この魔王、狂愛につき!?

美也

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7.全部無かった事

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「バイトお疲れさま~! せーの、カンパーイ!」
「カンパーイ!」
「……フンッ」

 パーティーはどうなったか?
 というと、私達は2日間のバイトを無事にやり遂げ報酬をゲット!
 それで自分達へのご褒美に高級焼肉パーティーを開催中ってわけ。

 泣く子も黙るA5ランク特選和牛、香ばしい匂いが網から漂えば……掟が厳しい勇者もツンな悪魔だって、焼肉の虜になっちゃうわ。

「ビールが100倍美味しく感じちゃうね」
「こんなに柔らかい肉があるなんて……噛まなくても溶けてゆく!」
「……これがマジ卍の体験か……もっと注文しろ!」

 美味しい物の前では敵も味方もない、現代人も異世界人もない。
 こうやって仲良く暮らせたらいいのに。本物の家族じゃなくても、仲間じゃなくても。

 マオとユウくんがいっぱい美味しそうな顔をするから、私はそれを見ているだけでイイ気分になって……。
 心もお腹も満足いっぱい!

 それで新宿から終電に乗って祖師ヶ谷まで帰ってきたんだけど、私は少し酔っぱらっちゃったみたい。
 帰り道でふらっとよろけると、誰かが私の腕を掴んで支えてくれた。

「何ふらついてんだ? 仕方ない奴だ……」
「ん? ……ぐえっ」

 たぶん、マオが私を抱え上げたんだと思うけど……お腹がゴツゴツした所に圧迫されて吐きそうになる。

「なんて担ぎ方するんだ、貴様は!? レディをそんな布切れのように肩にかけるな! まったく、貴様は……こっちによこせ」
「……ほぇ?」

 今度はふわりと雲に浮いているかのような……?
 あまりの気持ち良さに、ここは何処かと眠たい目を頑張って開いて見れば――――!?

「っ、ぎゃあぁぁっ! ゴホッ、ゴホッ、ユウくん!? 下ろして、下ろしてっ」
「わっ、マナさん、暴れないで」

「ダメダメッ、お姫様抱っこは恥ずかしい!   ユウくんは恥ずかしい~。マオ! せめてマオのおんぶでお願いしますぅ」
「面倒な時だけ俺に懐くな、ったく……」

 まさかのユウくんにお姫様抱っこをしてもらっていて、居た堪れなくマオに手を伸ばして助けを求めた。

 マオが私の手を取って背中に担いでくれる。ゴツゴツの筋肉でも、なぜかこっちのほうが安心した。マオの首にしがみついて、襟足の髪に頬を擦り寄せたら……不思議だ。

 まるで夢が叶ったかのような、幸せな気持ちになった。
 そして、心地良く意識を奪ってゆく。

「ふふっ。マオ、パパみたい――――」


★ ★ ★

 マナは酔っぱらって眠ったようだ。
 ソシガヤエキと呼ばれる場所からマナの家に向かう途中、コンビニの前を通るところで寝に落ちた。

 俺にいろいろ労働をさせた報いは大きいぞ。後でたっぷりと奉仕させてやる!

 俺が魔力の吸収目的で渋々マナをおぶっていると、勇者小僧が気まぐれに話しかけてきやがった。

「面白い女性だ。勇者ではなく魔王を頼るとは。正義を心得、悪罪を嫌っているのに、悪魔の面倒をみている。それとも貴様が……転移して悪の心を捨てたのか?」
「……随分と饒舌になったみてぇだな。馬鹿みたいに威勢がいい、それだけしか取り柄のなかった小僧が。お前は転移してきて、剣の腕じゃなく舌を磨いたのか?」

「ほざけっ。真夜中に騒いではいけない掟を遵守しているだけだ。今がとても真夜中とは思えぬ眩しさだがな。貴様こそ、いつも喚いていたのに、やたらと静かで大人しいではないか?」
「当然だ。こっちの世界にはゴチャゴチャと騒ぎ立てる奴がいないんでな。無駄に相手をさせられる手間がなくて済んでいるだけだ」

「そうか? 異世界の、心優しい女性に拾われ……悪魔が改心したのかと思ってな、くっくっく。魔王が人をおぶる姿など、誰が想像できたものか? ははは、愉快だ」
「チッ……で、俺に何が言いたい?」

 小僧に殺意がないことは明らかだが、嘲笑い挑発しているわけでも無さそうだ。毎回真っ向勝負しか挑んでこない馬鹿正直だが、今回ばかりは意図が読めん。
 その答えを小僧は躊躇いがちに声にする。

「その子を解き放て。その子は人間だぞ……」

 小僧の分際で……神託かのように俺に諭しやがった。誰かの真似事か、偉そうに。

「……フンッ、笑えねぇな」

 馬鹿馬鹿しい。
 俺がマナに執着しているとでも言うのか?

