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第七章
⑤
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ふわふわの栗毛を顎のラインで切り揃え、白いダボッとした長いシャツに細身の黒いスラックスを着た男性は、ルウのことを「ルウちゃん」と呼んだ。
「やあ、デボラ」
「デボラ?」
「そう、本当は違うらしいけど、その名前で呼ばないと怒られる」
「へえ」
「そうよ。だからあなたもデボラってよんでね。それで、あなたが噂のデルフィーヌちゃんかしら」
「え、噂の?」
「そう、彼女がデルフィーヌだ」
デボラさんが私が誰か言い当てたので、ちょっと驚いた。ルウから聞いていたのだろうけど、どういう人なんだろう。
「デボラは仕立て屋、えっとデザ…」
「デザイナー?」
「そう、それだ!」
「まあ、良く知っているわね。王都でも最近ようやく認知されてきたばかりなのに」
仕立て屋という呼び名の方が一般的だ。でも私はデザイナーという言葉を知っている。
「デルフィーヌは何でも知っているからな」
「いえ、何でもは無理。賢者じゃないから」
なぜかドヤ顔のルウに突っ込む。私が知識があるように言われるのは、前世の記憶のおかげなだけ。
「はいはい、ご馳走さま。ルウちゃんのデルフィーヌ自慢はよく分かったわ」
それに対して、デボラさんが呆れているのがわかる。
「ルウちゃんったら、ここに初めてベネデッタ様と来られたときから、デルフィーヌがデルフィーヌがって、自慢ばかりなのよ」
「それは、なんだかすみません」
会ったことのない相手の自慢話を聞かされても、ウザいだけだと思うので、謝った。
「それより、出来てる?」
「あら、デルフィーヌちゃんの前だからって気取っちゃって、可愛いわね」
「デボラは職人としては認めているが、オレにそっちの趣味はない」
「わかっているわよ。私の口調は女性相手の商売だから、こうなっただけで、ちゃんと素敵な奥さんがいるから」
「え、デボラさん、奥さんがいるんですか?」
意外にストレートだったことに驚く。
「よく誤解されるのよ。でも、奥さん騎士をやっているから、私より逞しいかも」
「騎士…かっこいいですね」
「そうでしょ、そうなのよ。ベネデッタ様の護衛をしていてね。うちにベネデッタ様のお遣いで注文に来た時に、初めて見て、その凛々しさに一目惚れよ」
聞いていないのに、奥さんとの馴れ初めを思い出して彼は頬を赤らめた。
「そんなことはどうでもいい。早く仮縫いを済ませてくれ」
放って置くといつまでも話し続けそうで、ルウが話を遮った。
「もう、相変わらずね、そのそっけなさ」
話を中断されて、デボラさんは口を尖らせるが、怒ってはいない。
「仮縫い?」さ
「ええ、あなたのドレスよ。サイズは大体聞いていたけど、やっぱり最後は本人の体に合わせないとね」
そして私の頭から爪先までをジロジロ見る。
「まあ、だいたい聞いていたとおりね。でも腰回りは思ったより細いかも」
「デボラは見ただけで大体のサイズがわかる」
「へえ、凄いですね」
「長年やって来たからよ。でも、こうやってお客さんがくるようになったのも、ここ数年の話よ。昔は雇われていたんだけど、そこの店主と合わなくてね」
今度は苦労話が始まったが、口調は軽い。
「そういえば、看板とかありませんでしたけど、大丈夫なんですか?」
「ええ、ここは主に作業する場所で、貴族の方々の邸宅に呼ばれて行くのが殆どだから。十分顧客がついていてお陰様で看板とかはなくても、何とかやっていけているわ」
「数ヶ月待ちだと聞いているぞ」
謙遜した言い方だったらしく、ルウがその人気ぶりを話す。
