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人間と竜族
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祖母が亡くなってから数日、ルカは情緒不安定になっていた。
葬儀も埋葬も済ませ、一応はきちんとお別れをしたルカだったが、ふとした時に泣いたり抜け殻のようになったりと感情が落ち着かない。あんなにも明るく笑っていたルカの笑顔が見れなくなり、城の中もどんよりと重い空気に包まれていた。
特に顕著なのは精霊で、ルカが泣けば雨を降らせ、放心状態になれば分厚い雲をかけ、ここ数日は天候さえも安定せずにいる。
まだ嵐にならないだけマシなのだろうが、レイフォードを始めルカを知る者からしてみれば天候などどうでも良く、ほんの少しでもいいから元気になって欲しかった。
小さな竜妃が動き回る姿が見られないのは、とてつもなく寂しい。
「ルカ、今日は物語の本を持って来た。これはつい最近出版されたばかりの物だから、ルカもまだ読んだ事がないだろう」
「⋯⋯ありがとう」
「ルカの好きなクッキーもある。一緒に食べよう」
「⋯ん⋯」
あの日から、レイフォードはほとんどの時間をルカと過ごすようになった。こんな状態のルカを放っておけなかったし、何よりそんな事をしたところで自分がまともに仕事が出来るとは思わなかった為、今は必要最低限の公務だけこなしている。
お礼と返事は間が空こうともしてくれるルカは、ソフィア曰くレイフォードといる時だけは比較的落ち着いているのだそうだ。
少しの時間でもレイフォードと離れると部屋にこもり誰の声にも応答しなくなるのだという。
心の拠り所を自分に見出してくれるのは嬉しいが、母親のように慕っていたソフィアにさえ応えない状況はあまり良いとは言えなかった。
(何とかしてやりたいが、こればかりはルカの気持ちの整理がつくのを待つ他ないからな)
家族を失う悲しみを知らなくても、ルカを失う悲しみと苦しみは想像だけでも辛くて堪らない。だからこそそうすぐに立ち直れるとは思っていないが、もう少しだけでも声が聞きたいとレイフォードは願っていた。
そんなある日、お茶の時間になりケーキを食べさせていたレイフォードに、いつもは言われる事に対して応えるだけだったルカが不意に口を開いた。
「レイ⋯」
「ん?」
「俺は、あと何年生きる?」
「⋯⋯⋯」
何と残酷な質問かとレイフォードは思ったが、久し振りに話し掛けてくれた事には安堵しつつ過去に聞いた話を交えながら答える。
「最も長く生きた人間の年は百十だったと聞いた事がある。恐らく百年も生きれば往生した方だろうから、ルカが百歳までと考えるならあと九十年ほどだな」
「九十年⋯⋯レイは?」
「竜族の王家は短くとも二千年は生きるから、私の命が尽きるのはまだ千年以上も先だ」
「⋯⋯⋯」
それを聞いてどう思ったのか、レイフォードの胸に顔を擦り寄せたルカはそれから口を噤むとケーキさえ食べなくなってしまった。
圧倒的な寿命の差。
竜族と人間である以上、どうやったって埋まらないし覆せない理。
レイフォードは腰元に回された腕が震えるほどの力を込められていると知り、その時は本当に一緒に逝くかと考えながらルカを抱き締めた。
それから更に数日が経ち、自室に戻ったレイフォードはベッドに座るルカの目が赤く腫れている事に気付き眉尻を下げた。
隣に腰掛け肩を抱くと僅かに反応をみせる。
「ルカ、また一人で泣いていたのか」
「⋯⋯⋯」
「ソフィアに冷やす物を持って来させよう」
目元に触れ髪を撫でてからそう言って立ち上がると、腕が掴まれ小さく「待って」と呼び掛けられた。