「転移してきたこの世界に、魔族など存在してはいない。でもマナさんは貴様の魔力を宿している……害はない、と言い切れるのか?」
「知るかっ」

 そんな事は俺が知る由もない。マナが俺の魔力を吸収したのは偶然だ、俺が意図的に仕組んだ訳では無い。だが適応し人間体の活力ともなっているし、マナの魔力は俺が全部返してもらうつもりだ。

 俺が素っ気なくした返事が不服なのか、小僧はまだつらつらと御託を並べる。

「そもそも人間は魔力に耐えられるのか? 今こうして同じ人の姿をしているが、我らはこの世界の者ではない、まったく別々の人種なのだ。その人に何かあったらどうするんだっ、魔力のせいで悪魔にでもなったりしたら……この世界で、生きてゆけると思うのか……」
「…………知らん」

 マナが、人間でなくなる……?
 俺が魔力を全てマナから回収し、その後は……?
 知らんぞ……わからん……どう、なる?


「嘘をつけ……目が泳いでいるではないか。元の世界であれば、人間ごとき滅んでしまえ、と喚くところであろう。魔王の常套句はどうした?」

 回転の鈍った前頭を小僧の方へ向ければ、憐れみの情を込めた視線で捕らえられた。

 気づけば俺達は広場の中まで歩いて来たらしく、小僧の背後にはあの噴水が見える。欠けた月の光が水面の端の方で揺らめいていた。

「我は魔王を倒す為に選ばれし勇者……聖なる力を与えられ、貴様と共に死ぬ宿命だ。使命を全うするべく、こうして異世界までやって来たが……。その姿が貴様の本来の姿なのか? 人間を思いやれる、心があるというのか?」
「…………戯けが、っ!?」

 俺の首元をやや苦しい程にマナの腕が締めつける。眠っているはずなのだが……?

 その仕草が俺のいやむ気を打ち消してゆく間に、小僧は残念そうにつぶやいた。

「その人が、貴様を救おうとしているのは……初めからわかっていた。マナさんに免じて、この世界にいる間は生かしておいてやる。有り難く思え」
「……チッ、クソ生意気な」

 上から目線、という態度にイラッとする。もう聞く耳を持たん!
 再び歩き出そうとすると、小僧はまだ真剣な面持ちで話すのだった。

「だが、マナさんに危害を加えるな。平和に思えるこの国にも、少なからず悪に苦しむ人がいて、みな懸命に働き生活を維持している。我ら異世界人がそれを乱してはいけない……そのように聖女様も大魔法使い様も仰った」

 なぜ、惜しむような顔を見せるのか……!?
 小僧は、もしや――――

「お前……帰還の……」
帰還ときを待つ。我は祖国に戻る……それで、貴様も必ず元の世界に戻ってこい。ここに貴様の居場所などないぞ。その人と、共に暮らす未来など……ありはしない」

 何を……当然の事を……!?
 またも、マナが、俺に……より強く――――。

「貴様が魔王で有る事、滅してきた事は、全て無かった事にはならん。忘れるな。帰還したその時には、我が息の根を止め魔王であったことを後悔させてやる。次は、逃げるなよ?」

 小僧は勇者の闘志を纏わせ、俺に決闘の証を見せつけた。微かに笑みを浮かべ、死をも恐れない不敵の眼差しを突き刺す。

 まるで、神のような――――威厳を放っていた。


 マナが俺の背中で「寒い……」と寝言のようにつぶやくと「早く家に戻るんだ!」と小僧は慌てて俺に指図する。
 家に帰れば食べ過ぎを理由に、真夜中にもかかわらずバルコニーで鍛錬を始めた。

