さよならをちゃんと言わせて。

美也

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6.恋慕【 佐藤優一side 】

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 ――――入社6年目。
 休暇明けの鬱っぽい午後。

 ダラっと座ってたデスクに、「お疲れ様です」の声と共にカップとアメを置かれた。

「あ、ありがとう。あれ?
 アメじゃなくてラムネ? と、この黄色いドリンクは?」
「二日酔いと聞いたので酵素ドリンクを。
 ラムネはアルコールの分解に効くので、良かったらどうぞ」

 彼女は淡々と答える。

「へぇ。あっ僕、酒臭い!?
 昨日飲み過ぎちゃって」
「えっと……なんとか大丈夫です」

 「失礼します」ペコッと行ってしまった。確か今年入社の新人さんだ。

 真面目そう。
 なんとか、ってことは……臭いんだね。

 ん~。
 若い子の塩対応、染みる歳になったなぁ。

 後で消臭スプレーかけよう……

「それ、効くよ。あたしもこの前もらった」
「俺も~」

 同期のサキとリーダーのサノさんが声を揃える。僕も含めて3人の設計チームだ。

「真野さんだっけ?」
「そう。総務のね」

 僕が有休中に新歓は終わってる。

 ベテラン勢が、今年の新人ガチャは当たりだぞ!
 と騒いでたのは覚えてるけど。

「あの子さぁ、図面も少し読めるんだよね」
「え、すごいね。普通に大卒でしょ?」
「気は効くし、酒は強いし。
 あたしの専属アシスタントにしたい。
 手ぇ出すなよ!」
「出さないって」

 牽制してくるサキに、半分やっつけ気味で言い返した。仕事が行き詰まって、それどころじゃない。

 僕が一級建築士になって初めて設計を手掛けた、山の麓にあるカフェ。

 オーナー夫妻からゲストハウスの再依頼を受けて、有休使って現地で試みたものの……良い返事が貰えなかった。

 なんとか設計まで早く承諾を得て、チームの仕事に戻らなくては。

 焦りとイラ立ちから、昨夜は少し飲み過ぎたかも……

「あ、うまい」

 ドリンクを一口飲んで声に出た。
 じゅわぁ~っと、甘酸っぱいのが体に溶け込んでいくような感覚。

 と同時に、なぜか彼女を目で追いかけた。

 部長には紅茶とのど飴か……朝から咳込んでたもんな。

 ふうん。……ん? 
 何でおれ、一瞬拗ねた?

 不思議な感情に自問しつつ、甘いラムネの口溶けにイライラは流されていった。

 この時はまだ気付いてもいなかったんだ。

 彼女が僕の心に、ふわっと入りこんだことに……。


 翌日。
 モニターを眺めていると、今日も真野さんがコーヒーを置いてくれた。

「ありがとう」
「失礼しま……フランスですか?」

 彼女がモニターを見ながら立ち止まった。

「え!?  行ったことあるの?」
「はい。
 大学の時に、ヨーロッパを何カ国か」

 オーナー夫妻が欧州旅行好きで、建造物を参考にしていた時だった。

 聞けば彼女は、西洋文化学部卒業。僕がゲストハウス設計の話をすると、研修旅行で撮った画像や、レポートで集めた世界遺産の資料や図面を持ってきてくれると言った。

「マジ!?  まじ×10……本当にいいの?」
「……は、い」

 「うるせー」サキが睨んでくる。

 若干、真野さんも引いてる気がするけど…‥彼女が救世主になってくれるかも!?

「もし良かったら、現地行って所感くれたりする?
 僕また来週カフェ行くんだけど……」
「サト! それ私用で行くって。真野が時間外労働。パワハラ、セクハラ、キモイ!」

 サキが攻めたてる。
 「サノさんも注意して~」って……

「うん。間接的だからアウト」
「ちょっ、ちょ×5……」

真野さんもびっくりしちゃってるし、そんなつもりじゃ……

「ごめん。軽率でした」

 はぁ。難しいよコンプライアンス……

「あの……この前は佐々木さんデザインのお店に連れて行ってもらいましたし。佐藤さんが設計したカフェも、是非行ってみたいなと。ダメ、ですか、ね?」

 ぎこちない目線で僕たちを伺う。二人が黙った。

「真野さん……」

 本当に×10……なんていい子!

 これ、当たりレベルの新人ガチャじゃない。
 スーパーレア! 引き当てた!

