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神室歩澄の正室【31】
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顔をひきつらせながら皇成は「しょ、匠閃郷の姫か? ……何故そのようなことを……」と尋ねた。
「それは知らねぇが、あの娘なら知っていてもおかしくはない。時期王の正室は匠閃郷出身に限られるが、幸いあの女は匠閃郷出身だからな。歩澄が王となったところで、あの女がそのまま王妃を継げるってわけだ」
「な、なるほど……で、ではこうは考えられぬか!? 紬と朱々が憤慨するのをわかっていてこの事実を吹き込んだとしたら……我等が王になるのを阻止しようと動くと踏んで……」
さすがは郷を統治しているだけのことはあり、皇成にはその勘が働いた。煌明は、思いもよらなかった澪の計画に更なる憤りを抱き、煌明の周りを黒い渦が巻くかのように顕にした。
今にも澪の首を狩りに行きそうな煌明に、皇成は身を縮めた。
「……頭の回る女だとは思っていたが、そのような汚い手を使ってくるとはな……」
「ま、待て。余も確信があるわけではない! 万が一にでも違った場合、あの者を攻撃すれば歩澄が黙ってはおらぬぞ!」
「それが何だと言うのだ! あんな小僧など怖くはないわ!」
「馬鹿を言うな! ちぃっと冷静にならぬか! 昨日婚礼儀式を挙げたばかりの身だぞ! 栄泰郷からも洸烈郷からも多くの民が見物に来ていたのだ! 民達のあの顔を見たであろう? 澪と歩澄を殺せば、非難を受けるのはこちらだ! さすれば民の信頼は、歩澄を擁護していた落に向くぞ!」
「ぐっ……」
皇成の言葉に、ぎりっと奥歯を噛み締める煌明。拳をきつく握り、わなわなと震わせている。
辺りは店が開き始め、少しばかり民の声も聞こえてきている。皇成は、ちらりと民達の視線を気にしながら煌明を路地裏へと引っ張っていった。
潤銘郷の民には、皇成と煌明の召し物がどれ程高価であるかの目が利く。他郷統主の顔を知らぬとも、その出で立ちで身分の高い者であることなど容易にわかる。その者達が何やら声を荒げていれば、郷に関わる問題かと民の不安を煽ることになりかねない。
皇成はそれを危惧して、人目のつかぬ場所まで煌明を連れ込んだのだった。
「我等の真の目的は、王になることではなかったか」
「……だとしたらどうするつもりだ。正室が首を縦に振らぬ以上、王位には就けぬぞ!」
「うーん……」
皇成は、腕を組んで考え始めた。どうするべきかと思い悩んでいたが、このままでは煌明が歩澄と澪を殺しかねない。皇成にとっては歩澄が死のうと知ったことではないが、その怒りの矛先が栄泰郷に向き、民を巻き込むことだけは絶対に阻止せねばならないと、頭を動かす。
様々な可能性と全てが穏便に済む方法。そんなものはないかと愕然としかけたが、とりあえず紬と朱々の機嫌さえ取れればいいのではないかと思い付く。
単純に考えれば、王妃になれぬから正室が憤慨するのであって、そうでなくなれば今まで通り己が王妃になるためにも我等を王位へと後押しするのではないかと皇成は考えた。
「……王妃にすれば良いのだ」
「……なんだと?」
皇成の言葉に煌明は怪訝な顔をする。それが出来たら紬も朱々も怒りはしないと更に睨みをきかせる。皇成はたじろぎながらも「そ、そもそも正室が怒っている原因というのは側室へ成り下がるというものであろう? それならば、王になったあかつきには王政を変え、現在の正室を王妃にすると言えばいいのではないか?」と問いかけた。