 俺は布団に寝かせたマナの隣で自分も横になり、それを窓の外の景色として眺めて過ごす。

 暇があれば体ばかり鍛えている、子供じみているのに小賢しい奴だ。夜空に目を移せば欠けた月が天上で光っていた。

「ふぅ~、暑いな……」

 小僧が息を上げて部屋に戻って来る。上着の首元を開けて、体の熱を冷やしているよう……!?
 小僧の胸の中心に何やら模様が見える。ちょうど心の臓がある部分だ。

 俺は目を凝らしてよく観察してみた。魔族だけでなく人間もタトゥーを入れる習俗がある。それは血統や地位の証であったり、同盟の印だったりする。稀に神から授かったものや、魔法の術式がかかった紋章もある。

 小僧は聖なる力を宿しているので、その印なのかと興味がわく。
 その模様は魔法陣に似ていた。円形の中心に欠けた月、三日月か。暗闇色の……三日月、だと?

「――――っ!?」

 俺は飛び起きて瞬間移動すると、小僧の胸に自分の右手を押し当てた。

「何をするっ!?」
「……お前と同じ紋章を、俺も持っている」

「なん、だと?」
「暗闇色の三日月……待てよ……暗闇……影? 影の三日月か!? チッ」

 夜空に浮かぶ月が光なら、今宵の月の影は……三日月だ。そう、気づいたとき――――

「はっ!?――――」
「小僧っ!?」

 小僧の身体は一瞬電流が走ったかのように――――息を詰まらせ、瞳孔と紋章が金月色に発光した。

 目の前でそれは起こり、同じく俺の右手の甲に隠れていた紋章も、鮮明に現れてはすぐ消えた。

「はぁっ、はっ、はっ、い……行かなくては!」
「何だと?」

 息を吹き返すと小僧は命令に従うかのように、素早く部屋を動き回り身支度を始めた。マナの服を脱ぎ捨て、クローゼットにしまってあった勇者の服に袖を通し足を通し……羽織っただけのはだけた着替えで、ソードの玩具を持った。

 俺が呆気に取られている内に、元の世界の勇者の格好に戻り、そして――――
 寝ているマナの枕元に跪くと、髪を掬って口づけを落とした。

 何をコイツはやっているのか?
 と傍観したが……待て、別れの、挨拶か?

「おいっ…………チッ」

 勇者小僧は立ち上がると玄関を飛び出して行った。マナはもぞもぞと動き出したが、どちらも放っておく決断はできず、俺は小僧の方を選んだ。
 部屋を出て外へ、後を追う――――。


 帰還の時が来たのだ、勇者に。

 おそらく、小僧の胸にあった紋章は術式が込められている。元の世界から呼び戻す為の導力が発動するように。
 
 さっきのあれはそうゆう事だ。今頃祖国の大魔法使いあたりが、儀式を始めているはずだ。
 あんのクソ婆婆ぁ!

 小僧が何処に向かったのかは見当がついた。姿は見えなかったが、俺は迷わず広場に入り噴水を目指す……すると!

 噴水の真上にのぼった月から、柔い金色の光が降り注いでいた。転移座標である噴水を包むようにして――――。

 勇者!?
 小僧が噴水の縁石に足をかける姿をとらえ、俺は咄嗟に魔法を使っていた。

「――――待て」
「っ!?」

 小僧の肩を掴み、噴水の中へ入ろうとするのを阻止した。突然現れた俺に驚き、鋭い眼光で睨みつける。

「放せ、邪魔をするな」
「……アイツには、何も話さないのか?」

 小僧の瞳は大きく開き、問うた意味か俺自身か、探るように見つめた。

「……言ったはずだ、我らがこの世界を乱してはならぬと。我が帰還すれば、我は、いなかった事になる」
「つまり、記憶操作の術も同時に発動するという事か」

「貴様、マナさんに優しく接するのは当然だが、人間の為にも魔力を使っているな?」
「あん?」

「コンビニでもバイトでも、魔力で悪人を追っ払ったのは貴様だろう? この国で正義の魔王でも名乗るつもりか? 勘違いするな。貴様の罪は無かった事にはならない。どけ」
「っ……」

 小僧は俺を押しのけると縁石を飛び越え噴水の中へ。縁石はにわかに発光し始めていた。もうすぐ元の世界から勇者を帰還させる魔法が現れる……

 小僧はバシャバシャと噴水の中央に進みながら、俺を背にしたまま忠告する。

「魔法陣には触れるなよ? 何処に飛ばされるかわからんぞ、我も貴様も」

 俺は、1歩、2歩、後退した。今の魔力では完全に防御もできるかわからない。先程も2度、瞬間移動に魔力を消費してしまったからな。

 小僧が噴水の中央に到達し、直立すると胸の紋章に片手を翳した。目を閉じて祈りを捧げるかのように、聖なる力を集中させている……!?

