俺の名前は今日からポチです

ムーン

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きゃんぷ、よん

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浅瀬で立膝をついて座り、足に祖父を乗せて胸にもたれさせ、腕で軽く支える。

「で? 雪兎、何をしたいんだ?」

「遊びたいの! おじいちゃん泳げる?」

「さぁな、多分無理だ」

「じゃあ……」

浅瀬に立った雪兎は手を使って水飛沫を上げ、祖父の顔も頭もびしょ濡れにしてしまった。

「……っ、み、水の掛け合いか? いいだろう」

川は雑菌まみれだとか主張していたのだ、そんな水を顔に被った不快感は計り知れない。他者の体温を感じれば息を飲み、肉を食えば吐くような潔癖症だ、耐えているのが奇跡だ。

「お返ししてやるよ、ほらっ!」

「わっ! えへへっ、おじいちゃんもやるなぁ、えーいっ!」

幼くはしゃぐ雪兎に俺はもう見えていないのかもしれない。何度も何度も水を掛け合い、雪兎の息が上がる頃、祖父の顔は真っ青になっていた。

「ふぅ……ちょっと水飲む」

使用人から受け取った水筒の水を飲み、雪兎も祖父の顔色に気付く。

「おじいちゃん、大丈夫? 唇紫だよ、寒いの?」

「……寒い、が……平気だ。まだ遊ぶか?」

他人に触れられるのを嫌がる祖父を気遣って水着の上から触っていたから気付かなかったが、体温も低い。潔癖症ゆえの精神的ダメージに、体温を保ちにくい痩身が重なって今の事態を引き起こしたようだ。

「震えてるじゃないですか……!」

「ど、どうしよう……暖炉あったよね? 火つけてくる!」

「待ってくださいユキ様! あれ確か飾り暖炉でしたって!」

ロッジの方へ走る雪兎に向かって大声を上げ、使用人からバスタオルを受け取って祖父を包み、抱き締める。

「何か体を温められるものありませんか?」

「車に毛布が……」

「すぐ取ってきてください!」

「ポチー! ポチ、来て!」

雪兎の声の方へ行ってみると焚き火が行われており、傍に雪風が折りたたみ式の椅子に座っていた。

「マジで親父来てたのか……」

焚き火の傍に胡座をかいて足の上に祖父を座らせる。

「なんで焚き火なんかしてるんです?」

「魚釣ったからだよ。食えそうなのはアユしか釣れてないけど」

よく見れば棒に刺さった魚が焚き火に炙られている。

「そろそろ焼けただろ。粗塩降って……ほらユキ食ってみろ」

棒の持ち手にハンカチを巻いて雪兎に渡す。雪兎は祖父を気にしながらも一口齧り、目を輝かせた。川遊びで疲れ冷えたところに焼き魚、最高だな。

「で、親父は何してるんだ?」

「川遊びしてて体冷やしたみたいなんだ。何か温かい飲み物ないか?」

「味噌汁くらいしかないけど、親父こういうの飲まねぇだろ」

焚き火に当たってマシになったとはいえまだ寒そうだ。

「とりあえずくれよ」

雪風は鞄から水筒を取り出し、耐熱性のコップに中身を出した。ワカメと豆腐だけのシンプルな味噌汁だ。

「目分量の合わせ味噌だ、味見はしてねぇ」

「雪風が作ったのか。なんでそんな余計な冒険するんだよ……おじい様、ほら、雪風お手製の味噌汁ですよ」

「お手製とか言ったら更に飲まねぇぞ」

雪兎よりも弱々しく思える小さな手でコップを受け取り、祖父はじっと中身を見ていた。躊躇っているのだろう。

「おじい様、温まりますから、ね?」

「……お前が作ったのか?」

「作りながらくしゃみとかしてねぇぞ」

祖父はゆっくりとコップを傾けて味噌汁を一口飲んだ。コップを挟んで尖る唇を上から見た光景はまさに幼児そのもの。

「飲んだ!? 親父が……手作りを、そんなバカな」

「雪風、もう一匹食べていい?」

「昼飯は肉の予定だぞ、肉より魚がいいなら食っていいけど」

こくこくと味噌汁を飲み干した祖父の顔色は元の真っ白に戻っていた。元々顔色は良くないので安心してもいいだろう。

「おじい様、まだ寒いですか?」

「……いや」

焼かれていたアユは三尾。雪兎が食べ終えて雪風が今食べていて、残りは一尾。

「魚、食べます?」

「いらん」

残り一尾は俺のものになった。早速食べよう……うん、美味しい。

「……酷い日だ。雑菌まみれの水に浸けられて、目や口に少なからず入って、お前の気色悪い体温をずっと感じて、手作りの味噌汁を飲まされた。全く不愉快だ」

俺達三人の顔を順に睨み、祖父は深いため息をついた。

「これで足が動けば人生最悪の日だな」

俺が食べていた魚を一口齧り、俺にだけ分かるようにニヤッと笑った。
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