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廃村の亡霊編
トラウマ
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「……はぁ、参っちまうねぇ、ほんと」
窓の外、朝焼けの淡い日射しが差し込む一室。
「あんな女、拾うんじゃなかったよ……」
腕を縛られたマルティナは、冷たい床に体を横たわらせて、そんなことを呟いた。
その瞳は何も映さず、ただ虚空を見つめている。
頭の後ろでまとめていた赤髪は解けて、床に広がっていた。
「ふぅ……あたしはこれから、どうなるんだろうねぇ……」
最も確率が高いのは、港の自警団に引き渡され、そこから国の首都へと渡り、拷問の末に処刑されるか。
あるいは、何処かの奴隷商人に売られるか、だ。
「また、あの生活に逆戻りかい」
奴隷として売られた場合、おそらくは性奴隷としての未来が待っているだろう。
「……どうでもいいけどね」
だが、すでに体を穢され切っているマルティナにとって、そんなことは取るに足らないことだ。
あの教会から逃げ出し、盗賊になった日から、自分の体を売る真似事は何度でもしてきた。
今さら生娘のように、泣いて許しを乞うような真似はしない。
「まぁ、十中八九、処刑されるんだろうけどねぇ」
と、マルティナが達観していると、
ガチャ、
という音を立てて、部屋の扉が開いた。
「誰だい?」
部屋に光は差し込んでいるが、扉の部分は丁度日陰になっており、相手のシルエットしか確認できない。
すると、影はゆっくりとマルティナへと近づいていき、その正体が見えてくる。
「ちっ……あんたかい」
「…………」
部屋に入ったのは、天馬だった。
ディーとの相談を終えた天馬は、真っ直ぐにここへと足を運んだのだ。
「2日振りですね。ちゃんとご飯は食べていますか?」
「ふん……なんにも」
「そうですか」
とても淡白な会話。事務的を通り越して、お互いの声はかなり冷たい。
「それで、あんたは何をしにここに来たんだい?」
と、そう尋ねたマルティナは、天馬が手に水の入った桶と、数枚の布を持っていることに気づいた。
それを見たマルティナの口端が、僅かに持ち上がる。
「拷問かい。あんた、顔に似合わず結構エグい真似をするんだねぇ」
水と布を使った拷問に、ウォーターボーディングというものがある。
相手の体を拘束し、顔に布を被せ、その上に水を掛けるだけ、という単純なものだ。
しかし、この水責め拷問、その単調さのわりに凶悪で、相手の呼吸器官を濡れた布で塞いでしまうため、かなりの苦しみを与えることができる。
現にマルティナも、過去にこの拷問を使ったことがある。
「綺麗な顔をしておいて、随分と過激じゃないかい」
「……はぁ~~~~~っ」
天馬はマルてティナの言葉に、心底呆れたと言わんばかりに、盛大なため息を吐いた。
「何を勘違いしているんですか。失礼なひとですね」
「は? それじゃ何をしにこんな場所まで来たっていうんだい?」
「すぐに分かりますよ」
天馬は呆れた表情を浮かべたまま、マルティナの側に膝を付くと、おもむろに彼女の服を脱がし始めた。
腕を縛っているので、上の服は腕に引っ掻けたままだが。
「ふん、なんだいあんた、そっちの趣味があったのかい」
「違います。変な勘違いをしないでください」
とは言いつつも、天馬の顔はかなり真っ赤に染まっていた。
「は、そんな顔をしながら否定したって、説得力なしだよ」
「むぅ、少し黙っててください」
そう言って、天馬は布を桶の水に潜らせて、固く搾る。
「すぐに済みますから、大人しくしててください」
「…………」
マルティナは瞳を閉じて、小さく呆れるようにため息を吐いた。
「はぁ、やっぱり女好きかい。こんな汚れきった女相手に欲情できるとか、変態だねぇ」
「いいから、黙ってて下さい。すぐに済みますから」
と、そう言って天馬は、固く絞った布で、マルティナ体を拭き始めた。
「……なにしてんだい?」
「見ての通りです。体を拭いているんですよ。あ、少し腰を持ち上げますよ」
「……意味が分からないねぇ」
警戒心を抱きつつ、マルティナは天馬にされるがままに、体を預けた。
