S系歯科医と助手

望月ひなり

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はいっこぐまデンタルクリニックです!どうなさいました?

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 皆さん食べた後はきちんと歯磨きしていますか?

ハブラシの持ち方は親指と人差し指で軽く握って、2つの歯を磨くように細かく動かしてますか?

磨き難いところはハブラシを縦にして磨いてますか?歯石、歯垢の残りは虫歯の大好物ですよ。

大人になってからの虫歯は子供の頃に比べて痛みが出にくいので、半年に1回の検診を受けに来て下さいね。

また当院は、矯正も行っていますので、気軽にスタッフにお尋ね下さい。

 あっ、皆様こんにちは!こぐまデンタルクリニックの歯科助手をしている町野あやのです。歯科助手暦まだ2カ月の新米ですが、若先生に厳しくいじめじゃなかった指導されて、根管治療のお手伝いもスムーズに出来るようになりました!

最近の課題は、仮歯を土台と付ける為の接着剤をいかに早く練り、若先生に手渡すかです。粉と液体を混ぜ始めたらどんどん固まってきちゃうから、手早く練らないといけないんだけど、一度に混ぜ合わせると逆に時間がかかっちゃうので、液体に少しずつ粉を混ぜて練るという作業がどうにも苦手です。そしてモタモタすると若先生が居残りお説教をしてくるので、予約の患者さんが来るまでの空いた時間は練習に頑張っています!

 若先生というのは、こぐまデンタルクリニックの跡継ぎです!私が幼稚園の頃から家族ぐるみでお世話になっている歯医者さんで、乳歯が虫歯になった時や永久歯が虫歯になったときもココで治療をしてもらいました。その時の先生は若先生のお父さんで、笑顔にチュイイイイイイイイイン!と削って貰った思い出しかありません。怖くて怖くて、泣いて愚図った私を、若先生が手を握って怖くないよって素敵な笑顔を向けてくれていたのに・・・。







 カウンターで、なにやらぶつぶつ言ってるけど、アレは無視してください。どーも、ここの歯科医で佐波臣吾です。あやのは細かい仕事は駄目だし、愚図でのろまだから覚えるのも遅いけど、一生懸命やってくれてるし、患者さんの評判もいいから、俺としてはギリギリ及第点。

 あやのとの出会いは、俺が中学生のときに診察室から聞こえてきた泣き叫ぶ声だった。診察室は無闇に入るなって言われていたけど、どうにも気になって見て見れば、近所の私立幼稚園の制服を着た子が体全体で治療拒否をしている姿だった。二つに結んであった髪の毛は左右の位置がずれているし、治療台で足を振り上げて抵抗しているから、キャラものがプリントしてあるパンツまで丸見え。付き添いの親はいないし、待合室にいるのか?と思って診察室から続く待合室のドアをそっと開けても次の患者さんが待ってるだけだ。これは、治療が終わったら迎えがくるパターンなのか?と、受付に座る母親に聞いたら、そうだ。と言う。

歯科助手がなんとか女の子のご機嫌を取ろうとしているけど、音と目の前の器具が怖くて聞こえていなさそう。無理やり口をあけて、固定する器具を嵌めればいいんだけどさ。あっ!これは、治療中に口を閉じると口の中を傷つけちゃうから、患者さんの安全の為だから!無理やりっていうのはこっちとしてもしたくないし、された方も恐怖しか残らないしさ。

 背中で困ったっていう字面が浮かんで見える父親に声を掛けたら、お前の顔でタラシこんでくれって言われた...。そういう父親もタラシ顔なんだけどなっクソッ!とりあえず、ユニフォーム組を退場させてから俺は、泣き喚いているあやのに声を掛けたんだ。

「こんにちは。僕もここで虫歯を治しに来たんだけど、なにか痛いことされたの?」

歯医者の親を持つ俺が虫歯とかなる訳ないけど、掴むにはコレが一番なんだよな。だって、その証拠に泣き喚いてた子がぐずぐずな泣き方に変わったし。

「僕、臣吾。君の名前は?」

目元をゴシゴシ擦ってるから、俺はハンカチタオルで顔と手を拭いたら、びっくりした顔をされた。泣いたり驚いたり忙しい子だなぁ...。

「まちやあやのごさい。おにいちゃんびじんーっ」

落ち着いたあやのから聞いたことは、痛いことはされていないけど怖い。目しか見えないのは怖い。ということだった。何をされるか分からないから怖いっていうのが漠然とした怖さに繋がるんだうなぁ。まあ、気持ちは分かるけど五歳児にそれを分かれっていうのは無理な話だし。俺は虫歯の怖さを教えて、こういう器具を使って治すっていうのをあやのに教えた。歯に穴を開けるって言ったときは半泣きで、器具を見せたときなんて口を手で隠す様は可愛かった。もっといじめてやろうみたいな気持ちが...アレ?なんだこの気持ち。