「朝早くから、ごめんね」

 会社の駅で真野さんと待ち合わせた。
 助手席で彼女が丁寧に否定する。

 オーナー夫妻に手土産まで用意してきて感心してたら、僕にも!?

 彼女がバックから、ガムと目薬と日焼け止め……

 ぷっ。
 まるであのキャラについてるポケット。

「ピンクのドアもでてくる?」

 って声マネしたら、キャッキャ笑い出して。

 トス、トス、トス → → → うっ!

 何本か連続でハートの矢が飛んできた。

 いつも、しょっぱい顔して仕事してるイメージだったから。
 まだ、学生ぽい所もあるんだな……

 可愛…………ゴクン。

 その言葉は飲み込んだ。
 ハラスメントになっちゃうから。

 でも、この状況……しんどい。

 さっき最後に出てきた……ピンクのドアじゃなくて、僕の草生やしたエロ目シール付いた眼鏡。

 眠くなったらドライバーに配慮してかける、ってゆう真野さんの友達間のルールらしい。

 掛けててってお願いしたら、ウトウトし始めちゃって……

 そんな横顔チラ見する度……もう、無理!

 可愛い~。
 ほんとは既に心グッとつかまれてる。

 彼女、わざわざ大学の教授に頼んで、追加で資料集めてくれたんだ。

 新人で毎日いっぱいいっぱいのはずなのに……

 すごく健気だな~って、心わしずかみされて。

 サキじゃないけど、彼女がお気に入りに登録されてるのは、間違いない。

 手を出さないって言ったことも……取り消したいとも思った。

 僕の中で社会的理念と雄の本能が、今、せめぎ合いを繰り返してるんだ。

 2時間程のドライブは、僕のニヤけた顔が固定しそうな所で終わった。

 到着して、寝ていた彼女をここイチ優しい声で起こすと「すみません!」が始まって。

 大丈夫。×10
 すみません!×10

 謝罪ばかりの彼女と、なだめる僕のかけ合いを続けながらカフェに入ると、オーナー夫妻が面白がって出迎えてくれた。

 古木と採光にこだわった店内を真野さんは気に入ったようだ。

 夫妻に挨拶を済ませて、敷地調査の確認がてら、店の周囲をふたりで歩いて回る。

「素敵なところですね」

 彼女が辺りを見回しながら言う。

 山が目の前にあって、自然が溢れてて、空気もイイし。
 僕も訪れる度にそう思う。
 けど、今は……

 君の方が素敵だ、と感じてしまう。

 さっきも夫妻とあんなニコやかに笑って。
 こうして澄んだ笑顔を浮かべる、君の方が……

 思わず立ち止まって、新緑の中を歩く彼女の後ろ姿を……

 カシャッ。
 見惚れるようにシャッターを押してしまった。



「佐藤さん?」

 真野さんが振り返った。

 あわわゎ、盗撮しちゃったっ!
 急いでスマホを隠す。

「いや、何でもない! そう言えば、さっき奥さんと何話してたの?」
「ご家族の話を。
 お孫さんがもうすぐ生まれるそうで」
「そうなんだよ。それもあって早く設計まで決めたいんだ」
「もしかしたら、ゲストハウスもお孫さんの為かな? って……」

 彼女が上目遣いで思い出すように言った。

「可愛い声が響き渡るような……家族で楽しく過ごせる家になったら。奥さんもオーナーさんも、幸せだろうなと思いました」
「!!」

 おれ……考えてもみなかった。

 ゲストファーストでシェアハウスみたいな、個室の多い設計を提案したら……夫妻は難色を示した。

 海外のゲストもいれば、長年の友人も招きたいと言っていたから。

 そもそも夫妻が一番迎えたいゲストって……待ち望んでる対象って、お孫さんなんだ!

 もしかすると、数居るゲストの中でも、これから生まれて成長するお孫さんが……一番喜ぶような家を思い描いているのかも。

 あぁ、何なんだこの子……

 おれが知り得もしなかったことを、すっと差し出してくれる。

「わぁ!」
「な、何!?」

 真野さんが木々を抜けた所で大きな声を出した。

「山がこんな近くにあるんですね!
 星……夜は星が見えますか?」
「すっごく綺麗だよ。満天の星!」

 パアッと彼女の目が輝いた。

 そして、「天窓から見れたら最高かなぁ」と空を見上げて呟いた。

「天窓?」
「憧れなんです! 天窓のあるおうち。
 子供の頃、よく遊んだおもちゃの家に、ついていて……」

 木の家で屋根裏の天井に天窓がある。パカッと出窓のように開くのが楽しくて。その下にベッドがあって、夜空を見ながら眠りに就くのを想像したと。

 無邪気に話す彼女の声を聞いていたら……

 はぁっ!! 
 ……イメージできた。

 一瞬で。
 脳内で設計図の線引けた、気がした。

 閃く、って……こうゆうのかもしれない。
 自分で自分にびっくりした。

「真野さん! ありがとぉうっ!」

 ほんと! ありがと! ×??