――そして、30分ほど経った頃。
「終わりました。服を着せますから、腰を浮かせて下さい」
天馬は声の抑揚をできるだけ抑えて、マルティナに服を着せていく。
しかし、その顔はいまだに赤くなっており、マルティナの体を直視しないように、目を逸らしていた。
「何が何だか、さっぱりだねぇ、あんた……」
「うるさいです……と、それよりも何か食べましょうか。2日も食べていないのでは、倒れてしまいますよ」
「余計なお世話だよ。だいたいあたしは空腹なんて……」
きゅ~~……
「「…………」」
瞬間、マルティナのお腹から、彼女の見た目に反して随分と可愛らしい虫が鳴いた。
「お腹、空いてるんじゃないですか」
「勘違いだよ、こんなものは……」
きゅ~~……
「「…………」」
またしても、部屋の中に可愛らしい虫の鳴き声が響いた。
「はぁ、とりあえず何か食べますか」
天馬はそう言って立ち上がると、部屋の中に詰まれた木箱の一つから、芋を取り出した。
先日まで、天馬達が盗賊から与えられていた食料だ。
今は逆に、これが盗賊達の食料になっている。
「このままじゃおいしくないですね。少し焼きますか」
と、天馬は芋を皮ごと火の魔法で炙り始めた。
全体に満遍なく火を通し、皮が焦げる。
「ふぅ、こんなものですかね……」
「……相変わらず、奇天烈な技を使う女だねぇ。気味が悪いよ」
「それはどうも。はい、あなたのです。食べて下さい」
この芋、地球で言うところのサツマイモや安納芋《あんのういも》によく似ている。
火を通すことで甘みが増し、しっとりとした食感になるのだ。
生で食べても、噛んでいるうちに甘みが出てくるのだが、焼いたほうが圧倒的にうまいのである。
「はん、そんなわけの分からない火で炙られた芋なんか食えるかい。あんたが自分で食いな」
「いいから、『食べなさい』」
「っ?!」
瞬間、マルティナの手が本人の意思とは無関係に動き、天馬が手に持っている芋を受け取ってしまう。
「な、なんで、体が勝手に?!」
何が起きているのか分からないマルティナは、動揺を隠せず、慌て始めた。
しかし、その間にもマルティナの体は芋を口に運ぼうと動き続け、遂には噛り付いて口に入れてしまった。
「っ~~! ごほっ、ごほっ……!」
「って、大丈夫ですか?!」
熱々の焼き立て。
焼き芋を口に入れたマルティナは舌を火傷し、喉を通る高温の物体に咽てしまった。
「すみません、熱かったですね。はい、水です」
少々涙目になっているマルティナは、天馬が差し出した革製の水袋をひったくると、一気に煽った。
「はぁ、はぁ、っ……随分と味な真似をしてくれじゃないかい……」
「いえ、まさかそこまで熱かったとは思っていなくて……すみません、すぐに冷まします」
言うが早いか。天馬はマルティナから焼き芋を受け取ると、息を吹き掛けて冷まし始めた。
「ふぅ~、ふぅ~、ふぅ~……」
「……」
そんな天馬の姿を、マルティナは冷めた表情で見つめていた。
「ふぅ~、ふぅ~、ふぅ~……これくらいなら。はい、どうぞ」
「はっ、誰があんたの臭い息が掛かった食いもんなんか食べ……」
「『食べなさい』」
「っ、また?!」
マルティナの体はまたしても言うことを聞かず、焼き芋を受け取るとそのまま食べ始めた。
適度に冷まされたおかげで、今度は普通に食べられるようだ。
「っ~~、なんであたしが、もぐもぐ……こんなわけの分からない、もぐもぐ……もんを食わなきゃ! ……もぐもぐ、もぐもぐ……」
悪態を吐きつつも、マルティナは芋に噛り付き、咀嚼していく。
その味に、マルティナはどこか懐かしいものを感じて……
「おいしいですか?」
「っ! そんなわけあるかい! こんなもの、昔食べた味に比べたら! っ?!」
声を荒げるマルティナ。すると突然、
「(そうだ、全然違う……)」
彼女の様子に変化が現れる。
「(違う、違う……こんなのは、…………の味じゃない)」
口に入れた芋の味を確かめる度に、過去の記憶が甦ってくる。
「(こんなものは、……さんの味じゃない)」
彼女が、最も幸せで、最も残酷な現実を知った、あの日のことも……
「……」
焼き芋を完食したマルティナは、無言で自分の掌を見つめた。
芋の残熱に、僅かな甘い残り香を感じて、マルティナの心臓がドクンと脈打つ。
