ただ愛されたかっただけなのに、許してと言うまで愛された

橘 葛葉

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4=一沙=

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「ほら美奈子ちゃんも飲もう?美味しいワインも出るんだって」
一沙いっさの方を見ると、奥にいる愛衣蘭がもう一人の男、二冬にふゆと話しているのが見えた。しかし何か様子が変だと思って見ていると、パスタを揚げた棒状のおつまみを両側から齧っている事に気がついた。
誰も何も突っ込まないので、美奈子も何も言えず視線を逸らした。
オーナーの遥は弁護士の神山と何やら仕事の話をしている。
桜は両サイドの双子と料理の話を、愛衣蘭は二冬と小さな事で囁きあっていた。
「美奈子ちゃん、ここにはよく来るの?」
一沙に問われた美奈子は首を振って答える。
「今日初めて来ました。良いところですね」
「でしょ~?」
一沙の奥から、ヒソヒソ話していたはずの愛衣蘭が顔を出して、グラス片手に美奈子に言う。
「今度ゆっくり飲みに来て。あたしがいなくても店長が喜ぶから」
店長と言われて、美奈子は優斗に目を向ける。にこりと微笑みが返ってきて、それがやけに眩しく感じた。しかしこの人を本命にしてしまうと、きっとうまく行かない。
これまでの経験で美奈子はそう考えた。
つい最近では対岸で桜と話している双子の弟だ。目の前で男をキスされて、芽生えかけた恋心があっと言う間に萎んだ。
愛衣蘭と一緒に複数の男と乱れた時も、それなりに楽しかったが誰も美奈子を求めていたわけじゃない。あれを受け入れられる女なら誰でもよかったのだから。
その証拠に誰からも連絡先を聞かれていない。
美奈子と同じように乱れていても、愛衣蘭はこうして色んな人に愛されている。天真爛漫で可愛げがあるからだろう。
羨ましいと美奈子は思うが、愛衣蘭のようにはなれない。
美奈子が予測できない動きをする愛衣蘭のように、振る舞えるはずないからだ。
「どうしたの、美奈子ちゃん」
店長の優斗が心配そうに美奈子に声をかけた。
「あ……はい。愛衣蘭ちゃん、凄いなって改めて思って」
「あ~、分かるそれ」
逆方向から一沙がそう言って会話に参加する。
遠慮するように体を引いた店長の優斗。それにかまわず、一沙は言葉を続けた。
「男も女も虜にする魅力があるよね」
美奈子は激しく首を縦に振って同意する。
「え~、今日はみんな誉め殺しする気だね」
愛衣蘭が中心でそう言ってグラスの中身を飲み干した。
「ペース早いな。ま、今日は主役だからな」
店長の優斗がそう言って立ち上がり、愛衣蘭のグラスに白ワインを注いだ。
ボトルをそのまま持って帰ってくると、美奈子のグラスを確認する。まだ少しシャンパンが残っていたので、それを飲み干して注いで貰う。
「一沙さんもどうですか?」
優斗がそう聞くと、一沙も中身を飲み干して次をもらっている。
桜とは席が離れていたため、マーメイドバーでの会話はなかったが、主に優斗と一沙に構われて寂しい思いもなく、その場がお開きになるまで楽しんだ美奈子。
帰り際、愛衣蘭に呼び止めらた時にはもうフラフラだった。






「美奈子ちゃん、まだ飲もうよ~」
一沙と二冬が愛衣蘭の両側にいて美奈子を誘う。
桜と双子はすでに帰っており、店長の優斗と弁護士とオーナーはまだ店内だ。
「カラオケ行こっ、カラオケ」
愛衣蘭に抱きつかれた美奈子は、笑って答える。
「愛衣蘭ちゃん酔ってるね。大丈夫?」
「ん~、美奈子ちゃんが来てくれたら大丈夫かも」
だらりと腕が下がり、力なくもたれ掛かってくる愛衣蘭。そを放置して帰るなんてともて言えないと思った美奈子は頷いて答える。
「いいよ、ちょっと酔い覚ましに行こうか」
四人でカラオケに行く事になった美奈子は、桜の話を少し思い出していた。
愛衣蘭の好みとクズ男の事を。
新ためて二人の男を観察する。
体を重ねるのが嫌な感じではないが、先ほどまばゆいまでの人達を見たせいかそこまで興味が持てない。
それでもカラオケだけだしと思い、美奈子は愛衣蘭を支えながら歩いていた。







