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3.記憶【 真野凜side 】
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10年ぶりの再会が壮絶に幕を閉じて、私の頭と心の中は乱れたままだ。
恋人である優さんにも話せずに、言えない自分がよりもどかしく、混乱させている。
梶くんは大丈夫なの?
痛くないか、苦しんでないか……
心配が尽きない。
気付けば、梶くんの事ばかり考えていて、優さんからの連絡で現実に戻る。
梶くんと優さんと、ふたりの事を順番に考えながら、今と過去を行ったり来たり……
頭を振々、なんとか1週間乗り切った。
明日、優さんちに行く準備をしないとだけど、ひとりの時間はうつろな気分になりがちで……
リーン。リーン。リーン 。
自室の開けた窓から、鈴虫の音が聴こえてきて……その鳴き声は、私をまた10年前に連れ戻す。
―――中2の夏。
夏休み最後の練習試合が終わった。
昨日、梶くんと部室で会えたものの……今日、彼が来ることはなかった。
突然の雨で予定より長引いた。片付けをして点検を終えた後、やっと手にしたケータイに着歴が1件あった。
梶くん!?
すぐリダイヤルを押してた。
学校内で携帯電話の使用は禁止。校則なんて少しも考える余地がないくらい、昨日、この部室で梶くんと交わした言葉でいっぱいだった。
私を呼んで―――。
そう伝えておいたから。
何かあった??
どうしたの??
梶くんから着信なんて初めてで、胸騒ぎとドキドキでうるさい心臓の音。
梶くんの声が聞こえるように、耳をすまして…………
「……お客様のおかけになった番号は現在使われておりません――」
使われてない!?
待って、着信は……2時間前!
もう1回……
「……現在使われて――」
どうして!?
つながらない……。
え?
この番号じゃ梶くんにつながらない?
それって、もう……
どうしよう!
どうやって梶くんに……
ちからいっぱい、うんと考えてみても……
ただ、泣きたくなるだけだった。
ちから任せにケータイを握りしめた手がじんじんする。
そう、この手が昨日―――
梶くんの肩にしがみついて……
小さく揺れる梶くんの、梶くんのこぼれた悲しさの熱を…………まだ、この手が覚えてる!
―――行け!!
体の真ん中から放たれた命令に、私は走り出した―――。
きっと、きっと、何か伝えたいことがあったはず!
私の想い、ちゃんと梶くんに届いたなら……梶くん今、寂しいのかもしれないから!
早く、早く!
梶くんのもとへ行かなくちゃ!!
ケータイを握りしめて、全力で走って。
「はぁっ、はぁっ、くっ……」
息が切れて、喉が痛くなって。
ただ “ 会いたい ” 。
一心でたどり着いた、梶くんの家の前。
―――でも、そこに……誰かいる気配はまったくなかった。
立ち尽くす私に、通りすがる人が教えてくれた。
「梶さんは、今日引っ越しされたよ」
もう、梶くんは…………いなかった。
どこに行けば会えるのか?
なんにもわかんないし、思いつきさえしなかった。
あぁ、たぶん、一生会えないんだろう……
これが “ 別れ ” なんだろう―――。
どうして?
どうして昨日、話してくれなかったの?
今日、いなくなってしまうって。
どうして私に電話くれたの?
……寂しかった?
泣きたくなってない?
梶くん……どこにいるの―――?
せめて、もう1度、声が聞きたいよ……!
……会いたい。
梶くんに会いたい!!
あきらめきれない指先が、ケータイのボタンを押して、梶くんへ届けようとする。
―― 会いたい ――
願いをこめた、その文字は、宛先が見つかりません、とメールが送れない。
私じゃダメだった……。
無力な私は脱力して、道端に泣き崩れる。
夏の終わり、恋の終わりだった。
リーン。リーン。
鈴虫の音が、私の名を呼んでいるようで ……記憶の中の音と重なり合う。
そうやって10年前も、梶くんの最後の言葉と耳の中で響かせては……梶くんのいなくなった秋に毎晩涙を流した。
もしかしたらって、番号もアドレスもずっと変えなかった。
時間が過ぎ去り、希望も面影も薄れて。
がむしゃらに何事も高みを目指し、失恋は過ぎ去った。
高3の冬休み、梶くんの名前をスマホで目にする。
高校サッカーの東京代表でテレビ中継にでてる、とグループトークに流れてきた。
その時にはもう、そっか……って。
安心して自分の道に進んだ。
その後、梶くんのことを耳にしたのは、成人式の同窓会だったと思う。
プロになって、九州のチームに入ったらしいよ。
それが、梶くんの思い出の結末だ。
もう何年も、一度だって思い返してなかった。
なのに……
私は今、思い出の宝箱からガラケーとミサンガを目の前に置いて、過去から見つけようとしてる……。
梶くんに避けられようとも、無力な私が彼の救いになれる方法を―――。
ガラケーの照明が灯って、未送信のメールを開く。
TO 梶 翔大
─ 会いたい ─
確かに残ってる。
あの時の私の、ありったけの心の叫びだ。
リーン。リーン。
耳につく、その響き音は……あの頃の私の心を連れ返して。
リーン。リーン。
まるで、誰か、誰かの寂しげに呼ぶ ……私を呼ぶ―――
「はっ!?」
ガシッ、とガラケーとミサンガをつかんで
部屋を飛び出す。
また、あの命令が放たれた気がした。
―――行け!!
