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8.幸福【 佐藤優一side 】
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給湯室にいた凜を見つけて、こっそり近づき……ガバッと、後ろから抱きついた。
「に"ゃぁっ!?」
ビクッとして変な声出ちゃうの可愛いし、僕にぷんすかしながら伝わってくる、彼女の
ドキドキも可愛い♪
何してても可愛過ぎてしんどいっ!
「会社ですよ。
見られたら今度こそ、おしまいです」
「もう恋人だからセクハラじゃないよ。それに、凜がハグが好きって言った」
オフィスラブ満喫中。
ちょっと理性が抑えられなくなってきた……
すかさず彼女の忠告が入る。
「悪い手……なってきてますよ?」
「少しだけ。これから残業だから、ご褒美がないと……」
この前いっぱいしましたって彼女の塩ふり。そうだね、いっぱいしたね。
金曜の夜から土曜も泊まりで、夢のような休日だった。
ずっとパレード開催されてた感じ?
でもそれはそれ、今は今。
もう凜の全部を記憶しちゃったから……イイとこも、わかってる。
彼女のちょっと弱い部分に触れれば……
「……あ、んっ」
この声。もっと欲しい。
僕を感じて漏れる凜の声……
「いけません!」
「っ!?」
え? 激オコ?
流される感じじゃなかった?
「今はダメです!」
「凜を補給できたら、何でも頑張れるんだよ?」
「仕事の邪魔になりたくないので、公私の区別はしっかりしたいんです。
……ちゃんと好きなので」
段々小さくなる声。
え? すすす、好き!?
もっと、もっと! 言って欲しい!
「ちゃんと好き?」
「かっ会社でセクハラはなしですよ。
ご褒美は別の形で!」
「お疲れ様です!」
って照れくさそうに逃げてっちゃった。
はぁ~。もう無理、可愛い!
おれ完全に恋愛バカになってる。
こんなに仕事が充実してて楽しいのは初めてだし。
毎日が幸せ……
今度はいつ彼女に触れられるかって、考えるだけで明日も幸せに思える。
それでまた新しい幸福が更新される。
こうやって今日も……
朝イチのコーヒーサービスと同時に。
コソッ。
彼女が僕の膝の上に、紙袋を乗せて行った。
え?
何、これ何??
僕の目配せに、凜はニコッとだけ。
プレゼント?
あっ! もしかして、ご褒美!?
……がまさかの、手作り弁当だって事が判明して。
「△✕%@#☆~!? むふっ……」
ヤバイ×↺
デレが止まらない。
ハートのお握りに、ハートの卵焼き、ハートだらけ。
ちゃんと好きの答えだなって。
凜は、一枚上手なんだ。
僕の欲しいこと以上の物をくれる。
ほんとに、おかしくなりそう……。
体中ウズウズして、今すぐ叫びたい!
誰でもいいから教えてあげたい!
僕の彼女、最高ですっ!!
☆
今夜は公園で凜と月見酒。
十三夜の月と可愛い彼女がいれば、どんな高級バーで飲むよりうまい缶ビール。
今宵のデートが慎ましいのはワケがある。
先週、またヤラカシたっ!
飲み過ぎて記憶が飛んだ。
毎度毎度、馴染みの居酒屋で、ついに僕たちの交際を報告した。
サノさんが宴の如く祝ってくれて、サキはめっちゃ不機嫌だったけど。
で、気付いたらベッドの上。
凜と思ってしがみついたら、サノさんだったってオチ。
暫く、凜とイチャイチャ出来てなくて……もう触れたい衝動にかられてる。
隣に座る彼女の肩にもたれかかった。
こう外で、淑やかな雰囲気にのまれて、彼女を感じれるのも……
幸せだなぁ♡幸せだなぁ♡幸せだなぁ♡
「……もう酔ったの?」
「僕はねぇ……いつも君に酔ってる」
「?? ……おやじギャグかな?」
「ははっ、凜の刃は、今日も切れ味抜群だね」
ちょっとしょっぱいのも、真面目なとこも、優しいのに……強気な時もある。
全部可愛くてほんと……クラクラする。
チュッ。
首筋にキスを落とした。
「んっ!?」
ビクッとして身構える仕草と、籠もった凜の声を聞いたら……
僕のスイッチが入って悪い手が発動。
「ちょっ……外でっ」
夜風が冷えてくると人肌も求めたくなる。
ピッタリくっついて、どこか服の隙間から素肌にたどり着けないか探ってる。
耳元に顔をうずめて、凜の匂いで酔っては唇を這わせた。
無理だ、もっと彼女が欲しい。
「早くシたい……」
キスの合間に本音を漏らす。
「ん~、シたいじゃないっ!
これ以上シたら、サカッた野良犬と同じですよ!」
「ひくっ!?」
また怒って……野良犬?
「凜……そこはオオカミじゃない?
野良犬はさすがに……」
「うっ。
ヤラシ過ぎると公然わいせつだから……」
ちぇっ。そうだけど~。
風紀委員なつれない彼女に、拗ねた態度をとる、これでも年上彼氏。
また格好悪いトコ出てると思う。
つい大好きすぎて理性が効かないし、おかしくなってしまう。
そんな僕を彼女は馬鹿にする事なく、丸ごと受け入れて、もっとおかしくさせるんだ。
「ふたりだけになったら、好きにしていいから……」
「ごふっ!!?」
さり気なく呟いた、凜の一言を……僕が聞き逃すわけない!
「もう帰ろっ! 帰る×10…!!」
すぐさま彼女の手をつかんで歩き出してた。
ケラケラ笑いながら、凜が連いて来る。
ほんと彼女が愛しくてツライ……
タクって帰ると息巻く僕を、月を見ながら手を繋いで帰ろう、と凜がなだめる。
焦らされて、翻弄されて。
僕をメロメロのトロットロにさせるんだ。
今夜は好きなだけ……。
☆
メリークリスマス♪
プレゼント交換して……平日のイヴに会社近くでランチしただけ。
12月。事務系にとって、地獄のような繁忙期だから仕方ない。
凜も正気を失ってて、緑茶に砂糖入れて部長に出しちゃうし。
盛大に吹き出してて、面白かった。
心配だから何度か家に泊めて、同伴出勤しちゃったりして。
同棲体験……顔デレ、酷かった。
今夜は、仕事納めしてきた凜を、お風呂準備して出迎え。
甲斐甲斐しくマッサージをしてあげて……とゆうのは口実で。
もう我慢ならなかったんでっ!
