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第二章 青い瞳の納棺士
其の壱
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九月五日 水曜日 ハンナ・マッケンジー
深夜の三時、真白さんからの依頼のメールが届キマシタ。
故人サマは二十四歳、タイでの交通事故死。
現地でエンバーミングの処置を受けたものの、大好きだったお風呂に入れてあげたいと、ご両親からのシャワー湯灌の依頼デス。
ワタシの部屋では毎日、日本のアニメソングが流れてイマス。何百枚ものアニキャラポスターが部屋の至るトコロを埋め尽くし、午前四時からTVを点け(アイドル探偵 足利マリン)の推理に感心しながら心を整えマシタ。準備は万端デス。
私の名前はハンナ・マッケンジー、四十二歳。ニュージーランドの南島にある、クライストチャーチという街に生まれマシタ。現地でエンバーマーとして働き、資金を貯めて十年前に来日。それから親友のエミコの紹介で、とある遺体処置会社で働いてイマス。ソシテ親切な仲間に恵まれて、日本ならではのお化粧、お召し物のお着せ替え、湯灌の技術を学びマシタ。外国人のワタシは処置のサポート役として影に隠れることが多かったのデスガ、外国人が増える今、英語で話ができる納棺士とて喜ばれてもイマス。
マシロさんとの出会いは七年前。年に一回、大型イベント会場で開かれる葬祭フェアで、処置のデモンストレーションをしていた時に声をかけられマシタ。
「実際のお仕事のように、お気持ちの籠められた処置をされていますね。貴女様はどちらのお国からいらっしゃったのですか?」
額に汗を掻くワタシにハンカチまで差し出してくれ優しいマシロさん。
それから一時間近くも立ち話をして、来日の理由、納棺士になった経緯を伝え、マシロさんが安置所のオーナーをされていると知りマシタ。
「貴方様の青い瞳は純粋で美しい。安置所の処置を貴方様に任せたい。」
その一言でワタシの人生が変わりました。
そして新規の取引先が増えたと、会社の社長サンもとても喜んでくれマシタ。
マシロさんのおかげサマで、ワタシはオアシスの専属納棺士として働くようになったのデス。
同日 午前九時 久遠 駆流
午前九時、二階の踊り場で朝礼が始まった。
今日は見知らぬ二人の女性がいる。一人は白人の外国人で、こちらを見て笑っている。
「駆流さん、こちらはオアシス専属納棺士のハンナ・マッケンジーさんと、サポート納棺士の立花絵美子さんです。仲良くして下さいね。」
深夜に処置の依頼と手配をしてほとんど寝ていないだろうに、綺麗に背筋を伸ばした希樹さんからは眠気を全く感じない。
「午前十時から、2号室の金城様からシャワー湯灌の依頼をいただきました。腰から臀部にかけて酷く損傷があるため、湯灌はお顔と髪の毛がメインです。お着せ替え用のお洋服は、既にお母様が用意して下さっています。ハンナさん達は九時半に2号室へ入室し準備を開始して下さい。駆流さんは勉強です。しっかりと見学して下さいね。」
朝礼後、処置の二人は外に駐車した車へ戻った。大切な娘の身体だからと、母親たっての希望で処置スタッフは女性に限定されたらしい。安置室にシャワーはあるが、バスタブはない。二人は男性でも一苦労しそうな移動式のバスタブを慣れた手つきで安置室へと運び、車の給油機から長い湯銭を引っ張った。
疲弊した両親はソファーにぐったりと腰掛けながら、無言で娘を見つめている。そして準備を整えた二人は両親の前に正座し、時計の針が十時を指すとハンナさんが口を開いた。
「金城サマ、この度は娘サマのご逝去、謹んでお悔やみ申し上げマス。」
隣に正座する立花さんは、目を瞑りながら一語一句に耳を傾けている。
