失恋は新しい恋の始まり

白井由貴

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8:君とならどこでも

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 カフェでの合コン(仮)はお開きとなり、僕と理人は兄に促されるがままにひと足先に外に出た。冗談だと思っていたのだが、兄は本当に僕達の分の参加費も纏めて出してくれたようだ。この場で渡しても受け取ってもらえないだろうから帰ったら渡そうと理人と話し合い、そのまま僕達は抜けた。

 兄も今は榎本さんとは一緒にいたくないようで、趣味が合った人達と一緒に遊びにいくことにしたらしい。その中には勿論田辺さんの姿もあり、僕は彼女に頑張れとエールを送った。

 正直、主催者である榎本さんには悪いことをしたと思っている。僕や理人が来なければ今頃は全員でカラオケに行って楽しめていたことだろう。それが僕達が来たことによって狂ってしまった。申し訳ない気持ちに無意識に頭が下がっていく。

「蒼真」

 理人が僕の名前を呼ぶ。駅に向かう道を歩く足を止めて隣を見ると、理人が心配そうな表情でこっちを見ていた。

「蒼真は悪くない。……俺と颯太さんが、我慢できなかっただけだ」
「……我慢?」

 そう聞き返すと理人はこくりと頷いた。
 話を聞くと、どうやら理人も颯太兄ちゃんも榎本さんの言い方に腹を立てていたらしい。
 僕と田辺さんが二人きりで話している間も何かと僕達のことを言っていたようで、その時のことを話す理人の額には薄らと青筋が見えた。内容は教えてもらえなかったが、初めから僕達のことをあまりよく思っていなかったらしい彼は理人と兄が腹を立てるようなことを言ったのだそうだ。

 まあ、僕には関係のないことだ。もし本当に言われていたのだとしても聞こえていないのだから、腹を立てるもない。それに僕の代わりに理人達が怒ってくれるのなら、僕はそれで良いんだ。

 そう理人に告げると、彼は眉尻を下げて笑った。お前はそう言う奴だよなと呆れを含んだように言うが、その声音はとても柔らかで優しいものだ。

「ねえ理人、今からどこ行く?」
「蒼真といられるならどこでも」
「……理人はどっか行きたいところないの?」
「蒼真がいれば……ごめんって。じゃあゲーセンでも行くか?」

 理人は甘い眼差しで僕を見ながら朗らかに笑う。
 理人が僕に向ける眼差しはいつも柔らかくて春のように暖かで、そして砂糖のように甘い。家族に向けられるものとは全く違うその優しさに、僕の胸はいつも騒がしくなるのだ。

 僕も理人も、きっと特別どこに行きたいとかはなく、一緒にいられればそれで良い。確かにその通りではあったんだけど、ただ歩いているだけというのも何だったので理人が提案してくれたゲームセンターに行くことにした。

 今いる場所から目的地までは十五分ほど歩く。そのたった十五分の道のりをゆっくりと肩を並べて歩いていくことが、僕にとっては最早目的のように感じられた。男女の恋人であればこういう時手を繋いだり腕を組んだりするのだろうが、僕達は男同士。触れ合って温もりを感じることが出来ないことが残念だが、それでもこうして一緒に歩いているだけでも幸せなことだ。

「……?」

 上着の袖を僅かに引っ張られるような感覚に僕は自分の腕を見た。理人の腕と僕の身体の間に挟まれた僕の左腕、その袖を控えめにちょいと摘まむ僕よりも少し大きくて骨張った手が見え、僕は足を止める。数度瞬きをした後、僕はゆっくりと左側を見上げた。

「……え、なに?どうかした?」
「手、繋ごうよ」

 理人はその甘さを含んだ琥珀色の瞳を細め、眉尻を下げている。断られるかもしれない、そんな不安が感じ取れ、僕はくすりと笑ってしまった。

 本当は僕だって繋ぎたかった。理人と触れたい、温かさを感じながら歩いてみたかった。でも男同士だからそれも出来ないんだろうなと半ば諦めていたことだったから、僕はこうして理人も同じことを思ってくれていたんだと思うととても擽ったい気持ちになるのだ。

 不安げに袖を摘む理人の指にそっと手を添えると、彼の目が見開かれていく。いいの?とでも聞きたそうに揺れる琥珀色の瞳が太陽の光できらりと光って綺麗だった。僕は彼の指に自分の指を少し絡める。

 指先同士が触れ合い、熱が伝わる。
 心臓がとくとくと鼓動を早める。キスもまだ数回しかしたことがないが、いつかはこうして触れ合うことにもなれるんだろうか。いや、慣れる気がしないななんて内心苦笑していると、理人の掌と僕の掌が重なった。

「……理人の手は大きいな」

 重なるとより顕著になる手の大きさに、胸がとくんと高鳴った。成長途中とはいえ同年代の男子の中でも小さめな僕の手は、理人の手と合わせると第一関節分くらい彼の方が大きい。大きいというよりも指が長いと言った方がいいのかもしれない。
 どちらにしろ僕とは違って男らしく綺麗な手をしている理人の手は、僕の男らしくない手を包み込んでしまえるくらいには大きいのだ。

 指と指の間に指を絡ませるようにきゅっきゅっと握られ、少しの擽ったさに思わず笑うと、理人もくすりと柔らかく微笑んだ。

「このまま歩いて行こうか」
「……男同士で手を繋いでたら変なふうに思われるよ」
「大丈夫。……ほら、フード被ったらわからないよ」
「……フード被る方が怪しくないか?」

 さっきとは打って変わって僕の恋人は上機嫌だ。クールな王子様のような見た目なのは変わらないが、普段の彼から考えると鼻歌でも歌いそうな程に機嫌がいいように見える。これは僕と手を繋いで歩けることが嬉しいと解釈しても良いのだろうか。

 理人は大丈夫と言いながら僕のパーカーのフードをふわりと頭に被せ、とてもにこやかな表情でかわいいと呟いた。こんな蕩けそうな表情で僕を褒める奴なんて、理人以外にいないだろうな。

 
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