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復興編
家事聖霊 ― シルキー ―
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朝食を終えた天馬たち。
サヨ達は病み上がり(実際はもうほとんど問題なし)の天馬と、妊婦であるヨルを集会場に残し、村人達の亡骸を埋葬する為に出かけていった。
しかし、アリーチェとシャーロットの二人は、不安そうな表情を浮かべて「ここから出て、別の家で療養した方がいいいのでは?」と提案してきた。
それに対して天馬は、「わたしがどうにかしますから、大丈夫ですよ」と返しておいた。
さすがのあんな状態のアリアを、放っておけるはずもない。
とはいえ、天馬も具体的にどうすればいいのかは分からなかった。
幸い、ヨルは少し眠くなってしまったと口にしていたので、アリアのいる部屋とは別の部屋に彼女を移動させ、寝かしつけた。
小さくなったアリアは、一向に目を覚ます気配がない
天馬は、彼女が現れた原因をどうにか突き止めようと頭を捻ったが、答えを得ることはできなかった。
結局、いつもの頼れる先輩女神――ディーに相談することに決め、集会場の外に出るのであった。
「――ディーさん、どう思いますか?」
集会場の裏手。そこに生えた一本の木の根元に、天馬は腰をおろす。
手には【女神デバイス】を持ち、画面越しにディーと対面していた。
『……そうですねぇ……天馬さんのお話を聞く限り、考えられる可能性は一つだと思われます』
ディーには、先日からの出来事を全て話してある。
その上で、彼女は答えを持っていると口にした。
『おそらくですが、天馬さんが彼女の魂を、一部でも吸収してしまったことが、そもそもの原因でしょう』
「ええ?!」
天馬は思わず、【女神デバイス】を取り落としそうになってしまう。
まさか自分が原因で彼女が目の前に現れたなどとは思っていなかったからだ。
『推測になりますが、天馬さんの体に入っていた少女の魂が、時間の経過で分離し、幽体のような状況で出現したと考えられます。話を聞いた限りですと、彼女の魂は長い年月とどまっていたようですし、それなりに強力な悪霊だったようですね。それだけの魂であれば、天馬さんの魂に完全に取り込まれなかったのも頷けます。まぁ、これは天馬さんがいまだに完全な女神ではないからですが……普通の女神であれば、一瞬で魂など取り込んでしまうでしょうから』
「で、でも、それならなんで裸なんですか? 前にアリアさんと会った時……彼女はちゃんと服を着ていましたよ?」
「ああ、それはですね……」
そしてディーいわく。
彼女が衣服を身に付けていないのは、ある意味、当然なのだそうだ。
生物というのは、死んだ直後、生前の自分の姿を魂が記憶するそうである。そのため、ひとの魂であれば、死後は服を着た状態になるそうなのだが……本来の魂は、生身の姿しか写さず、服を着ているように見えるのは、あくまでも仮初、というこらしい。
つまり、本体から分離したアリアの魂は、ほとんど無垢に近い状態にあるため、すっぽんぽん、というわけなのだ。
『ご理解いただけましたでしょうか?』
「な、なるほど……?」
とりあえず返事はしてみるが、天馬はどうにもよく分かっていない様子だった。
『まぁ、魂というものの性質については、これからゆっくり学んでいきましょう。そのうち、天馬さんにはこの世界で亡くなった魂の管理もしていただくことになりますので』
「なんだか、やる事一杯ですね。女神って……」
『それはそうです。何せ、世界の『全て』を管理するのですから。やるべき事は魂の管理意外にも山のようにありますので、色々と覚悟しておいて下さい』
「う~……なんだか、自信をなくしそうです」
そもそもあったのかどうかすら怪しい自信だが、ディーの言葉でよりその姿が霞んでしまったような気がする。
木の幹にもたれ掛かり、ずるずると体が弛緩してしまう天馬。
大きなため息を漏らしながら、【女神デバイス】にこつんと額をぶつけて項垂れてしまう。