―――梶くんに、会いに行け!!
今度こそ、ちゃんと伝えるんだ!
もう、次なんてないから……
想ってるだけじゃ、願ってるだけじゃ、何も届かない。
言葉で伝えないから、答えもわからないんだ!
病院の裏庭を駆け抜けて、奥に建つホスピス棟の正面玄関の前。
息を整えて、汗をぬぐった。
胸を張って受付まで進む。
面会名簿に記入していると、中から私を見る視線を感じた。
春見さんだ。
覚悟をもって来ました―――強い視線を送った。
「……梶さんはお部屋にいますよ」
柔らかい表情を返してくれる。
息荒らげにお礼を言ってお辞儀をした。
もう私に迷いはない。
ここまで走ってきたのだから。
梶くんはここにいるのだから。
深呼吸をして…………部屋の入口に立つ。
「梶くん!」
「っ!!」
彼は跳ねるほど驚く。
「梶くん、少し時間をください。話があります」
真っすぐに彼を見つめる。
言葉が出ないようだけれど、私は続けた。
「ごめん梶くん、きっと梶くんを困らせる。けど、思い出して、教えてほしい。
10年前……、梶くんがいなくなった時のこと」
梶くんは何も言わない。
けど、私達、ちゃんと向き合えてるから―――。
だから、伝えること……止めない。
「コレ、梶くんの夢が叶うように、ケガをしないで走れるように、って願って編んだの。県大会の時に渡すつもりで。いつでも、梶くんを応援したかった」
10年たって、やっと届けた―――少し色あせたミサンガ越しに、梶くんをより強く見つめた。
「部室で……部室で言ったことも本当だから。梶くんを、ひとりぼっちになんてさせたくないし、寂しかったら呼んでほしいって気持ちも……10年たっても変わらない!」
少しも取りこぼしたくない視線の中で、梶くんの表情がほころんでく……
「……凜、俺……最後に、電話……」
そうして、ぎごちなく言葉を返してくれる。
「うん。ごめん、出れなくて。試合が長引いたの、雨のせいで。でも私、梶くんの家に会いに行った。もういなかったけど……。
梶くんが何で電話してくれたのか、聞きたかったの。だから、教えて。何を話したかったのか、教えて、梶くん!」
ちゃんと答えを確かめたいの!
あのとき止めた時間を……今につなげたい!
いま、ここで!
「凜……俺、あんとき……」
恋人である優さんにも話せずに、言えない自分がよりもどかしく、混乱させている。
梶くんは大丈夫なの?
痛くないか、苦しんでないか……
心配が尽きない。
気付けば、梶くんの事ばかり考えていて、優さんからの連絡で現実に戻る。
梶くんと優さんと、ふたりの事を順番に考えながら、今と過去を行ったり来たり……
頭を振々、なんとか1週間乗り切った。
明日、優さんちに行く準備をしないとだけど、ひとりの時間はうつろな気分になりがちで……
リーン。リーン。リーン 。
自室の開けた窓から、鈴虫の音が聴こえてきて……その鳴き声は、私をまた10年前に連れ戻す。
―――中2の夏。
夏休み最後の練習試合が終わった。
昨日、梶くんと部室で会えたものの……今日、彼が来ることはなかった。
突然の雨で予定より長引いた。片付けをして点検を終えた後、やっと手にしたケータイに着歴が1件あった。
梶くん!?
すぐリダイヤルを押してた。
学校内で携帯電話の使用は禁止。校則なんて少しも考える余地がないくらい、昨日、この部室で梶くんと交わした言葉でいっぱいだった。
私を呼んで―――。
そう伝えておいたから。
何かあった??
どうしたの??
梶くんから着信なんて初めてで、胸騒ぎとドキドキでうるさい心臓の音。
梶くんの声が聞こえるように、耳をすまして…………
「……お客様のおかけになった番号は現在使われておりません――」
使われてない!?
待って、着信は……2時間前!
もう1回……
「……現在使われて――」
どうして!?
つながらない……。
え?
この番号じゃ梶くんにつながらない?
それって、もう……
どうしよう!
どうやって梶くんに……
ちからいっぱい、うんと考えてみても……
ただ、泣きたくなるだけだった。
ちから任せにケータイを握りしめた手がじんじんする。
そう、この手が昨日―――
梶くんの肩にしがみついて……
小さく揺れる梶くんの、梶くんのこぼれた悲しさの熱を…………まだ、この手が覚えてる!
―――行け!!
体の真ん中から放たれた命令に、私は走り出した―――。
きっと、きっと、何か伝えたいことがあったはず!
私の想い、ちゃんと梶くんに届いたなら……梶くん今、寂しいのかもしれないから!
早く、早く!
梶くんのもとへ行かなくちゃ!!