「そうですか? 焼き加減はそこそこだったと思うんですけど……て、あの、聞いてますか?」
「……がう。あんなのは、…………の味じゃない……」
「え?」
突然、何事かを呟いたマルティナ。
しかし蚊の泣くような声のせいで、天馬はまともに聞き取れない。
「ちょっと、大丈夫ですか?」
「うるさい……」
「いや、あの……」
「うるさい! 喋るな!!」
「っ?!」
急に大声を上げるマルティナに、天馬は思わずビクリと体を震わせた。
「あんなもの、母さんの味じゃない! あんなもの!」
「な、何を言って……」
「あたしは、あた、し、は……『私』は……ぁ、ああ、……」
髪をくしゃりと掻き毟り、瞳からボロボロと涙を溢れさせ、情緒不安定になるマルティナ。
「母さん、母さん、母さん……」
「……」
まるで幼児退行でもしたかのように、母親を呼び続ける。
次第にその表情は恐怖に歪んでいき、マルティナは体を床に丸めた。
「いや……いや……母さん、父さん、……やだ、やだ……」
いやいやと抱えた頭を横に振り乱し、髪が揺れる。
「来ないで……やめて……こっちに、こないで……」
ガクガクと震える彼女の体。
そんなマルティナを前に、天馬も動揺を隠せなかった。
「いやぁ……痛いの、いや……苦しいのも、いや……助けて……助けて……母さん……父さん……」
「(これは……もしかして)」
「やめて……もう、いじめないで……やだぁ……魔物……やなのぉ……」
――フラッシュバック。
過去のトラウマが、何かをトリガーにして、鮮明に思い出される現象。
おそらく今のマルティナは、村が魔物に襲われ、自分の身に降り掛かった災厄を思い出してしまったのだろう。
当時、マルティナの母親は、彼女を庇おうと魔物に立ち向かうも、あっけなく捕まってしまう。おまけに、彼女の目の前で弄ばれた末に、殺されてしまったのだ。
父親も、家の前で魔物と戦い戦死。その亡骸は、魔物達によって食い散らかされ、凄惨な最後を迎えた。
天馬は以前、マルティナのこれまでの記憶を、走馬灯のように覗いてしまった。
おそらく、フラッシュバックを起こしていると見て間違いないだろう。
幸せな村娘が、魔物に蹂躙され、そこから救われたと思ったら、今度は同族に裏切られて……果ては盗賊になった。
救われない、彼女の過去。
「私が何をしたのよ……何にも、悪いこと、してない……助けて……助けて……助けて…………助けてよぉ」
口調も変わり、マルティナは少女のように泣き続ける。
「――かあ、さん……」
「~~~~~っ」
天馬は堪えきれなくなり、マルティナの体を抱きしめた。
「(っ! なにやってんだ俺……相手は、盗賊のリーダーだった女だぞ!)」
そう。彼女は敵で、天馬の周りにいる者たちから、大切なものを奪った、許せない相手のはずだ。
「(それなのに……)」
天馬はここに、ある目的を持って訪れていた。
体を拭いたのも、食べ物を与えたのも、そのため。
優しくしにきたわけではない。
しかし、
「大丈夫ですから……ここに、怖い存在はいませんから」
「ぁ、ああ……かあさん、とうさん……」
天馬はマルティナの腕を縛っていた縄を解く。
するとマルティナは、その手を天馬の後方に伸ばして、何かを探すように彷徨わせる。
「ぐす……行かないで……わたしを、置いていかないで……痛いの……苦しいの…………怖いのぉ」
「大丈夫です。何もいません。ここには、あなたを苦しめる存在は、いませんから」
「うぇ、あぁ~、かあさん……かあさん……」
マルティナの腕が、天馬の背中に回される。
正直、これがマルティナの演技で、天馬を油断させる罠だとも限らない。
しかし、天馬はそんなことは考えにも及んでいないようで、マルティナの体を力強く抱きしめ、背中を優しく撫でる。
「落ち着いて……落ち着いて下さい……大丈夫ですから。ここには、あなたとわたしだけしかいません。怖いものは、どこにもいませんから」
「ぐす…………ぅ……~~~~~~っ!!」
マルティナは、天馬の胸に顔を埋めて、声を押し殺すように泣き始めた。
過去の経験から、声を上げて泣けば、相手が喜び、行為がエスカレートすることを知っている。
故に、マルティナは声を押し殺す。
「……」