『天馬さん、何も今すぐに全てをやれ、などとは私も言いません。まだ天馬さんがその世界に転生してから、二月も経ってません。それでいきなり世界を全て管理など、どだい無理な話です。それについては、こちらも重々承知しています。私とて、過去に世界をひとつ管理させられたことがありましたが、全て自分だけでできるようになるまでに、数千年は掛かりました。ですから天馬さんも慌てず、確実に一つずつ、やれることを増やしていきましょう』
「……あ、ありがとうございます、ディーさん。少しだけ、気分が楽になりました」
やはり彼女は、面倒見もよく、とても信頼できる先輩女神である。
せっつくようなことをせず、たまに厳しい物言いをする時もあるが、基本的には優しく、こうして励ましてもくれる。
こういうひとのために、早く仕事を覚えて、一人前だと認めてもらいたい。
そういう思いを抱かせてくれる存在は貴重だと、天馬は短い社会人生活で学んだ。
「そうですね。焦ってもダメですよね。自分にできることから、確実にこなしていく……そうやって、やれることを増やしていこうと思います」
『ええ、それがいいです。私もできる限りのサポートはしますので、頑張って下さい。応援してますから』
「はい」
と、そこまできて、天馬は話が大分脱線していたことに気が付く。
今はそもそも、唐突に目の前に現れたアリアについて相談していたのだった。
『と、すみません、話が脱線してましたね』
ディーも、どうやら天馬と同様に、話の本筋が変わっていたことに気が付いたようだ。
『それで、彼女が天馬さんの前に出てきた原因は理解していただけたと思います。ですが、これから天馬さんは、彼女をどうなさるおつもりなのですか?』
「え? あ、そうですねぇ……え~と…………どうしましょう?」
『…………』
途端、ディーの呆れた視線が飛んでくる。
「う……そんな目で見られても、どうすればいいかなんて分からないんですよぉ……」
『はぁ~……』
情けない声を出す天馬に、ディーは大きなため息を漏らして、頬に手を当てた。
『仕方ないですね。まぁ、これもいい機会ですし、天馬さんにはひとつ、実践学習を行っていただきましょうか』
「実践、学習?」
首を傾げる天馬に、ディーはどういうことかを説明し始めた。
その、内容というのは――
「すぅ……すぅ……すぅ……」
「……よく寝てる」
ディーから指示を貰って部屋に戻ってきた天馬。
ここに来るまでに、別室でお昼ね中であるヨルの様子を確認してきた。
普段はしっかりものの姉、という雰囲気をまとっているが、今は可愛らしい寝顔を晒していた。
天馬はそんな彼女を起こさないように、静かに部屋を後にした。
「え~と、まずは『存在定着』から……ん」
天馬は掌に魔力を集め、意識をアリアに集中させる。
ぽうっと水色の可視化できるほどの魔力が集まるのを確認し、少女の頭に慎重に触れた。触れることが、できた。
「ここから、自分の魔力を流し込むイメージで……そ~っと、そ~っと……」
天馬は、本当にゆっくりとアリアに自分の魔力を注ぎ込む。
しかし、天馬が体に内包する魔力はかなり膨大である。
考えなしに魔力を与えると、アリアの魂は負荷に耐えられず、破裂してしまう。
天馬は蛇口を僅かに捻るようなイメージを浮かべ、ちょろちょろと魔力を小出しにして、アリアに与える。
すると、
「う、ん……」
アリアが小さく身じろぐ。
手が離れてしまいそうになり、天馬は慌てて彼女の頭を追いかけ、魔力を与え続ける。
しかし、
「ん、ちょっと、動かないで……狙いが」
「う~……うにゅ~……」
アリアはどこか居心地悪そうに、体勢をすぐに変えてしまう。
その都度、天馬はアリアの頭を追いかけ、右へ左にと移動させれた。
「ああ、これじゃ、集中、できない…………」
こうなったら……と、天馬は一旦魔力供給をストップし、
「えい!」
「ふにゅ……」
アリアの体を捕まえて、そのまま床に座り込む。
「ん……こうして、固定すれば……よし」
天馬はアリアを後ろから抱えるようにして、彼女が動いてしまわないように抱き締める。