「え、そ、そんなに? そんな人に私なんかがドレスを作ってもらっていいんですか?」
「当たり前だ「でしょう」」
二人が同時に私の言葉に被せてきた。
「ルウちゃんは、世界の平和を救った勇者。その勇者の大事な人の公式でのお披露目なのよ。他の方のを後回しにしてもやらせてもらうわ」
「デボラの言うとおりだ。本当はデルフィーヌを他の男たちの前に晒したくはないけど、家族だしな。堂々と見せつけて自慢したい」
「わかるわ~私も奥さんの凛々しさを自慢したいけど、ライバルが増えるのは嫌よねぇ」
二人は意見が合って、互いにうんうんと頷きあう。
「じゃあ、ちょっと待っててね」
ルウにそう言って、デボラさんは私を奥へと連れて行った。
奥にはたくさんのトルソーやハンガーラックが置かれていて、作業途中の衣装がたくさんかかっていた。
でも、デボラさん以外の人は誰もいない。
「今日はお休みなのよ」
私の顔にその疑問が浮かんでいたのを察して、デボラさんが説明する。
「どんなに忙しくても、定休日は設けているの」
「いいことだと思います」
「そう思う? 前の雇い主が酷い暴君で、休みもくれないくせに、体調が悪いから休ませてって言うと、すぐ賃金から差っ引くぞとか言うし、酷かったのよ。だから独立したの。どの道いつかは自分の店を持とうと思っていたから」
「結構ブラックだったんですね」
「ブラック?」
「あ、いえ、従業員の待遇は大事ですよね。いいことだと思います」
「そうよね。デルフィーヌちゃん、わかってるわね」
「立派なことだと思います。普通は利益優先でそこまで考える雇い主は滅多にいません」
労働基準法のない世界。なかなか労働者のことを考える人は少ない。
見かけや言動はオネエだけど、尊敬できる人だと思った。
「尊敬します」
「ありがとう、デルフィーヌちゃん、私もあなたのこと好きになったわ。ルウちゃんに頼まれた時は、ただ勇者に恩を施すつもりで引き受けたけど、あなたのドレスを作れて嬉しいわ」
デボラさんはパチンと、右目を瞑ってウインクした。
「やあ、デボラ」
「デボラ?」
「そう、本当は違うらしいけど、その名前で呼ばないと怒られる」
「へえ」
「そうよ。だからあなたもデボラってよんでね。それで、あなたが噂のデルフィーヌちゃんかしら」
「え、噂の?」
「そう、彼女がデルフィーヌだ」
デボラさんが私が誰か言い当てたので、ちょっと驚いた。ルウから聞いていたのだろうけど、どういう人なんだろう。
「デボラは仕立て屋、えっとデザ…」
「デザイナー?」
「そう、それだ!」
「まあ、良く知っているわね。王都でも最近ようやく認知されてきたばかりなのに」
仕立て屋という呼び名の方が一般的だ。でも私はデザイナーという言葉を知っている。
「デルフィーヌは何でも知っているからな」
「いえ、何でもは無理。賢者じゃないから」
なぜかドヤ顔のルウに突っ込む。私が知識があるように言われるのは、前世の記憶のおかげなだけ。
「はいはい、ご馳走さま。ルウちゃんのデルフィーヌ自慢はよく分かったわ」
それに対して、デボラさんが呆れているのがわかる。
「ルウちゃんったら、ここに初めてベネデッタ様と来られたときから、デルフィーヌがデルフィーヌがって、自慢ばかりなのよ」
「それは、なんだかすみません」
会ったことのない相手の自慢話を聞かされても、ウザいだけだと思うので、謝った。
「それより、出来てる?」
「あら、デルフィーヌちゃんの前だからって気取っちゃって、可愛いわね」
「デボラは職人としては認めているが、オレにそっちの趣味はない」
「わかっているわよ。私の口調は女性相手の商売だから、こうなっただけで、ちゃんと素敵な奥さんがいるから」
「え、デボラさん、奥さんがいるんですか?」
意外にストレートだったことに驚く。