「どのようなことでも結構デス。して差し上げたいコト、気になるコトがあれば仰ってくだサイ。ご処置のお時間は、海サマへ直接手をかけて差し上げられる大切なお時間でございマス。」
父親は軽く頷くが、母親は「待って。」と血相を変えた。」
「あなたが何人かは知らないけど、外国人に殺された海ちゃんが、どうして外人に触れられないとならないのよ!」
「おい!そんな言い方はないだろう?」
急に夫妻の口論が勃発する。事故の背景を考えれば、母親の意見に納得もする。いくらハンナさんが敏腕でも、国籍に配慮する必要があったのではと考える。
「こんな猛暑日に長袖、あなた、腕に入れ墨しているのでしょう?親から与えられた肌に彫り物する人間、私は大嫌いなの!」
確かに立花さんは半袖のユニフォームを着ている。すると下に目線を落としたハンナさんは、立花さんにその場を譲るかと思いきや、静かに両腕の袖を捲り上げた。
二の腕から手首にかけて何十通りもの切り傷が交差して、余りの痛々しさに母親は両手で口を塞いだ。
「その傷、どうしたの?」
「酔っ払いの父を怒らせた罪の跡、それに私が生きたくないと思った数、その証デス。」
「父親は今何をしているの?」
「幼い頃に家を出たので、生きているかも知りまセン。」
「母親は?」
「二〇一一年のカンタベリー地震で亡くなりマシタ。母は留学生に英語の授業をしていて、建物の下敷きになってしまいマシタ。」
「どうしてあなたは、日本でこの仕事をしているの?」
「ワタシは母親に死に化粧をしてあげられませんでしたノデ、大好きな日本で、亡くなられた方を美しくするお手伝いがしたいと思ったのデス。」
しばらく沈黙を貫いた母親は、声を振り絞った。
「なら、海ちゃんを美しくしてくれるのよね?」
深々と一礼したハンナさんは、ベッドで眠る海さんの上に長いタオルをかけ、緩やかな所作で洋服を脱衣した。そして立花さんと希樹さんのサポートを受け、遺体を専用のバスタブへ移動した。シャワーヘッドから湯が流れ、「熱くないですか?」と声をかけるハンナさんは、乾き切った海さんの長い黒髪を丁寧に洗っていく。
「タイで亡くなられてからご両親が現地に駆け付けた時間。出国の手続き後に日本に空輸されてからの約十日間。海様はずっとシャワーを浴びれなかったの。瞳の色は関係ない。ハンナさんの言葉を聞いて、所作を見れば、ご遺族は安堵して下さるはずです。」
隣に立つ希樹さんが補足する。
「お父様、お母様。こちらへ来て、海様の髪を洗って差し上げて下さい。」
ソファーから飛び立った母親は娘の顔を両手で包み、濡れた頬に優しくキスをした。溢れ出た涙が水流に交じり、塩味を帯びて排水口に消えていく。父親は妻の背中に寄り掛かり、娘の名前を連呼する。
「初孫でなくて、まさか大人になった海ちゃんの髪を洗うことになるなんて。色んな順番が滅茶苦茶ね…」
順番通りに海さんが母親の髪を洗っていたらと、僕の目頭が熱くなる。傍から見れば(親からの愛情)であるワンシーンが、両親にとっては(遣り切れない現実)でしかない。
シャワーの後、目を赤くした母親とハンナさんは、「気持ちいい?」とドライヤーをかけた。そしてベッドに体を戻すと、ハンナさんは(一番気に入っている海さんの顔写真)を見せて欲しいと頼んだ。
「初任給でスカーフを買ってくれた日に、カフェで撮った写真。だいぶ髪が伸びたけど、海ちゃんはこれくらいの前髪とセミロングが一番似合うと思うの。」
驚いた。ハンナさんは美容師の資格まで持っていて、「良かったら髪を切りマス。」とまで言い出して、両親が「ありがとう。」と答えた。
ああだ、こうだと会話が生まれて、ああでも、こうでもないと散髪の調整が入る。そしてお気に入りの髪型が完成間近になると、母親は理想の娘を手に入れようとバッグから道具を取り出して、即席のメイクアップアーティストになった。