途端、アリアは天馬にもたれ掛かり、こてんと頭を倒してきた。
「あ、可愛い……って、違う違う! 今は集中、集中……っ!」
突然無防備に体重を掛けられ、天馬は思わずアリアをぽうっと見つめてしまった。
しかし、少女はいまだに全裸だ。
天馬は思わず恥ずかしくなって顔を逸らす。
「ふぅ~……」
乱れた意識を落ち着けて、天馬は再び魔力をアリアに注ぎ始める。
すると、アリアの半透明だった手足が、徐々にはっきりとした輪郭を帯びてくる。
それにともなって、触れているのかどうかさえ曖昧だった、アリアの体……その感触も、天馬は鮮明に感じ始めていた。
「魔力供給……終了……存在定着、完了……はぁ~、第一段階、クリアっ! 疲れるなぁ~、これ」
存在定着とは、魂を世界に認識させて、文字通り、存在を定着させることを言う。
ディーから聞いた話によると、魂とは本来、現世ではなく、あの世……天馬が訪れたような、天界、もしくは常世……という世界に存在するものらしい。
しかし、魂は現世に強い執着を持っていたりすると、狭間、と呼ばれる、現世と常世の場所に留まってしまうそうなのだ。
しかも、そういった魂が存在する土地は、異界化してしまい、現実であって現実ではない空間へと変貌してしまうのだとか。
今回、天馬とアリーチェが捕らわれた、あの異様な村での現象は、まさしくその異界化によるものだったのである。
現在アリアは、常世でも狭間でもなく、現世に存在していた。
だが、魂は現世では存在があやふやで、いつ消滅してもおかしくないということである。
それ故に、天馬は自分の魔力を与えて、一種の魔法へと、アリアを昇華させようと試みた。
魔法はそもそも、世界に漂う魔力に、自信の魔力で干渉し、事象を発現させる業なのだ。
それはつまり、アリアという魂に、天馬の魔力を流し込み、彼女という存在を、世界に発現させる。
これこそが、存在定着なのである。
「それじゃ、次は……この子と俺に、『魔力パス』を作るんだっけか……」
天馬はディーからの指示を思い出し、目を閉じる。
「(え~と、確か……全身に流れる俺の魔力を意識できたら、今度はそれを無数の血管みたいにイメージして……」
目を閉じた天馬は、頭の中で自分の魔力が血液のように流れるさまをイメージし、次いで、
「(その血管のうち一本を、そっと体の外に出して……んっ)」
瞬間、ぴりっとした痛みが天馬の体を駆け抜ける。
それはまるで、髪の毛を強引に一本引き抜いたときの痛みに似ていた。
「(っ……そして、この魔力が通った血管……パスを、アリアさんの魂に、繋いで……)」
天馬の後頭部から、青白く細い、一本の光る糸が伸びる。
糸はそれ自体が意思を持っているかのように、アリアの後頭部へ伸びていき、するりと潜り込んでいく。
途端、
「っ!」
アリアの体がびくりと振るえ、次第に、ダークブラウンの髪の毛が、天馬と同じような、輝く銀へと変化していく。
「魔力パスの、接続完了……魔力の継続供給……安定……拒絶反応、なし……」
項目でも読み上げるように、天馬は自分とアリアの状態を口に出す。
そして、最後に……
「【契約】実行……」
天馬は閉じていた目を開けて、アリアを抱えなおすと、彼女の額が自分の正面に来るように位置を調整する。
「……アリアさん……『こちらのあなた』は、『わたし』が幸せにしてみせます。ですからどうか、許して下さいね…………ちゅ」
呟くと、天馬はアリアの額に、そっと口付けをした。
途端、アリアの額に文様が浮かび上がる。
すると今度は、白く光る帯が出現し、幼い裸身を包み込むように纏わり付く。
光の帯は徐々にその形を変え、アリアの衣服となっていく。
そうして姿を現したのは、真っ白いシルクのドレスを身に纏い、頭にヘッドドレスを乗せた、純銀、あるいは純白の少女であった。
「それでは、貴女に名前をあげますね……貴女は今日から、【家事聖霊】のアリア・アマギ……これから、よろしくお願いします」
慈母のような視線をアリアに向けながら、天馬は少女の頭を、そっと撫でる。
