放課後探偵ユウナ

茂上 仙佳

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第6話:図書館の約束

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桜ヶ丘市立図書館の静かな館内に、ユウナの足音だけが響いていた。いつものように放課後の時間を読書で過ごそうと思っていたが、今日は少し様子が違っていた。

「皆瀬さん、お忙しいところすみません」

声をかけてきたのは、図書館の司書をしている中年の女性だった。50代後半で、眼鏡をかけた知的な印象の人だった。

「あの……私、司書の林田と申します。実は、ご相談したいことがあるんです」

「ご相談ですか?」

ユウナは読んでいた本を閉じた。最近、ユウナが探偵をしているという噂が学校や地域に広まりつつあった。

「はい。皆瀬さんが探偵のお仕事をされていると聞いて……もしよろしければ、お話を聞いていただけませんか?」

林田さんは周囲を見回してから、小声で続けた。

「図書館で、とても困ったことが起きているんです」

ユウナは林田さんに案内され、図書館の事務室に向かった。普段は入ることのない職員エリアで、本の整理や管理業務が行われている場所だった。

「実は……貴重な古書が紛失してしまったんです」

林田さんは深刻な表情で話し始めた。

「どのような本ですか?」

「江戸時代の地方史に関する古文書です。桜ヶ丘市の歴史を記録した非常に貴重な資料で……」

林田さんは続けた。

「『桜ヶ丘郷土誌』という本で、現存するのは全国でも数冊しかありません。当館では特別書庫で厳重に管理していたのですが……」

「いつ頃、紛失に気づかれたんですか?」

「三日前です。年に一度の蔵書点検をしていて発見しました」

ユウナはメモを取りながら聞いた。

「最後に確認できたのはいつですか?」

「一ヶ月前に、地域史研究会の方が閲覧を希望されて、その時には確実にありました」

「防犯カメラは?」

林田さんは困ったような顔をした。

「特別書庫にはカメラがないんです。プライバシーの問題もあって……それに、紛失した期間が長すぎて、いつ盗まれたのか特定できません」

「特別書庫に入れるのは?」

「司書と館長だけです。でも……」

林田さんは言いにくそうに続けた。

「実は、時々来館される研究者の方で、特別な許可を得て書庫に入る方もいらっしゃるんです」

ユウナは興味深く聞いた。

「どのような方々ですか?」

「地域史研究会のメンバーや、大学の研究者の方々です。皆さん信頼できる方ばかりなので、まさかそのような方が……」

林田さんは最後まで言えずにいた。

「でも、他に書庫に入れる人はいないということですね」

「はい……だからこそ困っているんです。内部の人間が疑われるなんて」

ユウナは図書館の構造を確認した。特別書庫は2階の奥にあり、一般利用者は入ることができない。カードキーによる電子錠で管理されており、入室記録も残る仕組みになっている。

「入室記録を見せていただけますか?」

林田さんは端末を操作して、過去一ヶ月の記録を表示した。

「これが入室記録です。司書の私と、館長の田村さん、それから……」

画面には数人の名前が表示されていた。

「佐々木教授、山田研究員、鈴木さん……この方々は?」

「佐々木教授は大学の歴史学科の先生で、山田研究員はその助手です。鈴木さんは地域史研究会の会長をされています」

ユウナは記録を詳しく見た。特に気になったのは、紛失が発覚する直前の記録だった。

「田村館長が最後に入られたのは、一週間前ですね」

「はい。定期的な書庫の環境チェックです」

「佐々木教授は二週間前……鈴木さんは三週間前」

ユウナは記録を整理しながら考えた。現在分かっていることは、一ヶ月前には確実にあった本が、三日前の点検で紛失が発覚したということ。その間に書庫に入ったのは、限られた人物だけだった。