再び座り直した途端ルカが抱き着いてくる。
「⋯⋯⋯⋯」
「ルカ?」
「⋯⋯レイは⋯」
「?」
「⋯レイは⋯俺が死んだら…どうするんだ⋯⋯?」
その問い掛けにレイフォードの喉がヒュっとなる。
ルカを失う事など考えたくないレイフォードに現実を否が応にも突き付けられ上手く呼吸が出来ない。
「ど、う⋯⋯とも、出来ないな⋯⋯」
「出来ない…?」
「私は⋯君のいない未来など⋯⋯っ⋯」
「⋯レイ⋯っ」
今傍にある温もりがなくなる。男にしては少し高めの声も、腕にすっぽりと収まる華奢な身体も、綺麗な笑顔も、澄んだ蒼碧も、何もかもレイフォードの傍からいなくなる。
絶望でしかないその光景が頭に浮かび片手で口元を押さえ出そうになった涙を堪えていると、息を飲んだルカが首に抱き着いてきた。
「ごめん⋯っ、やな事聞いたよな。ごめんな、レイ⋯」
「ルカ⋯」
「俺、ばあちゃんが亡くなってからずっと考えてたんだ⋯この先、俺はどれだけレイと一緒にいられるのかなって⋯⋯思った以上に短くてびっくりしたけど⋯」
「⋯⋯⋯」
「あと何十年したら、俺はレイを置いていなくなる⋯そうしたらレイは、こうして泣くかもしれないんだよな⋯⋯誰にも頼らず⋯一人で⋯。⋯⋯そんなの悲しすぎる⋯俺、やだよ⋯」
他者に弱味を見せてはいけない王であるレイフォードが唯一自分らしく我儘でいられるのはルカの前でだけだ。
打算も下心もなく、ありのままを受け入れてくれるルカだからこそ、レイフォードは自然体でいられた。
「⋯っ⋯何で俺、人間なんだろ⋯⋯レイと同じ竜族なら⋯もっと長い時間一緒にいられるのに⋯」
「⋯ルカ⋯」
「⋯⋯俺⋯竜族だったら良かった⋯⋯竜族になれたらいいのに⋯っ」
絞り出すような声に堪らず抱き締め返したレイフォードは、ルカが望むのなら伝えるべきではないかとしばらく考え込んだあと、彼の髪を撫でながら思い切って口火を切った。
「⋯⋯方法が、ない訳ではない」
葬儀も埋葬も済ませ、一応はきちんとお別れをしたルカだったが、ふとした時に泣いたり抜け殻のようになったりと感情が落ち着かない。あんなにも明るく笑っていたルカの笑顔が見れなくなり、城の中もどんよりと重い空気に包まれていた。
特に顕著なのは精霊で、ルカが泣けば雨を降らせ、放心状態になれば分厚い雲をかけ、ここ数日は天候さえも安定せずにいる。
まだ嵐にならないだけマシなのだろうが、レイフォードを始めルカを知る者からしてみれば天候などどうでも良く、ほんの少しでもいいから元気になって欲しかった。
小さな竜妃が動き回る姿が見られないのは、とてつもなく寂しい。
「ルカ、今日は物語の本を持って来た。これはつい最近出版されたばかりの物だから、ルカもまだ読んだ事がないだろう」
「⋯⋯ありがとう」
「ルカの好きなクッキーもある。一緒に食べよう」
「⋯ん⋯」
あの日から、レイフォードはほとんどの時間をルカと過ごすようになった。こんな状態のルカを放っておけなかったし、何よりそんな事をしたところで自分がまともに仕事が出来るとは思わなかった為、今は必要最低限の公務だけこなしている。
お礼と返事は間が空こうともしてくれるルカは、ソフィア曰くレイフォードといる時だけは比較的落ち着いているのだそうだ。
少しの時間でもレイフォードと離れると部屋にこもり誰の声にも応答しなくなるのだという。
心の拠り所を自分に見出してくれるのは嬉しいが、母親のように慕っていたソフィアにさえ応えない状況はあまり良いとは言えなかった。
(何とかしてやりたいが、こればかりはルカの気持ちの整理がつくのを待つ他ないからな)