「ねえ、愛衣蘭ちゃん、さっきの続きしようよ」
カラオケが始まり、美奈子が歌っている横からそんな会話が聞こえてきた。
長い棒状のお菓子を咥えた二冬が見える。
視界の端でキスしているような動きが見えたが、美奈子は気にせず歌を続けた。
一沙は気がついてないのか、次の曲を選んでいるし、あの時のように参加する勇気もない。
歌い終わった美奈子は、一沙にマイクを渡すと次の曲を選ぼうと画面に目を向ける。愛衣蘭の方を見ないように注意しながら。誰も歌っていない部屋の中は意外と静かで、隣からちゅ、ちゅっと音が聞こえていた。
「自分の知らない自分を発見するのって楽しいよ」
一沙がそう言って愛衣蘭達を見る。
やっぱりそうなるかと美奈子も半ば諦めの境地で目を向けた。
「強制禁止だからね」
愛衣蘭が二冬から顔を背けて一沙を見る。美奈子に微笑みかけると、一沙に手を伸ばす。
「相手ならあたしがしてあげる。美奈子ちゃんには手出し禁止」
「え、どうして」
「本命が怒るから」
「本命?」
聞き返したのは一沙も美奈子も同時だった。
愛衣蘭は少し考えると、あっと口を手で覆う。
「言っちゃダメだった。しかもこんなところに連れてきちゃった。酔ってんな、あたし」
自分の頭をポクっと叩いた愛衣蘭は、スッと立ち上がって美奈子を見る。
「帰ろ、美奈子ちゃん」
言われるまま頷いた美奈子は、差し出された愛衣蘭の手を無意識に取っていた。
「ええ、そんな!」
強引に引き止められるかと思ったが、男は二人とも動かなかった。
「ごめんね。今度サービスするからさ」
愛衣蘭はそう言うと、美奈子を連れてさっさとその場を離れた。







駅に向かっている間、愛衣蘭は美奈子に顔を向けて謝る。
「そんな、何もされてないし大丈夫だよ」
美奈子はそう言ったが、愛衣蘭はまだ申し訳なさそうに続ける。
「この前のさぁ、五人と遊んだの覚えてる?」
「う、うん」
「あの時、あたし気がついたんだよね」
何に気がついたと言うのだろう。次の言葉をじっと待つ美奈子。
「美奈子ちゃんはあたしと同系列の人種だと思ってたけど、違うんだって気がついたの」
それは美奈子も感じていた事だったので黙って頷いた。
「あ、誤解しないでね。悪い意味じゃないから」
愛衣蘭は酔ってトロンとした目のままそう言う。
「あたしはちょっと趣味がよくないんだけど、美奈子ちゃんも同じ趣味かなぁって思ってたんだ。でも美奈子ちゃんはちゃんとした恋愛で幸せになるタイプだよ。楽しめるけど心から望んでない。本当の望みは真面目に愛される事だと思う」
だから、と愛衣蘭は続ける。
「本当に気持ち良い恋をしてほしいな」
「気持ち良い恋?」
「うん。店長なんてどう?おすすめだよ」
「優斗さん?」
あちらが美奈子を求めてなければ意味がないのだが、お勧めされて少し嬉しかった。
「はは、あたしなんて相手されないよ。なんかみんなキラキラしてて眩しかった。愛衣蘭ちゃんもだけど、あそこの人、みんなモテるでしょ?」
「ん~、まあ、そうだねぇ」
愛衣蘭はそう言って上を見る。
「ま、モテるからって相手されないとは限らないよ」
これは、店長の優斗にアピールしろと言われているのだろうか。
前の美奈子なら何も考えずにそうしていただろうが、連敗続きのためその勇気がない。それでもあっさり無理と言ってしまうと、愛衣蘭が悲しむような気がした。
「じゃあ、今度飲みに行こうかな。愛衣蘭ちゃんは毎日いるの?」
「うん、だいたい居るよ」
「愛衣蘭ちゃんに会いに行くね。あ、でも行けるかな。ちゃんと店の場所覚えてない」
「あ、じゃあ住所送るよ。連絡先交換しよ」
終電間近のため連絡先を交換するとすぐに解散した二人。
美奈子は終電に揺られながら、マーメイドバーの住所を受け取った。
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