 キィン――――
 噴水の縁石に魔法陣が出現した!

 金色の閃光が噴水から湧き上がる。ビリビリと光から不快な力を感じ、また後退りして光線を避けた。
 クソ婆婆め、神力と魔術を融合させてやがる!

 魔法の光は勇者の足元から顔まで伸びていた。辺り全体が眩しい閃光に包まれた時……

「――――ユウくんっ!?」
「「 !?!? 」」

 振り返ると、マナが。
 泣きそうな顔で小僧を見つめていた。

 目がチラつくような金光の中で、勇者は女神の微笑みに似た顔をする。そして、ゆっくりと唇を動かして見せた――――
 『あ・り・が・と・う』
 そう、マナに送ったのだ。

 キイィィィンッ!!
 一瞬のうちに光は強烈に輝く。一面を白く消すほどの威力に、目元を庇って視界を遮った……。

 次に、瞬きをした時には――――
 勇者はこの世界から、いなくなっていたのだ。


 噴水がもとどおりになり、広場が真夜中の静けさに包まれた。俺は全てを見届けて次に、俺達の後を追いかけてきたマナの存在を注視した。

「…………おいっ、お前、マナ!」

 ぼーっと、一点を見つめて微動だにしていない。記憶操作の魔法にかかったのは間違い無さそうだ。
 俺の声が届いているのかどうかも知れず「クソッ……」急ぎ近寄って肩を掴んだ。

「マナ! マナ!」
「……ん……あれ? マオ? えっと、どうしたんだっけ?」

 俺がマナに呼びかけると意識は取り戻したようだが、混乱した表情で目をキョロキョロとさせていた。

「何か……覚えて、いないか?」
「え? んー、私、酔っぱらっちゃったんだよね。それで、ふらふら外まで出て来ちゃったのかな? マオが探しに来てくれたの?」

「……金髪の、ギャーギャーやかましい男……覚えてるか?」
「金髪? んー、誰それ? あ、焼肉屋さんにいたとか? でも、マオと私と二人だけだったような……すんごい美味しくてビール飲みすぎた、あは」

 金髪はいなかった、事になっている。勇者小僧の存在だけが、マナの記憶からなくなったようだ。

 普段と変わらないマヌケな顔でマナはそこに立っていて……なぜか、急に……変だ。
 胸を射抜かれた昔の痕が、小せえ矢が刺さっただけの悪戯が、今になって――――しくり、と痛んだ気がした。

「ん!? マオ……?」
「――――……チッ」

 そんな微かな痛みに俺は腰を折り曲げて、マナの肩に頭を置き、己の迷いを打ち消した。

 この魔王が、何百年か振りに、恐れを――――
 一瞬でも覚えるとは……嘆かわしいことだ。

「……きゃあ! 何!?」
「酔っているのだろう?」

「抱っこで帰るの?」
「魔力の吸収だ……」

 俺がひょいとマナを抱き上げると、首元にしがみついて戸惑いを見せる。その割には随分と大人しく、クスクス楽しそうに笑うのだった。

 俺がこの世界から消える時――――全部、無かった事に。

 勇者のようにできるか……?
 ふと、脳裏を掠めた。それは地獄で体験した死に際の恐怖と、似ていた気がしたのだ。

 ゴチャゴチャと面倒な気分とマナを抱え、早く俺が消え去る場所から遠ざかった。


 ピンポーン~♪

「――――あ、魔王さん! 久しぶりッスね! 俺ってば毎日魔王さんに、からあげサン作ってないと調子でないッスよ~」
「そんな事は知らん。ところで下僕、お前……金髪の勇者、覚えてるか?」

 俺がコンビニに入るとケントがすぐ出迎えたので、記憶があるか確かめてみた。勇者の小僧がここに来た時、ケントは挨拶を交わしていたし、クソガキ共を追っ払ったのを一緒に見ていたのは間違いない。

