研修医は一途に愛を囁く【完結済】

蒼龍葵

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第2話 4年振りの再会

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2.4年ぶりの再会

 T大学病院附属医療センターは控えめに言って忙しい。毎日指定日でもないのにどうでもいい依頼で救急車をまるでタクシーのように扱う人が多く訪れる。
 もちろん、新米研修医の俺はPHS(ベル)で当たり前のように呼び出しを食らっていた。本当、この研修期間はプライベートも何もあったもんじゃない。今日も胸ポケットから外せない呼び出し音に叩き起こされて深いため息をついた。

 ──現在、俺は外科チームに所属している。将来何がしたいか考えた時に、身体の基礎基本であり、全体解剖生理学的な腕も磨ける外科がいいかな? なんて安易に考えていたが実際は違う。
 外科は確かに花形だが、下積み時代は地獄だ。
 研修医として派遣される二年間は将来自分が成りたい科を優先的に学び、一通り手術や麻酔の技術を勉強していく。基本的に担当の医者にくっついて勉強させてもらうわけだが、救急外来は関係ない。

「レベル三桁、自発なし」
「ICU、何番空いてる? 受け入れ」

 慌ただしく患者の上に乗り、心臓マッサージをしながら集中治療センターまで搬送する。緊急事態とは言え、この動くストレッチャーの上で心マは大変だ。
 救搬された患者の呼吸は戻らなかった。ICUに着いたところで人工呼吸器の準備に取り掛かる。

「トラック同士の衝突事故だろ、……CTは?」
「もう胃から下にかけてぐちゃぐちゃでひどいです。飯塚先生に画像確認してもらいましたが、止血目的のオペ適応ではあるとのことです」
「はぁ……じゃあ、家族に連絡して。あとオペ室と……麻酔科は? 今日は本郷先生だっけ」

 ICUの看護師は、判断力も高く手際よく動いてくれるので、彼女たちには感謝しかない。
 一通り落ち着いたところで漸く患者の電子カルテと向き合った。
 臓器内出血を起こしているので、開腹オペで出血の原因を取り除く方針。

「中にドレーン入れて、破れたところを吻合していくパターンか」
「時間外なので、オペ室のベル番三人呼びますね!」
「ああ、頼む。あと輸血の指示書いておくから、八単位な」

 二日続けての当直は、身体も精神的な疲労もすでにピークを超えている。いくら二十四歳でまだ若いとは言え、本当に研修医は過酷だ。
 それに、臓器内出血と言えば、ひたすら吸引で出血部位の検索……長丁場になると眠くなるし、黙って立っているのもかなり辛い。

「……えっと、オペ室当番、誰だっけ?」
「外科リーダーの神野かんのさんだから大丈夫ですよ。電話したらもう病院に到着するって言ってましたし」
「かんのぉ~? そんな奴いたっけか……」

 俺は外来と救急が殆どで、オペ室の方にまだ関わっていない。就任直後にこれからお世話になりますと挨拶に行った時の外科リーダーは可愛い女性だった。
 残念なことに、オペ室はローテーション制度を導入しており、可愛い彼女は違う科へ移動したらしい。

(あーあ、長丁場のオペにつまんねえ男だったらやる気も半減だなあ。せめてそのカンノって奴が面白いといいんだけど……)

「飯塚先生に連絡よろしく。あと、指示はカルテ入れといたから。俺もオペ室行くわ」
「分かりました」

 はぁ疲れた。
 飯塚先生はもうすぐ定年を迎えるおじいちゃん医師で、外来では話の長い高齢者の相手専門だ。
 口は達者だけど、老眼が進んであまりオペの戦力にはならないと出村先生がぼやいていた。
 外科の大黒柱である片倉部長が居てくれたらよかったのに、今日は学会で出張中。あと他の医師もよりによって今日は私用で不在。
 このオペに入るのはおじいちゃん先生と、俺と、もう一人癖の強い出村先生か。
 この眠気マックスの状態でこのメンバー。過酷すぎる。
 せめて新しい外科リーダーが仕事の出来る奴で、俺に刺激をくれる奴であることを祈ろう。

 飯塚先生はマイペースでなかなか来ない。ああ時間が勿体無い。こんなことなら、もう一人くらい指示書けたんじゃないか? 

「くっそ、研修医だからって何でこんな……」

 連絡しても来る気配のない飯塚先生をオペ室内にある男子休憩室で待たせてもらうことにした。流石に眠い。
 ブラックコーヒーを飲みながらぼんやりとソファーに座っていると、見慣れない看護師が横を通り過ぎた。

「あ、花巻先生」

 俺の姿を確認した看護師はくるりと方向転換して男子休憩室のドアの前に佇んでいた。
 あれ、どこで聞いたんだっけ。こんないい声の看護師と喋った記憶ないな。しかも野郎だし、俺が覚えている訳ないか。

「あと十分で準備できます。麻酔科も待機オッケーです」
「あいよー。えっと……ごめん、看護師さんは今日のベル当番?」
「はい。神野かんの真弥まやです。そういえば、私は花巻先生とお会いするのが初めてでしたね。今月から外科のチームリーダーとして、心臓血管外科チームから移動してきました。よろしくお願いします」

 ドクリと心臓の鼓動が跳ね上がる。


何、だって……?

マヤ……さん……?


 これは偶然なのか……? ただ、同じ名前の可能性も高い。しかも、あの時、お金が欲しいと言って躰を売っていた人が、こんな場所にいるはずがない。
 それにオペ室の看護師は、深い帽子とマスクをしている為、目元しかわからない。
 けれども俺を見つめるその眸は、無情にもあの時、俺の全てを奪い去った眸と同じ色をしていた。
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