[完結]心の支え

真那月 凜

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6.決勝戦を終えて

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年末からの全国大会で順調に勝ち続けた一哉の学校は9日の決勝戦を終えようとしていた
後半戦残りロスタイムのみの時点で5対1という大差で当然のようにそのまま優勝を決める

仲間と喜びを分かち合った後のロッカールームで一哉は紗帆の手紙を開く
「何だよ一哉ラブレター?」
「まぁそんなとこ」
「こいっつぬけぬけと」
笑いながら言う仲間に笑い返して中を見る

「…これ」
優勝シーンが描かれたその紙に見入るそしてそこに書かれた文字をなぞる
「だから『9日の試合終わってから』か…」

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
一哉へ
優勝おめでとう!
2年前一哉と出会ってから私はずっと必死でサッカーと向き合う一哉を見てきたような気がする。
誰よりも走りこんで誰よりもボールに触れて…
そんな一哉だからこそ私は惹かれたんだと思う。
ずっと願ってた。
国立で一緒に一哉の優勝を祝いたいって。
でもそれは無理だからせめてこの手紙で少しでも早くおめでとうを伝えたい。
これからの新しい世界へ旅立つ一哉へ神様からの最高のプレゼントだね。
本当におめでとう。
From.紗帆
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

「あいつ…」
一哉は髪をかきあげる

「どした?」
「いや。なんでもない」
「またまた~。その手紙にいいことでも書いてたか?」
「そんなとこかな」
ごまかすようにそう言うと手紙をポケットにしまう
一哉は無性に紗帆に会いたくなった



「ローカは静かに!そんなに走ったら危ないでしょ!」
誰かに怒鳴られたのも耳を素通りしていく
バスを降りてすぐ一哉は病院まで走ってきた

「紗帆!」
病室の扉を勢いよく開ける
そこには紗帆が笑顔で待っている…はずだった
でも今その先には空っぽのベッドしかなかった

「え?」
部屋を間違えたのかと部屋番号を確かめる
「番号はあってる…あれ?」
部屋番号はあっているのに名札がなくなっている

一哉はすぐにナースセンターに向かう
「すいません」
「一哉君?どうしたの?紗帆ちゃんならもうウチにはいないわよ?」
「え…?」
主任の言葉に耳を疑う

そこに紗帆と仲のよかった水野さんが戻って来た
「あ…一哉君おめでとう」
「どうも。水野さん紗帆は…」
「…これ」
水野さんはその問いが来ることをわかっていたかのように引き出しから何かを取り出した

「紗帆ちゃんから預かったの。10日、つまり今日一哉君が来たら渡してって」
「紗帆が?」
一哉は水野さんから渡された紙袋を受け取る

「それと伝言」
「?」
「おめでとう。そしてごめんなさいって」
「…わかりました。どうも」
一哉はわけがわからないまま病院を飛び出した


いつも紗帆と会っていた公園のベンチで荷物を降ろすと水野さんから受け取った紙袋を開けた
「…」
自分が紗帆に渡したはずのリングがケースに収まった状態で目に飛び込んでくる

「なん…でだよ…」
そのままベンチを殴りつける
そのとき何かが落ちる音がした

「?」
紙袋から落ちた封筒を拾い上げる

『一哉へ』
封筒にそう書かれていた
一哉はためらいつつも封筒を開ける
そこには泣きながら書いたのだろうとわかるほどにじんだ文字が並んでいた

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
一哉へ
すごく怒ってるよね?
本当にごめんなさい。
私ね、ずっと一哉に惹かれてた。
公園で一哉と会ってる時間は何よりも幸せだった。
これから先ずっと一哉と陸上やサッカーの話しながら過ごせたらいいなって思ってた。
でも今の私にはそれができない。
車椅子に乗って自分の足で歩くことすら間々ならない。
なのにこの先絶対注目される一哉の横で車椅子に座ってる自分は考えただけでも惨めで泣けてくる。
陸上が私の全てだったからそれを失った今自信なんて何もない。
一哉の横で車椅子に座ったまま笑っていられるほど強くもない。
だから…。
だから今の私には指輪を受け取ることなんてできない。
これから前に進んでいくために施設に行きます。
自分が納得できるまで帰らないつもりです。
待っててなんて都合のいい事言える立場じゃないのわかってる。
それに待っててくれるとわかっていたら甘えて何もできなくなるから何も言わずに行こうと決めました。
勝手な私を許してなんて言いません。
ただ、戻ってきた時に一言だけ伝えさせてください。

今までありがとう。
一哉は私が唯一人心から愛した人だった。
事故からこっち一哉がいなかったら今笑うことすらできなかったと思う。
なのにこんなひどいことをしてごめんなさい。
紗帆
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

手紙を読んでしばらく一哉は地面をにらみつけていた
2年間見てきただけに紗帆の気持ちは痛いほどわかった
できることなら支えてやりたかった
そんな行き場のない気持ちが次々と溢れてくる
その日から一哉は何も考えたくない一心で取り付かれたようにサッカーに打ち込んだ
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