「金髪の勇者? カッコイイッスね! ……誰ッスか?」
「……いや、俺の勘違いだ」

 やはり、勇者はいなかった。この世界から帰還した時に記憶も消し去っていたのだ。俺だけ……覚えているのは俺だけだ。
 それを証明するかのように、厄介者が再び訪れる。

「あ~腹減ったなぁ。お前、金持ってる?」
「ねーよ。誰か呼び出しする?」
「つまんねー、あ……」

 3人のガキが入ってきた。態度と服が大きめの、あのクソガキ達だ。ケントは奴等を見て舌打ちすると面倒そうに言った。

「チッ……らっさーせぇ……」

 帽子を被った奴がニタニタとこっちを見ながら……それを再び確認しただけで俺は――――半ギレした。無闇やたらと殺してやりたくなったのだ。

「魔王さん……?」

 俺は苛つきを隠さず存分に見せつけて奴等に近寄る。
 ヤベェ奴が来た、と怯んだその表情も気に食わず、帽子を片手で払って顔を晒させた。脅えた瞳孔に魔王の眼光を突き刺してやる。

「……死にたいか?」
「あ……う、っ、は――――」

 すとん、と俺の足元にガキがへたりこんだ。股には染みが広がっていく。
 俺はあざけるでもなくおとしめるでもなく、眼球だけを下ろし見た。

「うっ、うわぁぁぁっ……」

 這いずるようにしてガキは外へ逃げ去ると、続き慌てて仲間も出て行った。
 ……少しでも歯向かえば、血しぶきでもあげて殺ったが。

 視界から不快な物が消えたので、悪魔の血が湧き立ったが収まってくる。
 その様子をケントも感じ取ったのか、いつもの調子で俺の回りをチョロチョロとし始めた。

「わ、わぁ! 魔王さん、カッケェ! アイツら尻尾巻いて逃げてきましたね! メッチャ迷惑客だったんスよ~、超~助かりましたっ。あ、でも、何でアイツら追っ払いたかったのわかったんスか?」
「……小便臭いのがムカついただけだ」

「へ、へぇ~。魔王さん、鼻も警察犬並みなんスね~」

 ――――解説しよう!
 悪魔の血のせいじゃ……ないんじゃない?
 マオは誰かさんみたいに……正義、って心がわかるようになった、かもしれないよ!


「ところでお前スマホ持ってるよな? ちょっと調べてくれ……月の女神、冥界、でわかる事あるか」
「はい、ちょっと待ってくださいね。えっと……ヘイ、Ketsu! 月の女神、冥界について教えて」

 ケントがスマホを取り出し語りかけると、しばらくしてスマホが話し始めた。

「はい……月の女神、冥界に関する検索にヒットした名称は――『ヘカテー』月と魔術、豊穣、浄めと贖罪、出産を司る女神。冥府の神の一柱である。魔術の女神として魔女や魔術師達に崇拝された。最高神によって天界、地上、冥界で自由に活動できる権能を与えられている」

 ヘカテー……。
 やはり、あの時の魔女神に間違い無さそうだ。

「何か難しくてよくわかんねーッスけど、男女混合デスマッチでもするンスか? 女神で魔女って、魔王さんの敵とか?」
「……あぁ、そうだな。一番ムカつくクソ婆婆ぁだ」

 ケントが顔をしかめ首を傾ける横で、俺は大昔の記憶を手繰り寄せ、苦虫を噛み潰した気分だった。

 それは……天界から白羽根を削がれ奈落に堕ち、冥界の一部であろう地獄を彷徨っていた頃のこと――――。

 そこは光がなく闇に包まれた冷たい場所だった。暗順応した目は岩だらけの固い地だけを写し……いくら彷徨えど、誰とも会えない。
 水はなく食う物にもありつけず、ひたすら飢えに耐えた後に行き倒れる。

 薄い空気があるだけで何も無い。自分しかない、孤独という罰を俺は受けたのだった。
 全てが無くなる――――虚無、そして、狂える怖れ。

 息絶えるだろうと死を覚悟した……その時、突然、なぜか蛙が近くに現れた。

 食うか?
 俺は……力無く笑って『生命』を奪わなかった。失うべき命は自分自身と選択し、目を閉じたんだ。

「憐れな堕天使よ……我は、魔の女王、闇に光る月を支配する。最後の慰みだ、どちらか選べ。天に還り月界で浄められ、月光として闇を照らす明かりとなるか。闇世界の邪として生まれ変わり、魔に囚われ忌み嫌われるか」
「……?」

 久方ぶりに声を耳にして、かろうじて意識を持ちこたえる。僅かに開いた瞼から、黒いローブの裾と魔法使いの杖元が見えた。

「慈愛の心を残すか、邪悪の心が勝るか。お前の望む方だ……∂ς∷ηδ✡*"――――」

 地面にへばりついていた右手の甲を杖元で突かれると、金月色の紋章が一瞬だけ光りすぐ消えた。そして、魔女もいなくなったのだ。
 再び、孤独の罰へと戻り、慰みの施しについて己を顧みるが……

 慈しみ、だの……情け、だと?
 愛だ、祈りだ、罪と罰と、天秤にかけて?