と、まあ、懇切丁寧に説明したら、治療するって言うんで、父親達を呼んだのさ。俺はここまでだなーって帰ろうとすると、なんかベタベタした手で、手を握ってっていうから、仕方なく握ってやったら、安心したように笑うもんだから俺も釣られて笑っちまったよ。




 削って、レジン詰めて、整えてあやのの虫歯治療は終わった。重症化していない虫歯の治療は5分ぐらいで終わる。握られた手はそのままだから、俺は待合室に行こうと促すが、あやのはおねだりをしてきたのだ。

「あやのがんばったからね、ごほうびほしいのっ」

「そうだね。あやのちゃん虫歯治したから、ママに言わないとね。」

「ちがうのっ ママじゃなくてしん...しん...なんだっけ・・・えっと...しん.....しんちゃんからごほうびほしいのっ」

お前、俺の名前忘れたのかよ。なんだよしんちゃんって。恥ずかしいじゃないかっ!ご褒美ってあげられるもん何も持ってないんだけど...。手を繋いだまま見上げてくる無垢な瞳と俺が写っている瞳を見つめることしばし。

「あやのちゃんの髪結びなおしてあげる。」

「えー...。」

「えーっていうけど、今のあやのちゃんの髪型凄いことになってるからね?そこの鏡見てごらん。」

受付側についている大きな一枚鏡にあやのを写すと、直してーっ!と大騒ぎ。だから、直してやるって言ってんのに...。これだから子供ガキは嫌いだ。俺は騒いでいるあやのの後ろに回り、結んであるヘアゴムに手を伸ばす。細い髪の毛が所々ヘアゴムに挟まれていて、一本一本丁寧に解いてやった。

「あやのちゃんは自分で結んでるの?」

「んーんー。ママがむすんでくれてるのっ。いっつもいたくてやんなっちゃうのっ」

まあ、これだけ結んでいるヘアゴムに絡まってたら痛いだろうよ。二つ結びを解いて、手櫛で絡みを取ってから再度二つに分け上から編みこんでいく。両方とも編みこんだら後ろで片方のヘアゴムを外し一つに纏めて完成だ。再度鏡の前にあやのを連れて行って、キャビネットから手鏡を取って後ろの部分を見せてやったら、すごい!!と大騒ぎ。次の患者さんが待ってるからと、あやのの背中を押せば、はいっと差し出してくる小さな手。なんだ?と思って見ていると

「ママがくるまでしんちゃんとてをつないでるのっ」

まじか....。待合室に戻ってもあやのの母親はまだ来ていなくて、暫く付き合うことになった。




 あれから月日が経って、小学生のときに一度虫歯の治療に来たらしいが、その時の俺はもう社会人になっていて家を継ぐための勉強に勤しんでいた。半年に1回のハガキを出せば、きちんと来院するようになったらしいが、俺は会っていない。そして、俺が歯科医になってすぐ、父親が脳梗塞で倒れた。右半身不随で治療ももう出来ないし、日常生活も支障が出るから歯科衛生士だった母親も当然やめることになった。歯科助手もしてくれていた母親もやめるとなると全て一人でやらなくてはならない。さて、どうするかと家族会議をする事になったら父親が一言。

「あの医院はもう臣吾のものだ。好きにしたらいい。今までの俺のやり方をそのまましなくていい。」

たったこれだけだったが、俺の迷いは全て消えて、名前も内装も新しくした。診察室をいじるのは費用も時間もかかるから、そこだけは手をつけずにした。内装をやってもらっている間に俺は求人広告も出した。そして、やってきたのがあやのだった。







 短大を卒業するまでに就職先が見つからなかった私は、実家でアルバイトをしながら就職先を探していた。どこを受けても「残念ながら~」の一文をもらう日々。面接を受けるたびに落とされて、私は社会の中でいらない存在なんじゃないかって思い始めていたとある日曜日。何気なく開いた新聞の間から落ちてきた求人広告誌に目がいった。家から近くて、初心者ok。木曜・日曜の週休2日に年末年始と夏の休みもあってお給料が二十万。社保もあって昇給あり!!これは是非とも働きたい環境!!私はすぐさま書かれている番号に電話して月曜の面接に挑んだ。そして、月曜のお昼過ぎ、私は面接場所の歯科医院に向かったらそこは、小さい頃から通っていたところだった。看板の名前は『さなみ歯科医院』ではなくて『こぐまデンタルクリニック』に変わっている。かわいいクマがハブラシとハニーポットを持っている可愛らしいイラストも看板に描かれている。しかも工事中っぽい。これはどうしたら...。こんなところでウロウロしていると怪しい人だし、面接してくれる人に電話で確認が一番早いと思って電話をしたら、裏の勝手口が事務所の入り口だからっていうので、言われたとおり、裏に回り塀をくぐってみれば、木の玄関扉がそこにあった。御用の方は押してくださいという文字の下に玄関チャイムのボタンがあったので、押してみる。そして、出てきた人は眼鏡をかけたイケメンでした。