ずっと添い寝だけとか。
アッチが空出陣続いちゃって……悪い手どころか、野良犬状態だったなぁ。
反省しつつ、腕枕で寝息をたててる彼女を愛でている所…。
ヴィーン、ヴィーン。
「!?」
枕元で凜のスマホが鳴った。
アラームらしいので止めて、見た画面に……[ 優一 誕生日 ]
あぁ、0時ちょうどだ。
「ん……鳴った?」
「凜……おめでとしてくれんの? 1番に?」
「うん……」
頑張って目を開けようとしてる。けど……
「優さん……あけましておめでとう……」
ん? え? あけ……?
ははっ。
「凜~寝ぼけちゃったの? 間違ってるよ~」
可愛くてぎゅっとしてスリスリした。もう起きる気配もない程に凜は眠ってる。
「なんか、嬉しいけど……しんどいな」
長ぁいキスをおでこに――――
そして、胸にしまった。
ほんとに、ほんとに、本当に凜がそばにいてくれれば、それだけでいい……
本気でそう思った。
28歳の誕生日。
昨夜からのお楽しみは続行中。
朝起きて、ケーキとプレゼントを買いに行く!
と言う彼女に、ケーキより凜のフレンチトーストを注文して……
プレゼントは100回のキスをねだった。
凜は腑に落ちない顔をしていたけど。
彼女を独り占めしてくっついていられたら、この上なく満足だ!
おはようとコーヒーの間にキスを貰いながら……特別にパンケーキを作ってくれた。
甘くてふわふわの熱々な口づけも、おめでとうの声と共に……
控えめに言って、最高。
たぶん、今……
僕が世界で一番幸せだって断言できるっ!
――――2時間後。
「今ので何回目?」
「48回」
「まだ半分もあるの……?」
困った顔でスマホ検索を始める。
キスの仕方。ふふっ可愛い。僕の下心が狙ってるのは、ベットで……
ピンポーン!
おっと。
最近、彼女に必要かも……とポチポチばかりしてしまう。
「凜にプレゼントだよ」
「なんで私に!? 優さんの誕生日なのに!」
「いいの、いいの」
「わっ! エプロンに下着!?」
「うん。
料理と泊まりの時いるでしょ?」
「可愛いの選んで、ナイショで注文した!」
「でも……これ、フリルが多くない?」
「バニーちゃんのほうが良かった?」
「バニー……馬鹿じゃないの!?」
「ふはっ、怒った。可愛い」
チュッ、と。
いつもに輪をかけて惚気けたやり取りを。
「今のは僕からだからノーカウントだよ」
と意地悪すると、その顔っ!
そろそろ凜が塩をまき始めそうだ。
「コレとコレ、一緒に着たら嬉しいの?」
意外にも、凜は冷静に返してきて。
僕の方が通常運転の動揺っぷりを取り戻す。
コレとコレって……
下着エプロン? ……とゆうこと!?
「その発想はなかった……え、え、え?
何で?」
「両方ともリボンがいっぱいだから……
プレゼント欲しかったのかなって」
「あー」
おれ無意識で……
紐をほどくってロマンが生まれるからなぁ。
「着てくれるの?」
「いいけど。その変わり、残りのキスは譲ってもい?」
「……僕からして欲しいって?」
「うん。
キスは……するより、される方が好き」
最高の誕生日プレゼント、キタ!!
ヤバイ × ¡¿
おれ、もう思考がぶっ飛んでる。
顔見せらんない……
「お、お願いします……」
うつむいたままモジモジしてしまった。
着替えてくるっ、と凜は洗面所へ向かって。
ほんと凜の戦闘力どんだけなの?
変なリズムで心臓鳴ってる……あぁ理性喪失、間違いない。
そして、おれ史上最難の欲情バトルが始まる!
――――僕へのプレゼントになった凜は、予想以上の破壊力で……
ずっと眺めていたいのか?
VS
早く脱がせたいのか……
思考回路がショート寸前っ!
恥じらいながら僕との距離を測って、少し不安そうな視線をくれる。
わかってるよ。
僕の望む事を叶えようと、精一杯頑張ってるんだよね?
僕が喜んでいるのか確かめようと、その健気な想いを貰ったら……
可愛いっ♪
て抱きしめるのが、正解だったかもしれないけど……
急に―――― 怖くなったんだ。
凜がこうして……
ずっとおれのもので、いてくれるだろうか?
幸せが過ぎるって――――
満たされると臆病になる事を知った。
「……優さ!?」
ピンッ。
理性が切れる音は、頭の奥で鈍く高鳴った。
頭の片隅で、彼女を少し乱暴に扱っているかもしれないと、かすかに感じていた。
でも凜の体に密着していないと、深く繋がっていないと……不安が攻めたててくる。
大好き――――愛してる――――の間に……
――誰も見ないで――おれだけを見て。
弱音を囁やいていた気がした。
「っ!?」
ふと凜の手がおれの頭を撫でた。
呼吸が楽になって、視線を重ねる。
じいっと虚ろな目で僕を見つめて……いや、何か、探ってる?
そして、彼女は真っすぐに――――。
「私も好きです。愛してます」
「!?」
凜……
おれ、泣きそう……。
「いつもありがとう。優しくて、大事にしてくれて。……違った?」
「……違わないっ」
違わない。けど、
全部……おれの中の想いが決壊してしまって。
狂ったようにキスを、まるで獣みたいに。
こんなに……強く、激しく、彼女を愛したのは初めてだった。
☆
年末年始は同窓会に実家で親孝行。
シメは凜の家に挨拶。
お義父さんに流されて~酔い潰れ~朝ごはんまで頂いてしまった。
お義母さんが料理上手の聞き上手で。凜てゆう可愛い花が添えられたら、お義父さんもお酒が旨くて仕方ない訳だ。
正月休み最終日、接待の効果で凜の外泊許可を貰って。
ウッキウキで買い物をして出てきた駅前。
「なに!?」
凜が急に腕をつかんで引っ張る。
どぉしたの?
そんな目パチパチさせて?