 神々の創造で何もかも生まれたなら……初めから……悪しき心なんぞ生かすなよ!

 神の裁きが何だってんだ!?
 悪を生んでおいて、神に願えと!?
 そんな悪巫山戯た事があるかっ……

 俺が、悪の神になって、魔の心で真の裁きをくだしてやる――――

 決意と同時に魔力が滾り黒羽根が生えた。そして天空へ。悪魔として生まれ変わった実感を握りしめる、その拳には闇色の三日月が印してあったのだ。

 そして俺は、悪魔の頂点、魔王となった――――。


 コンビニからマンションに戻り、バイトに出かけたマナの帰りを待つ。そして可能な限りマナに接触し、魔力の吸収をして過ごす。

 勇者が帰還するとその日常の繰り返しになった。暇な……時間はなく、常に己の帰還についてばかり、考えを巡らせるようになっていた。

 俺の膝の上でスマホをいじっているマナに、情報分析のため指示を出す。

「おい、スマホで月の形を調べて見せろ」
「んー? ちょっと待って、瑠奈にメッセ送っちゃうから。……はい、今度は月について知りたいの?」

「月が規則的な周期で地球に連動している、が、見え方にはズレが生じているようだ。推測が難しい。お前らは月の暦を周知しているのだろう?」
「うんうん、月のカレンダーね。学校で勉強したな~、この前は月見酒もしたよね……はい、これだね」

 マナは俺に背中を預けて、スマホの画面を二人で覗けるよう見せる。

「今日の月は半分も欠けてないね。あ、3日後は下弦の月だって。ほら、光と影が半分こになってる。どんどん月が見えなくなってく周期なんだねぇ。そういえば、マオが転移してきた日はお月様がなかったような……新月だったのかな?」
「……次の新月はいつだ?」

「えっと、下弦の月から1、2、……7日後だよ?」
「下弦から7日……」

 ――――闇夜に悪魔の魂は甦る。
 俺が帰還できるとしたら、その日になるであろう……。

「マオ、どうしたの? お腹でも痛いの?」
「なぜだ?」

「最近、ちょっと、元気なさそうに見えるから。焼肉食べた後くらい? だからお腹壊したのかなと思って」
「そんな俺がヤワな身体に見えるか?」

「うーん、ないね。でもなんか、私も最近疲れやすくて。高級焼肉は身体に毒だったかな? いつも、からあげサン食べてるからね。ははっ」

 マナはいつものように笑って、記憶操作の魔法以外に変わった所は無さそうに思えた。
 しかし、下弦の月が訪れると、事態は急変する――――

 その日、マナは帰ってくるなり、その場に倒れ込む。

「っ!? どうした!?」
「マオ……なんか帰り道に、下弦の月を見てたら、急にふらふらしてきちゃって……」

 俺に支えられながらマナは苦しそうに言った。俺はマナの額に自分の額をあてて、原因を詳しく確かめる。

 キィン――…………これは!?


 マナの中の魔力が……異常に増えている!
 急になぜ?
 ……クソッ、婆婆ぁの力の影響か!