それに反応してか、アリアの瞼がそっと持ち上がり、瞳が露わになる。
「綺麗ですね……」
天馬を捉え、ぼうっと視線を向けてくる彼女の瞳は、鮮やかなルビーのようであった。
サヨ達は病み上がり(実際はもうほとんど問題なし)の天馬と、妊婦であるヨルを集会場に残し、村人達の亡骸を埋葬する為に出かけていった。
しかし、アリーチェとシャーロットの二人は、不安そうな表情を浮かべて「ここから出て、別の家で療養した方がいいいのでは?」と提案してきた。
それに対して天馬は、「わたしがどうにかしますから、大丈夫ですよ」と返しておいた。
さすがのあんな状態のアリアを、放っておけるはずもない。
とはいえ、天馬も具体的にどうすればいいのかは分からなかった。
幸い、ヨルは少し眠くなってしまったと口にしていたので、アリアのいる部屋とは別の部屋に彼女を移動させ、寝かしつけた。
小さくなったアリアは、一向に目を覚ます気配がない
天馬は、彼女が現れた原因をどうにか突き止めようと頭を捻ったが、答えを得ることはできなかった。
結局、いつもの頼れる先輩女神――ディーに相談することに決め、集会場の外に出るのであった。
「――ディーさん、どう思いますか?」
集会場の裏手。そこに生えた一本の木の根元に、天馬は腰をおろす。
手には【女神デバイス】を持ち、画面越しにディーと対面していた。
『……そうですねぇ……天馬さんのお話を聞く限り、考えられる可能性は一つだと思われます』
ディーには、先日からの出来事を全て話してある。
その上で、彼女は答えを持っていると口にした。
『おそらくですが、天馬さんが彼女の魂を、一部でも吸収してしまったことが、そもそもの原因でしょう』
「ええ?!」
天馬は思わず、【女神デバイス】を取り落としそうになってしまう。
まさか自分が原因で彼女が目の前に現れたなどとは思っていなかったからだ。
『推測になりますが、天馬さんの体に入っていた少女の魂が、時間の経過で分離し、幽体のような状況で出現したと考えられます。話を聞いた限りですと、彼女の魂は長い年月とどまっていたようですし、それなりに強力な悪霊だったようですね。それだけの魂であれば、天馬さんの魂に完全に取り込まれなかったのも頷けます。まぁ、これは天馬さんがいまだに完全な女神ではないからですが……普通の女神であれば、一瞬で魂など取り込んでしまうでしょうから』
「で、でも、それならなんで裸なんですか? 前にアリアさんと会った時……彼女はちゃんと服を着ていましたよ?」
「ああ、それはですね……」
そしてディーいわく。
彼女が衣服を身に付けていないのは、ある意味、当然なのだそうだ。
生物というのは、死んだ直後、生前の自分の姿を魂が記憶するそうである。そのため、ひとの魂であれば、死後は服を着た状態になるそうなのだが……本来の魂は、生身の姿しか写さず、服を着ているように見えるのは、あくまでも仮初、というこらしい。
つまり、本体から分離したアリアの魂は、ほとんど無垢に近い状態にあるため、すっぽんぽん、というわけなのだ。
『ご理解いただけましたでしょうか?』
「な、なるほど……?」
とりあえず返事はしてみるが、天馬はどうにもよく分かっていない様子だった。
『まぁ、魂というものの性質については、これからゆっくり学んでいきましょう。そのうち、天馬さんにはこの世界で亡くなった魂の管理もしていただくことになりますので』
「なんだか、やる事一杯ですね。女神って……」
『それはそうです。何せ、世界の『全て』を管理するのですから。やるべき事は魂の管理意外にも山のようにありますので、色々と覚悟しておいて下さい』
「う~……なんだか、自信をなくしそうです」
そもそもあったのかどうかすら怪しい自信だが、ディーの言葉でよりその姿が霞んでしまったような気がする。
木の幹にもたれ掛かり、ずるずると体が弛緩してしまう天馬。
大きなため息を漏らしながら、【女神デバイス】にこつんと額をぶつけて項垂れてしまう。
