魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
385 / 909
第二十三章 不定形との家族ごっこを人形の国で

Fälschung

しおりを挟む
兄の手を払ってアルの元へ。いつもの僕なら絶対に取らない行動だ。それが出来たのは兄が偽物を殴ると分かったことへの安心感と、考え過ぎて回らなくなった頭があったからだ。

『ヘル……そんなに、その犬がいいの』

『にいさま、にいさま、ほら、僕はここに居るよ?  僕はにいさまだけを……』

『…………あぁ、そうだね。お前が居た。来て』

兄は偽物を連れて部屋を出ていった。すぐに隣の部屋から激しい物音が聞こえてきたが、僕は聞こえないフリをしてアルの首に顔を埋めた。

「……ねぇ、どこか変わったの?  アル言ったよね?  にいさまは心を入れ替えたって、全然そんなふうに見えないんだけど」

『貴方に辛く当たらないようになったろう』

「…………僕にはそうだけど、僕の偽物には……」

『何か問題があるのか?』

僕はその言葉に顔を上げ、アルの顔を無理矢理こちらに向かせた。アルの瞳は見られることに負い目を感じるほどに真っ直ぐなものだった。

「あるよ!  にいさまは何も変わってない、前と同じだ!」

『いや、衝動を抑える方法を覚えた』

「ぶつける先を変えただけだろ……?」

『違う。あれは貴方の兄の分身だ』

「……そうだけど。考え方は変わってないよ」

アルは何を言いたいのだろう。アルは何を持って兄が心を入れ替えたと思ったのだろう。僕にはまだ分からない。

『貴方の兄の欠点は貴方を虐める事だ。それが解決された今、貴方の兄は完璧な兄だ』

「僕を虐めなきゃいいって問題じゃないだろ!?  その癖はまだあるんだから!」

『……貴方を虐めないんだ、問題は無い』

「アルは……偽物のこと、気に入ってたじゃないか」

『貴方に似ているからな。それが何だ?  確かに、貴方の姿をした物が傷付くのは気分が悪いが……分身を本体が虐めたところで、自傷とそう変わらないだろう』

アルは何を言っているのか分からないとばかりに首を傾げる。僕にはそんなアルが何を考えているのか分からない。

「…………性格はそのままだし、それに、何より……これじゃ、僕が愛されなくなっちゃう」

『何を言っているんだ。貴方は貴方の兄の愛だけを享受出来るようになったんだろう?』

「愛されるのは僕の偽物だよ」

『違う、貴方だ。暴力だけを抜き取って、あの気味悪く深く素晴らしい愛を受けるのは貴方だ』

「……何言ってるの。にいさまは殴って愛してくれるんだよ」

『何故そう考える。貴方の兄は変わったんだ、愛と暴力を分離する術を見つけた、そうは考えられないのか』

そういえば、水中都市でナイに似たような事を言われた。
僕は、兄という存在を暴力で愛を示すものだと認識している──と。あの時は否定したけれど、きっと今言われれば肯定はしないけれど反論は出来ない。
僕もアルのように柔軟な思考を持っていれば、もう少し自分を大切に出来れば、こんな悩みは生まれないのだろう。