 勇者を転移させたのも婆婆ぁの仕業だ。天界では月の女神、地上では大魔法使い、冥界では蛙の化身で裁きを施していやがる。

 記憶操作の術も婆婆ぁのモノだ。マナが勇者の帰還後に術にかかった時、神力も僅かに身体に取り込んだのだ。
 アレは魔力を暴走させる――――

 下弦の月も相まって、魔力が強くなったのだ。俺がマナの容態の原因を突き止めると、あの時の勇者の言葉が脳裏を掠めた。

『人間は魔力に耐えられるのか? 魔力のせいで悪魔にでもなったりしたら……生きてゆけると思うのか』

「くっ…………魔力を回収するしかない」
「……ん? わっ、何するの!?」

 マナの膝裏に腕を通し背中を支え抱き上げた。勇者のやった扱いと同じにしたのだが、マナはレディじゃねぇからじたばたと慌てふためく。
 力で押さえつけて黙らせた。

「……俺と交わる許可を出せ」

 聞き逃さないようマナを持ち上げ、またひたい同士を合わせて命令する。マナは俺の首にしがみつき、大人しく聞き入った後に、暫し俺の目をじっと見て言った。

「…………やだ」

 無理矢理に、犯してやってもいいんだが……。
 マナの俺によこす視線は、裏切りなど微塵も想定していない。真っ直ぐなものだった。

「チッ……」
「……ちょっ、何処行くの!?」

「風呂だ。俺が清めてやる」
「なっ、え? ブラウスのボタンが飛んだ!? ブラのホックまで!? マオ、魔法使ってるでしょ! やめて、下ろしてっ」

 バァンッ!
 風呂場のドアを魔力で開放すると同時に湯船に湯をはった。その様子をマナは目の当たりにして、そこで初めて脅えた視線を俺によこす。

「マオ……魔法使ったら魔力が減っちゃうでしょ? 大丈夫なの?」
「これからお前のを回収するんだから構わん」

「一緒に入るの!?」
「俺と交われば早く済むものを、いつまでも拒むからお前の中の魔力が多すぎるんだ」

「だからって、その、マオに魔力を返したら……元の世界に帰っちゃうんでしょ?」
「お前……俺に……」

 意固地になったり恐れを見せるのは、全部、俺の為か……?

 俺に本心を探られたのが気不味いのか、マナは俺の首に巻き付くように顔を隠して言う。

「接触しないと充電できないんだから、絶対ヤラシイ事するでしょ。お風呂でそんなの恥ずかしいもん」
「お前……アレだ……、可愛ちいな」

 俺に喜んで身体をさらけだす女を、数しれず抱いてきたからか。手中に収められ恥じらう態度は初めてで、存外な言葉が口からついて出た。

「っ!? 可愛ちい、って意味わかってん……?」

 キィン――。湯船の中にたんまり華が浮かび、それを見たマナは目をまん丸くした。

「これで恥ずかしくないな?」
 

「――――んっ、……ふ、もう擽ったいぃ」

 ピチャピチャと水音が反響していた湯船で、マナの女らしい声が上擦った。
 肉体の交わりと同様に効果的な方法は、皮膚よりも粘膜から魔力を吸収することだ。

「お前の中にある魔力を減らす為だ、我慢しろ。それとも、湯より上の身体だけ舐める決まりを取り消すか?」

 俺がマナを湯船の中で膝に乗せて浸かり、許可のだされた首元や肩を舐め回していたが。マナが逃げようとするので腕の中に閉じ込め、条件を変更するか確認した。

「……だめぇ、それに、マオのがっ」
「俺の漢根が気になるか? フッ、準備はできてるぞ。お前の魔力は刺激があるから反応したんだ」

 身体を密着させるとマナの背中に反り立った根が触れ、より魔力の吸収量が上がった。少し挑発してわざと大きくしてみたが……
 マナは今にも湯に顔を沈めそうに、首をグラグラと揺らし始めた。

「んー、らめって……言っ……」
「……マナ、俺に背中を預けろ。人間には多量の魔力が負担になってしまう。お前はよく耐えている……お前を……俺はマナを……死なせたくはない……」

 ふざけ半分で接していたが……。
 そうもいかない程、マナの容態が気がかりで俺は仕方ないらしい。

 どうかしてる、魔王である俺が人間の女に奉仕しているなど……。

「んー、マオ……」

 くてんと頭をもたれてきたマナの顎を掴んで、湯で溺れないよう俺の胸を枕にしてやる。

 マナは意識を飛ばしたか眠りについたのだろう。静かになったのを見守り長いため息を吐いた。

 遣る瀬無い……
 この状況を説明するのに妥当な感情であろうか。

 マナの頭を支える胸は、なぜか、重苦しい……
 不快だが、もっと、触れたくなる。

 掴んだ顎を上げマナの額に何度か口をつけ――――余計に、胸がイラつく。ムカついた。

「チッ……クソッ…………チュッ、クチュッ、ッ――――」

 放り出したいのに反して、俺は――――魔力を求めたのか、マナを求めたのか。

 首元に顔を沈め、むしゃぶりつくようにして、舐めては吸いつき離したくなかった。
 憐れな姿だと自覚しながら、その行為をやめられなかったのだ。

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