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おしろ、に
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水平線に太陽が溶けていく。その瞬間は空も海も赤く染まって、その景色が視界に入れば思わず足が止まる。
真っ赤な景色に目を奪われていると同じように魅了された白い影が隣に揺れる。不意にそちらに視線を渡せば、もう二度と返してもらえない。
赤い光に染まる白い肌と髪、赤みを増す瞳、どこか切なげな表情。その全てが人とは思えないような美顔に収まって、儚さを演出する。
「…………綺麗だねー」
「そうですね……」
雪兎の目は美しい自然の景色に向いていて、俺の目は雪兎に釘付け。それでも会話が滞ることはない。
日が沈み、急速に赤を消していく空の下、向き直った雪兎の額にキスを落とした。
「もぅ……ダメだよ、こんなところで」
「いいじゃないですか。どうせ誰も俺達のこと知りませんし、軽いキスなら挨拶なんでしょ?」
その細い腰に腕を回し、夜に映える古城に向かう。
「……でも、周りからどう見えてるかは興味ありますね」
「兄弟に見えるかな」
戸籍上はそうだ。だが、頭のてっぺんから爪先まで白く儚い美しさを持つ雪兎と、髪は黒く肌の色も濃く逞しい身体をした俺が兄弟に見られるとは思えない。
「ま、主人とペットには見えませんよね」
「あの人ペットっぽいって思う人そうそう居ないよ」
「ですねー、まぁ親戚の子預かってるみたいな感じですかね」
恋人、とはどちらも言えない。俺も雪兎も互いの気持ちは完璧には分からないままで、身体だけを何度も重ねて、一日のほとんどを二人きりで過ごす。
きっと恋人よりも兄弟よりも深い関係だ。けれど、わざわざ名前を付けたり既存の言葉に当てはめようとはどちらもしない。
きっと不安なのだ。
「わ……凄い、ねぇポチ見てよ、なんかすっごい彫刻してあるよここ!」
古城にはしゃぐ雪兎を眺める。ふつふつと湧いてくるのは庇護欲だ。我が子のように、弟のように、恋人のように、そのどれとも全く違う呼び方で守りたくなる。
「……待ってくださいよご主人様!」
「ちょっ……な、何言ってるの! こんな人多いとこでっ……」
「日本語分かる奴なんてそうそう居ませんよ」
「日本からの観光客も居るかもしれないじゃん! もう!」
駆け寄ってきて可愛く怒る雪兎を宥め、少なくもないがそう多くもない観光客の流れに従って古城の見学に戻る。
雪兎はカメラを覗いて上を向いていて、俺が腰に手を添えて導かなければ人にぶつかってしまうような歩き方だ。まぁ、信頼されていると思っておこう。
古城を一周して見学は終わりだ。カメラのデータを見ながら歩く雪兎は満足そうに笑っている。そろそろ前を向いて歩いて欲しいのだが、俺がいなければまともに歩けないというのも可愛いので注意は帰ってからにしよう。
「雪兎様……でいらっしゃいますか?」
恭しくお辞儀をする黒いスーツに身を包んだ男。雪風が寄越した職員だろうか。
「お迎えにあがりました、どうぞ」
黒い高級車の後部座席のドアを開け、微笑む。
「ユキ様、お迎えですって」
「…………迎え」
雪兎は俺の背に隠れて車と男を睨んでいる。いつもなら何の遠慮もなく乗り込んでいるくせに、何が不満なのだろう。
「ユキ様? どうしたんですか?」
「この辺りは景色もいいですし、歩いて帰りたいのでは? ですが、それはいけません。さ、お乗り下さい」
夕陽に見とれていたのはここから少し歩いた先の橋の上だった。だが、この辺りは街灯も少なく、景色なんてろくに楽しめない。
俺は男に少し待つよう頼み、雪兎の不満を聞くためにその場に屈んだ。
真っ赤な景色に目を奪われていると同じように魅了された白い影が隣に揺れる。不意にそちらに視線を渡せば、もう二度と返してもらえない。
赤い光に染まる白い肌と髪、赤みを増す瞳、どこか切なげな表情。その全てが人とは思えないような美顔に収まって、儚さを演出する。
「…………綺麗だねー」
「そうですね……」
雪兎の目は美しい自然の景色に向いていて、俺の目は雪兎に釘付け。それでも会話が滞ることはない。
日が沈み、急速に赤を消していく空の下、向き直った雪兎の額にキスを落とした。
「もぅ……ダメだよ、こんなところで」
「いいじゃないですか。どうせ誰も俺達のこと知りませんし、軽いキスなら挨拶なんでしょ?」
その細い腰に腕を回し、夜に映える古城に向かう。
「……でも、周りからどう見えてるかは興味ありますね」
「兄弟に見えるかな」
戸籍上はそうだ。だが、頭のてっぺんから爪先まで白く儚い美しさを持つ雪兎と、髪は黒く肌の色も濃く逞しい身体をした俺が兄弟に見られるとは思えない。
「ま、主人とペットには見えませんよね」
「あの人ペットっぽいって思う人そうそう居ないよ」
「ですねー、まぁ親戚の子預かってるみたいな感じですかね」
恋人、とはどちらも言えない。俺も雪兎も互いの気持ちは完璧には分からないままで、身体だけを何度も重ねて、一日のほとんどを二人きりで過ごす。
きっと恋人よりも兄弟よりも深い関係だ。けれど、わざわざ名前を付けたり既存の言葉に当てはめようとはどちらもしない。
きっと不安なのだ。
「わ……凄い、ねぇポチ見てよ、なんかすっごい彫刻してあるよここ!」
古城にはしゃぐ雪兎を眺める。ふつふつと湧いてくるのは庇護欲だ。我が子のように、弟のように、恋人のように、そのどれとも全く違う呼び方で守りたくなる。
「……待ってくださいよご主人様!」
「ちょっ……な、何言ってるの! こんな人多いとこでっ……」
「日本語分かる奴なんてそうそう居ませんよ」
「日本からの観光客も居るかもしれないじゃん! もう!」
駆け寄ってきて可愛く怒る雪兎を宥め、少なくもないがそう多くもない観光客の流れに従って古城の見学に戻る。
雪兎はカメラを覗いて上を向いていて、俺が腰に手を添えて導かなければ人にぶつかってしまうような歩き方だ。まぁ、信頼されていると思っておこう。
古城を一周して見学は終わりだ。カメラのデータを見ながら歩く雪兎は満足そうに笑っている。そろそろ前を向いて歩いて欲しいのだが、俺がいなければまともに歩けないというのも可愛いので注意は帰ってからにしよう。
「雪兎様……でいらっしゃいますか?」
恭しくお辞儀をする黒いスーツに身を包んだ男。雪風が寄越した職員だろうか。
「お迎えにあがりました、どうぞ」
黒い高級車の後部座席のドアを開け、微笑む。
「ユキ様、お迎えですって」
「…………迎え」
雪兎は俺の背に隠れて車と男を睨んでいる。いつもなら何の遠慮もなく乗り込んでいるくせに、何が不満なのだろう。
「ユキ様? どうしたんですか?」
「この辺りは景色もいいですし、歩いて帰りたいのでは? ですが、それはいけません。さ、お乗り下さい」
夕陽に見とれていたのはここから少し歩いた先の橋の上だった。だが、この辺りは街灯も少なく、景色なんてろくに楽しめない。
俺は男に少し待つよう頼み、雪兎の不満を聞くためにその場に屈んだ。
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