何、この可愛い生き物……
「凜……?」
僕の指を遠慮がちに握って不安そうな顔を。
「サキさん……」
「え?」
凜が見つめる向かい側に……あーほんとだ。男と一緒にいる。
「あいつ、彼氏いたっけ?」
「あの人……
サキさんがデザインするお店のオーナー」
「あぁ~フレンチの……」
打合せ、って感じじゃないよな……あの親密具合。
「あの人、奥さんも子供もいる……」
「は? なななな何それ? ……サキが不倫!?」
見る見る凜の顔がしかめっ面に。
僕も浮かれた気分が一瞬で飛んでった。
そんなの見ちゃったらさ……
凜もずっとシュンとしちゃって。
ちっさくなってんのも可愛いけど。
ため息いっぱいついて、心ここにあらずな凜が可哀想で。
後ろから抱きしめて、毛布みたいに包んであげた。
「大丈夫。僕が探り入れてみるから」
「……うん」
新年早々悪い予感がしてしまった。
今まで幸せ過ぎた、ツケが降りかからない事を願った。
仕事始めの定時帰りが続いたある日、会社を出たトコで凜を待っていると……
「佐藤さん! サキさん帰った!?」
ドアにぶつかりそうな勢いで凜が出てきた。
「え? あぁ、ついさっき」
「パールの大きいピアスしてなかった?」
「んー、どうだったかな?」
僕の返事を待たずに彼女は駆け出して。
「ちょっ、凜、待って!」
早っ。どうやらサキを追いかけたいらしく、視界に捉えると加速して凜はサキの腕を捕まえた。
「サキさん!!」
「うおっ!? 真野、どした?」
「ハァ、あの……
これからご飯行きませんか?」
サキがバツの悪そうな顔で……
「ああ、悪い。
今夜は先約があってさ。また今度な」
「今日は! 朝まで飲みたい気分なんです!
約束の後でも……」
凜がぎゅっと腕をつかんで離さない。
あぁ、そうゆうことか。
いつもはゴールドのアクセサリーしか付けないくせに、そのパールのピアスも洒落た化粧も、あの男の為か。
「凜、こいつに回りくどい事言っても、ムダだよ。おれたち見たんだ。この前駅で、お前とオーナーがいるトコ」
サキの顔が引きつった。
「……クソダッセェな」
「サキさん……あの人には家族があります。それに……私も、食事に誘われた事が……」
っ!!?
ななな何だと!?
「そーゆう人と居ても、
サキさんが報われないです」
「らしくねーな。元ヤ……硬派なお前がさ、不倫とか」
暫しの膠着状態。
サキが凜の手をそっとほどく。
「真野、あたしもすぐ三十路だよ。清く美しくなんて無理だ」
いやいや、元ヤンのお前が清いワケないし。
「でも、サキさん……」
「真野もそのうちわかるよ。
女が焦った時、2番目でも3番目でも、必要とされるなら……それでいいって」
「ダメです!」
「「 !?!? 」」
凜が突然声を張って……
「他の人は良くても、
姉さんは絶対にダメです!!」
「真野……」
「え? いや、姉さんて何?」
「はっ、他の人も不倫はダメだ。あれ? 私何言って……」
凜がテンパってる。
コロコロ変わる表情が可愛くて、こっちまでしんどくなってきた。
もう抱きつきたい衝動に疼いた時、きりっと意を決したように、凜は言った。
「……サキさんのデザインする店は、全部あったかいんです。凄く愛情を感じるんです。
姉さんは情の厚い人だから……一番愛をあげられる人じゃなきゃ、ダメなんです!
一番に姉さんを愛してくれる人じゃなきゃダメなんです!
2番3番なんて……姉さんのプライドが泣いてます!!」
「「!!」」
言い切った凜の決め顔が、惚れ惚れする程……カッコイイと思った。
「あきらめちゃダメです!
あきらめたら、希望さえも失ってしまいます」
真剣に訴える凜のそのまなざしは……
なんでだろう?
俺の心の恩師の生き写しみたいで、漫画から飛び出てきたみたいで、なんでおれが泣きそう?
どうして凜は、こんなに、一生懸命になれるんだろう?
心に体当たりしてくるみたいに、彼女の言葉にいつも衝撃を受ける。
ほら、サキだって凜の真っすぐな気持ちに、心打たれてる……。
「サキさ……!?」
あー!?
ガバッとサキが凜に抱きついた。
「真野にはかなわねぇ……よし!」
「サキさん?」
「飲み行くぞ!」
サキがピアスを外しながらスタスタと…………ガゴンッ!
ゴミ箱に投げ入れた。
「え!?」
「捨てんのかよ!」
「いらねーこんなもん!!
今もっと大事なもんもらった!」
サキが凜の肩に腕を回して歩き出す。
「今日はあたしの奢りだかんな~。真野、一升は空けるぞ~」
ご機嫌で凜を連れ去る。
「おい、凜はおれとメシ行くんだよ!」
「あっ、そうだった……」
忘れてたの!?
ごめんね、って凜が僕に謝る。
「ちょっと、おれも連れてって……」
僕の可愛い凜をサキに渡してなるものか!
少しも油断できない。
僕だけに愛着してくれればいいのに……
しっかり捕まえてないと!
突っ走ってあっという間に、遠くへ行ってしまいそうだと……やきもきしていた。
大事な話、聞いて――。
東京の新駅プロジェクトチームに出向なりそう――。
2年間だって――。
本部長から、僕を推薦するつもりって打診された。
本店を出てすぐ、会社の内線にかけた。
凜に誰よりも先に伝えなければ……
「……凄い、です。
それって栄転って事ですよね?」
彼女がひょう然と答えたように聞こえた。
「凜、2年だよ!
こっちに引っ越さなきゃだし……離ればなれになるんだよ……」
「はい。わかってます」
「凜は……平気なの?」
「辞令なら、仕方ないかと……」
駄目だ。凜は仕事モードだし。
電話じゃ本音も本心もうまく図れない。
「今夜、おれんち先帰ってて。じっくり話たい……」
「承知しました」
とスピーカーごしに凜の声が届いた。
何でこんな時に塩対応!?
……いや、おれも冷静になれ。
仕事として名誉なのは確かだ。
でも凜と離れる事の方がショックで……まずそれが先攻してしまった。
ただ……
凜も同じ気持ちだったら良かったのに――――
どこか期待してたのかもしれない。
僕がそばにいないと嫌だって……
僕が、片時も、凜と離れたくないのと同じように。
「ただいま」
「っ!! おかえりなさい!」
ん??