そんなマルティナを、天馬は複雑な心境で見つめながら、1時間以上もの間、抱擁し続けた。
窓の外、朝焼けの淡い日射しが差し込む一室。
「あんな女、拾うんじゃなかったよ……」
腕を縛られたマルティナは、冷たい床に体を横たわらせて、そんなことを呟いた。
その瞳は何も映さず、ただ虚空を見つめている。
頭の後ろでまとめていた赤髪は解けて、床に広がっていた。
「ふぅ……あたしはこれから、どうなるんだろうねぇ……」
最も確率が高いのは、港の自警団に引き渡され、そこから国の首都へと渡り、拷問の末に処刑されるか。
あるいは、何処かの奴隷商人に売られるか、だ。
「また、あの生活に逆戻りかい」
奴隷として売られた場合、おそらくは性奴隷としての未来が待っているだろう。
「……どうでもいいけどね」
だが、すでに体を穢され切っているマルティナにとって、そんなことは取るに足らないことだ。
あの教会から逃げ出し、盗賊になった日から、自分の体を売る真似事は何度でもしてきた。
今さら生娘のように、泣いて許しを乞うような真似はしない。
「まぁ、十中八九、処刑されるんだろうけどねぇ」
と、マルティナが達観していると、
ガチャ、
という音を立てて、部屋の扉が開いた。
「誰だい?」
部屋に光は差し込んでいるが、扉の部分は丁度日陰になっており、相手のシルエットしか確認できない。
すると、影はゆっくりとマルティナへと近づいていき、その正体が見えてくる。
「ちっ……あんたかい」
「…………」
部屋に入ったのは、天馬だった。
ディーとの相談を終えた天馬は、真っ直ぐにここへと足を運んだのだ。
「2日振りですね。ちゃんとご飯は食べていますか?」
「ふん……なんにも」
「そうですか」
とても淡白な会話。事務的を通り越して、お互いの声はかなり冷たい。
「それで、あんたは何をしにここに来たんだい?」
と、そう尋ねたマルティナは、天馬が手に水の入った桶と、数枚の布を持っていることに気づいた。
それを見たマルティナの口端が、僅かに持ち上がる。
「拷問かい。あんた、顔に似合わず結構エグい真似をするんだねぇ」
水と布を使った拷問に、ウォーターボーディングというものがある。
相手の体を拘束し、顔に布を被せ、その上に水を掛けるだけ、という単純なものだ。
しかし、この水責め拷問、その単調さのわりに凶悪で、相手の呼吸器官を濡れた布で塞いでしまうため、かなりの苦しみを与えることができる。
現にマルティナも、過去にこの拷問を使ったことがある。
「綺麗な顔をしておいて、随分と過激じゃないかい」
「……はぁ~~~~~っ」
天馬はマルてティナの言葉に、心底呆れたと言わんばかりに、盛大なため息を吐いた。
「何を勘違いしているんですか。失礼なひとですね」
「は? それじゃ何をしにこんな場所まで来たっていうんだい?」
「すぐに分かりますよ」
天馬は呆れた表情を浮かべたまま、マルティナの側に膝を付くと、おもむろに彼女の服を脱がし始めた。
腕を縛っているので、上の服は腕に引っ掻けたままだが。
「ふん、なんだいあんた、そっちの趣味があったのかい」
「違います。変な勘違いをしないでください」
とは言いつつも、天馬の顔はかなり真っ赤に染まっていた。
「は、そんな顔をしながら否定したって、説得力なしだよ」
「むぅ、少し黙っててください」
そう言って、天馬は布を桶の水に潜らせて、固く搾る。
「すぐに済みますから、大人しくしててください」
「…………」
マルティナは瞳を閉じて、小さく呆れるようにため息を吐いた。
「はぁ、やっぱり女好きかい。こんな汚れきった女相手に欲情できるとか、変態だねぇ」
「いいから、黙ってて下さい。すぐに済みますから」
と、そう言って天馬は、固く絞った布で、マルティナ体を拭き始めた。
「……なにしてんだい?」
「見ての通りです。体を拭いているんですよ。あ、少し腰を持ち上げますよ」
「……意味が分からないねぇ」
警戒心を抱きつつ、マルティナは天馬にされるがままに、体を預けた。
――そして、30分ほど経った頃。
「終わりました。服を着せますから、腰を浮かせて下さい」
天馬は声の抑揚をできるだけ抑えて、マルティナに服を着せていく。