『天馬さん、何も今すぐに全てをやれ、などとは私も言いません。まだ天馬さんがその世界に転生してから、二月も経ってません。それでいきなり世界を全て管理など、どだい無理な話です。それについては、こちらも重々承知しています。私とて、過去に世界をひとつ管理させられたことがありましたが、全て自分だけでできるようになるまでに、数千年は掛かりました。ですから天馬さんも慌てず、確実に一つずつ、やれることを増やしていきましょう』
「……あ、ありがとうございます、ディーさん。少しだけ、気分が楽になりました」
やはり彼女は、面倒見もよく、とても信頼できる先輩女神である。
せっつくようなことをせず、たまに厳しい物言いをする時もあるが、基本的には優しく、こうして励ましてもくれる。
こういうひとのために、早く仕事を覚えて、一人前だと認めてもらいたい。
そういう思いを抱かせてくれる存在は貴重だと、天馬は短い社会人生活で学んだ。
「そうですね。焦ってもダメですよね。自分にできることから、確実にこなしていく……そうやって、やれることを増やしていこうと思います」
『ええ、それがいいです。私もできる限りのサポートはしますので、頑張って下さい。応援してますから』
「はい」
と、そこまできて、天馬は話が大分脱線していたことに気が付く。
今はそもそも、唐突に目の前に現れたアリアについて相談していたのだった。
『と、すみません、話が脱線してましたね』
ディーも、どうやら天馬と同様に、話の本筋が変わっていたことに気が付いたようだ。
『それで、彼女が天馬さんの前に出てきた原因は理解していただけたと思います。ですが、これから天馬さんは、彼女をどうなさるおつもりなのですか?』
「え? あ、そうですねぇ……え~と…………どうしましょう?」
『…………』
途端、ディーの呆れた視線が飛んでくる。
「う……そんな目で見られても、どうすればいいかなんて分からないんですよぉ……」
『はぁ~……』
情けない声を出す天馬に、ディーは大きなため息を漏らして、頬に手を当てた。
『仕方ないですね。まぁ、これもいい機会ですし、天馬さんにはひとつ、実践学習を行っていただきましょうか』
「実践、学習?」
首を傾げる天馬に、ディーはどういうことかを説明し始めた。
その、内容というのは――
「すぅ……すぅ……すぅ……」
「……よく寝てる」
ディーから指示を貰って部屋に戻ってきた天馬。
ここに来るまでに、別室でお昼ね中であるヨルの様子を確認してきた。
普段はしっかりものの姉、という雰囲気をまとっているが、今は可愛らしい寝顔を晒していた。
天馬はそんな彼女を起こさないように、静かに部屋を後にした。
「え~と、まずは『存在定着』から……ん」
天馬は掌に魔力を集め、意識をアリアに集中させる。
ぽうっと水色の可視化できるほどの魔力が集まるのを確認し、少女の頭に慎重に触れた。触れることが、できた。
「ここから、自分の魔力を流し込むイメージで……そ~っと、そ~っと……」
天馬は、本当にゆっくりとアリアに自分の魔力を注ぎ込む。
しかし、天馬が体に内包する魔力はかなり膨大である。
考えなしに魔力を与えると、アリアの魂は負荷に耐えられず、破裂してしまう。
天馬は蛇口を僅かに捻るようなイメージを浮かべ、ちょろちょろと魔力を小出しにして、アリアに与える。
すると、
「う、ん……」
アリアが小さく身じろぐ。
手が離れてしまいそうになり、天馬は慌てて彼女の頭を追いかけ、魔力を与え続ける。
しかし、
「ん、ちょっと、動かないで……狙いが」
「う~……うにゅ~……」
アリアはどこか居心地悪そうに、体勢をすぐに変えてしまう。
その都度、天馬はアリアの頭を追いかけ、右へ左にと移動させれた。
「ああ、これじゃ、集中、できない…………」
こうなったら……と、天馬は一旦魔力供給をストップし、
「えい!」
「ふにゅ……」
アリアの体を捕まえて、そのまま床に座り込む。
「ん……こうして、固定すれば……よし」
天馬はアリアを後ろから抱えるようにして、彼女が動いてしまわないように抱き締める。
途端、アリアは天馬にもたれ掛かり、こてんと頭を倒してきた。
「あ、可愛い……って、違う違う! 今は集中、集中……っ!」