 壊れた僕に、きょとんとした表情をする彼女がなんとも愛おしく感じてしまって――――。

 もし彼女が……
 僕の隣にいつも居てくれたら、何でも出来るような……そんな予感がして。

 おかしい事に、頭の中でずっと星が降っている――――。

 そんな幻想に暫く酔い痴れていた。



 「じゃあ」サノさんのひと声に続いて、「おつ」サキが、「うっす」僕も。

 グラスを合わせて、毎度お馴染みの居酒屋で…………「お疲れ様です」真野さんも遠慮がちに加わった。

 サキが誘ってんのを知って、僕めっちゃ巻きで仕事終わらせたからね。

 何てゆうの……
 視界が新鮮で酒がうまい!

 向かいの席から小皿もらえるとか、注文聞いてくれるとか。

 それだけで、うまい!!
 それだけで、酒がススむ!

 たまにキラキラの横から、サキの鋭い視線感じるけど。

 それでも……うまいっ!

 サキが真野さんを山に連行させた事を蒸し返して、クドクド言い始める。

 けど、カフェが素敵で美味しいお肉、奢ってもらいました!
 って僕の事、全然悪者にしない所がさぁ。

 またイジらしくて……

 僕デレにデレて、また顔の表情管理がしんどいな~、と思ってた。

 までは覚えてる……? 
 あら??

 気付いたら、自分んちのベッドの上だったんだけど……

 冒頭とエンディングの間どうした?

 はっきり思い出せなくて、記憶飛ばしちゃったみたいだ。

 一瞬、不安になったんだけど……カギがポストに入ってたから、いつものパターンでサノさんが送ってくれたっぽい。

 安心してゴロゴロ休日過ごして、普通に出社した月曜。
 サキがオハヨーより前に……

「お前、真野に謝った方がいいよ」

 と。……え? 
 何したのおれ!?

 サキとサノさんがくちに出来ない!
 と頑なに教えてくれないので、真野さんを急いで給湯室に呼び出した。

 すごく、彼女の目が泳いでるんですけど……

「あ、あ、あ、あの。
 僕、居酒屋で何か? したかな?
 記憶がなくて……」
「えっと、その……。
 あー、すみません! 言えないです!」

 高速ペコッ、として……ダッシュで逃げて行った。

 え、えぇ~っ!?

 ど、ど、ど、ど × ∞ ……
 心臓の音と言葉が出ないのがシンクロ。

 しゅーんとちーんにヤられながら戻ったデスクで……

「ちょっと、お願いだからさ。
 おれ真野さんに何したのか教えて……」

 さっきの真野さんの態度を話すと、ふたりとも突然吹き出す。

「ぶははは、クソワロ。お前さぁ、酔い潰れて寝ちゃったじゃん。タクシー呼んで、真野に起こしてって頼んだらさ――」

 あー、そーいえば……
 ハイペースでやたら酒がうまくて。

 記憶の片っぱしが見えてきた。


「……さん。佐藤さん。
 タクシー呼びましたよ。起きて下さい」

 僕の肩をトントンと叩く、優しい声が聞こえて……

 目を開けたら……そうだ。真野さんがすぐ隣に居て。

 そう!
 頭ん中で星が降ってた時とおんなじで、僕
嬉しくなっちゃって……?

 手、握った。 
 ……触ったね!?

「佐藤さん!?」
「真野さんだ。可愛いぃ~」

 ……言ったね!? 
 言っちゃったね!?

「はぁぅゎっ!!」 

 完全に思い出したっ!

「もう、お前セクハラ確定だかんな~!
 可愛い可愛い言って、真野の手ほおずりしてさぁ。連れて帰るってタクシー乗るまで、手ぇ離さないんだもん。マジキメェ!」

 サァーッ。
 最悪だ。ダダ漏れがすぎるっ!

