さよならをちゃんと言わせて。

美也

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7.最愛【 佐藤優一side 】

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「もしもし? 今、凜ちゃんちの近くにいるんだけど――」

 今日は実家の集まりに行く予定だった。
 でも運転しだしたら、急に彼女に会いたくなって。

 慌ててたけど、可愛いワンピースで駆けて来た。はぁはぁ息切らしながら、すぐそこの花屋に連れて行って。って、たまんないよね~。

 どこへ行こうかぁ。

 にやにやスマホで検索してるうちに、彼女は早々と戻ってきた。
 大きいバスケットいっぱいの花を抱えて!

「どうするの?」
「プレゼントです」
「誰に?」
「優一さんのお父さんです」

 えぇ!?
 ……今日は親父の退職祝いだけど。

 別に僕が居なくても。後で何か贈っておけばいいし、姪っ子が居ればご機嫌なんだから。それより今日しか休みないし、デートらしい事もまだしてないから……ね? 

 彼女を説得するも――――

「駄目です。退職祝いの方が大事です」

 彼女は首を振って譲らない。

 あわよくば、あわよくば!
 デートの流れに乗って、恋人らしさも進歩させたい!

 ってゆう僕の下心も、簡単にはあきらめられない。

 ここはもう少し粘って……

「近いしいつでも会いに行けるから、ね?」
「じゃあこの前、会いに行ったのは?」
「えーと……正月かな?」
「正月!?」

 彼女の眉間にシワが入る。

 え……怒った?

「いつでもなんて言ってぇ、ないがしろにしてたら、親なんてすぐ歳取っちゃうんですよ! 年に1回しか会わなかったら、死ぬまであと何回っ……はぁー」

 呆れた風に彼女が大きなため息を吐く。

「り、凜ちゃん?」
「もぉ、馬鹿もんでしょうがっ……」

 ビクッ!! 
 3Bの先生、かな?
 そいで僕、怒られてるんだよね?

 信じられない、と言わんばかりに、彼女は乱れた表情を両手で隠した。

 こんな感情的にぶつかってくる彼女が初めてで……
 何だろう、すごく胸がジリジリする。

「ほ、ほんとに僕んち行くの?」
「早く出発して下さい!
 親孝行はできる時にしないと!」
「……はい」

 すぐエンジンをかけて走り出した。

 車で約1時間。
 何回、深呼吸してただろう。何回、「大丈夫?」って聞いたかな。

 その度に彼女は、考えを巡らせてる顔をして。

 彼氏の実家訪問イベントを、前フリもなく僕がぶっ込んでしまったんだ。

 彼女から聞いた大学の時に付き合ってた元カレとは、そこまで深く発展しなかったんだろう。

 聞かなくても、初イベントを迎えようとする緊張感が伝わってくる。

 実家の玄関の前に並んで立ったら、もうカチカチだ。
 僕も同じか。

 自分の彼女を家族に紹介するのは初めてだ。自分ち入るのに、こんなにドキドキするのも初めて。

「ただいま! お客さん連れて来たよ!」

 家の中にむかって呼びかける。

「はーい!」

 母さんが慌てて出てきて、面食らっている。

「僕の彼女……」

 隣側を手のひらで示した。
 彼女は深くお辞儀する。

「こんにちは。初めまして!」

 引きつった顔で元気よく挨拶をした。
 僕は彼女と母さんを交互に見て、反応を伺ってみたんだ。

「こんにちは……」

 母さんは彼女をぽーっと見つめて言った。その直後!
 僕をキッと睨みつけた。

 だよね……そーなるよね……。

「ちょっとあんた!
 彼女連れて来るなら前もって……」
「私が!」
「!?」

 彼女が荒ぶる母さんを静止した。

「無理を言って連れてきてもらいました。
 突然お邪魔してすみません。
 ご挨拶だけしてすぐ帰りますので」

 ・☆・☆・!!?!!
 びっくりした。

 この子、ほんと……
 痺れるくらい格好イイな。

 僕が放り出そうとしたのに。
 身勝手な考えも、薄情な行為も丸ごと、自分で被って自ら悪者になろうとするなんて……

 緊張で小刻みに震えてたのに。

 何でそんな捨て身で、守ってくれようとするの?