エプロンをしている凜がすぐ目に入ったが、何だか慌てているように見えた。
僕が早く帰りたくて駅からタクってきたから、思ったより帰宅が早すぎたかもしれない。
コートを脱ぐ間に凜が困った顔で、「ごめんね……」と言った。
「どした?」
夕飯を作って僕を待ってようと、スーパーに行った。けれど……
「寒いからお鍋しようと……野菜は買ったけど、お肉を忘れて。
鍋の素を買ったつもりが……洗剤の詰替だった――。夕飯が作れない! ごめん!」
テーブルの上の材料に残念がっている。
「ははっ。凜、大丈夫だよ。それより……ハグさせて」
「……ん」
肩をすくめて僕の胸に入り込む……凜を、両腕で包んでようやく安心した。
凜も動揺してる。僕と同じだった。
この先、どうなるのかはわからないけど…… 今この瞬間は、幸せだ。
じーん。
「あ。ただいまのキス、まだだった」
何気なく発した僕の一言に、凜がすかさず僕に顔を向けて、キス待ちの体制をとる。
ふっ……
すっごく愛しさ込めて、チュウッと。
彼女の顔も見つめたいけど、キスもしたい!
何度もちゅう~を繰り返す、彼女バカの僕に「おかえり」も笑顔もくれるから……
脳が不安を溶かして、甘い未来を勝手に想像してしまっている。
今より恋人以上に……新婚みたいな、こんなひとときがあったらいいな~と。
☆
正式に出向が決まって、僕自身慌ただしくなってきた。
仕事の調整は勿論、新居の準備も。
やる事が山積みだ。
残りの時間は凜とベッタリしていたいのに、増々会えないばかりで。
気持ちが焦ってしまう……
「ねぇ凜、聞いてる?」
「ん? あー、間違えた!」
何してるの? 何でもないよ。
最近は寝るまで電話をし続けて。
僕は少しでも、凜の声が聞いていたいだけなのに。
見えない彼女の声は、うわの空とゆうか……
「明日もアパート来れない?」
「うーん。週末は絶対行くから」
つい毎日同じ質問をして……素っ気ない凜の態度に――――心、折れそう。
「僕……凜がいないと……寒くて、眠れない」
ほんとは、恋しくて寂しくてたまらない!
って言いたかった。
でも、口にしたら……完全に折れる。
「また、そうゆうこと言う……」
ちゃんと湯船に浸かって、ホットミルク飲んで。
ってそうゆうことじゃないんだよ、凜!
「ねぇ……僕が東京行くまで同棲しない?」
「え? 同棲って……引っ越すのに荷物増えるよ」
「そうだけど……離れるまで、たくさん一緒にいたい」
「そーだね。でも逆に離れ難くなったりするかも」
なるべく泊まりに行くし手伝いもするから、と現実的な話を繰り返す。
……凜。
だから、そうじゃなくて――――。
「わかった。もういいよ。……僕ばっか好きなんだ」
「何?」
ふと漏れた本音が、彼女には届かなかったみたいだ。
今夜は一層、ベッドの中が冷えそうだ。
仕事の合間に、つい凜を探してる。
僕、こんなで出向できるかって……ほんと不安になる。
あの電話以来しばらく外回りが続き、残業も厳しくて。
まともに凜と会話も出来ていない。
声も聞けないし顔も見てないと、イライラがだいぶ溜まって、そろそろ爆発しそう!
デスクにいないから給湯室に向かうと、ちょうど凜の声がした。
「今日、優さん元気そうです?」
「知らね。興味ない」
サキも居る。
とっさに入口で身を潜めてしまった。
「何で男の人って急ぎたがるとゆうか、待てないんですかね?」
「何!? あいつ早漏なの!?」
「違いますっ!」
凜が高い声を上げる。
聞き耳たててりゃ何の話だよ……
「思いつきで突拍子もないこと言うとか。女は色々準備とか充電しとかないと、イベントに対応できないでしょう?」
「男はさぁ闘いの世界で生きてんだよ。そん時が大事なの。だから、欲しいもんはすぐ手に入れたいんだよ。タバコみたいなもんじゃん」
「そーなんですね……って姉さん、タバコやめてって何度も……」
いつ結婚して妊娠してもおかしくないんだから!
凜の小言が始まった。
「はいはい、真野は可愛いな~♪」
サキのご機嫌そうな声が聞こえて。
ムカつくっ!
サキにまで嫉妬するとか……出直そう。
凜はさ、わかってないんだ。
ホレたら沼なんだよ。
欲まみれの底なし沼。
充電なんかで足りるワケないだろ!
こっちはどっぷりだよ!!
ほんと、おればっか好き過ぎる……。
午後はサノさんと、不動産屋の社長と商談。
「失礼します」と凜がお茶を運んできた。
何気に久々の顔合せなんだけど……チラッと目線が合う。
「あ、真野さん!今日は真野さんとも、話したかったんだよ!」
社長が先手をかけて視線を奪ってしまう。
「座って座って」と促され僕は隣の椅子を引いてやった。
堅苦しく座ってる凜との距離が気まずい。
――新人なのにしっかりしてて。
そうですね。(サノ)
――気が利いててね。
ありがとうございます。(サノ)
ただのビジネストークかと思いきや……
「私の息子とお見合いはどうかな?」
「「「 !?!?!? 」」」
は!!?
ちょっ、彼氏の前でその話する!?
何の罰ゲーム!?
もぉ~。
「社長、真野はまだ知識を積む歳ですから、他に良いお相手がいると思いますよ」
サノさんの助け舟もお構いなしに、「どぉ?」って食い下がんないなっ。
「……恋人がいるんです。彼は誠実に仕事をこなす人で、尊敬しています」
はっ!?
凜の言葉に胸が踊った。
素知らぬ顔で、凜の話声に集中してる自分。
彼女は丁寧に、社長だけでなく、僕にも伝えようとして……くれてる?
「とても大事にしてもらっているので……。
寒がりな彼に、今、私は……セーターを編んでるんです」
!!!セ、セ、セ、セー!?!!
「手編み!? 時間かかるでしょう?」
「はい。難しいんです、けど……大好きなので」
パシッ。
口元押さえ込んだ。
ヤバイ……顔面崩壊する!
「そっかぁ大好きじゃあきらめよう、って佐藤くん? 大丈夫?」
「くっ! ……はい」
凜やめて。もう、勘弁してっ!
凜がこっそり、指を繋いでくるから……
自分でも困っちゃったんでしょ?