家族を失う悲しみを知らなくても、ルカを失う悲しみと苦しみは想像だけでも辛くて堪らない。だからこそそうすぐに立ち直れるとは思っていないが、もう少しだけでも声が聞きたいとレイフォードは願っていた。
そんなある日、お茶の時間になりケーキを食べさせていたレイフォードに、いつもは言われる事に対して応えるだけだったルカが不意に口を開いた。
「レイ⋯」
「ん?」
「俺は、あと何年生きる?」
「⋯⋯⋯」
何と残酷な質問かとレイフォードは思ったが、久し振りに話し掛けてくれた事には安堵しつつ過去に聞いた話を交えながら答える。
「最も長く生きた人間の年は百十だったと聞いた事がある。恐らく百年も生きれば往生した方だろうから、ルカが百歳までと考えるならあと九十年ほどだな」
「九十年⋯⋯レイは?」
「竜族の王家は短くとも二千年は生きるから、私の命が尽きるのはまだ千年以上も先だ」
「⋯⋯⋯」
それを聞いてどう思ったのか、レイフォードの胸に顔を擦り寄せたルカはそれから口を噤むとケーキさえ食べなくなってしまった。
圧倒的な寿命の差。
竜族と人間である以上、どうやったって埋まらないし覆せない理。
レイフォードは腰元に回された腕が震えるほどの力を込められていると知り、その時は本当に一緒に逝くかと考えながらルカを抱き締めた。
それから更に数日が経ち、自室に戻ったレイフォードはベッドに座るルカの目が赤く腫れている事に気付き眉尻を下げた。
隣に腰掛け肩を抱くと僅かに反応をみせる。
「ルカ、また一人で泣いていたのか」
「⋯⋯⋯」
「ソフィアに冷やす物を持って来させよう」
目元に触れ髪を撫でてからそう言って立ち上がると、腕が掴まれ小さく「待って」と呼び掛けられた。
再び座り直した途端ルカが抱き着いてくる。
「⋯⋯⋯⋯」
「ルカ?」
「⋯⋯レイは⋯」
「?」
「⋯レイは⋯俺が死んだら…どうするんだ⋯⋯?」
その問い掛けにレイフォードの喉がヒュっとなる。
ルカを失う事など考えたくないレイフォードに現実を否が応にも突き付けられ上手く呼吸が出来ない。
「ど、う⋯⋯とも、出来ないな⋯⋯」
「出来ない…?」
「私は⋯君のいない未来など⋯⋯っ⋯」
「⋯レイ⋯っ」
今傍にある温もりがなくなる。男にしては少し高めの声も、腕にすっぽりと収まる華奢な身体も、綺麗な笑顔も、澄んだ蒼碧も、何もかもレイフォードの傍からいなくなる。
絶望でしかないその光景が頭に浮かび片手で口元を押さえ出そうになった涙を堪えていると、息を飲んだルカが首に抱き着いてきた。
「ごめん⋯っ、やな事聞いたよな。ごめんな、レイ⋯」
「ルカ⋯」
「俺、ばあちゃんが亡くなってからずっと考えてたんだ⋯この先、俺はどれだけレイと一緒にいられるのかなって⋯⋯思った以上に短くてびっくりしたけど⋯」
「⋯⋯⋯」
「あと何十年したら、俺はレイを置いていなくなる⋯そうしたらレイは、こうして泣くかもしれないんだよな⋯⋯誰にも頼らず⋯一人で⋯。⋯⋯そんなの悲しすぎる⋯俺、やだよ⋯」
他者に弱味を見せてはいけない王であるレイフォードが唯一自分らしく我儘でいられるのはルカの前でだけだ。
打算も下心もなく、ありのままを受け入れてくれるルカだからこそ、レイフォードは自然体でいられた。
「⋯っ⋯何で俺、人間なんだろ⋯⋯レイと同じ竜族なら⋯もっと長い時間一緒にいられるのに⋯」
「⋯ルカ⋯」
「⋯⋯俺⋯竜族だったら良かった⋯⋯竜族になれたらいいのに⋯っ」
絞り出すような声に堪らず抱き締め返したレイフォードは、ルカが望むのなら伝えるべきではないかとしばらく考え込んだあと、彼の髪を撫でながら思い切って口火を切った。
「⋯⋯方法が、ない訳ではない」
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