さよならをちゃんと言わせて。

美也

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8.幸福【 佐藤優一side 】

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 給湯室にいた凜を見つけて、こっそり近づき……ガバッと、後ろから抱きついた。

「に"ゃぁっ!?」

 ビクッとして変な声出ちゃうの可愛いし、僕にぷんすかしながら伝わってくる、彼女の
ドキドキも可愛い♪

 何してても可愛過ぎてしんどいっ!

「会社ですよ。
 見られたら今度こそ、おしまいです」
「もう恋人だからセクハラじゃないよ。それに、凜がハグが好きって言った」

 オフィスラブ満喫中。

 ちょっと理性が抑えられなくなってきた…… 
 すかさず彼女の忠告が入る。

「悪い手……なってきてますよ?」
「少しだけ。これから残業だから、ご褒美がないと……」

 この前いっぱいしましたって彼女の塩ふり。そうだね、いっぱいしたね。

 金曜の夜から土曜も泊まりで、夢のような休日だった。

 ずっとパレード開催されてた感じ?
 でもそれはそれ、今は今。

 もう凜の全部を記憶しちゃったから……イイとこも、わかってる。

彼女のちょっと弱い部分に触れれば……

「……あ、んっ」

 この声。もっと欲しい。
 僕を感じて漏れる凜の声……

「いけません!」
「っ!?」 

 え? 激オコ?
 流される感じじゃなかった?

「今はダメです!」
「凜を補給できたら、何でも頑張れるんだよ?」
「仕事の邪魔になりたくないので、公私の区別はしっかりしたいんです。
 ……ちゃんと好きなので」

 段々小さくなる声。

え? すすす、好き!?
もっと、もっと! 言って欲しい!

「ちゃんと好き?」
「かっ会社でセクハラはなしですよ。
 ご褒美は別の形で!」
「お疲れ様です!」

 って照れくさそうに逃げてっちゃった。

 はぁ~。もう無理、可愛い!

 おれ完全に恋愛バカになってる。
 こんなに仕事が充実してて楽しいのは初めてだし。
 毎日が幸せ……

 今度はいつ彼女に触れられるかって、考えるだけで明日も幸せに思える。
 それでまた新しい幸福が更新される。


 こうやって今日も……
 朝イチのコーヒーサービスと同時に。

 コソッ。
 彼女が僕の膝の上に、紙袋を乗せて行った。

 え?
 何、これ何??

 僕の目配せに、凜はニコッとだけ。

 プレゼント? 
 あっ! もしかして、ご褒美!?

 ……がまさかの、手作り弁当だって事が判明して。

「△✕%@#☆~!? むふっ……」

 ヤバイ×↺  
 デレが止まらない。

 ハートのお握りに、ハートの卵焼き、ハートだらけ。
 ちゃんと好きの答えだなって。

 凜は、一枚上手なんだ。
 僕の欲しいこと以上の物をくれる。

 ほんとに、おかしくなりそう……。

 体中ウズウズして、今すぐ叫びたい!
 誰でもいいから教えてあげたい!

 僕の彼女、最高ですっ!!



 今夜は公園で凜と月見酒。

 十三夜の月と可愛い彼女がいれば、どんな高級バーで飲むよりうまい缶ビール。

 今宵のデートが慎ましいのはワケがある。

 先週、またヤラカシたっ!
 飲み過ぎて記憶が飛んだ。

 毎度毎度、馴染みの居酒屋で、ついに僕たちの交際を報告した。

 サノさんが宴の如く祝ってくれて、サキはめっちゃ不機嫌だったけど。

 で、気付いたらベッドの上。
 凜と思ってしがみついたら、サノさんだったってオチ。

 暫く、凜とイチャイチャ出来てなくて……もう触れたい衝動にかられてる。

 隣に座る彼女の肩にもたれかかった。

 こう外で、淑やかな雰囲気にのまれて、彼女を感じれるのも……

 幸せだなぁ♡幸せだなぁ♡幸せだなぁ♡

「……もう酔ったの?」
「僕はねぇ……いつも君に酔ってる」
「?? ……おやじギャグかな?」
「ははっ、凜の刃は、今日も切れ味抜群だね」

 ちょっとしょっぱいのも、真面目なとこも、優しいのに……強気な時もある。

 全部可愛くてほんと……クラクラする。

 チュッ。
 首筋にキスを落とした。

「んっ!?」

 ビクッとして身構える仕草と、籠もった凜の声を聞いたら……
 僕のスイッチが入って悪い手が発動。

「ちょっ……外でっ」

 夜風が冷えてくると人肌も求めたくなる。

 ピッタリくっついて、どこか服の隙間から素肌にたどり着けないか探ってる。

 耳元に顔をうずめて、凜の匂いで酔っては唇を這わせた。

 無理だ、もっと彼女が欲しい。

「早くシたい……」

 キスの合間に本音を漏らす。

「ん~、シたいじゃないっ!
 これ以上シたら、サカッた野良犬と同じですよ!」
「ひくっ!?」

 また怒って……野良犬?