僕にすがりたくなるくらい……
凜の気持ち、十分伝わったから。
僕、もう降参っ。
「真野さんも照れ過ぎじゃない?
って何で、佐野くん涙ぐんでるの?」
「いや。祝福の鐘が聞こえまして、感無量で…」
「3人共おかしいよ……?
えっと、仕事ちゃんとしてくれるよね?」
コク コク コク
(恥) × (照) × (泣)
「に"ゃぁっ!?」
ビクッとして変な声出ちゃうの可愛いし、僕にぷんすかしながら伝わってくる、彼女の
ドキドキも可愛い♪
何してても可愛過ぎてしんどいっ!
「会社ですよ。
見られたら今度こそ、おしまいです」
「もう恋人だからセクハラじゃないよ。それに、凜がハグが好きって言った」
オフィスラブ満喫中。
ちょっと理性が抑えられなくなってきた……
すかさず彼女の忠告が入る。
「悪い手……なってきてますよ?」
「少しだけ。これから残業だから、ご褒美がないと……」
この前いっぱいしましたって彼女の塩ふり。そうだね、いっぱいしたね。
金曜の夜から土曜も泊まりで、夢のような休日だった。
ずっとパレード開催されてた感じ?
でもそれはそれ、今は今。
もう凜の全部を記憶しちゃったから……イイとこも、わかってる。
彼女のちょっと弱い部分に触れれば……
「……あ、んっ」
この声。もっと欲しい。
僕を感じて漏れる凜の声……
「いけません!」
「っ!?」
え? 激オコ?
流される感じじゃなかった?
「今はダメです!」
「凜を補給できたら、何でも頑張れるんだよ?」
「仕事の邪魔になりたくないので、公私の区別はしっかりしたいんです。
……ちゃんと好きなので」
段々小さくなる声。
え? すすす、好き!?
もっと、もっと! 言って欲しい!
「ちゃんと好き?」
「かっ会社でセクハラはなしですよ。
ご褒美は別の形で!」
「お疲れ様です!」
って照れくさそうに逃げてっちゃった。
はぁ~。もう無理、可愛い!
おれ完全に恋愛バカになってる。
こんなに仕事が充実してて楽しいのは初めてだし。
毎日が幸せ……
今度はいつ彼女に触れられるかって、考えるだけで明日も幸せに思える。
それでまた新しい幸福が更新される。
こうやって今日も……
朝イチのコーヒーサービスと同時に。
コソッ。
彼女が僕の膝の上に、紙袋を乗せて行った。
え?
何、これ何??
僕の目配せに、凜はニコッとだけ。
プレゼント?
あっ! もしかして、ご褒美!?
……がまさかの、手作り弁当だって事が判明して。
「△✕%@#☆~!? むふっ……」
ヤバイ×↺
デレが止まらない。
ハートのお握りに、ハートの卵焼き、ハートだらけ。
ちゃんと好きの答えだなって。
凜は、一枚上手なんだ。
僕の欲しいこと以上の物をくれる。
ほんとに、おかしくなりそう……。
体中ウズウズして、今すぐ叫びたい!
誰でもいいから教えてあげたい!
僕の彼女、最高ですっ!!
☆
今夜は公園で凜と月見酒。
十三夜の月と可愛い彼女がいれば、どんな高級バーで飲むよりうまい缶ビール。
今宵のデートが慎ましいのはワケがある。
先週、またヤラカシたっ!
飲み過ぎて記憶が飛んだ。
毎度毎度、馴染みの居酒屋で、ついに僕たちの交際を報告した。
サノさんが宴の如く祝ってくれて、サキはめっちゃ不機嫌だったけど。
で、気付いたらベッドの上。
凜と思ってしがみついたら、サノさんだったってオチ。
暫く、凜とイチャイチャ出来てなくて……もう触れたい衝動にかられてる。
隣に座る彼女の肩にもたれかかった。
こう外で、淑やかな雰囲気にのまれて、彼女を感じれるのも……
幸せだなぁ♡幸せだなぁ♡幸せだなぁ♡
「……もう酔ったの?」
「僕はねぇ……いつも君に酔ってる」
「?? ……おやじギャグかな?」
「ははっ、凜の刃は、今日も切れ味抜群だね」
ちょっとしょっぱいのも、真面目なとこも、優しいのに……強気な時もある。
全部可愛くてほんと……クラクラする。
チュッ。
首筋にキスを落とした。
「んっ!?」
ビクッとして身構える仕草と、籠もった凜の声を聞いたら……
僕のスイッチが入って悪い手が発動。
「ちょっ……外でっ」
夜風が冷えてくると人肌も求めたくなる。
ピッタリくっついて、どこか服の隙間から素肌にたどり着けないか探ってる。
耳元に顔をうずめて、凜の匂いで酔っては唇を這わせた。
無理だ、もっと彼女が欲しい。
「早くシたい……」
キスの合間に本音を漏らす。
「ん~、シたいじゃないっ!
これ以上シたら、サカッた野良犬と同じですよ!」
「ひくっ!?」
また怒って……野良犬?
「凜……そこはオオカミじゃない?
野良犬はさすがに……」
「うっ。
ヤラシ過ぎると公然わいせつだから……」
ちぇっ。そうだけど~。
風紀委員なつれない彼女に、拗ねた態度をとる、これでも年上彼氏。
また格好悪いトコ出てると思う。
つい大好きすぎて理性が効かないし、おかしくなってしまう。
そんな僕を彼女は馬鹿にする事なく、丸ごと受け入れて、もっとおかしくさせるんだ。
「ふたりだけになったら、好きにしていいから……」
「ごふっ!!?」
さり気なく呟いた、凜の一言を……僕が聞き逃すわけない!
「もう帰ろっ! 帰る×10…!!」
すぐさま彼女の手をつかんで歩き出してた。
ケラケラ笑いながら、凜が連いて来る。
ほんと彼女が愛しくてツライ……
タクって帰ると息巻く僕を、月を見ながら手を繋いで帰ろう、と凜がなだめる。
焦らされて、翻弄されて。
僕をメロメロのトロットロにさせるんだ。
今夜は好きなだけ……。
☆
メリークリスマス♪
プレゼント交換して……平日のイヴに会社近くでランチしただけ。
12月。事務系にとって、地獄のような繁忙期だから仕方ない。
凜も正気を失ってて、緑茶に砂糖入れて部長に出しちゃうし。
盛大に吹き出してて、面白かった。
心配だから何度か家に泊めて、同伴出勤しちゃったりして。
同棲体験……顔デレ、酷かった。
今夜は、仕事納めしてきた凜を、お風呂準備して出迎え。
甲斐甲斐しくマッサージをしてあげて……とゆうのは口実で。
もう我慢ならなかったんでっ!
