マイアの魔道具工房~家から追い出されそうになった新米魔道具師ですが私はお師匠様とこのまま一緒に暮らしたい!~

高井うしお

文字の大きさ
29 / 55

29話 誰かのため

しおりを挟む
「はあ……」

 母への仕送りの為に街に出てお針子として働くエリーの姿はマイアには眩しく映った。マイアだって魔道具師として働いているし、稼ぎ自体はエリーの何倍もきっとある。けれど、ずっとエリーの方が生き生きしていると思うのは何故だろう。

「何かが足りないのかな……」

 独立しろとアシュレイに言われて仕事を作り、自分の仕事で嬉しそうな笑顔をする人達がいる。それを知ってマイアは仕事の喜びを知ったとアシュレイに感謝したのだが。

「ヴィオラ座の件を素直に受け入れられないのもそのせい……?」

 マイアはそう思いながらあとひとつ残した用事の為にアビゲイルの家へと向かった。

「あら、ごきげんよう」
「こんにちは。今日は渡したいものがあって来ました」
「あらじゃあ上がって?」

 アビゲイルに招かれて、マイアは応接室に通された。マイアはさっさと用件をすまそうと鞄を開いた。

「アビゲイルさん、これを持っておいてください」
「これは?」

 マイアが持ってきたのは、レイモンドにも渡してある小鳥のゴーレムである。

「これは伝言用のゴーレムです。レイモンドさんにも渡してあるのですけれど、この口にメモを入れて飛ばせば私がどこにいても届けてくれるわ」
「便利ねぇ……いいの?」
「『お友達』ですから」
「ふふふ、分かったわ」

 アビゲイルは嬉しそうに小鳥のゴーレムを受け取った。

「今日はマイアは何しに街まで?」
「あ……えっと……」

 マイアは口ごもった。そしてトレヴァーの事を聞いていたのは伏せて置いて、劇場見学の事だけ伝える事にした。

「実は劇場のヴィオラ座の照明を作らないか、と言われているんです。それで一度どんな所が見て見ようと思って」
「まあ、すごいじゃない。私、お芝居は大好き。あの劇場が燃えてとても残念だわ」
「でも……私、まだその仕事を受けるって返事できないでいるんです」
「あら、何故?」

 マイアの言葉にアビゲイルは首を傾げた。

「その、材料が足りなくて……いえ、それはなんとかなるかもしれないんですけど……」
「マイアには無理そうなの?」
「いえ、技術としてはそう難しくありません。周りも手伝ってくれるというし」
「じゃあどうして? 依頼主が嫌な奴だったとか?」
「そんなんじゃないです。できれば劇場の役に立ちたいと思いました……けど私、多分怖いんです」

 矢継ぎ早にアビゲイルに質問されて、マイアはとうとう心情をぶちまけた。

「怖い……?」
「はい。この仕事が終わったら大金が入ってくるんです。金貨2000枚は入るって言われて。仕事は好きですけど……そんなのどうしたらいいか」

 自分はなんて馬鹿な事を言っているんだろう、とマイアは思った。アビゲイルには理解できないだろう、そう思って顔をあげると彼女はソファーの肘掛けに肩肘を置いてあごに手をやり頷いていた。

「はーん、なるほどね」
「な、なるほど?」
「マイアはお金の使い方がわからないのね。ふふふ」
「お金の使い方? ……買い物くらいできますよ」
「そういうことじゃないのよ」

 アビゲイルはぐっと前に身を乗り出した。

「この私はティオール銀行の頭取の一人娘よ? お金に関することなら他の人より知っているわ。生かし方も殺し方も」
「はあ……」

 自信たっぷりに言うアビゲイル。マイアはただただその様子を見ていた。

「マイアが働いてお金を得るのは何故?」

 アビゲイルの質問に、マイアは髪をいじりながら答えた。

「えーと……自分の食い扶持を得る為よ。そうしないと家を追い出されるから。あとは……仕事自体が楽しいからかしら」
「そう……ではその得たお金でなにかしたい事ってあるかしら」
「うーん、ちょっと美味しいもの食べたり、本とか買いたいなとは思うけど……すでに蓄えは十分あるわ」
「なるほどね……マイアは小さなお金の使い方しか知らないのよ」
「え……?」