凄い。オアシスに来てからの約三日間。部屋の掃除に伺っても石像のようだった母親に生気が宿り、その姿に安堵する父親を見る僕は自然と口角を上げてしまう。
そして用意された洋服を着た海さんは、僅か二時間余りで眠れる森の美女に姿を変えた。
まるで妹に接する姉のようなハンナさん。
(仕事)で片づけてはいけない。これは紛れもない(奉仕)だ。
「火葬日が決まりましたら、またお直しに参りマス。」
道具を片付けて部屋を出ようとするハンナさんに、父親は「あなたに綺麗にしてもらえて海は喜んでいるはずです。」と述べ、まじまじと娘を見つめる母親はその言葉に頷いた。そして「待って!」と叫び、ハンナさんの目の前に立ち進路を塞いだ。
「私、小学校の教師をしていたの。人を傷つけた時は素直に謝る。生徒にそう教えていたのに。」
「大丈夫デス。それに私は日本人では…」
「ごめんなさい。尽くす気持ちに国境はない。それにあなたの青い瞳は海の色。娘そのものよ。」
子供に戻ったハンナさんは、えーんと泣き、頭をポンポンした母親と抱き合った。
「いかがでしたか?」
ロビーで希樹さんに聞かれても、何か登場物が豹変する一本の長編映画を見せされたようで感想が出てこない。
「ハンナさん、凄いでしょう?私はあくまで安置所を用意しているだけです。しかし彼女は私より丁寧な日本語で、私より日本の文化を愛している。途轍もない情熱と努力を果たして、今ここにいる。ですからそれが自然に溢れて伝わると思うのです。」
仏の如く冷静沈着な希樹さんが目を見開いて、布教師に姿を変える。
「オアシスは簡素な就業規則以外にルールはありません。この場所がご遺族にとっての休息所になるのなら、ここはカラオケ会場や美容院にもなる。そして人間という知恵を被った動物が、覚醒を遂げる要所になる。」
今にも施設から飛び出して森の中を駆ける勢いだ。
凄みより恐怖が勝る。今の希樹さんとは一緒には走りたくはない。
「これだけ生に制限をかける現代において、私は死に制限をしない。」
演説を終えた希樹さんは、颯爽と執務室へ向かった。
深夜の三時、真白さんからの依頼のメールが届キマシタ。
故人サマは二十四歳、タイでの交通事故死。
現地でエンバーミングの処置を受けたものの、大好きだったお風呂に入れてあげたいと、ご両親からのシャワー湯灌の依頼デス。
ワタシの部屋では毎日、日本のアニメソングが流れてイマス。何百枚ものアニキャラポスターが部屋の至るトコロを埋め尽くし、午前四時からTVを点け(アイドル探偵 足利マリン)の推理に感心しながら心を整えマシタ。準備は万端デス。
私の名前はハンナ・マッケンジー、四十二歳。ニュージーランドの南島にある、クライストチャーチという街に生まれマシタ。現地でエンバーマーとして働き、資金を貯めて十年前に来日。それから親友のエミコの紹介で、とある遺体処置会社で働いてイマス。ソシテ親切な仲間に恵まれて、日本ならではのお化粧、お召し物のお着せ替え、湯灌の技術を学びマシタ。外国人のワタシは処置のサポート役として影に隠れることが多かったのデスガ、外国人が増える今、英語で話ができる納棺士とて喜ばれてもイマス。
マシロさんとの出会いは七年前。年に一回、大型イベント会場で開かれる葬祭フェアで、処置のデモンストレーションをしていた時に声をかけられマシタ。
「実際のお仕事のように、お気持ちの籠められた処置をされていますね。貴女様はどちらのお国からいらっしゃったのですか?」
額に汗を掻くワタシにハンカチまで差し出してくれ優しいマシロさん。
それから一時間近くも立ち話をして、来日の理由、納棺士になった経緯を伝え、マシロさんが安置所のオーナーをされていると知りマシタ。
「貴方様の青い瞳は純粋で美しい。安置所の処置を貴方様に任せたい。」
その一言でワタシの人生が変わりました。