突然無防備に体重を掛けられ、天馬は思わずアリアをぽうっと見つめてしまった。
しかし、少女はいまだに全裸だ。
天馬は思わず恥ずかしくなって顔を逸らす。
「ふぅ~……」
乱れた意識を落ち着けて、天馬は再び魔力をアリアに注ぎ始める。
すると、アリアの半透明だった手足が、徐々にはっきりとした輪郭を帯びてくる。
それにともなって、触れているのかどうかさえ曖昧だった、アリアの体……その感触も、天馬は鮮明に感じ始めていた。
「魔力供給……終了……存在定着、完了……はぁ~、第一段階、クリアっ! 疲れるなぁ~、これ」
存在定着とは、魂を世界に認識させて、文字通り、存在を定着させることを言う。
ディーから聞いた話によると、魂とは本来、現世ではなく、あの世……天馬が訪れたような、天界、もしくは常世……という世界に存在するものらしい。
しかし、魂は現世に強い執着を持っていたりすると、狭間、と呼ばれる、現世と常世の場所に留まってしまうそうなのだ。
しかも、そういった魂が存在する土地は、異界化してしまい、現実であって現実ではない空間へと変貌してしまうのだとか。
今回、天馬とアリーチェが捕らわれた、あの異様な村での現象は、まさしくその異界化によるものだったのである。
現在アリアは、常世でも狭間でもなく、現世に存在していた。
だが、魂は現世では存在があやふやで、いつ消滅してもおかしくないということである。
それ故に、天馬は自分の魔力を与えて、一種の魔法へと、アリアを昇華させようと試みた。
魔法はそもそも、世界に漂う魔力に、自信の魔力で干渉し、事象を発現させる業なのだ。
それはつまり、アリアという魂に、天馬の魔力を流し込み、彼女という存在を、世界に発現させる。
これこそが、存在定着なのである。
「それじゃ、次は……この子と俺に、『魔力パス』を作るんだっけか……」
天馬はディーからの指示を思い出し、目を閉じる。
「(え~と、確か……全身に流れる俺の魔力を意識できたら、今度はそれを無数の血管みたいにイメージして……」
目を閉じた天馬は、頭の中で自分の魔力が血液のように流れるさまをイメージし、次いで、
「(その血管のうち一本を、そっと体の外に出して……んっ)」
瞬間、ぴりっとした痛みが天馬の体を駆け抜ける。
それはまるで、髪の毛を強引に一本引き抜いたときの痛みに似ていた。
「(っ……そして、この魔力が通った血管……パスを、アリアさんの魂に、繋いで……)」
天馬の後頭部から、青白く細い、一本の光る糸が伸びる。
糸はそれ自体が意思を持っているかのように、アリアの後頭部へ伸びていき、するりと潜り込んでいく。
途端、
「っ!」
アリアの体がびくりと振るえ、次第に、ダークブラウンの髪の毛が、天馬と同じような、輝く銀へと変化していく。
「魔力パスの、接続完了……魔力の継続供給……安定……拒絶反応、なし……」
項目でも読み上げるように、天馬は自分とアリアの状態を口に出す。
そして、最後に……
「【契約】実行……」
天馬は閉じていた目を開けて、アリアを抱えなおすと、彼女の額が自分の正面に来るように位置を調整する。
「……アリアさん……『こちらのあなた』は、『わたし』が幸せにしてみせます。ですからどうか、許して下さいね…………ちゅ」
呟くと、天馬はアリアの額に、そっと口付けをした。
途端、アリアの額に文様が浮かび上がる。
すると今度は、白く光る帯が出現し、幼い裸身を包み込むように纏わり付く。
光の帯は徐々にその形を変え、アリアの衣服となっていく。
そうして姿を現したのは、真っ白いシルクのドレスを身に纏い、頭にヘッドドレスを乗せた、純銀、あるいは純白の少女であった。
「それでは、貴女に名前をあげますね……貴女は今日から、【家事聖霊】のアリア・アマギ……これから、よろしくお願いします」
慈母のような視線をアリアに向けながら、天馬は少女の頭を、そっと撫でる。
それに反応してか、アリアの瞼がそっと持ち上がり、瞳が露わになる。
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