しかし、その顔はいまだに赤くなっており、マルティナの体を直視しないように、目を逸らしていた。
「何が何だか、さっぱりだねぇ、あんた……」
「うるさいです……と、それよりも何か食べましょうか。2日も食べていないのでは、倒れてしまいますよ」
「余計なお世話だよ。だいたいあたしは空腹なんて……」
きゅ~~……
「「…………」」
瞬間、マルティナのお腹から、彼女の見た目に反して随分と可愛らしい虫が鳴いた。
「お腹、空いてるんじゃないですか」
「勘違いだよ、こんなものは……」
きゅ~~……
「「…………」」
またしても、部屋の中に可愛らしい虫の鳴き声が響いた。
「はぁ、とりあえず何か食べますか」
天馬はそう言って立ち上がると、部屋の中に詰まれた木箱の一つから、芋を取り出した。
先日まで、天馬達が盗賊から与えられていた食料だ。
今は逆に、これが盗賊達の食料になっている。
「このままじゃおいしくないですね。少し焼きますか」
と、天馬は芋を皮ごと火の魔法で炙り始めた。
全体に満遍なく火を通し、皮が焦げる。
「ふぅ、こんなものですかね……」
「……相変わらず、奇天烈な技を使う女だねぇ。気味が悪いよ」
「それはどうも。はい、あなたのです。食べて下さい」
この芋、地球で言うところのサツマイモや安納芋《あんのういも》によく似ている。
火を通すことで甘みが増し、しっとりとした食感になるのだ。
生で食べても、噛んでいるうちに甘みが出てくるのだが、焼いたほうが圧倒的にうまいのである。
「はん、そんなわけの分からない火で炙られた芋なんか食えるかい。あんたが自分で食いな」
「いいから、『食べなさい』」
「っ?!」
瞬間、マルティナの手が本人の意思とは無関係に動き、天馬が手に持っている芋を受け取ってしまう。
「な、なんで、体が勝手に?!」
何が起きているのか分からないマルティナは、動揺を隠せず、慌て始めた。
しかし、その間にもマルティナの体は芋を口に運ぼうと動き続け、遂には噛り付いて口に入れてしまった。
「っ~~! ごほっ、ごほっ……!」
「って、大丈夫ですか?!」
熱々の焼き立て。
焼き芋を口に入れたマルティナは舌を火傷し、喉を通る高温の物体に咽てしまった。
「すみません、熱かったですね。はい、水です」
少々涙目になっているマルティナは、天馬が差し出した革製の水袋をひったくると、一気に煽った。
「はぁ、はぁ、っ……随分と味な真似をしてくれじゃないかい……」
「いえ、まさかそこまで熱かったとは思っていなくて……すみません、すぐに冷まします」
言うが早いか。天馬はマルティナから焼き芋を受け取ると、息を吹き掛けて冷まし始めた。
「ふぅ~、ふぅ~、ふぅ~……」
「……」
そんな天馬の姿を、マルティナは冷めた表情で見つめていた。
「ふぅ~、ふぅ~、ふぅ~……これくらいなら。はい、どうぞ」
「はっ、誰があんたの臭い息が掛かった食いもんなんか食べ……」
「『食べなさい』」
「っ、また?!」
マルティナの体はまたしても言うことを聞かず、焼き芋を受け取るとそのまま食べ始めた。
適度に冷まされたおかげで、今度は普通に食べられるようだ。
「っ~~、なんであたしが、もぐもぐ……こんなわけの分からない、もぐもぐ……もんを食わなきゃ! ……もぐもぐ、もぐもぐ……」
悪態を吐きつつも、マルティナは芋に噛り付き、咀嚼していく。
その味に、マルティナはどこか懐かしいものを感じて……
「おいしいですか?」
「っ! そんなわけあるかい! こんなもの、昔食べた味に比べたら! っ?!」
声を荒げるマルティナ。すると突然、
「(そうだ、全然違う……)」
彼女の様子に変化が現れる。
「(違う、違う……こんなのは、…………の味じゃない)」
口に入れた芋の味を確かめる度に、過去の記憶が甦ってくる。
「(こんなものは、……さんの味じゃない)」
彼女が、最も幸せで、最も残酷な現実を知った、あの日のことも……
「……」
焼き芋を完食したマルティナは、無言で自分の掌を見つめた。
芋の残熱に、僅かな甘い残り香を感じて、マルティナの心臓がドクンと脈打つ。
「そうですか? 焼き加減はそこそこだったと思うんですけど……て、あの、聞いてますか?」
「……がう。あんなのは、…………の味じゃない……」
「え?」