「林田さん、館長の田村さんにお話を聞くことはできますか?」

「もちろんです。でも、館長はとても人格者で、そのようなことをするはずが……」

「大丈夫です。事実を確認するだけですから」

館長室で、ユウナは田村館長と面会した。60代前半の温和な男性で、長年図書館の発展に尽力してきた人物として地域でも尊敬されている。

「皆瀬さんですね。林田さんから聞いています」

田村館長は困ったような表情を見せた。

「本当に困った事態です。あの古文書は桜ヶ丘市の宝とも言える資料でして……」

「最後に書庫に入られた時のことを教えてください」

「一週間前ですね。月例の環境チェックで、温度や湿度を確認しました。その時、古文書も確認しています」

「その時は確実にありましたか?」

「はい、間違いありません」

つまり、本が盗まれたのは一週間以内ということになる。ユウナは記録を見直した。

「その後、書庫に入ったのは……」

「私以外には誰も入っていないはずです」

しかし、記録を見ると、田村館長の入室後にもう一度、誰かが書庫に入った形跡があった。

「館長、この記録をご覧ください」

画面を見せると、田村館長は驚いた表情を見せた。

「これは……私の後に、もう一度私のカードで入室記録が?」

「心当たりはありませんか?」

「全くありません。一週間前の一度だけです」

ユウナは新たな疑問を抱いた。田村館長のカードが使われているが、本人に心当たりがない。誰かがカードを借用したか、複製したのかもしれない。

「館長、カードキーの管理はどのようにされていますか?」

「いつも持ち歩いています。でも……」

田村館長は考え込んだ。

「そういえば、三日前の夜、カードを事務室に忘れて帰ったことがありました」

「三日前の夜?」

「はい。翌朝気づいて慌てて取りに来たんですが……もしかして、その間に?」

三日前——それは紛失が発覚した日だった。つまり、誰かが田村館長のカードを使って書庫に侵入し、古文書を盗んだ可能性が高い。

「その夜、図書館にいた人はいますか?」

「夜間清掃の業者さんと……あと、佐々木教授が遅くまで研究をされていました」

ユウナは佐々木教授について詳しく聞いた。

「佐々木教授は、よく夜遅くまで図書館にいらっしゃるんですか?」

「ええ、研究熱心な方で。特別な許可を得て、閉館後も研究を続けられることがあります」

「その夜も?」

「はい。私が帰る時、まだ研究室にいらっしゃいました」

ユウナは佐々木教授に会ってみることにした。桜ヶ丘大学の歴史学科で、地域史の研究をしている60代の男性教授だった。

「古文書の件ですか……」

佐々木教授は困ったような顔をした。

「確かに私はあの資料をよく利用させていただいていますが、盗むなんてとんでもない」

「三日前の夜、図書館にいらっしゃいましたね」

「ええ、研究をしていました。でも、特別書庫には入っていません」

「館長のカードキーのことは知っていましたか?」

佐々木教授は少し考えてから答えた。

「そういえば、その夜、田村館長が慌てた様子で何かを探していらっしゃいました。『カードを忘れた』とおっしゃっていたような……」

「それを聞いていたんですね」

「はい。でも、だからといって私が……」

佐々木教授は否定したが、機会があったことは確かだった。

ユウナは地域史研究会の鈴木会長にも話を聞いた。70代の元教師で、退職後に地域の歴史研究に熱中している。

「あの古文書は私たち研究会にとっても貴重な資料です」

鈴木さんは力強く語った。

「そのような資料を盗むなんて、研究者として許せません」

「三日前の夜は?」

「家にいました。家族も証明してくれます」

ユウナは夜間清掃業者にも話を聞いたが、特に怪しい点は見つからなかった。

その夜、ユウナは探偵事務所で情報を整理した。

「クロベエ、どう思う?」

黒猫は机の上で丸くなりながら、知らん顔をしている。

「容疑者は限られてる。でも、みんな動機が弱いのよね……」

ユウナは改めて事件を見直した。なぜその古文書が狙われたのか?単純な転売目的にしては、リスクが高すぎる。

翌日、ユウナは再び図書館を訪れ、林田さんに詳しく話を聞いた。

「『桜ヶ丘郷土誌』について、もっと詳しく教えてください」

「江戸時代後期に書かれた文書で、当時の桜ヶ丘の様子が詳細に記録されています。特に、土地の所有関係や境界について貴重な情報が……」

林田さんは続けた。

「最近、市の再開発計画に関連して、土地の歴史的経緯を調べる必要が出てきていて、この資料への注目が高まっていたんです」

「再開発計画?」

「はい。商店街の一部を含む大規模な再開発です。土地の権利関係を調べるために、歴史的な文書が重要な証拠となることがあるんです」

ユウナは新たな動機を発見した。土地の権利に関わる問題なら、古文書は非常に価値のある証拠となる。

「その再開発に関わっている人で、この古文書を知っている人はいますか?」

「実は……佐々木教授が再開発の歴史調査委員会の委員長をされているんです」

ユウナは驚いた。佐々木教授は単なる研究者ではなく、再開発に直接関わる立場にあったのだ。

「その委員会の活動について詳しく教えてください」

「土地の歴史的経緯を調査して、再開発の適正性を検証する委員会です。もし歴史的に重要な土地だと判明すれば、再開発計画が変更される可能性もあります」

つまり、古文書の内容次第で、巨額の再開発計画が左右される可能性があったのだ。

ユウナは佐々木教授に再度会いに行った。今度は、再開発について直接聞いてみる。

