マイアの魔道具工房~家から追い出されそうになった新米魔道具師ですが私はお師匠様とこのまま一緒に暮らしたい!~

高井うしお

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12話 レイモンドの策

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 マイアとアシュレイは賑やかな式場からそっと抜け出した。マイアは魔道具がきちんと作動して無事式が執り行われた事にようやく安堵した。

「式までに雨の日が一日しかなかったから、ちょっとどぎまぎしましたね」
「一つ思ったんだがマイア、あれなら魔法でもなんとか出来たんじゃ?」

 胸を撫で降ろしているマイアにアシュレイは疑問をぶつけた。

「あのですねぇ……あの規模を延々雨避けできるのはアシュレイさんくらいですよ」
「そんなつまらん仕事は受けない」
「でしょ」

 そうマイアがアシュレイに言い返していると、レイモンドも式場を抜け出してマイアの元にやってきた。

「マイアさん! 待ってください! 代金を受け取るのを忘れてますよ」
「マイア……まったく……」

 二人から呆れた視線を受けて、マイアは首をすくめた。

「……すみません」
「これ、代金の金貨十枚です」
「……キャロルさん大丈夫かしら」

 当初の見積もり通りの金額を渡されて、マイアは思わず呟いた。

「ふふふ、キャロルさんからは金貨一枚を受け取りました」
「そ、それじゃレイモンドさんが損しているじゃないですか!?」

 慌てるマイアにレイモンドはにっこりと笑顔で答えた。

「僕がそんな事すると思います?」
「え?」
「今回は売買じゃなくて賃借にしました。金貨一枚で」
「えー!?」
「催し物の多い教会や劇場に営業をかけています。十回借りて貰えれば僕は元をとれます。まぁ今日の感触だと……もっと行くでしょうね。ははは」

 レイモンドは笑ってマイアに金貨の入った袋を手渡すと、手を振りながら式場へと戻った。

「はあ……すごい……」

 マイアはどうにかするという宣言通りにしてしまったレイモンドに感心してしまった。

「マイア、帰るぞ」
「あ、はい!」

 レイモンドの後ろ姿を見送っていたマイアは、急にスタスタと歩き出したアシュレイを慌てて追いかけた。マイアが追いつくと、アシュレイはマイアの手を掴んで空を飛び、ランブレイユの森に向かって飛んでいく。

「早い早い! アシュレイさん、さすがに怖いです」

 急スピードで森に向かって飛ぶアシュレイに向かって、マイアは悲鳴を上げた。

「そうか」

 アシュレイは短く答えて少しスピードを落とした。

「……どうせアシュレイさんがいるなら重たい買い物もしておきたかったのに」
「何を買うつもりだったんだ?」
「鯛です。こないだレイモンドさんと食べた魚貝料理のお店のグリルが美味しかったので家でも作ってみようと……」

 マイアがぐちぐちと文句を言うと、アシュレイは鼻で笑った。

「魚くらい家で海から召還してやる」
「あ、その手が……なんで今まで思いつかなかったのかしら」
「まあこの天才魔術師でなければ出来ない芸当だろうがな」
「はいはい」