ずっと添い寝だけとか。
アッチが空出陣続いちゃって……悪い手どころか、野良犬状態だったなぁ。
反省しつつ、腕枕で寝息をたててる彼女を愛でている所…。
ヴィーン、ヴィーン。
「!?」
枕元で凜のスマホが鳴った。
アラームらしいので止めて、見た画面に……[ 優一 誕生日 ]
あぁ、0時ちょうどだ。
「ん……鳴った?」
「凜……おめでとしてくれんの? 1番に?」
「うん……」
頑張って目を開けようとしてる。けど……
「優さん……あけましておめでとう……」
ん? え? あけ……?
ははっ。
「凜~寝ぼけちゃったの? 間違ってるよ~」
可愛くてぎゅっとしてスリスリした。もう起きる気配もない程に凜は眠ってる。
「なんか、嬉しいけど……しんどいな」
長ぁいキスをおでこに――――
そして、胸にしまった。
ほんとに、ほんとに、本当に凜がそばにいてくれれば、それだけでいい……
本気でそう思った。
28歳の誕生日。
昨夜からのお楽しみは続行中。
朝起きて、ケーキとプレゼントを買いに行く!
と言う彼女に、ケーキより凜のフレンチトーストを注文して……
プレゼントは100回のキスをねだった。
凜は腑に落ちない顔をしていたけど。
彼女を独り占めしてくっついていられたら、この上なく満足だ!
おはようとコーヒーの間にキスを貰いながら……特別にパンケーキを作ってくれた。
甘くてふわふわの熱々な口づけも、おめでとうの声と共に……
控えめに言って、最高。
たぶん、今……
僕が世界で一番幸せだって断言できるっ!
――――2時間後。
「今ので何回目?」
「48回」
「まだ半分もあるの……?」
困った顔でスマホ検索を始める。
キスの仕方。ふふっ可愛い。僕の下心が狙ってるのは、ベットで……
ピンポーン!
おっと。
最近、彼女に必要かも……とポチポチばかりしてしまう。
「凜にプレゼントだよ」
「なんで私に!? 優さんの誕生日なのに!」
「いいの、いいの」
「わっ! エプロンに下着!?」
「うん。
料理と泊まりの時いるでしょ?」
「可愛いの選んで、ナイショで注文した!」
「でも……これ、フリルが多くない?」
「バニーちゃんのほうが良かった?」
「バニー……馬鹿じゃないの!?」
「ふはっ、怒った。可愛い」
チュッ、と。
いつもに輪をかけて惚気けたやり取りを。
「今のは僕からだからノーカウントだよ」
と意地悪すると、その顔っ!
そろそろ凜が塩をまき始めそうだ。
「コレとコレ、一緒に着たら嬉しいの?」
意外にも、凜は冷静に返してきて。
僕の方が通常運転の動揺っぷりを取り戻す。
コレとコレって……
下着エプロン? ……とゆうこと!?
「その発想はなかった……え、え、え?
何で?」
「両方ともリボンがいっぱいだから……
プレゼント欲しかったのかなって」
「あー」
おれ無意識で……
紐をほどくってロマンが生まれるからなぁ。
「着てくれるの?」
「いいけど。その変わり、残りのキスは譲ってもい?」
「……僕からして欲しいって?」
「うん。
キスは……するより、される方が好き」
最高の誕生日プレゼント、キタ!!
ヤバイ × ¡¿
おれ、もう思考がぶっ飛んでる。
顔見せらんない……
「お、お願いします……」
うつむいたままモジモジしてしまった。
着替えてくるっ、と凜は洗面所へ向かって。
ほんと凜の戦闘力どんだけなの?
変なリズムで心臓鳴ってる……あぁ理性喪失、間違いない。
そして、おれ史上最難の欲情バトルが始まる!
――――僕へのプレゼントになった凜は、予想以上の破壊力で……
ずっと眺めていたいのか?
VS
早く脱がせたいのか……
思考回路がショート寸前っ!
恥じらいながら僕との距離を測って、少し不安そうな視線をくれる。
わかってるよ。
僕の望む事を叶えようと、精一杯頑張ってるんだよね?
僕が喜んでいるのか確かめようと、その健気な想いを貰ったら……
可愛いっ♪
て抱きしめるのが、正解だったかもしれないけど……
急に―――― 怖くなったんだ。
凜がこうして……
ずっとおれのもので、いてくれるだろうか?
幸せが過ぎるって――――
満たされると臆病になる事を知った。
「……優さ!?」
ピンッ。
理性が切れる音は、頭の奥で鈍く高鳴った。
頭の片隅で、彼女を少し乱暴に扱っているかもしれないと、かすかに感じていた。
でも凜の体に密着していないと、深く繋がっていないと……不安が攻めたててくる。
大好き――――愛してる――――の間に……
――誰も見ないで――おれだけを見て。
弱音を囁やいていた気がした。
「っ!?」
ふと凜の手がおれの頭を撫でた。
呼吸が楽になって、視線を重ねる。
じいっと虚ろな目で僕を見つめて……いや、何か、探ってる?
そして、彼女は真っすぐに――――。
「私も好きです。愛してます」
「!?」
凜……
おれ、泣きそう……。
「いつもありがとう。優しくて、大事にしてくれて。……違った?」
「……違わないっ」
違わない。けど、
全部……おれの中の想いが決壊してしまって。
狂ったようにキスを、まるで獣みたいに。
こんなに……強く、激しく、彼女を愛したのは初めてだった。
☆
年末年始は同窓会に実家で親孝行。
シメは凜の家に挨拶。
お義父さんに流されて~酔い潰れ~朝ごはんまで頂いてしまった。
お義母さんが料理上手の聞き上手で。凜てゆう可愛い花が添えられたら、お義父さんもお酒が旨くて仕方ない訳だ。
正月休み最終日、接待の効果で凜の外泊許可を貰って。
ウッキウキで買い物をして出てきた駅前。
「なに!?」
凜が急に腕をつかんで引っ張る。
どぉしたの?