「凜……そこはオオカミじゃない?
 野良犬はさすがに……」
「うっ。
 ヤラシ過ぎると公然わいせつだから……」

 ちぇっ。そうだけど~。

 風紀委員なつれない彼女に、拗ねた態度をとる、これでも年上彼氏。
 また格好悪いトコ出てると思う。

 つい大好きすぎて理性が効かないし、おかしくなってしまう。

 そんな僕を彼女は馬鹿にする事なく、丸ごと受け入れて、もっとおかしくさせるんだ。

「ふたりだけになったら、好きにしていいから……」
「ごふっ!!?」

 さり気なく呟いた、凜の一言を……僕が聞き逃すわけない!

「もう帰ろっ! 帰る×10…!!」

 すぐさま彼女の手をつかんで歩き出してた。
 ケラケラ笑いながら、凜が連いて来る。

 ほんと彼女が愛しくてツライ……

 タクって帰ると息巻く僕を、月を見ながら手を繋いで帰ろう、と凜がなだめる。

 焦らされて、翻弄されて。
 僕をメロメロのトロットロにさせるんだ。

 今夜は好きなだけ……。



 メリークリスマス♪

 プレゼント交換して……平日のイヴに会社近くでランチしただけ。

 12月。事務系にとって、地獄のような繁忙期だから仕方ない。

 凜も正気を失ってて、緑茶に砂糖入れて部長に出しちゃうし。
 盛大に吹き出してて、面白かった。

 心配だから何度か家に泊めて、同伴出勤しちゃったりして。
 同棲体験……顔デレ、酷かった。

 今夜は、仕事納めしてきた凜を、お風呂準備して出迎え。

 甲斐甲斐しくマッサージをしてあげて……とゆうのは口実で。

 もう我慢ならなかったんでっ!
 ずっと添い寝だけとか。

 アッチが空出陣続いちゃって……悪い手どころか、野良犬状態だったなぁ。

 反省しつつ、腕枕で寝息をたててる彼女を愛でている所…。

 ヴィーン、ヴィーン。

「!?」

 枕元で凜のスマホが鳴った。
 アラームらしいので止めて、見た画面に……[ 優一 誕生日 ]

 あぁ、0時ちょうどだ。

「ん……鳴った?」
「凜……おめでとしてくれんの? 1番に?」
「うん……」

 頑張って目を開けようとしてる。けど……

「優さん……あけましておめでとう……」

 ん? え? あけ……? 
 ははっ。

「凜~寝ぼけちゃったの? 間違ってるよ~」

 可愛くてぎゅっとしてスリスリした。もう起きる気配もない程に凜は眠ってる。

「なんか、嬉しいけど……しんどいな」

 長ぁいキスをおでこに――――
 そして、胸にしまった。

 ほんとに、ほんとに、本当に凜がそばにいてくれれば、それだけでいい……
 本気でそう思った。

 28歳の誕生日。
 昨夜からのお楽しみは続行中。
 
 朝起きて、ケーキとプレゼントを買いに行く!
 と言う彼女に、ケーキより凜のフレンチトーストを注文して……

 プレゼントは100回のキスをねだった。

 凜は腑に落ちない顔をしていたけど。
 彼女を独り占めしてくっついていられたら、この上なく満足だ!

 おはようとコーヒーの間にキスを貰いながら……特別にパンケーキを作ってくれた。

 甘くてふわふわの熱々な口づけも、おめでとうの声と共に……

 控えめに言って、最高。

 たぶん、今…… 
 僕が世界で一番幸せだって断言できるっ!

 ――――2時間後。

「今ので何回目?」
「48回」
「まだ半分もあるの……?」

 困った顔でスマホ検索を始める。
 キスの仕方。ふふっ可愛い。僕の下心が狙ってるのは、ベットで……

 ピンポーン!
 おっと。

 最近、彼女に必要かも……とポチポチばかりしてしまう。

「凜にプレゼントだよ」
「なんで私に!? 優さんの誕生日なのに!」
「いいの、いいの」
「わっ!  エプロンに下着!?」
「うん。
 料理と泊まりの時いるでしょ?」
「可愛いの選んで、ナイショで注文した!」
「でも……これ、フリルが多くない?」
「バニーちゃんのほうが良かった?」
「バニー……馬鹿じゃないの!?」
「ふはっ、怒った。可愛い」

 チュッ、と。
 いつもに輪をかけて惚気けたやり取りを。

「今のは僕からだからノーカウントだよ」

 と意地悪すると、その顔っ!
 そろそろ凜が塩をまき始めそうだ。

「コレとコレ、一緒に着たら嬉しいの?」

 意外にも、凜は冷静に返してきて。
 僕の方が通常運転の動揺っぷりを取り戻す。

 コレとコレって……
 下着エプロン? ……とゆうこと!?

