俺の名前は今日からポチです

ムーン

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とらぶるみまん

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保護区を後にし、日本とはまた雰囲気の違う美しい街並みを歩きながらも思う。
職員に噛み付いたり蹴ったりしたけれど、後々慰謝料請求されないだろうか……と。俺は言葉が分からずに適当に微笑んでいたし、手を簡単に離したし、彼らにとっては合意の元の3pでしかなかったのかもしれない。

「ポチ?  ぼーっとしちゃって、お腹空いた?  お昼予約してあるんだ、もうそろそろ時間で……えっと……あれ、矢印が暴走してる……」

雪兎は地図アプリを開き、それを頼りに予約した店を探しているようだったが、現在地を示す矢印が歩いてもいないのに車並の速さで移動していた。

「ぁー、たまにありますよね」

地理は苦手だが、地図は読める。案内がなくても目的地さえ分かっていれば辿り着ける自信がある。
頼りになるところをここで見せておこう。

「俺が地図読みますから、ちょっと貸して……」

雪兎は地図アプリを落とし、どこかに電話をかける。

「もしもし?  僕。迎えに来て。うん……うん、六分?  分かった」

「…………ユキ様?」

「お迎え呼んだ。ちょっと待ってよ」

道の端に移動し、建物の壁に背を預ける。せっかくのチャンスを掴み損ねた後悔はしばらく続きそうだ、薄暗い曇天を見ながらそう思った。


もはや見慣れた、というか日本の家にも居た気がする黒いスーツの男が現れ、俺達をレストランに案内した。
高級感と歴史のあるレストランでノーパンジーンズの居心地悪さは想像を絶する。何だか恥ずかしくなってきた。

「ポチ、これの使い方分かる?  エスカルゴ用なんだけど」

変わった形のスプーン……フォーク?  を指差し、雪兎は首を傾げる。

「……エスカルゴ」

「うん、分かる?」

「…………カエルでしたっけ?」

「……料理来たら教えるね」

料理も事前に言っておいたらしく、メニューも見ていないのに料理が机の上に並べられていく。雪兎の手の動きを見つつ、雪兎に教わりつつ、美味しいのかどうかイマイチ分からない料理を腹に納めていく。

「ねぇ……ユキ様、何か、熱くないですか?」

「そうかなぁ。涼しいと思うけど」

「そうっ……です、か」

「ポチ?  どうかした?  顔赤いよ?」

身体が熱い。海外旅行ではしゃぎ過ぎて熱が出た──なんて子供っぽい理由ではないだろう。
水を飲み干し、お代わりを頼む。

「…………ユキ様、あの……この、えっと、ナメクジ?」

「エスカルゴならカタツムリだよ」

「そう、カタツムリ……って、何かありません?  こう、代謝を良くするみたいな」

「……僕は何ともないけど」

新しいグラスが置かれ、そこに赤紫の液体が注がれる。

「あの、ユキ様……俺まだ17なんですけど」

「ノンアルコールワインだよ?  それなりの手間かけて用意したんだから飲んで欲しいな」

「……ぶどうジュースじゃないですか。まぁ……はい、普通に美味しいですね、ぶどう味……」

清涼飲料水に比べると甘さが控えめで、後味が濃い。しかし舌触りは滑らかで通りも良い、量を飲めそうだ。

「はぁっ、ぁ…………ふっ……!  ねぇ、ユキ様ぁ……」

身体が熱い。いや、疼く。
シャツの上から腹を擦り、疼きの元を探る。呼吸も荒くなってきた──明らかに体調がおかしい。

「俺……なんか、風邪とか引いたかも……」

「大丈夫?  旅行中なのに……いっぱい食べて、いっぱい飲んだら治るよ。ほら、もっと食べて」

言われるがままに食事を進める。熱のせいか過敏になっている、飲み込んだ料理やワインが喉を通り胸の辺りを落ちていくのまで分かる。いつもなら気にならないはずなのに、食器が触れ合う振動が指先を痺れさせる。

「ユキ様っ……なんか、本当に……俺、おかしいんです……」

「んー……あと少しだから頑張って全部食べて」

「はい……」

旅行中に体調を崩すなんて、同行者からすれば迷惑極まりない。雪兎はこの旅行を楽しみにしていたようだし、余計心が痛む。風邪もほとんど引かないくせに、丈夫が数少ない取り柄のくせに、こんな時に体調を崩すなんて……
体調が悪いと心も弱まるのか、俺は体調管理が出来ていない自分を責め出した。
そんな俺を雪兎は心配そうに……は見ていない、何故だろう、笑顔に見える。いや、気のせいだ、雪兎は人の体調不良を喜ぶような奴じゃない。
俺はそう自分に言い聞かせ、最後の一口を流し込んだ。
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