突然、何事かを呟いたマルティナ。
しかし蚊の泣くような声のせいで、天馬はまともに聞き取れない。
「ちょっと、大丈夫ですか?」
「うるさい……」
「いや、あの……」
「うるさい! 喋るな!!」
「っ?!」
急に大声を上げるマルティナに、天馬は思わずビクリと体を震わせた。
「あんなもの、母さんの味じゃない! あんなもの!」
「な、何を言って……」
「あたしは、あた、し、は……『私』は……ぁ、ああ、……」
髪をくしゃりと掻き毟り、瞳からボロボロと涙を溢れさせ、情緒不安定になるマルティナ。
「母さん、母さん、母さん……」
「……」
まるで幼児退行でもしたかのように、母親を呼び続ける。
次第にその表情は恐怖に歪んでいき、マルティナは体を床に丸めた。
「いや……いや……母さん、父さん、……やだ、やだ……」
いやいやと抱えた頭を横に振り乱し、髪が揺れる。
「来ないで……やめて……こっちに、こないで……」
ガクガクと震える彼女の体。
そんなマルティナを前に、天馬も動揺を隠せなかった。
「いやぁ……痛いの、いや……苦しいのも、いや……助けて……助けて……母さん……父さん……」
「(これは……もしかして)」
「やめて……もう、いじめないで……やだぁ……魔物……やなのぉ……」
――フラッシュバック。
過去のトラウマが、何かをトリガーにして、鮮明に思い出される現象。
おそらく今のマルティナは、村が魔物に襲われ、自分の身に降り掛かった災厄を思い出してしまったのだろう。
当時、マルティナの母親は、彼女を庇おうと魔物に立ち向かうも、あっけなく捕まってしまう。おまけに、彼女の目の前で弄ばれた末に、殺されてしまったのだ。
父親も、家の前で魔物と戦い戦死。その亡骸は、魔物達によって食い散らかされ、凄惨な最後を迎えた。
天馬は以前、マルティナのこれまでの記憶を、走馬灯のように覗いてしまった。
おそらく、フラッシュバックを起こしていると見て間違いないだろう。
幸せな村娘が、魔物に蹂躙され、そこから救われたと思ったら、今度は同族に裏切られて……果ては盗賊になった。
救われない、彼女の過去。
「私が何をしたのよ……何にも、悪いこと、してない……助けて……助けて……助けて…………助けてよぉ」
口調も変わり、マルティナは少女のように泣き続ける。
「――かあ、さん……」
「~~~~~っ」
天馬は堪えきれなくなり、マルティナの体を抱きしめた。
「(っ! なにやってんだ俺……相手は、盗賊のリーダーだった女だぞ!)」
そう。彼女は敵で、天馬の周りにいる者たちから、大切なものを奪った、許せない相手のはずだ。
「(それなのに……)」
天馬はここに、ある目的を持って訪れていた。
体を拭いたのも、食べ物を与えたのも、そのため。
優しくしにきたわけではない。
しかし、
「大丈夫ですから……ここに、怖い存在はいませんから」
「ぁ、ああ……かあさん、とうさん……」
天馬はマルティナの腕を縛っていた縄を解く。
するとマルティナは、その手を天馬の後方に伸ばして、何かを探すように彷徨わせる。
「ぐす……行かないで……わたしを、置いていかないで……痛いの……苦しいの…………怖いのぉ」
「大丈夫です。何もいません。ここには、あなたを苦しめる存在は、いませんから」
「うぇ、あぁ~、かあさん……かあさん……」
マルティナの腕が、天馬の背中に回される。
正直、これがマルティナの演技で、天馬を油断させる罠だとも限らない。
しかし、天馬はそんなことは考えにも及んでいないようで、マルティナの体を力強く抱きしめ、背中を優しく撫でる。
「落ち着いて……落ち着いて下さい……大丈夫ですから。ここには、あなたとわたしだけしかいません。怖いものは、どこにもいませんから」
「ぐす…………ぅ……~~~~~~っ!!」
マルティナは、天馬の胸に顔を埋めて、声を押し殺すように泣き始めた。
過去の経験から、声を上げて泣けば、相手が喜び、行為がエスカレートすることを知っている。
故に、マルティナは声を押し殺す。
「……」
そんなマルティナを、天馬は複雑な心境で見つめながら、1時間以上もの間、抱擁し続けた。
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