しかし煌明は顔をしかめたまま、「はっ。そんなことをすれば洸烈郷は独裁的な郷だと言われかねない。ただでさえ、洸烈郷の評判はよくないのだ。民の票で王となり、軌道に乗るまでは民が納得するよう王政に従う他ない」と言った。
「それは知らねぇが、あの娘なら知っていてもおかしくはない。時期王の正室は匠閃郷出身に限られるが、幸いあの女は匠閃郷出身だからな。歩澄が王となったところで、あの女がそのまま王妃を継げるってわけだ」
「な、なるほど……で、ではこうは考えられぬか!? 紬と朱々が憤慨するのをわかっていてこの事実を吹き込んだとしたら……我等が王になるのを阻止しようと動くと踏んで……」
さすがは郷を統治しているだけのことはあり、皇成にはその勘が働いた。煌明は、思いもよらなかった澪の計画に更なる憤りを抱き、煌明の周りを黒い渦が巻くかのように顕にした。
今にも澪の首を狩りに行きそうな煌明に、皇成は身を縮めた。
「……頭の回る女だとは思っていたが、そのような汚い手を使ってくるとはな……」
「ま、待て。余も確信があるわけではない! 万が一にでも違った場合、あの者を攻撃すれば歩澄が黙ってはおらぬぞ!」
「それが何だと言うのだ! あんな小僧など怖くはないわ!」
「馬鹿を言うな! ちぃっと冷静にならぬか! 昨日婚礼儀式を挙げたばかりの身だぞ! 栄泰郷からも洸烈郷からも多くの民が見物に来ていたのだ! 民達のあの顔を見たであろう? 澪と歩澄を殺せば、非難を受けるのはこちらだ! さすれば民の信頼は、歩澄を擁護していた落に向くぞ!」
「ぐっ……」
皇成の言葉に、ぎりっと奥歯を噛み締める煌明。拳をきつく握り、わなわなと震わせている。
辺りは店が開き始め、少しばかり民の声も聞こえてきている。皇成は、ちらりと民達の視線を気にしながら煌明を路地裏へと引っ張っていった。
潤銘郷の民には、皇成と煌明の召し物がどれ程高価であるかの目が利く。他郷統主の顔を知らぬとも、その出で立ちで身分の高い者であることなど容易にわかる。その者達が何やら声を荒げていれば、郷に関わる問題かと民の不安を煽ることになりかねない。
皇成はそれを危惧して、人目のつかぬ場所まで煌明を連れ込んだのだった。
「我等の真の目的は、王になることではなかったか」
「……だとしたらどうするつもりだ。正室が首を縦に振らぬ以上、王位には就けぬぞ!」
「うーん……」
皇成は、腕を組んで考え始めた。どうするべきかと思い悩んでいたが、このままでは煌明が歩澄と澪を殺しかねない。皇成にとっては歩澄が死のうと知ったことではないが、その怒りの矛先が栄泰郷に向き、民を巻き込むことだけは絶対に阻止せねばならないと、頭を動かす。
様々な可能性と全てが穏便に済む方法。そんなものはないかと愕然としかけたが、とりあえず紬と朱々の機嫌さえ取れればいいのではないかと思い付く。
単純に考えれば、王妃になれぬから正室が憤慨するのであって、そうでなくなれば今まで通り己が王妃になるためにも我等を王位へと後押しするのではないかと皇成は考えた。
「……王妃にすれば良いのだ」
「……なんだと?」
皇成の言葉に煌明は怪訝な顔をする。それが出来たら紬も朱々も怒りはしないと更に睨みをきかせる。皇成はたじろぎながらも「そ、そもそも正室が怒っている原因というのは側室へ成り下がるというものであろう? それならば、王になったあかつきには王政を変え、現在の正室を王妃にすると言えばいいのではないか?」と問いかけた。
しかし煌明は顔をしかめたまま、「はっ。そんなことをすれば洸烈郷は独裁的な郷だと言われかねない。ただでさえ、洸烈郷の評判はよくないのだ。民の票で王となり、軌道に乗るまでは民が納得するよう王政に従う他ない」と言った。
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