さよならをちゃんと言わせて。

美也

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5.大切

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【 真野凜side 】

 ―――いいって。いいって。

 梶くんは険しい顔で言う。

 私が嫌なの。
 今日だって、ずっとベットの上。

 梶くん……
 この頃、車椅子の移動が多いし、もう部屋の中くらいしか歩けないんじゃ?

 今度の約束ができない自分がもどかしい。

 私が来れない間に何かあったら、って。こんな事くらいしか、できる事なかった。

「無理してないって、私もいつも言ってるよ」
「大丈夫だから。大丈夫、大丈夫」

 梶くんは我慢に慣れすぎだし、私を梶くんの陣地には、入れてくれない。

 今、何してる?

 そんなたやすい言葉も届かない。

 スマホがあれば、簡単に指先で、言葉を伝えられるのに……
 声が聞きたくなったら、片手で繋がる……当たり前になってた。

 知らなかったよ……
 ちっぽけな事、わからないだけで、こんなに不安になるなんて。

 梶くんのこと……
 心配でたまらなくて、落ち着かないの。

 勝手だけど、ただのわがままだけど ……

 梶くんがツライ時、あのガラケーが鳴ったらいいのに―――。

 そしたら、すぐ駆けつけるのに。

 会いたい、って呼んでくれたらいいのに。

 ……そう、バカみたいに思った。

 私達の言葉は平行線で、「……じゃあ、また来ます」バックを持って、今日の別れに明るい顔を作ることしか、できなかった。


【 梶翔大side 】

 ―――何、その作り笑い……?

 俺、また、なんかしくった?

 もう無理させるわけいかないし。
 俺のせいで、凜の大事な時間も奪いたくない。

 だって、明らかに、やつれてる……

 まさか、凜、気付いてない??

 俺の体が弱ってくように、俺と居たら、凜まで身を削られてしまう……。

 だから何度も言ってんのに、わかってねーし!

 他になんて言ったら……
 どうしたら、こんな俺でも安心させられる?

 ほら、早く!
 凜が帰っちまう……


「凜!」 
「はい?」

 部屋を出るとこで呼び止めた。

「……ありがとう」

 右手をみせる。それで……

「……待ってる。今度、会いに来るの。待っ、て、るからっ」

 中二病かって。
 俺、どもりすぎ。

 ―――これでイイのか?

「……うん! またね!」

 ニコッ、じゃないよ……ほんと、変なやつ。

 楽しろって言われるより、面倒かけたほうがめっちゃ喜ぶなんて……。

 俺、クリアミスか?
 凜は、思ったより強敵だ。

 なかなか主導権を握らせてくれない。

 味方としては心強い。けど……俺がもし、立場を間違えたら?
 アウトだ。

 また新しい力をもらったな……
 凜の声が頭の中で回ってる。


―― ひとりぼっちになんてしないから!
   私を呼んでっ。
   最後まで戦いぬくことを誓います!
   いつでもお守りします―――


 10年前、部室で受け取った言葉も、ここで宣誓された言葉も……。

 凜の言葉が全部。

 嘘じゃない。信じていいよ。

 ミサンガを見ていると、そんな風に、伝わってくる気がして……
 俺も願いたくなったんだ!

 どうか、凜が、幸せでいられますように!
 永遠に―――。




【 真野凜side 】

「凜!」 

 あ、来た。
 私を呼ぶ声の方へ、すぐ顔を向けた。

 ゴメン ×10……て連呼しながら、テーブルの席に着く。

 ふふっ、いつもの優さんだ。

「早く会いたかったよ~」

 この嬉しそうに嘆く話し方も、優さんらしくて……好き。

 会社の駅前のカフェ。
 彼は出張帰りに、東京へ戻らず地元に来てくれた。

 同じ会社だけど、今は2年間の出向中。今日も2週間ぶりに会う。

「ほんとに短くなった…… 」

 優さんは向かいの席から手を伸ばして、私の髪を指ですいてくる。

「なんか、お手入れが追いつかなくて……」

 さっき美容室に行ってきたばかり。ロングだった髪を、結構バッサリいった。

 ふうん……何度も髪を指でとかして、優しい視線を送ってくる。

 彼に触れられるのも、見つめ合うひとときも、この安心感が本当に落ち着く。

 こり固まってた体が、ほぐされてくみたいに……心から、溶けだしてくるの。

 優さんが愛しいなぁ、って。

 良かった。
 私、ちゃんと、うまくやれてる。

 梶くんとの事があって……
 一番不安だったのは、気持ちが揺らいだら、どうしようって―――。

 今、いつも通りに彼を想う自分に安心した。

 それで、たぶん……
 もっと好きになってる。優さんを。

 身勝手な私の話を聞いてくれて、全部受け入れてくれてる優さんのこと。

 前より、もっと、大切だと想う―――。


【 佐藤優一side 】

 凜はさ、いつも通り、って思ってるでしょ?