 どうしたら、そんな事、簡単にできるようになるの?

「上がって、上がって。お父さん!
 おとぉーさん!」
 
 母さんは遠慮する彼女を引っ張りあげて、皆ゾロゾロと出てきた。

 彼女が息つく暇もない感じになるのを、玄関に置いてけぼりにされながら見つめて……

「いい子みたいだね。
 だいぶホレ込んでんじゃん」
「兄貴……わかる?」
「ぷっ、お前すぐ顔に出るから」
「なんかさぁ、
 ダイヤ100個掘り当てた気分……」
「ははっ、早く上がれ!」

 兄貴に促されて、僕も賑やかな声の中に混ざっていったんだ。



 朝、彼女を乗せた駐車場に戻ってきた。夕焼けと彼女の寝顔を横目に映しながら。

 全部この子のおかげだよな……

 あんな大笑いして酔い潰れる親父、初めて見たし。母さんと義姉さんも珍しくできあがってた。

 相当気疲れさせたと思う。

 ごめんね……それは全部僕のせいだ。

 だから、ちゃんと、僕もしっかりしなきゃいけない。
 彼女の手をそっと握りしめた。

 初めてのキスは……手の甲に。
 大切に、落とした。



「ん…………はっ! 寝てた?」

 キョロキョロして顔をペタペタして……

 愛おしい――――以外、なんにも生まれてこない。

 言葉もなく、ただ優しく彼女の頭を撫でて。繰り返し繰り返しなだめた。

「今日はごめんね……」
「私の方が!
 急に押しかけて、ごめんなさい」
「もう謝らないで。それでね、僕もこれから凜ちゃんち、挨拶に行きたいんだけど……」
「え!? 今から?」
「うん」

 また困らせると思った。
 けど、もし彼女のトリセツがあるとしたら、順序を間違えちゃいけない気がした。

 この子を手に入れるには、誠意を見せなきゃいけない。

 家族を大切にする彼女だからこそ、大事にしてる両親に認められなければ!
 反省したんだ。

 彼女のスマホから何回かお義母さんの悲鳴が聞こえたけど、許可をもらってくれた。

 もうこの時間だとお父さんが晩酌してるから適当にあしらって、と彼女がアタマ痛そうに言う。

 僕もテンパってるけど、ここは男を魅せるとき!



 目の前に、明ら様にムスッとしたお義父さんと、横でニコニコのお義母さん。

 隣には仕事モード塩顔の凜ちゃんと、キョドる僕。

 名刺交換は済ませたけど、複雑な空気が渦巻いてる。
 僕も彼女の実家訪問は初めてだから。

 ドクン ×100%……落ち着けっ。

「今日は凜さんと交際の許しを頂戴したく、ご挨拶に伺わせて頂きました」

 はあぁぁぁぁっっ。
 どうにか噛まずに言った。

 でもお義父さんの表情は険しい。

「えー、凜はまだ入社したばかりで、もう交際を?」
完全にヽヽヽ尊敬してる先輩です。優しく指導して頂いてます」

 え!? 
 凜ちゃん食い気味に即答。

「まぁ。それは有り難いわね。
 こちらこそ娘を宜しくお願いします」

 お義母さんがにっこりして見せる。

 あぁ、母娘の間では何でもつーかーなんだな……

 ぐぬぬ。
 と言葉を飲み込む、お義父さん。

「凜さんがとても素敵な女性なので、居ても立ってもいられず。
 手土産もなく突然お邪魔して、申し訳ありません」
「ご実家から桃を頂いて来ました。お父さんの大好きな桃ですね?」

 凜ちゃん……
 土俵入りかってくらいお義父さんに塩ふりまくね。
 お義父さんに全然つけいる隙を与えない。

 益々、口をすぼめるしかないお義父さんのフォローが追いつかないっ。

「……わかった」

 お義父さんが渋々うなずいた。

 え? 
 うまくいった?

「……交際は認める。佐藤くん、一緒に1杯どうかね?」
「もう、早く飲みたいだけでしょ!?」

 痺れを切らしたように、彼女が指摘する。

「車です!
 明日は仕事なのでこれでおしまい!
 仕事の資料探すから、行こう」
「え? あ、ちょ……」

 彼女が僕の腕を引っ張って、強引に連れ出した。お辞儀をして彼女に従う。

 お義父さんがしゅーん、ってなってるけど放って置いていいの!?