そして新規の取引先が増えたと、会社の社長サンもとても喜んでくれマシタ。
マシロさんのおかげサマで、ワタシはオアシスの専属納棺士として働くようになったのデス。
同日 午前九時 久遠 駆流
午前九時、二階の踊り場で朝礼が始まった。
今日は見知らぬ二人の女性がいる。一人は白人の外国人で、こちらを見て笑っている。
「駆流さん、こちらはオアシス専属納棺士のハンナ・マッケンジーさんと、サポート納棺士の立花絵美子さんです。仲良くして下さいね。」
深夜に処置の依頼と手配をしてほとんど寝ていないだろうに、綺麗に背筋を伸ばした希樹さんからは眠気を全く感じない。
「午前十時から、2号室の金城様からシャワー湯灌の依頼をいただきました。腰から臀部にかけて酷く損傷があるため、湯灌はお顔と髪の毛がメインです。お着せ替え用のお洋服は、既にお母様が用意して下さっています。ハンナさん達は九時半に2号室へ入室し準備を開始して下さい。駆流さんは勉強です。しっかりと見学して下さいね。」
朝礼後、処置の二人は外に駐車した車へ戻った。大切な娘の身体だからと、母親たっての希望で処置スタッフは女性に限定されたらしい。安置室にシャワーはあるが、バスタブはない。二人は男性でも一苦労しそうな移動式のバスタブを慣れた手つきで安置室へと運び、車の給油機から長い湯銭を引っ張った。
疲弊した両親はソファーにぐったりと腰掛けながら、無言で娘を見つめている。そして準備を整えた二人は両親の前に正座し、時計の針が十時を指すとハンナさんが口を開いた。
「金城サマ、この度は娘サマのご逝去、謹んでお悔やみ申し上げマス。」
隣に正座する立花さんは、目を瞑りながら一語一句に耳を傾けている。
「どのようなことでも結構デス。して差し上げたいコト、気になるコトがあれば仰ってくだサイ。ご処置のお時間は、海サマへ直接手をかけて差し上げられる大切なお時間でございマス。」
父親は軽く頷くが、母親は「待って。」と血相を変えた。」
「あなたが何人かは知らないけど、外国人に殺された海ちゃんが、どうして外人に触れられないとならないのよ!」
「おい!そんな言い方はないだろう?」
急に夫妻の口論が勃発する。事故の背景を考えれば、母親の意見に納得もする。いくらハンナさんが敏腕でも、国籍に配慮する必要があったのではと考える。
「こんな猛暑日に長袖、あなた、腕に入れ墨しているのでしょう?親から与えられた肌に彫り物する人間、私は大嫌いなの!」
確かに立花さんは半袖のユニフォームを着ている。すると下に目線を落としたハンナさんは、立花さんにその場を譲るかと思いきや、静かに両腕の袖を捲り上げた。
二の腕から手首にかけて何十通りもの切り傷が交差して、余りの痛々しさに母親は両手で口を塞いだ。
「その傷、どうしたの?」
「酔っ払いの父を怒らせた罪の跡、それに私が生きたくないと思った数、その証デス。」
「父親は今何をしているの?」
「幼い頃に家を出たので、生きているかも知りまセン。」
「母親は?」
「二〇一一年のカンタベリー地震で亡くなりマシタ。母は留学生に英語の授業をしていて、建物の下敷きになってしまいマシタ。」
「どうしてあなたは、日本でこの仕事をしているの?」
「ワタシは母親に死に化粧をしてあげられませんでしたノデ、大好きな日本で、亡くなられた方を美しくするお手伝いがしたいと思ったのデス。」
しばらく沈黙を貫いた母親は、声を振り絞った。
「なら、海ちゃんを美しくしてくれるのよね?」
深々と一礼したハンナさんは、ベッドで眠る海さんの上に長いタオルをかけ、緩やかな所作で洋服を脱衣した。そして立花さんと希樹さんのサポートを受け、遺体を専用のバスタブへ移動した。シャワーヘッドから湯が流れ、「熱くないですか?」と声をかけるハンナさんは、乾き切った海さんの長い黒髪を丁寧に洗っていく。