 僕の差し出した手のひらに、ニコニコッと手を重ねてくる。

 指をからませて、指輪をくるくるさせた。

 この指輪が唯一の、安心材料だったんだけどな……

 僕がこれをはめるまで、どんなに凜を大切にしてきたか。
 凜と出逢って、僕の人生が栄光に輝いてる。

 なんて言ったら大袈裟かな?

 ―――いろいろと……乗り越えてきたのにな。

 ついこの前だろ……
 念願の夏旅行で、凜と離れていた分を埋め尽くすように……ずっと手を繋いで、そばにくっついて。

 数え切れないほど、キスを交わして、とろけるほどに、何度も、愛し合った―――。

 まずい、思い出しただけで… …ニヤける。
 ここカフェだから、顔、自制して。

 すごく幸せだったんだ。
 思い出さない日なんてないくらい……

 この頃は憂鬱も、時折現れてしまう。

 カフェの向かいの席に座る彼女に、聞きたいような聞きたくないような言葉を投げかける。

「梶くん、どう?」

 半分ふてくされた質問に、凜はふふっと笑う。

「何? すごい嬉しそう…… 」
「ううん。なんか、ようやく梶くんが、正式に私を認めてくれた気がして」
「そうゆう世話焼きなとこ、好きだけど……
 凜は、梶くんばっかりだね」

 すねた子供みたいだと自分にあきれた。

 そんな、大人げない僕に、凜は……

「だって……梶くんは、特別でしょう?」

 困った顔で言ったんだ。

 チクリ。 
 心に突き刺さった。

 凜……
 おれにとっての特別が、凜なんだよ?

 最初から、凜だけが。
 他の誰でもない、凜だけなのに――。

 凜のその言葉は、僕に欲しい……。

「僕は? 僕は特別じゃないの?」

 不安が口からもれる。

「ん~?」

 彼女は考えこんでしまった。

 平気なフリ、してるだけだよ。
 もう、おれ……
 彼氏とか、婚約者って肩書きじゃ、この状況に耐えられそうに、ない。


「優さんは……私の……伴侶! 伴侶がピッタリだと思う」

 びっくりした!!
 自分で驚くくらい、一瞬で回復した。魔法でもかけられたかみたいに……

 いつもそうだ。
 崩れそうな心を、凜の言葉が大きく包んで、元に戻してくれる。

 それでまた、惚れ惚れしてしまうんだ。

「んん??」

 凜の虜になってる僕に、ちっとも気付いてない姿も愛おしいよ……
 完全に尻に敷かれてるな。

 そのまま手をとって、出ようと告げた。早く仕事を片付けたい。駅前のホテルに荷物は預けてきた。

 「大変、大変」と焦る彼女の手を離さないまま、会計を済ませて店を出た。

「行こっか」

 ぎゅっと手を握ると、凜が目元までゆるませて微笑むから……もう、無理!
 待てない!

「ん? どこ?」

 人目を避けれるトコに彼女を隠して、

「ごめん。ただいまのキスだけさせて」

 返事も待てずに、彼女にキスを落とす。

 ―――愛してる。
 って気持ちをこめて。すると「おかえり」って笑顔で答える。

 おれだけを見つめてくれる。

 独り占めしたい……
 片時も離したくない!

 狂しいほど大切なんだ。僕の、凜が―――。



 翌朝。
 頭を抱えながら、見上げる……大学病院のホスピス棟。

 何でおれ、ここまで来ちゃったんだろう……?

 朝まで凜と過ごして、休日出勤の彼女を会社まで見送ったあと、東京に戻らずに。

 凜の話は信じてる。
 全部信じてるよ。

 格好悪いけど、SNS検索かけた、すぐに。
 梶くんの存在も、引退も事実だったし、きっと、ここにいるんだろう。

 文句が言いたいわけじゃない。
 余命幾ばくも無い彼に、同情さえする。

 凜にしか支えられないなら、おれもって……

 でもお義父さんの時みたく、とは違うだろ?
 家族の為ならわかるけど。

 長い髪を切ったのも、高いヒールを履かないのも、香水やめたのも、全部……梶くんの為なんだ。

 女らしくいる時間を削って、ほんとに、痩せちゃうくらい……大事な存在って―――。

 凜の特別な相手に、おれ、会わなきゃいけない気がしたんだ。

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