 「セクハラ大王!」サキは叫んでるし、サノさんは腹抱えて「ヒー、ヒー」言ってるし。

 また急いでリプレイで、真野さんを呼び出し……

「ごめんっ!!」

 90度のお辞儀で謝る。

「あぁ、やめてください!
 おふたりに聞いたんですか?」
「うん。ほんとにごめん。えーと、部長に報告してもらってもいいから……」
「そんなことしません!」
「!!」

 肩を落とす僕に、彼女は強めに言い切った。

 キリッとした視線で見つめられて……

 真剣なのも可愛、うっ、これ以上は言えない。

「サキさんが……
 佐藤さんがセクハラで処分されるから、絶対黙ってろって言ったのに。
 あれ? からかわれた?」

 くっそ、サキの奴。僕らで遊んでやがる。

 真野さんもちょいオコになってるのか、迷走しちゃってるのか。

 ううっ →→→ あぁっ。
 この期に及んで言えるワケない!

「あっ! 私の分のお代も、佐藤さんに払わせるって……」
「も、もちろん。奢らせて」

 肩身が狭くなる。
 そんな僕に彼女は「大丈夫ですか?」と聞く。

「残業続きで大変そうだったので……」
「だ、大丈夫。いつもの事だから…… 
 それより真野さんは大丈夫? 僕、自分でドン引きしてるから、ね?」

 ちょっと困った顔で笑って、「あの時は。さ…ただ恥ずかしかっただけで」と彼女は小さめの声で言った。

「僕も恥ずかしいです……」

 と返して、ほんと情けない。

「でも、ちょっと、佐藤さんが駄々っ子みたい。とか思ってしまって」

 クスッと笑った。

「もうほんとに、すみません……」
「いえ。嫌な思いは全然してませんから大丈夫です! 返って御馳走様です、いつも奢って頂いて! 仕事に戻ります」

 ペコッて……行ってしまった。

 あの子はさぁ、格好悪い僕を救い上げてくれるんだよね……いつも。

 参ったなぁ。
 これ以上、彼女の矢くらったら……完オチしそう。はぁ~。



 午後8時半を過ぎていた。
 急いで帰って来たつもりだったけど…

 さすがに、まだ会社にいるってことはないよなぁ?

 期待とハズレを交錯させながら車を降りた。気持ちは勝手に早足にさせる。

 真野さんに会えたら、って。
 そればっか考えて……

 灯りはあったが、誰もオフィスに居なかった。

 カバンを自分のデスクに置いて、あきらめの一息をついたとき……

「おかえりなさい」
「っ!?」

 振り向いたら、不意打ちで居るとか!

「お疲れ様です」

 いつもの真野さんの声を聞いたら……

 おれ、速攻で真野さんの手を――――両手で握りしめてた。

「わ!?」
「オーナーに設計の許可もらったよ!」
「本当ですか!?」
「うん。真野さんに一番に伝えたくて……
 いろいろありがとう」

 ぎゅっ、思わずちからを込めてしまった。
 嬉しさが漏れちゃってるな……

 オーケーが出た事は勿論だけど、それよりも何よりも……

 彼女に報告できた事の方が、彼女に会えた事の方が、最っ高に嬉しいっ!

 あ、れ? 
 真野さん、涙目に……

 はぁゎっ!
 また、ヤラカシてる!!

「ごめん!」

 パッと両手を離した。

「ごめん、ごめん、ゴメンねっ」

 ちょっ、おれ、調子に乗った……!?

「はぁ~っ」

 彼女が顔を覆ってうなだれた。

「だ、大丈夫? ほんとにごめんっ」

 焦る僕の前で、「良かったぁ」と彼女は安堵したんだ。それから……

「私ずっと、余計な事しちゃったんじゃないかって。何も手伝えないし、新米のくせにって……」
「そ、そんなことないよ! 助かったよ?」

 予想外の反応にタジタジしてしまう。

「いえ。ずっと佐藤さん忙しかったのに、何も出来なくて。なのに、ありがとうなんて……泣きそうです……」

 小さくなる彼女の声に……

 おれ、もう……ダメだ! 
 限界っ!

 この子は、おれん中で特別だ!!

「ごめん、セクハラします」
「えっ?」


 ――――止められ……るわけない。

 自分の腕の中にしまっちゃいたい!
 って。

 感情のまま、我慢もしないで……すっぽり包み込んだ。

 それで彼女の抱き心地を、存分噛みしめた。

 可愛くて。
     健気で。
        愛しくて。

 なんでおれ、こんな満足してんだろう?
 めちゃくちゃ安心しちゃってる……

 たぶん、案外?
 長いこと抱きしめてて……

 その間、彼女はじっとしててくれてたけど。

 ど、ど、どうやって、この後、収集つけようか?