「教授、再開発の歴史調査についてお聞きしたいのですが……」

佐々木教授の表情が変わった。

「それと古文書の件は関係ありません」

「でも、あの古文書には土地の権利に関する重要な情報が記載されているんですよね?」

「それは……確かにそうですが」

「教授は委員長として、その情報を知る立場にあった」

佐々木教授は沈黙した。

「もしかして、古文書の内容が再開発にとって都合の悪いものだったのでしょうか?」

長い沈黙の後、佐々木教授は重い口を開いた。

「……あの古文書には、確かに再開発予定地の一部について、複雑な土地の権利関係が記載されていました」

「それが表面化すると?」

「再開発計画の大幅な見直しが必要になる可能性がありました。多くの人の利害が絡んでいて……」

「それで古文書を隠そうと?」

「違います!」佐々木教授は強く否定した。「私は研究者として、真実を明らかにするべきだと思っています」

「でも、機会はあった」

「確かに……でも、私ではありません」

ユウナは別の可能性を考えた。佐々木教授以外に、再開発に関わる人物がいるかもしれない。

「委員会のメンバーについて教えてください」

「私の他に、市の職員、不動産関係者、地域住民の代表などがいます」

「その中で、図書館に出入りできる人は?」

佐々木教授は考え込んだ。

「……市の職員の中に、鈴木さんがいます」

「地域史研究会の鈴木さん?」

「はい。彼は市の元職員で、現在も委員会に参加しています」

ユウナは新たな疑問を抱いた。鈴木さんは図書館に出入りでき、再開発にも関わっていた。そして、三日前の夜のアリバイも家族の証言だけだった。

ユウナは鈴木さんに再度会いに行った。

「鈴木さん、再開発の委員会についてお聞きしたいのですが……」

鈴木さんの顔が強ばった。

「それと古文書の件は関係ありません」

「でも、あの古文書の内容は委員会の判断に大きく影響しますよね」

「だからといって、盗んだりはしません」

「三日前の夜、本当に家にいらっしゃいましたか?」

鈴木さんは動揺した。

「もちろんです。妻も……」

その時、鈴木さんの携帯電話が鳴った。電話に出た鈴木さんの表情がさらに暗くなった。

「分かりました……はい、すぐに」

電話を切ると、鈴木さんは深いため息をついた。

「皆瀬さん、実は……お話ししなければならないことがあります」

鈴木さんは重い口を開いた。

「古文書を盗んだのは……私です」

ユウナは驚いたが、冷静に話を聞いた。

「どうしてですか?」

「あの古文書には、私の家系に関する重要な記載があったんです」

鈴木さんは続けた。

「江戸時代、私の先祖は桜ヶ丘の大地主でした。しかし、明治維新の混乱で土地を失った……少なくとも、そう聞かされて育ちました」

「でも、実際は?」

「古文書を調べているうちに、先祖が土地を不正に取得していたことが分かったんです。他の農民から騙し取ったような記録が……」

鈴木さんの目に涙が浮かんだ。

「私は長年、先祖を誇りに思って生きてきました。でも、その先祖が実は……」

「それで古文書を隠そうと?」

「はい。家族の名誉を守りたくて……でも、結局は自分のプライドを守りたかっただけかもしれません」

鈴木さんは続けた。

「三日前の夜、どうしても我慢できなくて……田村館長がカードを忘れたのを知って、つい魔が差してしまいました」

「古文書は今、どこに?」

「自宅にあります。すぐにお返しします」

その日の夕方、古文書は無事に図書館に戻された。鈴木さんは正式に謝罪し、窃盗の件は警察に届けられたが、初犯であることや反省の態度を考慮して、厳重注意となった。

「ユウナさん、本当にありがとうございました」

林田さんは深く頭を下げた。

「貴重な資料が戻って、本当に良かったです」

「鈴木さんの気持ちも分かります。家族の歴史って、複雑なものですから」

「そうですね……でも、真実と向き合うことの方が大切ですよね」

一週間後、鈴木さんは再び図書館を訪れた。今度は、地域史研究会のメンバーとして正式に古文書を閲覧するためだった。

「皆瀬さん……」

鈴木さんは恥ずかしそうに声をかけてきた。

「鈴木さん、お疲れ様です」

「あの時は、本当にお恥ずかしいことを……でも、おかげで大切なことに気づけました」

「大切なこと?」

「家族の歴史には、良いことも悪いことも含まれている。それを受け入れて、これからどう生きるかが大切だということです」

鈴木さんは続けた。

「先祖の過ちを隠すのではなく、それを教訓として、より良い社会を作るために活動していきたいと思います」

その夜、ユウナは探偵事務所で事件をファイルにまとめた。

『図書館古文書盗難事件 解決』
『真相:家族の名誉を守るための隠蔽工作』
『結果:資料返却、犯人の心境変化と成長』

「お兄ちゃん、また一つ事件を解決できたよ」

ユウナは窓の外を見た。図書館の明かりがまだ点いている。きっと、今夜も多くの人が知識を求めて本を読んでいることだろう。

クロベエが膝の上に飛び乗り、満足そうに鳴いた。

「そうだね、クロベエ。真実は時として辛いけれど、それと向き合うことで人は成長できるよね」

この事件を通じて、ユウナは家族の歴史の複雑さと、真実と向き合う勇気の大切さを学んだ。そして、探偵として、人の心の奥にある想いを理解することの重要性を改めて感じていた。

皆瀬探偵事務所には、今日も静かな夜が訪れていた。そして、次の事件解決に向けて、ユウナの心は新たな決意で満ちていた。
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