 面接希望の電話は月曜からって書いてあるのに、あやのは日曜にかけてきた。まあ、やる気があるのは良い事だけど、ちゃんと隅々まで求人広告を読めよ。最初はどこの馬鹿だよって最後まで話を聞いたら「町野あやの」っていうし。その名前を聞いて俺は、私立幼稚園の制服を着たあやのを思い出した。そして、その時に感じた感情も一緒に。面接しなくてもあやのの採用は決まりだ。もう2、3人欲しいとも最初は考えていたけど、あやの以外のスタッフはいらない。というか、邪魔されたくない。そして月曜。事務所の玄関をあけたら、大人になったあやのがそこにいた。長く伸びた前髪を斜めにし、黒い髪は一つに結んでいる。目鼻立ちは幼い頃の面影を残しつつも大人の女を醸し出していて、その体をリクルートスーツが包んでいた。簡単な説明をして、何か質問がないかと聞けば、前の歯科医院はどうしたかという話だった。お前、これが新規の歯科医院の面接だったら落とされてるぞ....。

 事情を説明して俺が跡を継いだと説明した途端、あやのの叫び声が俺の鼓膜を貫いた。てめぇ、このやろう...。あとで覚えてろよ。







 町野あやの、短大を卒業してから1年!やっと!やっと就職決まりました!!!歯科助手はなりたかった職業なのか?と聞かれると困るけど、怖い思いをしている患者さんに、怖くないよ痛くないよと伝えたいなって。幼稚園生のときに勇気を貰ったように自分もそんな風になりたいなって思えるから。そして、そう思わせてくれた人は私の雇い主でした。あまりの驚きに大声をあげちゃったんだけどね・・・。

 早く四月一日にならないかなっ!歯科医院が完成するまであと1週間。







 あやのの面接中に制服の話になったので、ついでにサイズを聞いてみた。Lサイズ・・。正直あやのが来る前までは普通の白いワンピースでいいだろって考えていた。他にピンクのエプロンと紺色のカーディガン。よくある歯科医院のスタイルだ。父親がやっていたときと大して変わらないスタイル。でも、あやのが就職するとなるとそれは別になる。まあ、普通でもいいけど、いつも見る俺としてはそれだと面白味がない。で、パソコンで医療ユニフォームのサイトを見ているんだが、二種類で迷っているわけだ。デザインがなぁ...。ローウエストにするかハイウエストにするか・・。なんか他に決め手はないのかってよくよく見比べてみれば、前面ファスナーのローウエスト。背面ファスナーのハイウエスト。不器用そうなあやのの為に前ファスナーのが無難だろうなぁ。色味は黒を着せたいけど、清潔さがなぁ..。俺はライトベージュのLサイズとそのデザインおすすめと書かれているエプロンとボレロ、ナースサンダルを注文、クリックした。名前も入れてもらうので制服の到着は医院が完成する一日前だ。コレを着たあやのを早く見てみたい。







 そして四月一日。面接のときに教わった通り8時に事務所に到着したら、すでに若先生が着替えてコーヒー片手にワイドショーを見ていた。

「靴は、そこの下駄箱にいれて。中にあやののサンダルが入ってるから。」

銀縁眼鏡のイケメンが肩にボタンがついてる紺色のチュニック?に白ズボン、そして白衣いいいいいいいいい。あぁ、あまりカッコイイと目に毒・・。私はあまり見ないようにして言われたとおり下駄箱を開くと中には若先生のものと見られる靴と、私の名前が書かれたナースサンダルが入っていたので、履き替えて、靴をナースサンダルが入っていた位置にいれた。

 履き替えが済んだら若先生が更衣室の場所を教えてくれたので、鍵をしめて、名前の書かれたロッカーをあけると、袋に入ったままの新しい制服が入っていた。私は着替えて、姿見の前に立つ。半そでの袖の部分には金色のラインが入っていて、同じラインがウエストよりちょっとしたあたりに二本ぐるりとベルトのように描かれている。私が不器用だって知っていたのか、前ファスナーで着脱は簡単。後ろはどういう風になっているのか気になって姿見に背中を向ければ、ボックスプリーツになっていて腕を動かすと背中の布地が伸びて動きやすい。そしてスカート部分には前にはなかった背中同様のボックスプリーツがある。これなら屈んでもお尻がスカートの布地にぴっちりしなくていいだろう。ポケットは胸ポケットと腰のところに二つ。でもエプロンをつけるから使わなさそうだ。そして、そのエプロンは体にフィットして動きやすい。腰の部分のボタンで留める形だけど、家で使っているのと似ているから苦労しないで済む。春とはいえまだ寒いから、一緒に入っていたボレロも着てみる。七分丈の紺色のボレロは私服でも使えそうな可愛さだ。写真でも撮りたいところだけど仕事は始まったばかり。私は荷物のなかからボールペンと小さなメモ帳を取り出してエプロンのポケットにつっこんだ。
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