 意味がわからずぽかんとしているマイアに、アビゲイルは手を差し出した。そして片手をまず指して小さく丸を描いた。

「私の感覚だけどね。自分の生活や自分のやりがいの為のお金。自分の周りで動くお金があるでしょ。マイアはこの辺しか見えていないの」
「うん、そうかも」
「でもね、もっとお金があったらこの周りにも手が届くの。えーと、例えばマイアの家族が助かるとか……あともっと工房を大きくして人を雇うとか。つまり、夢とか将来の為にお金が使えるのよ」
「夢……将来……」

 アビゲイルの言葉にマイアは考え込んだ。本当の両親はもう居ないし、アシュレイには手助けは要らなそうだ。工房に人も要らない。

「うーん……」

 マイアは唸るしかなかった。そんなマイアにアビゲイルは言う。

「なにかないの? やりたい事」
「それは……」

 その時、マイアの頭にちらりとある事が浮かんだ。

「アビゲイル、初めて会ったときにいた子供達のこと覚えてる?」
「ああ……あの物乞いの子たち」
「あのね、私は孤児でたまたま魔術師に拾われたの。でもそれは本当に偶然で、なんとか働き口を探しにこのティオールの街に向かっていたのよ」
「まあ……」
「だからあの子達はあの日拾われなかった私かもしれない……もし、やりたい事って言われたら彼らに仕事を与えたいわ」

 マイアは自分で言っている事に驚いていた。そうだ、マイアはいつもどこか怖かった。村を追い出されて不安に押しつぶされそうになりながら歩いていたあの道に、引き戻されるのではないかと。実際はもう手に仕事も持った大人なのに。

「そう……もし孤児や浮浪児の為の職業訓練校を作るとして、それにはきっと金貨2000枚は足りないわね?」
「あ……本当ね」

 アビゲイルに言われてマイアはハッとした。重荷に感じていた大金が、目標を別に持ったらとたんに小さな金額に感じられた。

「マイア、うちの銀行に口座を開きなさいよ。そして基金を作るといいわ」
「基金?」
「そのお金を元にうちの銀行が運用して増やす。……ほかの賛同者を見つけて寄付してもらってもいい。そしたらマイアのやりたい事もできるわよ」
「はぁ……アビゲイル……あなたすごいわ……」

 マイアはアビゲイルの考えに思わず感嘆のため息をついた。それを聞いてアビゲイルは澄まして答えた。

「あら、お友達の為に助言するのは当然でしょう?」

 そしてぽかんとした顔をしているマイアをみて、声を上げて笑ったのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」 公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。 忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。 「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」 冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。 彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。 一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。 これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

ゴミ鑑定だと追放された元研究者、神眼と植物知識で異世界最高の商会を立ち上げます

黒崎隼人
ファンタジー
元植物学の研究者、相川慧(あいかわ けい)が転生して得たのは【素材鑑定】スキル。――しかし、その効果は素材の名前しか分からず「ゴミ鑑定」と蔑まれる日々。所属ギルド「紅蓮の牙」では、ギルドマスターの息子・ダリオに無能と罵られ、ついには濡れ衣を着せられて追放されてしまう。 だが、それは全ての始まりだった! 誰にも理解されなかったゴミスキルは、慧の知識と経験によって【神眼鑑定】へと進化! それは、素材に隠された真の効果や、奇跡の組み合わせ(レシピ)すら見抜く超チートスキルだったのだ! 捨てられていたガラクタ素材から伝説級ポーションを錬金し、瞬く間に大金持ちに! 慕ってくれる仲間と大商会を立ち上げ、追放された男が、今、圧倒的な知識と生産力で成り上がる! 一方、慧を追い出した元ギルドは、偽物の薬草のせいで自滅の道をたどり……? 無能と蔑まれた生産職の、痛快無比なざまぁ&成り上がりファンタジー、ここに開幕!

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

処理中です...