竜王陛下の愛し子

ミヅハ

文字の大きさ
39 / 126

アドバイス

しおりを挟む
「よぉ、竜妃サマ」

 聞きたい事があり、図書館へと足を運んだルカは、扉を開けるなり上から降ってきた言葉に思いっ切り眉を顰めた。

「セノールにまでそんな呼び方されたくないんだけど」
「何でだよ。っつか、城ん中すげぇ湧いてんな」
「みんなの目が怖い」

 以前からルカと親しくしてくれている人たちは変わりないが、あまり関わりのない使用人はルカと廊下で擦れ違うたびに目を輝かせて見てくる。一人二人ならまだしも、庭師も商人も同じような目で見てくるから視線恐怖症になりそうだ。
 引き攣った笑いを浮かべるルカを鼻で笑ったセノールは、降りてくるとテーブルのセッティングを始める。

「仕方ねぇよ。アザ持ちの竜妃が現れたのは何千年振りだからな」
「何で今までのアザ持ちって、竜妃にならなかったんだろ」
「そりゃまぁ、竜族に対して恐怖心があったりアザに気付かなかったり、気付いても面倒だったりいろいろあるんじゃね?」
「あー…なるほど」

 そもそも大きな街に住んでいなかったら、ルカのように竜族やアザの事自体を知らない人もいるのかもしれない。
 もしかしたら歴代の竜王は、レイフォードのように捜さなかったという可能性もある。

「で? 今日は何しに来たんだ?」
「教えて欲しい事があって」
「お前は俺を辞書か何かだと思ってんのか?」
「辞書並に知ってるじゃん」

 この国で一番物知りと言っても過言ではないだろうと目を瞬くと、呆れた顔をしたセノールはソファに座り足を組む。そんな友人に苦笑しつつも隣に腰を下ろしたら頭に手刀が降ってきた。

「何を教えて欲しいんだよ」
「抱くってどういう意味なんだ?」
「……はぁ?」

 何だかんだ言いながら教えてくれるセノールに何気なく問い掛けると、一拍置いたあと盛大に顔を顰められた。
 その反応にえ、と目を瞬いたら人差し指を振ってどこからか本を抜き出し膝に置かれる。

「念の為聞くけど、誰に言われた?」
「俺が言われた訳じゃなくて、レイが王女様に、俺以外を抱く気はないって言ってた」
「何で陛下に聞かねぇの?」
「聞いたけど、俺が分かってから教えるって言われて…ヒントもなしには無理じゃないか?」
「…マジで陛下には同情するわ」

 膝に置かれた本を開こうとしたら表紙が押さえられ、部屋で読めと目で訴えられる。仕方なくそのままにして答えてたら、深い溜め息をついたセノールが片足首を反対の膝に乗せ頬杖をついた。

「何でレイが同情されるんだ。困ってるのは俺だぞ」
「お前は無知にもほどがある。何かこう…漠然とも分かんねぇの?」
「何を?」
「その言葉に対してだよ」
「…?」
「……お前は自分でヌいた事もねぇのか」
「抜く? 野菜なら引っこ抜いた事あるけど」
「ちっげーよ!」

 傍から見ればお笑いのようなやり取りだが、ルカもセノールも大真面目である。ルカに至ってはセノールが怒っている理由も分からなくて、ツッコミのように再び振り下ろされた手刀に涙目になった。

「地味に痛い…」
「言っとくけど、この件に関して俺は全面的に陛下の味方だからな」
「裏切り者」
「うるせー」

 いつも以上に口が悪い気がしてルカもさすがに申し訳なくなる。分からないからって聞きすぎたかと俯いていたら、お茶を一気飲みしたセノールが「分かった」と口にした。
 それからルカに向き直り肩を掴む。

「今から俺が言う事を今夜にでも実行しろ」
「う、うん」
「まず陛下の部屋に行って、〝夜這いしに来た〟って言え」
「よばい?」
「そこはもう気にするな。んで、恐らく陛下は驚くだろうけど、陛下の首に腕を回してルカから口付けろ」
「え」

 真剣に聞いてはいたが、自分からと言われて小さく声を上げるとじろりとセノールに見られる。

「お前、それもまだとか言うんじゃねぇだろうな」
「し、してる。口と口は何回もくっつけてる」
「じゃあ出来るよな? っつか出来なくてもやれ」

 横暴とはまさにこの事か。背後に黒いものが見えたルカは慌てて何度も頷くと自分もお茶に口を付けた。
 すっかり冷めてしまっていたが、今はそれが丁度いい。

「そしたらもうあとは陛下に任せろ」
「任せていいのか?」
「そこまですりゃ陛下も分かるだろうし、お前はただ受け入れりゃいい」
「そっか」

 任せた結果がどうなるのかはルカは知り得ないだろうが、セノールはそれだけでも一歩進めるだろうとレイフォードの端正な顔を思い浮かべる。
 あの見目と穏やかな性格と広大な世界の王という絶対的地位を持つレイフォードは、昔からそれはそれはモテていた。引く手あまたで縁談の申し込みも途切れる事なく、しかし全てに断りを入れただひたすらにアザ持ちが現れるのを待ち、現れたら現れたで必死に探していたのだ。
 結果として連れて来たのは目の前にいる美少年なのだが、彼がアザ持ちだった事はレイフォードにとっては僥倖だっただろう。

(だからこそ惹かれたのか? …いや、ねぇな。そんなお方じゃねぇし)

 二人が並んでいる姿は見た事はないが、聞く限りレイフォードはルカを相当溺愛しているらしい。アザが分かる前からそうなのだから、あってもなくてもルカなら良いのだろう。
 真剣な顔で考え込んでいるルカにふっと笑ったセノールは、カップにお茶のお代わりを入れて口元に寄せた。
 その後の報告が楽しみだ。



 そうしてやってきた就寝時間。
 ルカはレイフォードが部屋に戻っている事をソフィアから聞くと、枕を抱えて二枚の扉を抜けて入って行った。
 ベッドに腰掛け何かを見ていたレイフォードは突然現れたルカに目を瞬いていたが、すぐに微笑みに変わると手にしていた物をサイドテーブルに置いて腕を広げる。
 それに引かれるように傍に行くと頬を撫でられた。

「どうした?」
「えっと、よばいしに来た」
「……ん?」

 ルカの口から絶対に出るはずのない言葉が発せられ、聞き間違いかとレイフォードは聞き返す。
 だが、ルカは真っ直ぐにレイフォードを見ると、物凄く澄んだ綺麗な目ではっきりと声高に言ってきた。

「よばい、しに来た」
しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募するお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

処理中です...