マイアの魔道具工房~家から追い出されそうになった新米魔道具師ですが私はお師匠様とこのまま一緒に暮らしたい!~

高井うしお

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11話 花嫁へ

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「あとはキャロルさんの了解を得たら作業に入っていいと思います。では行きましょうか」

 マイアはレイモンドに言われるがままにキャロルの元に向かった。そして製作中の魔道具の説明をする。

「そんな事ができるんですか……」
「これならお祖母様の希望も叶えられると思います」
「本当に……ええ……」

 それから軽く打ち合わせをして、レイモンドが従業員に命じて用意してくれていた材料を受け取ってマイアの用事は終わった。

「それでは当日を楽しみにしています」
「ええ」

 そう答えた瞬間、マイアのお腹がぐーっと鳴った。

「あ、お昼まだでしたね。どこか行きましょう」
「は、はい……」

 マイアは腹の虫の音を聞かせてしまったことが恥ずかしくて赤くなりながら答えた。

「そうですねー。では今日は……魚料理は? 好きですか」
「大好きです!」

 マイアは思わず前のめりに答えた。いつもは保存のきく塩漬けや酢漬けの魚が多い。数ヶ月に一回の買い出しの時に買う生魚はマイアにとってご馳走だった。

「魚介料理の専門店があります。そこに行きましょう」

 レイモンドが連れて来てくれた店は海をイメージしているのかストライプのひさしに看板には錨のマークがついていた。ティオールの街は港まで馬車で二日はかかる。でもそんな街でこのような店が開けるのは専門の魔術師がいるからだ。港で即氷漬けにされた魚介類はそこから色々な街に運ばれていく。

「さて僕は魚介のパスタにしよう。マイアさんは?」
「私はこの……鯛のグリルにします」

 注文してしばらくすると、料理が運ばれてきた。レイモンドの皿は蟹や貝や白身魚を豪快に載せたスープパスタ。そしてマイアの皿は皮ごとグリルされた鯛にクリームソースとハーブがあしらってある。

「綺麗な盛り付けですねー」
「味もいいですよ。ここは港と専属契約して魚を仕入れているそうです」
「へぇ……」

 マイアはそのこだわりに感心しながら鯛をナイフで切り分けてぱくりと口にした。

「……ん!」

 パリッと香ばしい皮。ふんわりとした旨味のある白身。臭みはハーブで消されている。

「このソースはクリームと……柑橘の香りがしますね。レモンかしら」

 ふんわりとしたレモンの爽やかな風味がソースを軽やかにまとめている。

「こっちはトマト風味ですね。うん。酸味と合わさって美味しい」

 レイモンドも頷きながら魚介の旨味満載のパスタを味わった。

「はあ……美味しかった」

 家では味わえないプロの料理を口にしてマイアは大満足で息をついた。

「それでは、当日楽しみにしています」
「はい」

 そうしてマイアは街を後にした。挙式まで一週間とちょっと。マイアは寝る間も惜しんでキャロルの為の魔道具の加工に勤しんだ。



 そして……キャロルの結婚式の日がやってきた。予報通り、少し先の様子もわからないくらいの強い雨が降っている。

「うーん? アシュレイさん、私のリボン曲がってません?」
「曲がっている」

 玄関の鏡の前で首をかしげて聞くマイアにアシュレイは頷いた。

「もう、分かってるなら直して下さいよ!」
「はいはい……」

 アシュレイはマイアの髪のリボンを真っ直ぐに整えてやった。こうしているとまだ家にきたばかりの事を思い出す。

「で、なんでお前までめかし込む必要があるんだ」
「式場に行くから悪目立ちしないようにですよ」
「ふーん。まあいい。早く行くぞ」

 アシュレイは黒のマントを身につけると、バサッと翻してマイアを振り返った。

「……え? アシュレイさんも行くんですか?」
「お前の仕事ぶりを見せてもらおう」
「まあ……いいですけど……」
「では行こう」

 アシュレイは片手でマイアの手をとり、もう一方の手で指を鳴らした。すると雨が二人を避け、体はふわりと宙に浮かんだ。

「しっかりつかまれ」
「……はい」

 雨も、街までの距離もアシュレイにはなんの問題もない。この程度の事は彼にとっては呪文さえ必要としない。
 そうしてアシュレイはマイアを連れて息一つ乱すことなくティオールの街に着く。

「どっちだ」
「こちらです、アシュレイさん」

 マイアはメモを手に、キャロルの家の方向に歩き出した。傘も持たずに歩く二人に少し振り向く人もいたが、アシュレイのマントを目にすると魔術師だと納得したようだった。
 やがて、蔦の絡まる大きな三階建てのアディントン家の屋敷が見えてきた。

「ここですね……」
「あ、マイアさん! ……にアシュレイさんも」
「レイモンドさん」

 本日は出席者でもあるレイモンドは礼服に身を包んでいる。そしてそっと二人を中庭に案内してくれた。

「予告通り見事な雨で……」
「自然現象だ」

 招待客達は中庭に面した応接間に集まっているようだ。やがて使用人が声をかけると、皆ぞろぞろと傘を手に中庭に出てきた。

「そろそろですね」

 招待客は不可解な顔をしている。それもそうだ。この雨の中いきなり中庭に移動しろと言われたら無理も無い。
 すると……幾人かの使用人が、沢山の布を持って中庭に敷き詰めはじめた。

「おいおい……この雨じゃ無駄だぞ……」

 そんな声も聞こえてくる。そんな中、扉が開いた。そこにいたのは白いウェディングドレスに身を包んだキャロルとその夫。あいかわらず雨は降っている。しかし、キャロル達は構わず中庭に足を進めた。

「わ……?」
「あ、雨が……」

 その時である。キャロルの側にいたものから不思議そうに空を見上げた。

「みなさん! 今日一時ひとときだけ、この中庭は雨が降りません。どうぞ傘を畳んでください」

 キャロルはにこやかにそう宣言した。じっとその様子を観察していたマイアはほっと胸を撫で降ろした。

「うまく作動して良かったわ」

 マイアは満足そうに頷いた。

「いいじゃないか」

 その横でアシュレイも呟く。マイアはその言葉に喜びを噛みしめた。

「ええ、雨を止めるのはリスクが高いですけど、雨を避けるなら別に私達も普段からやってますもん」

 マイアが作ったのはキャロルの結い上げた髪に輝く青いアクセサリーだった。それは水の魔石をレイモンドが用意した彫金の台座に嵌め込み、雨避けの魔法陣を施したものである。この台座の小さなスペースに魔法の効果を詰め込むのにマイアは一番苦労した。

「ちょっと雨避けの効果の範囲が広いのは……まあお祝いってことで」

 招待客達は予想外の余興に驚きながら、こちらには振ってこない雨の中次々出てくる飲み物や料理を楽しんでいる。キャロルは出席者達の祝いの言葉を受け取りながら、屋敷の二階を見上げた。

「……お祖母様」

 そこからはキャロルの祖母がクッションを重ねてベッドから半身を起こし、彼女を見守っていた。

「キャロルさん」
「あ、マイアさん……ありがとう……お祖母様もあんなに笑顔で……」
「良かったです」
「これで心残りなくこの土地を離れることができます……」

 マイアはキャロルの目に浮かんだ嬉し涙を見てにっこりと笑った。

「お幸せに!」
「はい!」
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