 そろそろ営業とか帰って来そうだし?
 冷静を取り戻したら腕のちからが抜けて……

 彼女もうつむき加減で距離がとれると、お互い次の言葉を探し始めた。

「あ、えーと……」
「はい、あの……」
「あ~、ま、またご飯奢らせてね。今回の御礼とゆうか……」
「 ……口止め料、ですか? セクハラの?」

 彼女がイタズラっぽく、首をかしげて言うから……

「……ぷっ、そうだね。高くつくな~」

 おチャラけて見せた僕に、照れ笑いを繰り返す彼女の →→→ 攻撃は……

 あぁ、もう、的中してるよっ。百発百中だ!

 完全に心奪われてる!!

 ――――彼女が欲しい……
 しんどいほどに自覚してる最中だ。



 約束通り?
 いや。強引な僕の誘いで。

 真野さんとの会食が叶った、金曜の夜。

 会社のチームで設計した懐石料亭に連れて行った。
 本気丸出しでの店チョイス!

 今夜この後、告白を決めてる。

 正直迷いもあった。
 仕事を考えたら、尚更。

 でも後押ししたのは、誰かに獲られるって危機感。

 彼氏はいない、と聞いた。
 僕も前の彼女と別れて2年近くになる。
 このチャンス逃したくはない!

 例え砕けても、あきらめるつもりもない。

 格好イイ所を見せて、落とす!
 勢いでいたんだけれど……

 真野さんて……スゴい酒強いのね。

 僕の倍は飲んでたけど、ケロッとしてるし。御礼もきちんと。

 卒業式の答辞か?
 ってくらい丁寧に。

 これからだって奢りたいし、誘いたいのに、まるで最後の晩餐みたいで……

 少しシュン……と弱気になった僕を見逃しもせず。

 顔も赤いから酔い醒ましに歩きましょう! 
 と僕を気遣う。

 そんな一面にもクラっと来ちゃうんだけど。世話焼きでどっちが年上かわかんないな……

 ほろ酔いの僕が何くち滑らすか、こっちが焦ってる。

 並んで歩くふたりの間の距離も、この雨上がりの湿っぽさも、今の関係じゃ切なくて……

 また、抱きしめたい。
 もっと、もっと。近づきたい……

 欲がもう抑えきれない。

「真野さん! 聞いて欲しいことがあるんだ」
「はい。何でしょう?」

 面と向かって見つめられると……
 うぅ、可愛いぃ。

「えーと……」
「?」

 うっ!
 いくつになっても告白は緊張するんだな。

「あー……
 僕と付き合ってもらえますか!?」

 よし言った!
 ……ん?

 あれ?
 おれ、前置きなんて?

「結、婚?」

 彼女が目を見開いちゃって。

「はぁゎっ! ちょっと待って!
 おれ、無意識で……結婚とかっ」
「無意識?」
「いや。無くはない、んだけど……」

 終わった。詰んだな。

 重いうえにグダグダって、ないわー。
 自分に心底呆れた。

「あの、それは……
 真剣なお付き合いという意味で、受け取ればいいですか、ね?」
「っ!? そう!それ!
 ……好きです。真野さんのことが。
 自分でもおかしくなっちゃうくらい……」

 ……くっ! 
 この間、しんどい。

「私は……尊敬してます。佐藤さんのこと」

 彼女は僕を真っすぐ見つめてる。

「仕事も造り上げる物も素敵だと思います。
 好きってゆう気持ちは……まだ、ハッキリしないですけど、正直……いま嬉しいです」
「それって……?」
「……好きの方に踏み出してます」

 ! ! ! ! ! ! ! ! ! !

 はにかむ彼女が……くそ可愛いっ!!

 ガバッと。
 ……2回目のハグは少しくすぐったくて、チークダンスみたいに揺れていた。

 夢心地で、彼女の香りがいっぱい溢れてて、いつまでも揺らされていたいと思った。

――――付き合ってくれるの? はい。

ほんとに僕でいいの? はい。ふふっ。

何? ひとつハッキリした事があります。

ん? 佐藤さんにハグされるの好きです。

これからいっぱいするよ――――。
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