「よく誤解されるのよ。でも、奥さん騎士をやっているから、私より逞しいかも」
「騎士…かっこいいですね」
「そうでしょ、そうなのよ。ベネデッタ様の護衛をしていてね。うちにベネデッタ様のお遣いで注文に来た時に、初めて見て、その凛々しさに一目惚れよ」
聞いていないのに、奥さんとの馴れ初めを思い出して彼は頬を赤らめた。
「そんなことはどうでもいい。早く仮縫いを済ませてくれ」
放って置くといつまでも話し続けそうで、ルウが話を遮った。
「もう、相変わらずね、そのそっけなさ」
話を中断されて、デボラさんは口を尖らせるが、怒ってはいない。
「仮縫い?」さ
「ええ、あなたのドレスよ。サイズは大体聞いていたけど、やっぱり最後は本人の体に合わせないとね」
そして私の頭から爪先までをジロジロ見る。
「まあ、だいたい聞いていたとおりね。でも腰回りは思ったより細いかも」
「デボラは見ただけで大体のサイズがわかる」
「へえ、凄いですね」
「長年やって来たからよ。でも、こうやってお客さんがくるようになったのも、ここ数年の話よ。昔は雇われていたんだけど、そこの店主と合わなくてね」
今度は苦労話が始まったが、口調は軽い。
「そういえば、看板とかありませんでしたけど、大丈夫なんですか?」
「ええ、ここは主に作業する場所で、貴族の方々の邸宅に呼ばれて行くのが殆どだから。十分顧客がついていてお陰様で看板とかはなくても、何とかやっていけているわ」
「数ヶ月待ちだと聞いているぞ」
謙遜した言い方だったらしく、ルウがその人気ぶりを話す。
「え、そ、そんなに? そんな人に私なんかがドレスを作ってもらっていいんですか?」
「当たり前だ「でしょう」」
二人が同時に私の言葉に被せてきた。
「ルウちゃんは、世界の平和を救った勇者。その勇者の大事な人の公式でのお披露目なのよ。他の方のを後回しにしてもやらせてもらうわ」
「デボラの言うとおりだ。本当はデルフィーヌを他の男たちの前に晒したくはないけど、家族だしな。堂々と見せつけて自慢したい」
「わかるわ~私も奥さんの凛々しさを自慢したいけど、ライバルが増えるのは嫌よねぇ」
二人は意見が合って、互いにうんうんと頷きあう。
「じゃあ、ちょっと待っててね」
ルウにそう言って、デボラさんは私を奥へと連れて行った。
奥にはたくさんのトルソーやハンガーラックが置かれていて、作業途中の衣装がたくさんかかっていた。
でも、デボラさん以外の人は誰もいない。
「今日はお休みなのよ」
私の顔にその疑問が浮かんでいたのを察して、デボラさんが説明する。
「どんなに忙しくても、定休日は設けているの」
「いいことだと思います」
「そう思う? 前の雇い主が酷い暴君で、休みもくれないくせに、体調が悪いから休ませてって言うと、すぐ賃金から差っ引くぞとか言うし、酷かったのよ。だから独立したの。どの道いつかは自分の店を持とうと思っていたから」
「結構ブラックだったんですね」
「ブラック?」
「あ、いえ、従業員の待遇は大事ですよね。いいことだと思います」
「そうよね。デルフィーヌちゃん、わかってるわね」
「立派なことだと思います。普通は利益優先でそこまで考える雇い主は滅多にいません」
労働基準法のない世界。なかなか労働者のことを考える人は少ない。
見かけや言動はオネエだけど、尊敬できる人だと思った。
「尊敬します」
「ありがとう、デルフィーヌちゃん、私もあなたのこと好きになったわ。ルウちゃんに頼まれた時は、ただ勇者に恩を施すつもりで引き受けたけど、あなたのドレスを作れて嬉しいわ」
デボラさんはパチンと、右目を瞑ってウインクした。
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