竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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寂しがりな二人

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 ルカが竜族になってから一ヶ月半。いろいろ制限された中での生活だったが遂にその時はやってきた。

「はい、もう以前と同じように生活して頂いて宜しいですよ。特に問題点も見受けられませんし、魔力も安定したので跳ねても走っても大丈夫です」
「やったー!」
「お食事もしっかり摂れていますし、もう心配はありませんね」
「良かったですね、ルカ様」
「うん!」

 最初の二、三日はソフィアも気を張ってピリピリしていて、ルカがベッドから降りて歩けるようになると今度は転んだりぶつかったりしないかを心配していた。これだけハッキリと医者が大丈夫と言ってくれてようやく本当に安心出来たのだろう。
 また涙目になっていてルカは眉尻を下げて笑った。

「もー、ソフィアは泣き虫だな」
「そ、そんな事を言われましても⋯嬉しくて勝手に出てくるんです⋯っ」
「嬉しいなら⋯まぁいっか」

 診察の為に座っていたベッドから降りてタオルを取ったルカは、それをソフィアの目元に優しく押し当て微笑む。ソフィアが心配性なのは今に始まった事ではないし、悲しくないのならそれでいい。
 ちなみにルカの部屋はすべて元通りになっており、天蓋付きのベッドは一新したらしく以前よりもふかふかさが増した物に変わっていた。
 ほとんど使わないのだから、なくても良かったのに。

「それでは、私は失礼させて頂きます」
「ありがとうございました」
「ありがとう」
「ああ、そうだそうだ。ソフィア殿、お耳を拝借しても宜しいですか」
「はい」
「?」

 診察鞄を手にした医者が立ち上がり扉まで向かったところでソフィアへと手招きする。首を傾げつつも近付くソフィアに何かを耳打ちする様子にルカは目を瞬いた。

「陛下に、竜妃様は〝お子を宿せる身体になりましたよ〟とお伝え頂けますか」
「まぁ、そうなのですね。分かりました、陛下にお伝え致します」
「ソフィア殿が乳母になられるのですか?」
「だと嬉しいのですが⋯ルカ様がご自分でお育てになりたいと仰るのでしたら、私は誠心誠意お手伝いさせて頂く所存です」
「私も、何かありましたらすぐに駆け付けますからご安心下さい」
「ありがとうございます」

 ヒソヒソと何を話しているのかは分からないが、内緒話に割って入るほど礼儀知らずではないルカはベッドに腰掛け大人しく待つ。このあとは祖母と兄の墓参りに行こうと思っているが、レイフォードは一緒に行けるだろうか。

(お花は庭師さんが用意してくれたし、お供え物はソフィアが準備してくれた。リックスもいるから俺だけでもいいんだけど⋯)

 ルカの気持ちとしては一緒がいい。
 足をブラブラさせていたらソフィアに声をかけられ、いつの間にか医者が帰っていた事に気付く。

「どうしました?」
「⋯レイって、忙しいかな」
「そうですね⋯⋯少しお仕事を抑えておりましたから、もしかしたらお忙しいかもしれませんね」
「だよなぁ⋯」

 どうしてか、身体の調子が戻っていくにつれレイフォードと離れている時間が寂しくて堪らなくなった。人間でいた時もそう感じる時はあったけど、ここまで傍にいて欲しいと思うのは初めてだ。
 もしかして、これが竜族の特別な人に対する感情なのだろうか。

「このままじゃヤバいかも⋯」
「何がですか?」
「レイにめちゃくちゃ我儘言う気がする⋯⋯。お墓には俺とリックスで行ってくるから」
「え? ルカ様?」
「リックス、ばあちゃと兄さんのお墓に行こ!」
「は、はい」

 仕事より自分を選んで欲しいなんて最低だ。
 そんな言葉を口走ってしまわない為にも、ルカはベッドから飛び降りると花とお供え物を持って勢い良く扉を開け、驚くリックスを引き連れてさっさと走って行ってしまった。
 残されたソフィアは呆然としながらも乱れたベッドを整えて呟く。

「ルカ様の我儘でしたら、陛下は喜んでお聞き下さるのに⋯」

 それこそ城が欲しいといえばポンと建ててしまうくらいには。
 そんな我儘をルカが言う訳がないけどと笑みを零したソフィアは、いつ戻ってきてもいいようにお茶の準備に取り掛かるのだった。


 ほぼ同時刻。
 執務室ではレイフォードが今にも死にそうな顔で一枚の書類に目を通していた。もうかれこれ数十分はそれと睨めっこしている。
 一息入れて貰おうと紅茶を淹れていたハルマンは、その様子に何かあったのかと心配になり声をかけた。

「陛下、どうされました? 書類に問題でも⋯」
「あー⋯いや、書類に不備はない。ないが、出来れば避けたい仕事だ」
「一体どのような⋯」
「最南端にある街が少々困った事になっているらしい。どうも精霊の数が減っているとか⋯だから、私に視察に来て欲しいそうだ」

 アッシェンベルグの各国には、世界の均衡を保つ為一定数の精霊が常駐している。中心国であるここほどではないが、それなりの精霊が切磋琢磨しこの世界を守っていた。
 世界樹から生まれた精霊は自分が行きたい国へと行く為偏りが出る事もあるが、減る事がまずないだけに何かが起こっている事は確かだろう。

「視察は陛下のお仕事ですからね⋯ですが、今まで渋った事は御座いませんのにどうして今回は⋯⋯まさか、ルカ様ですか?」
「その通りだが。何か問題でもあるか?」

 ズバリ言い当てられても平然としているレイフォードにハルマンは額を押さえ首を振る。二人が仲睦まじい事は知っているが、ここまで公私混同するような人だったろうか。
 本当に恋は人を変えるのだなと内心で溜め息をついていたハルマンは、とある事を思い付き提案する。

「でしたら、ルカ様もお連れになれば宜しいのではありませんか?」
「視察にか?」
「ええ。きっと喜んで下さいますよ」
「⋯⋯」

 視察といっても丸一日掛かるものでもない。離れる事を嘆くくらいならむしろ連れて行ってしまえばいいのだ。
 言われて考え込んだレイフォードは書類を見て片眉を跳ね上げると、ハルマンを見上げてニヤリと笑い同意した。

「そうだな。ルカもこの国ばかりではつまらないだろうから、旅行として連れて行こう」
「あくまで視察がメインですからね」
「分かっている。二週間後に立つから、準備を進めるようソフィアに伝えてくれ」
「畏まりました」

 声のトーンがまるで違うレイフォードに小さく笑ったハルマンは、淹れたての紅茶を机に置いて頭を下げるとワゴンを押して部屋をあとにした。
 また少し忙しくなりそうだ。
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