 「さぁ、お父さんには桃を切ってあげましょー」背後でお義母さんの声がして、見事な撤収ぶりをかます母娘の連携プレー。

 僕が真野家の相関図を垣間見てるうちに、あっという間に彼女の部屋に押し込まれた。

「仕事の資料って?」
「嘘です。とりあえずここに座って。
 疲れたでしょう?」

 彼女は自分のベッドをサッとならして、僕を座らせた。

「酔うとウザくなるの、ごめんね」

 彼女がお義父さんに手厳しいのは意外だったけど、格好悪い所を僕に見せたくないのかな?

 それって、好きの裏返しってやつだよね。

 そして僕は、大っぴらに……
 恋人であることを異論なしで認めてって。

 また彼女に守ってもらったな……。

 今日はクリスマスみたいだな……
 色んなプレゼントたくさん貰った気分。

 凜ちゃんの熱くなる所も見れたし、怒った顔も……困った顔も……。

 家族の大切さも実感できた。

 心が満たんなんだ。
 しかも、凜ちゃんの部屋まで入っちゃうなんて……

 彼女の匂いが溢れてて、帰りたくなくなりそう。
 とても落ち着いてなんていられないっ。

 彼女を引き寄せて、ぎゅっと腰に抱きついた。

「ありがとう。ありがと……ありがとう」
「ふふっ、何回言うの?」

 上から優しい声が降ってくる。

 彼女のおなかに顔をうずめて、もっとぎゅっとした。
 彼女の腕が僕の頭を包んでくる。

「次は、僕のアパートに招待してもいい?」

 恥ずかしさと期待で、もっとぎゅうっと。

「はい」
「そのときはいっぱいハグするよ?」
「ふふっ」
「朝まで離さないよ?」
「……うん」

 もっと、もっと、って。
 彼女に近づくほどに愛おしくなる。

 全てに――――惹かれてしまう。

 そして、焦ってしまうんだ。
 早く僕のものにしたいと……

 彼女の全てが欲しい――――。

 とどまることのない独占欲に、僕は溺れていた。



 ワインは2本用意した。
 あと、彼女の好きなチョコレート。

 部屋は念入りに3回掃除機かけたし。
 シーツも交換済み。寝室の扉は……開けたままに。

 残すはこの酒豪をどう攻略するか!?

 ちょっと酔わせて姑息な手を……は通用しない。

 僕が先に潰れないように、踏ん張らないと!

 ソファで映画を見ながら飲むボトルは、もうすぐ1本空っぽになりそう。

 2本目を持ってこようか?
 彼女はまだまだ飲める、は、ず……?

「あれ? 凜ちゃん顔赤いよ……もしかして、よよよ、酔ってるの!?」
「あ……やっぱりこれ、酔ってます?」

 自分の頬を触って首をかしげてる。

「自覚ないの!? ちょっ、グラス置いて」

 彼女からグラスを受け取ってテーブルに置いた。
 つい、物珍し気に彼女の顔を覗き込んだ。

 頬もほんのりしてるし、耳も赤くなってる。

「大丈夫?」
「大丈夫と思いますけど……なんか、色々考えてたらふわふわしてきて……」
「色々?」
「彼氏の家にお泊りって初めてで緊張してたんです」

 え? 元カレは……? 
 実家同士だったのでホテルしか……
 あ、そうなんだ……。 
 佐藤さんの元カノはここにも? 
 そう、だね……。

「ふぅ。ですよねぇ……」

 彼女が軽くため息を吐く。

 あれ? 
 ……僕、なんかマズった?

「初めて来たのに居心地良いって、気楽にお酒飲めるのも初めてで……」

 ちょっ、そんなに初めて初めて、煽んないでっ。
 落ち着け、おれ!

「でも私だけじゃなくて……元カノさんも?
 同じだったかな、とか」
「凜ちゃ……」
「こうやってここで……なんかモヤモヤして、頭がゴチャゴチャに……わっ!?」

 もう、ぎゅう~っだ。
 抱きしめずにいられるかって!