そんな目パチパチさせて?
何、この可愛い生き物……
「凜……?」
僕の指を遠慮がちに握って不安そうな顔を。
「サキさん……」
「え?」
凜が見つめる向かい側に……あーほんとだ。男と一緒にいる。
「あいつ、彼氏いたっけ?」
「あの人……
サキさんがデザインするお店のオーナー」
「あぁ~フレンチの……」
打合せ、って感じじゃないよな……あの親密具合。
「あの人、奥さんも子供もいる……」
「は? なななな何それ? ……サキが不倫!?」
見る見る凜の顔がしかめっ面に。
僕も浮かれた気分が一瞬で飛んでった。
そんなの見ちゃったらさ……
凜もずっとシュンとしちゃって。
ちっさくなってんのも可愛いけど。
ため息いっぱいついて、心ここにあらずな凜が可哀想で。
後ろから抱きしめて、毛布みたいに包んであげた。
「大丈夫。僕が探り入れてみるから」
「……うん」
新年早々悪い予感がしてしまった。
今まで幸せ過ぎた、ツケが降りかからない事を願った。
仕事始めの定時帰りが続いたある日、会社を出たトコで凜を待っていると……
「佐藤さん! サキさん帰った!?」
ドアにぶつかりそうな勢いで凜が出てきた。
「え? あぁ、ついさっき」
「パールの大きいピアスしてなかった?」
「んー、どうだったかな?」
僕の返事を待たずに彼女は駆け出して。
「ちょっ、凜、待って!」
早っ。どうやらサキを追いかけたいらしく、視界に捉えると加速して凜はサキの腕を捕まえた。
「サキさん!!」
「うおっ!? 真野、どした?」
「ハァ、あの……
これからご飯行きませんか?」
サキがバツの悪そうな顔で……
「ああ、悪い。
今夜は先約があってさ。また今度な」
「今日は! 朝まで飲みたい気分なんです!
約束の後でも……」
凜がぎゅっと腕をつかんで離さない。
あぁ、そうゆうことか。
いつもはゴールドのアクセサリーしか付けないくせに、そのパールのピアスも洒落た化粧も、あの男の為か。
「凜、こいつに回りくどい事言っても、ムダだよ。おれたち見たんだ。この前駅で、お前とオーナーがいるトコ」
サキの顔が引きつった。
「……クソダッセェな」
「サキさん……あの人には家族があります。それに……私も、食事に誘われた事が……」
っ!!?
ななな何だと!?
「そーゆう人と居ても、
サキさんが報われないです」
「らしくねーな。元ヤ……硬派なお前がさ、不倫とか」
暫しの膠着状態。
サキが凜の手をそっとほどく。
「真野、あたしもすぐ三十路だよ。清く美しくなんて無理だ」
いやいや、元ヤンのお前が清いワケないし。
「でも、サキさん……」
「真野もそのうちわかるよ。
女が焦った時、2番目でも3番目でも、必要とされるなら……それでいいって」
「ダメです!」
「「 !?!? 」」
凜が突然声を張って……
「他の人は良くても、
姉さんは絶対にダメです!!」
「真野……」
「え? いや、姉さんて何?」
「はっ、他の人も不倫はダメだ。あれ? 私何言って……」
凜がテンパってる。
コロコロ変わる表情が可愛くて、こっちまでしんどくなってきた。
もう抱きつきたい衝動に疼いた時、きりっと意を決したように、凜は言った。
「……サキさんのデザインする店は、全部あったかいんです。凄く愛情を感じるんです。
姉さんは情の厚い人だから……一番愛をあげられる人じゃなきゃ、ダメなんです!
一番に姉さんを愛してくれる人じゃなきゃダメなんです!
2番3番なんて……姉さんのプライドが泣いてます!!」
「「!!」」
言い切った凜の決め顔が、惚れ惚れする程……カッコイイと思った。
「あきらめちゃダメです!
あきらめたら、希望さえも失ってしまいます」
真剣に訴える凜のそのまなざしは……
なんでだろう?
俺の心の恩師の生き写しみたいで、漫画から飛び出てきたみたいで、なんでおれが泣きそう?
どうして凜は、こんなに、一生懸命になれるんだろう?
心に体当たりしてくるみたいに、彼女の言葉にいつも衝撃を受ける。
ほら、サキだって凜の真っすぐな気持ちに、心打たれてる……。
「サキさ……!?」
あー!?
ガバッとサキが凜に抱きついた。
「真野にはかなわねぇ……よし!」
「サキさん?」
「飲み行くぞ!」
サキがピアスを外しながらスタスタと…………ガゴンッ!
ゴミ箱に投げ入れた。
「え!?」
「捨てんのかよ!」
「いらねーこんなもん!!
今もっと大事なもんもらった!」
サキが凜の肩に腕を回して歩き出す。
「今日はあたしの奢りだかんな~。真野、一升は空けるぞ~」
ご機嫌で凜を連れ去る。
「おい、凜はおれとメシ行くんだよ!」
「あっ、そうだった……」
忘れてたの!?
ごめんね、って凜が僕に謝る。
「ちょっと、おれも連れてって……」
僕の可愛い凜をサキに渡してなるものか!
少しも油断できない。
僕だけに愛着してくれればいいのに……
しっかり捕まえてないと!
突っ走ってあっという間に、遠くへ行ってしまいそうだと……やきもきしていた。
大事な話、聞いて――。
東京の新駅プロジェクトチームに出向なりそう――。
2年間だって――。
本部長から、僕を推薦するつもりって打診された。
本店を出てすぐ、会社の内線にかけた。
凜に誰よりも先に伝えなければ……
「……凄い、です。
それって栄転って事ですよね?」
彼女がひょう然と答えたように聞こえた。
「凜、2年だよ!
こっちに引っ越さなきゃだし……離ればなれになるんだよ……」
「はい。わかってます」
「凜は……平気なの?」
「辞令なら、仕方ないかと……」
駄目だ。凜は仕事モードだし。
電話じゃ本音も本心もうまく図れない。
「今夜、おれんち先帰ってて。じっくり話たい……」
「承知しました」
とスピーカーごしに凜の声が届いた。
何でこんな時に塩対応!?