「タイで亡くなられてからご両親が現地に駆け付けた時間。出国の手続き後に日本に空輸されてからの約十日間。海様はずっとシャワーを浴びれなかったの。瞳の色は関係ない。ハンナさんの言葉を聞いて、所作を見れば、ご遺族は安堵して下さるはずです。」
隣に立つ希樹さんが補足する。
「お父様、お母様。こちらへ来て、海様の髪を洗って差し上げて下さい。」
ソファーから飛び立った母親は娘の顔を両手で包み、濡れた頬に優しくキスをした。溢れ出た涙が水流に交じり、塩味を帯びて排水口に消えていく。父親は妻の背中に寄り掛かり、娘の名前を連呼する。
「初孫でなくて、まさか大人になった海ちゃんの髪を洗うことになるなんて。色んな順番が滅茶苦茶ね…」
順番通りに海さんが母親の髪を洗っていたらと、僕の目頭が熱くなる。傍から見れば(親からの愛情)であるワンシーンが、両親にとっては(遣り切れない現実)でしかない。
シャワーの後、目を赤くした母親とハンナさんは、「気持ちいい?」とドライヤーをかけた。そしてベッドに体を戻すと、ハンナさんは(一番気に入っている海さんの顔写真)を見せて欲しいと頼んだ。
「初任給でスカーフを買ってくれた日に、カフェで撮った写真。だいぶ髪が伸びたけど、海ちゃんはこれくらいの前髪とセミロングが一番似合うと思うの。」
驚いた。ハンナさんは美容師の資格まで持っていて、「良かったら髪を切りマス。」とまで言い出して、両親が「ありがとう。」と答えた。
ああだ、こうだと会話が生まれて、ああでも、こうでもないと散髪の調整が入る。そしてお気に入りの髪型が完成間近になると、母親は理想の娘を手に入れようとバッグから道具を取り出して、即席のメイクアップアーティストになった。
凄い。オアシスに来てからの約三日間。部屋の掃除に伺っても石像のようだった母親に生気が宿り、その姿に安堵する父親を見る僕は自然と口角を上げてしまう。
そして用意された洋服を着た海さんは、僅か二時間余りで眠れる森の美女に姿を変えた。
まるで妹に接する姉のようなハンナさん。
(仕事)で片づけてはいけない。これは紛れもない(奉仕)だ。
「火葬日が決まりましたら、またお直しに参りマス。」
道具を片付けて部屋を出ようとするハンナさんに、父親は「あなたに綺麗にしてもらえて海は喜んでいるはずです。」と述べ、まじまじと娘を見つめる母親はその言葉に頷いた。そして「待って!」と叫び、ハンナさんの目の前に立ち進路を塞いだ。
「私、小学校の教師をしていたの。人を傷つけた時は素直に謝る。生徒にそう教えていたのに。」
「大丈夫デス。それに私は日本人では…」
「ごめんなさい。尽くす気持ちに国境はない。それにあなたの青い瞳は海の色。娘そのものよ。」
子供に戻ったハンナさんは、えーんと泣き、頭をポンポンした母親と抱き合った。
「いかがでしたか?」
ロビーで希樹さんに聞かれても、何か登場物が豹変する一本の長編映画を見せされたようで感想が出てこない。
「ハンナさん、凄いでしょう?私はあくまで安置所を用意しているだけです。しかし彼女は私より丁寧な日本語で、私より日本の文化を愛している。途轍もない情熱と努力を果たして、今ここにいる。ですからそれが自然に溢れて伝わると思うのです。」
仏の如く冷静沈着な希樹さんが目を見開いて、布教師に姿を変える。
「オアシスは簡素な就業規則以外にルールはありません。この場所がご遺族にとっての休息所になるのなら、ここはカラオケ会場や美容院にもなる。そして人間という知恵を被った動物が、覚醒を遂げる要所になる。」
今にも施設から飛び出して森の中を駆ける勢いだ。
凄みより恐怖が勝る。今の希樹さんとは一緒には走りたくはない。
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