『……なぁ、弟。少しいいか?』

「……いいですよ、なんですか?」

会話の切れ目を狙ってトールが話し掛けてくる。振り返り、威圧感に怯えた。

『お前が兄でいいのか?』

「…………へっ?」

『双子だろ?  どっちが上だ?  あと見分け方も教えてくれ』

「あ、あぁ……僕が上です、一応。見分け方は…………そうですね、アザが無い方が僕です」

説明が面倒なので双子という勘違いを訂正しない事にした。どうせ兄も偽物も気にしないだろう。

『痣だらけの方が下だな』

「はい」

『そうか。兄ならちゃんと弟を守ってやれよ』

「…………そうですね」

そんな兄弟関係、僕は知らない。この言いつけを守らなくたって、きっとトールは気にしない。思い出したように同じことを言うだけだ。

「……トールさん、兄弟とかいるんですか?」

『何人かいるな。何人かは覚えてない』

「…………あんまり仲は良くないみたいですね」

『どうだろう、どれが兄弟かは認識していない。だが、仲が悪い奴はいないぞ』

神に兄弟の話を聞こうと思ったのが間違いだっただろうか。神と人間では兄弟の定義が違うのか、はたまたトールが異端なのか、両方かもしれないな。

『ただいまヘルぅ~。お兄ちゃんだよ!  今日何食べたい?』

扉が開いた音がしたと思ったら、背後から兄に抱き締められる。僕は兄の顔を見上げるフリをして、扉の前で棒立ちしている偽物を眺めた。偽物は痣を増やしており、口からは血が垂れていた。

『ヘル?  何食べたい?  って聞いてるんだけど』

「…………芋の甘辛煮」

後、何回か無視すれば兄は激昴して僕を殴っただろうか。また偽物を嬲るのだろうか。

『分かった。神様、買ってきて作って』

『分かった』

トールは上着を羽織り、素直に部屋を出ていく。

『私は肉がいい』

『待って神様!  追加、肉…………何肉?』

兄がアルの要望を聞くなんて──アルの言う通り、少しは変わったのか?

『ふむ…………牛で頼む』

『牛だってー!  あとこれ被るの忘れないで』

戻ってきたトールは兄に買い物のメモを渡され、大きなぬいぐるみの頭を被ってまた部屋を出ていった。

「……何?  あれ……着ぐるみ?」

『人形の国だからね。外に出る時は人形のフリしないと』

『どういう国なんだ』

『えっとね、あ、待って。座りたい。寒い。フェル、暖炉!』

兄は僕を抱き締めたまま安楽椅子に座り、偽物に暖炉の火をつけるように言った。偽物はそれに従い、アルは暖炉の前に腰を下ろし僕の膝に顎を乗せる。

『どうしてなのかは知らないけど、この国の人間はみんな人形になってるんだよ』

「……何それ」

悪魔の仕業だろうか。力を使う機会の匂いがする。僕は兄について考えたくなさ過ぎて仕事を求めていた。

『知らないよ。でも、人間の見た目して歩いてたら厄介事に巻き込まれるなぁとは思うでしょ?  だからぬいぐるみの頭切って綿出して…………寒いな、フェル!  毛布!』

偽物が毛布を持ってきて兄の肩にかける。兄はその端を掴んで僕の前に持ってくる。
どうやらここは今、冬の気候らしい。夏毛になり始めたアルにとっては不運なことだ。
それにしても兄には暑さ寒さを感じることが出来ているのか、環境には即座に対応するものだと思っていた。もしかしたら僕を気遣って──いや、淡い希望は後で刃になる、やめておこう。

「ねぇ、にいさま。水飲みたいから下ろしてくれないかな」

兄の膝の上でアルを膝に乗せ、暖炉を目の前にした僕の身体は暖まって乾いて水分を求めた。

『フェル!  飲み物!』

「…………こき使うね。あの……偽物、フェルって呼ぶの?」

『フェルシュングだよ。ヘルじゃややこしいから』

「今考えたの?  そのまま過ぎるよ……」

兄に殴られる事がないと理解した僕は兄に対して否定の意がこもった言葉も使えるようになってきていた。いい兆候なのだろうが、それが偽物のおかげとなるとやはり複雑な気分になる。

『どうぞ』

「あ……どうも。フェル……君」

目の前に割り込む自分の顔に驚きながら、僕は兄の思いつきの名を呟いた。

『いえ』

「…………本当に僕の複製なの?  なんか……さっきまでと雰囲気違うし」

『悪かったね似てなくて。これでも脳の構造は一緒だよ。でも細胞は違うからその差だね、きっと君より賢い』

召使いのように振舞っていたくせに、突然卑屈と嫌味を織り交ぜてくる。やはり彼と話していると腹が立って仕方ない。

「……そもそもさ、脳がどうとかってどういうこと?」

『僕がなった生き物の説明はしたっけ?  基本形はスライムっぽい生き物なんだけど、普通のスライムと違って遺伝子構造を自在に操れるんだよ。全ての細胞が全ての細胞になれる、つまり、この爪の欠片も内臓の一部に今からなれるってことさ』

