[完結]心の支え

真那月 凜

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9.再会

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紗帆が歩けるようになって半年が過ぎようとした頃紗帆にとってさらなる奇跡が現実となった
3センチの壁を破り紗帆の左足は5センチ上がるようになったのだ

操り人形のようにプラプラとしていた足首が少しずつ角度を保つようになってきていた
紗帆は5センチしか上がらなくても引きずる音のない左足が誇らしかった

「私日本に帰ります」
そう言ったのはあれから丁度1年を数えようとしているときだった

「いつ?」
「明日発ちます」
「何でそんな急に…」
「どうしても日本で1月9日を迎えたいから」
そう言った紗帆はみんなが今までに見たことのないくらい生き生きとした笑顔をしていた
その誇らしげな笑顔に何か感じるものがあったのかみんな口々に別れの挨拶をし、次の日には暖かく見送ってくれた



1年ぶりの日本に懐かしさを覚える
空港から自宅近くの駅までリムジンバスで移動し、そこからはタクシーを使う

湿気の溜まった家中の窓を開け放ち換気をする
そしてソファーに腰を下ろすとこの1年を振り返った

一哉がどうしているか
そんなことは調べる必要がないくらい一哉は有名になっていた

今の紗帆の頭の中では色んな思いが交差していた
一哉は会ってくれるだろうか
話を聞いてくれるだろうか

日本を発ったときから一哉が待っていてくれるというような甘い期待は持ち合わせてはいなかった
ただ会ってちゃんと謝りたかった
そのためだけに紗帆はこの1年必死でリハビリをしてきたのだから…

紗帆は大きく深呼吸すると出かける準備をして家を出た
行き先は他でもなくあの公園だった



「一哉どっか行くのか?これから決勝始まるぞ」
駐車場で車に乗り込もうとした一哉に健二が声をかける

「…けじめ付けに行ってきます。今日が丁度1年なんすよ」
「…そうか。現れるといいな」
健二の言葉に静かに笑うと一哉は公園に向かった

この1年数え切れないくらい通ったためか目の前に現れるファンの数は半端ではなくなってきた
それもあって一哉の中でもう限界だと感じていたのだ
いつものように駐車場に車を止めると遠巻きにファンが確認できた
それに気づかぬ振りをして公園に入っていく

「え…?」
いつも誰もいないベンチに誰かが座っている

「紗帆…?」
「…ただいま」
ためらいながら紗帆は言った

「本…物?」
かすれる声で一哉は尋ねる

「今日なら一哉が来るかもしれないって思って…」
「…」
「怒ってるよね?でも一言だけちゃんと会って伝えたかった」
その言葉に一哉は紗帆の前でしゃがんだ

「…何?」
「勝手なことして…傷つけてしまってごめんなさい」
「…」
しばらく沈黙が流れる

「それだけか?」
「…」
紗帆は無言でうなづいた

「…お前の中では終わったことなのか?」
「え?」
「俺はこの1年休みのたびにここに来てた。そのおかげでこの周りはファンだらけだ」
「…」
「俺の中では何にも終わっちゃいない。でも今日はけじめをつけようと思ってここに来たんだ」
「けじめ?」
「あぁ。今日お前が現れなかったらあきらめようって…そう思って来たんだ…お前の中で終わってることなら諦めるしかないよな」
一哉は苦笑して立ち上がると車に向かって歩き出した

「…って」
「?」
かすかな声に振り向くと紗帆の目から一筋の涙が流れていた

「いつもそうやって自分の言いたいことだけ言って終わりなのね?」
「…」
「私だって何も終わってない…1年前日本を発つ前に甘い期待は捨てたつもりだった。許されるなんて思ってなかった。だけど…」
「だけど?」
「…それでもずっと会いたくて仕方なかった。でも一哉を傷つけて出した結論だったからもう戻ることは許されないって自分に言い聞かせて…」
「紗帆…」
「来ないで!」
自分の方に戻ろうとした一哉を制する

「何でだよ?」
一哉は明らかに苛立ちをあらわにした

「…一哉が許してくれるなら…今でも私を必要としてくれるなら今度は私から一哉の元に行きたい」
「え…?」
「すごく都合のいいこと言ってるって分かってる。でも…それでも私一哉といたい」
「…俺もだよ。俺も紗帆と一緒に生きて行きたいさ」
一哉のその言葉に紗帆はゆっくりと立ち上がる

「え…?」
驚く一哉に何も言わず、かなり不自然でスローペースではあるものの確実に1歩ずつ一哉の元へ進んでいく

「紗帆お前…」
「事故にあったとき一生車椅子だって言われた…奇跡でも起こらない限り歩くことはもちろん立つことも出来ないって言われた…でも、どうしても自分の足で立ちたかった」
「…」
「アメリカにすばらしい先生がいるって聞いてすぐに連絡して…向こうでも立つことすら奇跡的なことだって言われたけど…」
紗帆は一哉の前で立ち止まった

「それでも頼み込んでリハビリしてもらったの。奇跡を起こしたかった…どうしてもこの足で立ちたかった」
「…」
必死な紗帆の訴えを一哉は黙って聞いていた

「まだ長いこと立っていることも出来ないし、歩いてるって言ってもこんな状態ではたから見たら見苦しいだけかもしれないけど、それでも誰の力も借りずに生活できるようになったの」
「ああ…よく…頑張った」
紗帆の左足が震えだしたのに気づき一哉は紗帆を抱き寄せた

「よく耐えた」
リハビリの厳しさは一哉も知っていた
でも絶望的だといわれたリハビリの厳しさは想像もつかなかった
ただわかるのは死に物狂いで必死にやって来たのだろう事だけだった

「走ることは出来ないけど杖を使えばもっとまともに…」
「お前は今でもまともに歩いてるよ」
一哉は紗帆の言葉を遮って言った

「一哉…」
紗帆の目から再び涙が流れる

「結婚しよう紗帆」
「え?」
「もう失いたくないんだ」
その一哉の言葉に紗帆は泣きながらうなづいた

周りにいるファンなど気にもならなかった
2人はただ互いの存在の大きさを改めて感じていた
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