 こんなに可愛くて、僕の努力もなしに自ら酔っちゃうとか。
 元カノに嫉妬しちゃうなんてっ!

「確かに元カノが……来たこともあった。
 でも凜ちゃんは、特別なんだよっ。最初から誰とも同じじゃない。特別なんだ! 
 ……好きだよ。大好き、なんだ……」

 もっと、ぎゅう~。
 伝われ!
 君が一番だ、って――――。

 僕の耳元に、温かな彼女の息がかかる。

「……私も。
 最初からハグされるのが、好き……」

 “ 好き ”
 って彼女の声が全身を駆け巡って、僕の隅々までほぐしてく。

 ゆっくり見つめ合って、たくさん視線を貰ったら……2回目のキスは、そっと。
 彼女の唇に落とした。

 お互いの “ 好き ” を確かめ合うように、何度も見つめ合ってはキスを繰り返す。

 熱くて甘い吐息が重なり始めたら……
 もっと。もっと。

 彼女を求めたいことしかない!

「ベッド連れて行ってもい?」
「……ん 」

 彼女は僕のキスを受けながら答えた。

 いざ……
 彼女の服の中の、温かくてしっとりした素肌に触れると……。

 さっきまでがっついてたのが嘘みたいに、冷静になった。

 彼女を作り出す全てを知りたい!

 そおっと傷付けないように、極めて優しく……
 手のひらで、頬で、唇で。

 彼女のひとつひとつを、僕は図って――――頭の中に叩き込みたくなった。

 サラサラの髪の、一本一本までもたどって。

 体のなめらかな、柔らかい曲線も滑って。

 足の爪までゆっくり……線を引くみたいに。

 時折、微かな声に合わせて、彼女の肩が角度を狭めるも……夢中で。

 ワインとチョコの、甘くて芳醇な香りの口づけで……。

 彼女をほぐしては観測を続けた。

 ――――首から背中をスルスル降りて……2尺くらい。

 放物線の丸みの輪郭もなぞって……
 谷間を潜り抜けて……

 足首からつま先の勾配が、触れるたびに、クネクネとうねる。

 彼女の綺麗で緩やかに波打つラインを。

 口溶けのよい、とろけるデザートみたいな感触も。

 僕をおかしくさせる、甘い匂いも。

 全部……彼女の全身を記憶した。

 そんな風に抱きたいと思ったのは、初めてだった。

 じっくり時間をかけて、彼女を知る度……
 飢えてた自分が、100%満たされて。

 大切に大切に ――― ひとつになれた時は……
 もう、おれ、ふっ飛ぶかと思った。

 あぁ……超幸せ。

 愛し合った余韻のまま眠りについて……朝が来るとか。

 寝る時も眠ってる時も目覚めた時も、腕の中に彼女がいる。

 スベスベの肌に触れて、匂いごと吸い込んで、キスもできる。

 最っっっ高に甘い!

「ふふっ。起きたの?」

 優しい声まで聞ける~。
 脳内までとろけそう。

 くっつきた過ぎて、スリスリスリスリ。

「お髭がくすぐったいぃ」

 と逃げようとする彼女を捕まえて離さない。

「お風呂ぉっ、お風呂は?」
「だめ~」

 と手がいやらしくなった所で……

「一緒に入らないの?」
「んっ!!? ありなの?」
「あれ?
 彼氏とお風呂ってデフォじゃないの?」

 ふうん。
 このご満悦の頂点で浴びるのが……まさかの粗塩とか。

 この子は本当に、おれを翻弄する。
 無意識で元カレに嫉妬させて。

 ……できれば彼女の初めても、僕が欲しかった。

 僕しか知らないでいて欲しいって、どうにもならない事にまで嫉妬する。

 よしっ!
 今から全部僕が上書きして、彼女の初期設定を消してやろう!

 お湯が沸いたところで……

「はっ! ……入浴剤はない、ですか?」
「ホテルじゃないんだから。
 彼氏とほんとのお風呂、教えてあげる♪」

 緊急アプデに戸惑う彼女を連れ込んだ。
 時間制限なしの攻め方で……のぼせるくらい。

 たっぷり、可愛がってあげたことは……言うまでもない。

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