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16:スポーツテスト②
しおりを挟む上体起こしを終え、反復横跳びをしたら体育館で実施されているテスト項目は全て終了となる。次はグラウンドに行こうと靴を履き替えて体育館裏からグラウンドに向かっていると、向かいから誰かが走ってくるのが見えた。
咄嗟に理人が僕の腕を引いてくれた為にぶつからずに済んだが、僕一人だったら思い切りぶつかっていただろう。前見て走れと言いたいところだが、僕は今リヒトの腕に抱かれてそれどころではない。
「……あ、ありがと」
「ああ、間に合って良かった」
――まただ。またあの目だ。
理人の僕を見る目はいつも甘く蕩けるようだ。
愛おしいという気持ちを隠すこともなく全面に押し出してくる瞳だ。付き合う前はこんな感じではなかったのに、恋人になった途端この目で僕を見てくる様になった。
僕はこの瞳で見られる度に喜びと同時に不安を感じている。大事にされているのだとわかる一方で、親友だったあの頃には戻れないかもしれないという不安。自分勝手な感情だと思う。別に別れることを前提として考えている訳ではないのだが、どうしてか親友であることを懐かしんでしまうことがあるのは事実だった。
「蒼真?」
「……ううん、なんでもない。ありがと、もう大丈夫」
理人の薄くもなく厚過ぎない胸元に手を置いてぐっと力を入れる。くっついていた温もりが離れていく事に一抹の寂しさを抱きながら、それでも僕は離れて笑った。
今の僕の表情は自分でもわからない。
俯いているから理人も僕がどんな表情をしているかなんてわからないだろう。
本当はさ、怖いんだよ。理人は僕のことを『僕だから好き』と言ってくれたことを素直に受け取ればいいのに、それでも心のどこかできっと男同士だからいつかは離れて行っちゃうんじゃないかって時々怖くなるんだ。
それは好きになればなるほど強くなっていって、離れられなくなっていく自分に気がついて余計怖くなる。どうすれば理人が離れないかなんて考えてしまいそうになる自分にも嫌気がさして、それで僕は――
「蒼真」
「っ……え、なに?」
「俺は、蒼真が好きだよ」
真剣な瞳が真っ直ぐに僕を射抜く。今僕が考えていた思考を全て見透かしたようなその視線と声に、僕の体が小さく震えた。
「俺は蒼真が好き、蒼真だけが好き」
「……うん」
「絶対に離れない。約束する」
理人が眉尻を下げながら発した言葉に、目を見開いた。
「……もしかして、声に出てた?」
「出てはなかったけど、蒼真の考えてることくらいわかる。何年一緒にいると思ってんだよ」
「そう……だったな」
たったそれだけ、その一言だけで僕の思考はまともに戻っていく。ふとした瞬間に感じる不安と恐怖を、理人は僕以上に理解しているのかもしれない。
「さ、グラウンドへ行くぞ。本当はずっと蒼真とこうしてたいけど、そろそろ行かないと時間がなくなりそうだ」
そう言って自然に目の前に差し出された手に自分の手を重ねる。ほんのりと汗ばんだ手が、同じく僕の少ししっとりとした手に重なり、吸い付いた。校内で男同士がこうして手を繋いでいるのは側から見たら滑稽に映るかもしれないが、今はどうしてかあまり気にならなかった。
人が多くなってくる前にどちらからともなく手を離し、その代わり体が触れ合うくらいに近くに寄りながら歩いていく。グラウンドの奥側、つまり校舎から一番離れた場所で立ち幅跳びをしているらしい。三年生が持久走をしているトラックを避けながら立ち幅跳びを計測している場所まで向かう。
「あ」
「ちっ」
立ち幅跳びの列は三つに分かれていて、僕達はその内の一番奥側の列へと並んだ。驚いた様な誰かの声と珍しい理人の舌打ちが頭上から聞こえ、僕は俯いていた顔を上げた。
「……天城くん?」
「あ……と、おう……今朝はぶつかってごめん」
「ううん、こっちこそ」
なんだか歯切れが悪いような気がする。今朝ぶつかった時は爽やかな感じで笑顔だったのに、今は決まりが悪そうな表情で目を逸らしている。初めは保健室で何やら理人と言い合いをしていたみたいだったから気まずいのかもしれないと思ったが、僕のことをちらちらと見ている様子からどうやら違うらしい。