ケータイを握りしめて、全力で走って。
「はぁっ、はぁっ、くっ……」
息が切れて、喉が痛くなって。
ただ “ 会いたい ” 。
一心でたどり着いた、梶くんの家の前。
―――でも、そこに……誰かいる気配はまったくなかった。
立ち尽くす私に、通りすがる人が教えてくれた。
「梶さんは、今日引っ越しされたよ」
もう、梶くんは…………いなかった。
どこに行けば会えるのか?
なんにもわかんないし、思いつきさえしなかった。
あぁ、たぶん、一生会えないんだろう……
これが “ 別れ ” なんだろう―――。
どうして?
どうして昨日、話してくれなかったの?
今日、いなくなってしまうって。
どうして私に電話くれたの?
……寂しかった?
泣きたくなってない?
梶くん……どこにいるの―――?
せめて、もう1度、声が聞きたいよ……!
……会いたい。
梶くんに会いたい!!
あきらめきれない指先が、ケータイのボタンを押して、梶くんへ届けようとする。
―― 会いたい ――
願いをこめた、その文字は、宛先が見つかりません、とメールが送れない。
私じゃダメだった……。
無力な私は脱力して、道端に泣き崩れる。
夏の終わり、恋の終わりだった。
リーン。リーン。
鈴虫の音が、私の名を呼んでいるようで ……記憶の中の音と重なり合う。
そうやって10年前も、梶くんの最後の言葉と耳の中で響かせては……梶くんのいなくなった秋に毎晩涙を流した。
もしかしたらって、番号もアドレスもずっと変えなかった。
時間が過ぎ去り、希望も面影も薄れて。
がむしゃらに何事も高みを目指し、失恋は過ぎ去った。
高3の冬休み、梶くんの名前をスマホで目にする。
高校サッカーの東京代表でテレビ中継にでてる、とグループトークに流れてきた。
その時にはもう、そっか……って。
安心して自分の道に進んだ。
その後、梶くんのことを耳にしたのは、成人式の同窓会だったと思う。
プロになって、九州のチームに入ったらしいよ。
それが、梶くんの思い出の結末だ。
もう何年も、一度だって思い返してなかった。
なのに……
私は今、思い出の宝箱からガラケーとミサンガを目の前に置いて、過去から見つけようとしてる……。
梶くんに避けられようとも、無力な私が彼の救いになれる方法を―――。
ガラケーの照明が灯って、未送信のメールを開く。
TO 梶 翔大
─ 会いたい ─
確かに残ってる。
あの時の私の、ありったけの心の叫びだ。
リーン。リーン。
耳につく、その響き音は……あの頃の私の心を連れ返して。
リーン。リーン。
まるで、誰か、誰かの寂しげに呼ぶ ……私を呼ぶ―――
「はっ!?」
ガシッ、とガラケーとミサンガをつかんで
部屋を飛び出す。
また、あの命令が放たれた気がした。
―――行け!!
―――梶くんに、会いに行け!!
今度こそ、ちゃんと伝えるんだ!
もう、次なんてないから……
想ってるだけじゃ、願ってるだけじゃ、何も届かない。
言葉で伝えないから、答えもわからないんだ!
病院の裏庭を駆け抜けて、奥に建つホスピス棟の正面玄関の前。
息を整えて、汗をぬぐった。
胸を張って受付まで進む。
面会名簿に記入していると、中から私を見る視線を感じた。
春見さんだ。
覚悟をもって来ました―――強い視線を送った。
「……梶さんはお部屋にいますよ」
柔らかい表情を返してくれる。
息荒らげにお礼を言ってお辞儀をした。
もう私に迷いはない。
ここまで走ってきたのだから。
梶くんはここにいるのだから。
深呼吸をして…………部屋の入口に立つ。
「梶くん!」
「っ!!」
彼は跳ねるほど驚く。
「梶くん、少し時間をください。話があります」
真っすぐに彼を見つめる。
言葉が出ないようだけれど、私は続けた。
「ごめん梶くん、きっと梶くんを困らせる。けど、思い出して、教えてほしい。
10年前……、梶くんがいなくなった時のこと」
梶くんは何も言わない。
けど、私達、ちゃんと向き合えてるから―――。
だから、伝えること……止めない。
「コレ、梶くんの夢が叶うように、ケガをしないで走れるように、って願って編んだの。県大会の時に渡すつもりで。いつでも、梶くんを応援したかった」
10年たって、やっと届けた―――少し色あせたミサンガ越しに、梶くんをより強く見つめた。
「部室で……部室で言ったことも本当だから。梶くんを、ひとりぼっちになんてさせたくないし、寂しかったら呼んでほしいって気持ちも……10年たっても変わらない!」
少しも取りこぼしたくない視線の中で、梶くんの表情がほころんでく……
「……凜、俺……最後に、電話……」
そうして、ぎごちなく言葉を返してくれる。
「うん。ごめん、出れなくて。試合が長引いたの、雨のせいで。でも私、梶くんの家に会いに行った。もういなかったけど……。
梶くんが何で電話してくれたのか、聞きたかったの。だから、教えて。何を話したかったのか、教えて、梶くん!」
ちゃんと答えを確かめたいの!
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いま、ここで!
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