『ほう!  万能細胞か、科学の国で開発していたな。あれは特定条件でしか使えないものだったが……』

兄の説明にアルが顔を上げる。聞いておいて何だが、僕には理解出来ない話になる気がしてきた。

『分裂しても僕に魔法とかで繋がらせて指示系統を管理すれば僕の手足が増えるだけなんだけど、フェルみたいに独立させるにはちゃんとした脳を作る必要があってね』

『……脳を別個に作ってしまえばそれは貴様では無いのではないか?』

『そうだよ?  フェルは……えっと、娯楽の国だっけ?  ヘルに最後に触れた時、ヘルの脳をコピーしておいたから、それを復元してちょっと弄って作ったんだよ』

『…………独立した生き物なのか。貴様の分身とは呼べんな』

よく分からないが、とりあえず、フェルは娯楽の国でアルと再会する前の僕のコピーだと認識しておこう。
僕は兄との会話をアルに任せ、暖炉に手を翳すフェルを観察した。彼も温度は感じるようで、水場仕事で冷えた手に暖を取らせている。

『魔物使いの力は無いよな。魔力はかなりのものを感じるが、どうなっているんだ?』

『無いよ。複製したのは脳だけで、身体の作りは人間とは違う。魔力は……まぁ、僕の細胞流用してるし?  念の為に魔法陣も幾つか仕込ませてるから、それじゃない?』

兄とアルは仲良く話しているように見える。兄の方は演技だろうが、久しぶりに高い知能を持つ相手との会話を楽しんでいる節もある。
僕の複製ならフェルも頭が悪いだろうし、トールは頭を使わない。僕は兄のどうでもいい苦労を思い浮かべ、ざまあみろとの感想を抱いた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】スキルを作って習得!僕の趣味になりました

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
《ファンタジー小説大賞エントリー作品》 どんなスキル持ちかによって、人生が決まる。生まれ持ったスキルは、12歳過ぎから鑑定で見えるようになる。ロマドは、4度目の15歳の歳の鑑定で、『スキル錬金』という優秀なスキルだと鑑定され……たと思ったが、錬金とつくが熟練度が上がらない!結局、使えないスキルとして一般スキル扱いとなってしまった。  どうやったら熟練度が上がるんだと思っていたところで、熟練度の上げ方を発見!  スキルの扱いを錬金にしてもらおうとするも却下された為、仕方なくあきらめた。だが、ふと「作成条件」という文字が目の前に見えて、その条件を達してみると、新しいスキルをゲットした!  天然ロマドと、タメで先輩のユイジュの突っ込みと、チェトの可愛さ(ロマドの主観)で織りなす、スキルと笑いのアドベンチャー。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

【完結】まもの牧場へようこそ!~転移先は魔物牧場でした ~-ドラゴンの子育てから始める異世界田舎暮らし-

いっぺいちゃん
ファンタジー
平凡なサラリーマン、相原正人が目を覚ましたのは、 見知らぬ草原に佇むひとつの牧場だった。 そこは、人に捨てられ、行き場を失った魔物の孤児たちが集う場所。 泣き虫の赤子ドラゴン「リュー」。 やんちゃなフェンリルの仔「ギン」。 臆病なユニコーンの仔「フィーネ」。 ぷるぷる働き者のスライム「モチョ」。 彼らを「処分すべき危険種」と呼ぶ声が、王都や冒険者から届く。 けれど正人は誓う。 ――この子たちは、ただの“危険”なんかじゃない。 ――ここは、家族の居場所だ。 癒やしのスキル【癒やしの手】を頼りに、 命を守り、日々を紡ぎ、 “人と魔物が共に生きる未来”を探していく。 ◇ 🐉 癒やしと涙と、もふもふと。 ――これは、小さな牧場から始まる大きな物語。 ――世界に抗いながら、共に暮らすことを選んだ者たちの、優しい日常譚。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!

こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」  主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。  しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。 「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」  さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。  そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)  かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

処理中です...