もしかして、と思いながら「八重樫くん?」と聞いてみたところ、彼はその綺麗な青味を帯びた瞳を大きく見開いて眉尻を下げた。
「さっき理人に聞いたんだ。えっと……僕のこと覚えてる?昔ご近所さんだった藍沢蒼真」
「お、覚えてるに決まってる……!」
「そっか、覚えててくれて嬉しい。ありがとな」
「……うん」
僕はにこりと笑いながら、内心では首を傾げていた。八重樫翔くんってこんな感じの子だったっけ?昔はもっと強引で強気で自信満々だった気がするんだけど…と理人を見上げると、天城くんを鋭い眼光で睨みつけていた。
理人のそんな表情をあまり見たことがない僕は、ひっと情けない声をあげそうになったがなんとか押し留め、すっと前に顔を向けて顔を赤くしている八重樫くんを見た。
「顔赤いけど大丈夫?日差しもきついから……水分はしっかり取ってる?保健委員呼んでこようか?」
そういえば天城くんも午前中に保健室にいたことを思い出した。あの時は僕が起きてからすぐに部屋を出ていったけど、もしかしたら体調が悪くて保健室に来ていたのかもしれないと思うと、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「大丈夫!ちょっと暑かっただけだから……それより、もし良かったら、その……昔みたいに呼んでくれると嬉しい、んだけど」
「昔みたいに?……翔くんってこと?」
「っ、ああ……駄目か?」
「じゃあ翔くんって呼ぶよ。僕も昔みたいに蒼真でいいから」
翔くん、と言う度に彼女のことが脳裏にちらつく。もう未練もなにもないはずなのに、やっぱり失恋の記憶ってのはそう簡単には薄れないのかもしれない。
「蒼真」
「なに?理人」
理人が僕の長袖ジャージをくいっと小さく引っ張った。少し高い位置にある理人の顔を見上げると、言葉よりも雄弁に語る琥珀色の瞳が僅かに揺れた。どうやら僕が天城くん――翔くんとばかり話しているのが寂しかったようだ。
大丈夫だよと言うように長袖ジャージの袖を摘む理人の手にすっと手を重ねると、ほっとしたように目元が和らぐ。目は口ほどに物を言うという言葉があるが、今の理人はまさにそれだ。
「……相変わらず理人と仲が良いんだな」
「ん?まあ、そうだな。ずっと一緒だから」
ずっと一緒の幼馴染。生まれた時から一緒で幼稚園から今までずっと同じクラスという奇跡を起こし続けている幼馴染であり親友であり――恋人だ。最後の部分は言葉にはできないけど、僕はこっそり心の中で付け足した。
目の前の翔くんは何かを考え込むように顎に手を当てて俯いている。列が進み、未だ考え込んでいる彼の腕をとんとんと軽く叩いて前を指差すと、慌てた様子で列を詰めた。あともう少しで僕たちの番が来る。翔くんの前の人が二回目を飛び終え、記録を記入した紙を受け取って去っていく。翔くんの番になり、彼が踏み切り線の前に立った。
クォーターだという彼の背丈は理人と同じくらいか少し高い。すらりとした細身の理人と比べれば体格は良い方だと思う。今朝ぶつかった時にも体幹がしっかりしているのかよろける事もなかったので、運動能力も高いんだろうなとぼんやりと思っていた。
翔くんが両足に力を込めて、真っ直ぐ前に跳んだ。綺麗な放物線を描き、着地点である砂場へと両足で着地した時、周囲からは感嘆の声が漏れた。綺麗なフォーム、そして高い記録。周りにいる生徒達は皆彼に目を奪われていた。
「……すご」
誰かがそう零した呟きに、皆が内心頷いていた事だろう。斯くいう僕もそうだった。ただのスポーツテストの種目の一つである立ち幅跳びにも関わらず、思わず目を奪われてしまうほど、翔くんはきらきらと輝いて格好良かった。
二回目も同様だった。一回目の時は見惚れて我を忘れていた記録係は、二回目はなんとか自分で我に返って踏み切り線から着地した足の踵までの距離をメジャーで測る。その記録は多分校内で一番らしく、記録係の生徒達がきゃあきゃあとはしゃいでいた。
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