぱと目を瞬かせる。暫くしてから一気に動揺したように「そそそそそそれは……その……」と紬がちらりと朱々に視線だけを移した。
朱々はその視線を感じたが、そちらを見ようとはせず「ま、まあ……そうですわね……全て覚悟の上で正室になったわけですから……」と言った。しかし次第に声は小さくなっていき、どういうことかと探るように目を泳がせた。
「もし仮に八雲様か甲斐様が王になられた場合、新たに匠閃郷から正室を選ぶわけですから、その正室選びには立ち会うおつもりなのですか?」
澪が知っていて当たり前だといった表情でそう尋ねるものだから、紬も朱々も自尊心が邪魔をして詳細を聞けずにいる。しかし、澪の言い方から、どうやら王妃の座は匠閃郷出身の者でなくてはならないようだ。ということは理解した。
「そそそそそそうですね……。王妃に相応しい女人でなくてはならないのですから、皇成様だけのご判断では困りますね……」
唇は震え、青冷めている紬。
「わ、私も……今回桂が洸烈郷出身で安心していたところですわ。……下手に匠閃郷の娘に子ができていたら、町娘に王妃を任せるというのは荷が重いでしょう……」
強ばった顔のまま額に冷や汗を浮かべる朱々。
澪はやはり何も知らなかったかとふうっと息をついた。
「そうですよね。落様が王になるのが一番面倒が少なくて済むとも思ったのですが……ですが……」
澪はそこまで言ってもじもじと言いにくそうに顔を伏せた。
朱々は、確かに落伊吹であれば最初から匠閃郷の民を正室に迎えれば良いだけのこと、と納得しながらも澪の反応が気になり「何か問題があるのですか?」と尋ねた。
澪は箸を置き、着物の裾をぎゅっと握った。
「い、言いにくい話なのですが……その……ありがたいお話なんです。しかし……その……」
「なんです?」
「その……私、落様に想いを寄せていただけているようでして……」
澪がそこまで言うと、紬と朱々はそんなことかと軽く息をついた。
「そのことでしたらこちらも承知済みですよ。顔合わせの時にも、伊吹様が澪殿を想うが故に歩澄様を王にするため手を貸そうとしているのではないかなどという話も出たほどですから」
「そ、そうでしたか……その、それはありがたいのですが歩澄様はとても嫉妬深いお人でして、仮に落様が王になってしまったら私を正室に迎えるつもりなのではないかと敵対心を顕になさっているのです……」
朱々の言葉に澪が続けると、再び紬と朱々は動きを止めた。
「王の命は絶対ですし、歩澄様と離縁し落様の元へ嫁げと言われてしまえば私にも拒否する権利はございません……。私としてもせっかく歩澄様と夫婦になれたのですから、このままずっと歩澄様のお側にいたいのです……」
そういうことか! 紬と朱々はかっと目を見開き、澪の言葉の全てを理解した。何もそれは伊吹に限ったことではないと気付いたのだ。
澪の婚礼衣装姿に見とれ、すっかり舞の虜になっていた皇成と煌明の顔を思い出す。二人のどちらかが王となり、匠閃郷出身の娘を新たに正室へ迎えるとなれば、澪を選ぶ可能性もあるということ。
さすれば自然と王妃の座だけでなく己の夫の正室の座さえも澪に渡る。毎日のように鼻の下を伸ばして澪に舞を踊らせる夫の姿を想像したら、腸が煮えくり返りそうだった。
「そ、そのようなことあってはなりません!」
「そうです! 貴女は歩澄様のところに嫁がれたのですからね! 生涯歩澄様に尽くし、支えるのは澪殿の役目です!」
紬も朱々も興奮したように声を荒げた。箸が折れそうなほど手に力を入れる朱々は、そんなことなど一言も言わなかった煌明に憤りを顕にした。
朱々はその視線を感じたが、そちらを見ようとはせず「ま、まあ……そうですわね……全て覚悟の上で正室になったわけですから……」と言った。しかし次第に声は小さくなっていき、どういうことかと探るように目を泳がせた。
「もし仮に八雲様か甲斐様が王になられた場合、新たに匠閃郷から正室を選ぶわけですから、その正室選びには立ち会うおつもりなのですか?」
澪が知っていて当たり前だといった表情でそう尋ねるものだから、紬も朱々も自尊心が邪魔をして詳細を聞けずにいる。しかし、澪の言い方から、どうやら王妃の座は匠閃郷出身の者でなくてはならないようだ。ということは理解した。
「そそそそそそうですね……。王妃に相応しい女人でなくてはならないのですから、皇成様だけのご判断では困りますね……」
唇は震え、青冷めている紬。
「わ、私も……今回桂が洸烈郷出身で安心していたところですわ。……下手に匠閃郷の娘に子ができていたら、町娘に王妃を任せるというのは荷が重いでしょう……」
強ばった顔のまま額に冷や汗を浮かべる朱々。
澪はやはり何も知らなかったかとふうっと息をついた。
「そうですよね。落様が王になるのが一番面倒が少なくて済むとも思ったのですが……ですが……」
澪はそこまで言ってもじもじと言いにくそうに顔を伏せた。
朱々は、確かに落伊吹であれば最初から匠閃郷の民を正室に迎えれば良いだけのこと、と納得しながらも澪の反応が気になり「何か問題があるのですか?」と尋ねた。
澪は箸を置き、着物の裾をぎゅっと握った。
「い、言いにくい話なのですが……その……ありがたいお話なんです。しかし……その……」
「なんです?」
「その……私、落様に想いを寄せていただけているようでして……」
澪がそこまで言うと、紬と朱々はそんなことかと軽く息をついた。
「そのことでしたらこちらも承知済みですよ。顔合わせの時にも、伊吹様が澪殿を想うが故に歩澄様を王にするため手を貸そうとしているのではないかなどという話も出たほどですから」
「そ、そうでしたか……その、それはありがたいのですが歩澄様はとても嫉妬深いお人でして、仮に落様が王になってしまったら私を正室に迎えるつもりなのではないかと敵対心を顕になさっているのです……」
朱々の言葉に澪が続けると、再び紬と朱々は動きを止めた。
「王の命は絶対ですし、歩澄様と離縁し落様の元へ嫁げと言われてしまえば私にも拒否する権利はございません……。私としてもせっかく歩澄様と夫婦になれたのですから、このままずっと歩澄様のお側にいたいのです……」
そういうことか! 紬と朱々はかっと目を見開き、澪の言葉の全てを理解した。何もそれは伊吹に限ったことではないと気付いたのだ。
澪の婚礼衣装姿に見とれ、すっかり舞の虜になっていた皇成と煌明の顔を思い出す。二人のどちらかが王となり、匠閃郷出身の娘を新たに正室へ迎えるとなれば、澪を選ぶ可能性もあるということ。
さすれば自然と王妃の座だけでなく己の夫の正室の座さえも澪に渡る。毎日のように鼻の下を伸ばして澪に舞を踊らせる夫の姿を想像したら、腸が煮えくり返りそうだった。
「そ、そのようなことあってはなりません!」
「そうです! 貴女は歩澄様のところに嫁がれたのですからね! 生涯歩澄様に尽くし、支えるのは澪殿の役目です!」
紬も朱々も興奮したように声を荒げた。箸が折れそうなほど手に力を入れる朱々は、そんなことなど一言も言わなかった煌明に憤りを顕にした。
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