 いつものアシュレイの軽口にマイアが適当に返事をしているうちに家についた。

「ああ、髪がぐちゃぐちゃ……」

 マイアはぼやきながら風で乱れた髪のリボンをほどく。

「着替えてきます」

 自室に戻ると、マイアはよそ行きのワンピースを脱いでいつもの服に着替えた。少し湿気を吸ったよそ行きをハンガーに掛けて吊し、それを眺める。

「……いいお式でした」

 キャロルの笑顔を思い出して、マイアはひとり部屋で笑みをこらえていた。魔道具を作る試行錯誤も楽しいけれど、マイアはあの顔が見たくてがんばったのだ。

「それにちゃんとお金も稼ぎましたし」

 レイモンドから貰った金貨は前回の売り上げと合わせたら相当な額になった。

「そうだ! 何か買おうかな……」

 せっかくはじめて稼いだお金なのだ。なにか思い出に残るものを買いたい。それから、魔道具を作れるだけの魔法の知識を与えてくれたアシュレイにもなにか。

「うーん、でもアシュレイさんは欲しいものとかあるのかしら」

 マイアはしばらく考えてみたがアシュレイの欲しがりそうなものが思い当たらなかった。

「……なにがいいのかなぁ」
「ここここ!」

 マイアが頭を巡らせていると、ドアの向こうからゴーレムの声がした。

「なあに? 夕飯はもうちょっとしたら作るけど」
「ここここ!」

 ゴーレムは一生懸命に今を指差している。マイアは不思議に思いながらゴーレムを連れて居間に向かった。

「ここここ! ここここ!」
「お前たちうるさいぞ」
「……アシュレイさん、何やっているんです?」

 マイアは居間の様子を見て低い声を出した。家中のゴーレムに囲まれたアシュレイは、マイアの声に振り返った。

「あ、マイア。これでよいだろう」
「これ……」
「鯛だ」

 居間のソファーの前のテーブルが水で濡れている。そして……その上には大きな鯛がビチビチと跳ねていた。

「さっきまで泳いでいたから新鮮そのものだ。街の店屋じゃ手に入らないぞ」
「確かにそうですけど……どうするんですかこれ!」

 マイアは生きている丸々一匹の鯛を目の前に悲鳴をあげた。



「うん、美味いな。このソースがよく合う」
「ですね……」

 マイアは少しぐったりとしながら答えた。あの後マイアはなんとか手探りで鯛をさばいて夕食を作った。
 そしてアシュレイは出来上がった鯛のグリルを呑気に味わっている。

「それはレイモンドさんに連れ行ってもらったお店のまねっこです」
「そうか」
「今回もレイモンドさんに随分お世話になってしまいました」
「あちらさんも商売だ。問題ないだろう」
「そうなんですけどね……」

 前回はレイモンドが売り先を探してきたし、今回も客を連れてきたのは彼だ。マイアはもっと自分でちゃんと売れる魔道具を考えなきゃ、と思っていた。

「に、しても……あの小僧、思ったよりやり手だな」
「若いのにしっかりしてる、でしょ。小僧って……」

 レイモンドは年の頃二十代半ばくらいだろうか。アシュレイよりは年下だとは思うが。明るくて親切で、所作の端々に育ちの良さがある。

「いい人ですよ」

 マイアはそう言い切って、食後の後片付けをはじめた。アシュレイはそんなマイアをしばらくじっと見ていたが、おもむろに立ち上がった。

「……マイア、俺は少し散歩してくる」
「こんな時間にですか? 雨なのに?」
「……家が魚くさい。外の空気を吸ってくる」

 それは自分のせいでしょう、とマイアは言いたかったがぐっと堪えた。

「行ってくる」
「はい」

 アシュレイは雨の中、家の外に出た。少し小降りになった雨はアシュレイの体に当たる事なく散っていく。そのまま彼は家の裏手に回った。

「……まったく、さっきからウロウロと」
『気づいていたか』
「当り前だ」

 アシュレイがわざわざ散歩などと言って家を出たのはさっきから周囲にカイルの気配がしていたからだ。

「のぞき見とは趣味が悪い」
『やきもちをやいているアシュレイを見るのが面白いから』
「……なんの事だ」

 アシュレイは不機嫌そうに眉根を寄せた。それを見たカイルは尖った歯を剥き出しにして笑った。

『あの人間の小僧にマイアをとられると思っているんだろ』
「馬鹿を言うな。マイアにはもっと自立してもらって最終的にはここを出て行って貰わなくてはならん。彼は……マイアの役に立つだろう」
『ふーん……』

 カイルはアシュレイの顔をじっと見た。感受性の高い精霊は人の感情を読み取るのが得意だ。それは人には見えない色のような形で彼らの目には映る。

『嘘ではない、か』
「くだらんことをしていないで早く森に帰れ。吹き飛ばすぞ」
『ははは』

 アシュレイはカイルに向かって手を振って追い払った。そして、雨の中にぼんやりと浮かんでいる月を見つめた。

「マイアをここまで育てたのは俺だ。俺がきっちり面倒みんでどうする」

 その声はカイルに届いたのか、それとも雨に打ち消されたのか。それはアシュレイにも分からなかった。
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