……いや、おれも冷静になれ。
仕事として名誉なのは確かだ。
でも凜と離れる事の方がショックで……まずそれが先攻してしまった。
ただ……
凜も同じ気持ちだったら良かったのに――――
どこか期待してたのかもしれない。
僕がそばにいないと嫌だって……
僕が、片時も、凜と離れたくないのと同じように。
「ただいま」
「っ!! おかえりなさい!」
ん??
エプロンをしている凜がすぐ目に入ったが、何だか慌てているように見えた。
僕が早く帰りたくて駅からタクってきたから、思ったより帰宅が早すぎたかもしれない。
コートを脱ぐ間に凜が困った顔で、「ごめんね……」と言った。
「どした?」
夕飯を作って僕を待ってようと、スーパーに行った。けれど……
「寒いからお鍋しようと……野菜は買ったけど、お肉を忘れて。
鍋の素を買ったつもりが……洗剤の詰替だった――。夕飯が作れない! ごめん!」
テーブルの上の材料に残念がっている。
「ははっ。凜、大丈夫だよ。それより……ハグさせて」
「……ん」
肩をすくめて僕の胸に入り込む……凜を、両腕で包んでようやく安心した。
凜も動揺してる。僕と同じだった。
この先、どうなるのかはわからないけど…… 今この瞬間は、幸せだ。
じーん。
「あ。ただいまのキス、まだだった」
何気なく発した僕の一言に、凜がすかさず僕に顔を向けて、キス待ちの体制をとる。
ふっ……
すっごく愛しさ込めて、チュウッと。
彼女の顔も見つめたいけど、キスもしたい!
何度もちゅう~を繰り返す、彼女バカの僕に「おかえり」も笑顔もくれるから……
脳が不安を溶かして、甘い未来を勝手に想像してしまっている。
今より恋人以上に……新婚みたいな、こんなひとときがあったらいいな~と。
☆
正式に出向が決まって、僕自身慌ただしくなってきた。
仕事の調整は勿論、新居の準備も。
やる事が山積みだ。
残りの時間は凜とベッタリしていたいのに、増々会えないばかりで。
気持ちが焦ってしまう……
「ねぇ凜、聞いてる?」
「ん? あー、間違えた!」
何してるの? 何でもないよ。
最近は寝るまで電話をし続けて。
僕は少しでも、凜の声が聞いていたいだけなのに。
見えない彼女の声は、うわの空とゆうか……
「明日もアパート来れない?」
「うーん。週末は絶対行くから」
つい毎日同じ質問をして……素っ気ない凜の態度に――――心、折れそう。
「僕……凜がいないと……寒くて、眠れない」
ほんとは、恋しくて寂しくてたまらない!
って言いたかった。
でも、口にしたら……完全に折れる。
「また、そうゆうこと言う……」
ちゃんと湯船に浸かって、ホットミルク飲んで。
ってそうゆうことじゃないんだよ、凜!
「ねぇ……僕が東京行くまで同棲しない?」
「え? 同棲って……引っ越すのに荷物増えるよ」
「そうだけど……離れるまで、たくさん一緒にいたい」
「そーだね。でも逆に離れ難くなったりするかも」
なるべく泊まりに行くし手伝いもするから、と現実的な話を繰り返す。
……凜。
だから、そうじゃなくて――――。
「わかった。もういいよ。……僕ばっか好きなんだ」
「何?」
ふと漏れた本音が、彼女には届かなかったみたいだ。
今夜は一層、ベッドの中が冷えそうだ。
仕事の合間に、つい凜を探してる。
僕、こんなで出向できるかって……ほんと不安になる。
あの電話以来しばらく外回りが続き、残業も厳しくて。
まともに凜と会話も出来ていない。
声も聞けないし顔も見てないと、イライラがだいぶ溜まって、そろそろ爆発しそう!
デスクにいないから給湯室に向かうと、ちょうど凜の声がした。
「今日、優さん元気そうです?」
「知らね。興味ない」
サキも居る。
とっさに入口で身を潜めてしまった。
「何で男の人って急ぎたがるとゆうか、待てないんですかね?」
「何!? あいつ早漏なの!?」
「違いますっ!」
凜が高い声を上げる。
聞き耳たててりゃ何の話だよ……
「思いつきで突拍子もないこと言うとか。女は色々準備とか充電しとかないと、イベントに対応できないでしょう?」
「男はさぁ闘いの世界で生きてんだよ。そん時が大事なの。だから、欲しいもんはすぐ手に入れたいんだよ。タバコみたいなもんじゃん」
「そーなんですね……って姉さん、タバコやめてって何度も……」
いつ結婚して妊娠してもおかしくないんだから!
凜の小言が始まった。
「はいはい、真野は可愛いな~♪」
サキのご機嫌そうな声が聞こえて。
ムカつくっ!
サキにまで嫉妬するとか……出直そう。
凜はさ、わかってないんだ。
ホレたら沼なんだよ。
欲まみれの底なし沼。
充電なんかで足りるワケないだろ!
こっちはどっぷりだよ!!
ほんと、おればっか好き過ぎる……。
午後はサノさんと、不動産屋の社長と商談。
「失礼します」と凜がお茶を運んできた。
何気に久々の顔合せなんだけど……チラッと目線が合う。
「あ、真野さん!今日は真野さんとも、話したかったんだよ!」
社長が先手をかけて視線を奪ってしまう。
「座って座って」と促され僕は隣の椅子を引いてやった。
堅苦しく座ってる凜との距離が気まずい。
――新人なのにしっかりしてて。
そうですね。(サノ)
――気が利いててね。
ありがとうございます。(サノ)
ただのビジネストークかと思いきや……
「私の息子とお見合いはどうかな?」
「「「 !?!?!? 」」」
は!!?
ちょっ、彼氏の前でその話する!?
何の罰ゲーム!?
もぉ~。
「社長、真野はまだ知識を積む歳ですから、他に良いお相手がいると思いますよ」
サノさんの助け舟もお構いなしに、「どぉ?」って食い下がんないなっ。
「……恋人がいるんです。彼は誠実に仕事をこなす人で、尊敬しています」
はっ!?
凜の言葉に胸が踊った。
素知らぬ顔で、凜の話声に集中してる自分。
彼女は丁寧に、社長だけでなく、僕にも伝えようとして……くれてる?
「とても大事にしてもらっているので……。
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!!!セ、セ、セ、セー!?!!
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パシッ。
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凜がこっそり、指を繋いでくるから……
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凜の気持ち、十分伝わったから。
僕、もう降参っ。
「真野さんも照れ過ぎじゃない?
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