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10:どんぐりの背比べ
しおりを挟むどうやら今日一日で身体測定とスポーツテストの両方を行うようで、ホームルームが終わってすぐに僕たちは体操服へと着替えた。もう五月がくるとはいえ、まだ半袖短パンの体操服だけでは少し肌寒い。体操服の上に学校指定の長袖のジャージを羽織る。
今日は学年ごとに行動が決められており、僕たち二年生は午前中に身体測定、午後からスポーツテストを行うことになっている。因みに一年生と三年生は午前中にスポーツテストの半分をして、午後からは交代で残りのスポーツテストと身体測定を行うそうだ。
身体測定は武道場と保健室の隣にある二つの空き教室、計三箇所で行われる。どこからでも好きなところから行けば良いとのことなので、僕と理人、それから友人三人とともに、担任から配られた紙を手にまずは会場の一つである武道場へと向かうことにした。
武道場に行くと既に外まで大行列が続いていた。出遅れたか、と思いながら急いで列の最後尾に並んだが、どうやら出遅れたのは僕たちだけではなかったらしい。その証拠に次から次へと背後には二年生の列が続いていた。
人で溢れ返った光景に、そりゃあ午前中いっぱい身体測定にかかるわけだと納得する。
「そういえば理人は一年の時どのくらいの身長だったんだ?」
「確か……180cmないくらいだったと思うけど」
「くっ……」
僕とそんなに変わらない身長の友人が理人を僅かに見上げながら、自分の頭上から理人の顔辺りへと手のひらを動かしてその身長差に嘆く。わかる、わかるぞと内心こくこくと頷きながら僕も同じように理人を見上げると、ぱちりと視線が合った。
理人は僕の頭にまっすぐに伸ばした手のひらを乗せて小首を傾げた。
「蒼真は170cmだったか?」
「そ、そうだけど……なんで覚えてんの?」
自分の身長を正確に記憶していないくせになんで僕のだけはしっかりと覚えているんだと、若干引き気味にそう聞くと、理人はきょとんとした表情のあと、さも当たり前だと言うように口を開いた。
「だって大台突破したって言ってたろ?」
「……っ」
柔らかな視線が俺に降り注ぎ、目の前の端正な顔がふわりと笑んだ。建物の間から柔らかく降り注ぐ太陽の光が理人を照らし、まるで理人自身がきらきらと輝いているようである。それがあまりにも綺麗で思わず見惚れていた僕は、少し前に並んでいた女子達の騒ついた声に漸く我に返ることができた。
それにしてもこいつはなんて表情で笑うんだろう。理人が綺麗で格好良いことはずっと昔からわかっていたはずなのに、付き合い始めてからの僕に対する理人の視線や表情があまりにも甘くて僕は事あるごとにどきっとさせられてしまう。
イケメンの本気を見た…と後ろで誰かがぼそりと呟いた。内心首がもげそうになる程その言葉に同意したのは、きっと僕だけではないだろう。
「蒼真、前進んだ」
「……あ、うん」
五人分くらい一気に前に進んだが、まだまだ道のりは長い。僕の心臓はさっきの衝撃に未だドッドッと大きく音を立てていて、治るまでは少し時間がかかりそうだ。肩がくっつくほど近くにいる理人にはこの音が聞こえているのか、さっきから僕を見る彼の表情はとても嬉しそうだった。
大行列だった割に進むのが早く、三十分も経たないうちに順番が来た。畳敷の武道場には幾つもの五つの身長計と体重計が等間隔に置かれ、そのそれぞれを体育委員や先生達が二人ずつペアになって担当しているようだ。
五ヶ所のうち二ヶ所は教師の二人組が担当だったが、どうやらそこは女子が測定する場所らしい。
女の子って大変なんだなと思いつつ、紙を渡して靴下を脱いで台座の足跡に合わせて身長計に上がる。ステンレスの台座に足の裏が触れるとヒヤリとした。
後頭部、肩甲骨、踵をそれぞれメモリ部分に当てて顎を少しだけ引く。そのまま待っていると頭のてっぺんにプラスチック樹脂製のカーソルが軽く当たった。そして計測結果が出るとすぐに台座から降りて体重計に乗り、また降りる。もう一人の体育委員から記入された紙を貰って僕はひと足先に武道場を出た。
「蒼真、身長どうだった?」
「……172cm」
「よっし!勝った!173cm!」
「いや1cmは誤差だろ」
「いやいや、たとえそうだったとしても勝ちは勝ちだ」
多分僕たち二人以外の友人達がこの会話を聞いていればどっちもどっちだと言うだろう。確かにどんぐりの背比べ状態である。しかし残念ながら今この場にいるのは僕たちだけで、生憎ツッコむ人はいなかった。
他の友人達も続々と出てくる中、理人だけがなかなか出て来ない。友人達と顔を見合わせてから武道館を覗いてみると、そこには案の定女子数人に囲まれている彼がいた。
「はー、イケメンすごいな」
「あれだけモテるのに彼女いたことがないとか言ってなかったか?あいつ」
「そうなの?あいつ彼女いたことないの?嘘だろ??」
「あれ?でも最近できたんじゃなかったっけ?」
友人達が武道館の入り口からそっと覗き見ながらそんな会話を繰り広げる様子を苦笑しながら見ていたのだが、友人一人の言葉に僕は盛大に吹きそうになった。
は、なに、あいつ付き合いだした宣言でもしたの?
もしかしなくてもそれって……僕、のことだよね?
顔が熱くなる。でももしそうだとしたらとても嬉しいことだ。しかし同時に、今目の前で理人の『彼女』について盛り上がっている彼らが、実際は『彼女』ではなくて『彼氏』だと知った時にどう思うのか怖くなった。
「おい蒼真?大丈夫か?顔、真っ青だぞ」
「え……あ、ちょっと、立ちくらみ、かも」
どうやら僕は今酷い顔色をしているらしい。動揺が声にも現れ、僕は咄嗟に思いついた言い訳を口にした。
「保健室行くか?どうせ午前中は身体測定だけだし」
「うん……そうする」
優しい友人達の心配そうな表情に胸が痛みつつ、僕は友人達に断ってその場を後にした。
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