「その発想はなかった……え、え、え?
 何で?」
「両方ともリボンがいっぱいだから……
 プレゼント欲しかったのかなって」
「あー」 

 おれ無意識で……
 紐をほどくってロマンが生まれるからなぁ。

「着てくれるの?」
「いいけど。その変わり、残りのキスは譲ってもい?」
「……僕からして欲しいって?」
「うん。
 キスは……するより、される方が好き」

 最高の誕生日プレゼント、キタ!!

 ヤバイ ×  ¡¿
 おれ、もう思考がぶっ飛んでる。
 顔見せらんない……

「お、お願いします……」

 うつむいたままモジモジしてしまった。
 着替えてくるっ、と凜は洗面所へ向かって。

 ほんと凜の戦闘力どんだけなの?

 変なリズムで心臓鳴ってる……あぁ理性喪失、間違いない。

 そして、おれ史上最難の欲情バトルが始まる!

 ――――僕へのプレゼントになった凜は、予想以上の破壊力で……

ずっと眺めていたいのか?
          VS
         早く脱がせたいのか……

 思考回路がショート寸前っ!


 恥じらいながら僕との距離を測って、少し不安そうな視線をくれる。

 わかってるよ。
 僕の望む事を叶えようと、精一杯頑張ってるんだよね?

 僕が喜んでいるのか確かめようと、その健気な想いを貰ったら…… 

 可愛いっ♪ 
 て抱きしめるのが、正解だったかもしれないけど……

 急に―――― 怖くなったんだ。

 凜がこうして……
 ずっとおれのもので、いてくれるだろうか?

 幸せが過ぎるって――――
 満たされると臆病になる事を知った。

「……優さ!?」

 ピンッ。
 理性が切れる音は、頭の奥で鈍く高鳴った。

 頭の片隅で、彼女を少し乱暴に扱っているかもしれないと、かすかに感じていた。

 でも凜の体に密着していないと、深く繋がっていないと……不安が攻めたててくる。

 大好き――――愛してる――――の間に……
 ――誰も見ないで――おれだけを見て。

 弱音を囁やいていた気がした。

「っ!?」

 ふと凜の手がおれの頭を撫でた。
 呼吸が楽になって、視線を重ねる。

 じいっと虚ろな目で僕を見つめて……いや、何か、探ってる?

 そして、彼女は真っすぐに――――。

「私も好きです。愛してます」
「!?」

 凜……
 おれ、泣きそう……。

「いつもありがとう。優しくて、大事にしてくれて。……違った?」
「……違わないっ」

 違わない。けど、
 全部……おれの中の想いが決壊してしまって。

 狂ったようにキスを、まるで獣みたいに。

 こんなに……強く、激しく、彼女を愛したのは初めてだった。



 年末年始は同窓会に実家で親孝行。
 シメは凜の家に挨拶。

 お義父さんに流されて~酔い潰れ~朝ごはんまで頂いてしまった。

 お義母さんが料理上手の聞き上手で。凜てゆう可愛い花が添えられたら、お義父さんもお酒が旨くて仕方ない訳だ。

 正月休み最終日、接待の効果で凜の外泊許可を貰って。

 ウッキウキで買い物をして出てきた駅前。

「なに!?」

 凜が急に腕をつかんで引っ張る。

 どぉしたの?
 そんな目パチパチさせて?
 何、この可愛い生き物……

「凜……?」

 僕の指を遠慮がちに握って不安そうな顔を。

「サキさん……」
「え?」

 凜が見つめる向かい側に……あーほんとだ。男と一緒にいる。

「あいつ、彼氏いたっけ?」
「あの人……
 サキさんがデザインするお店のオーナー」
「あぁ~フレンチの……」

 打合せ、って感じじゃないよな……あの親密具合。

「あの人、奥さんも子供もいる……」
「は? なななな何それ? ……サキが不倫!?」

 見る見る凜の顔がしかめっ面に。
 僕も浮かれた気分が一瞬で飛んでった。

 そんなの見ちゃったらさ……
 凜もずっとシュンとしちゃって。

 ちっさくなってんのも可愛いけど。
 ため息いっぱいついて、心ここにあらずな凜が可哀想で。

 後ろから抱きしめて、毛布みたいに包んであげた。

「大丈夫。僕が探り入れてみるから」
「……うん」

 新年早々悪い予感がしてしまった。
 今まで幸せ過ぎた、ツケが降りかからない事を願った。

 仕事始めの定時帰りが続いたある日、会社を出たトコで凜を待っていると……

「佐藤さん! サキさん帰った!?」

 ドアにぶつかりそうな勢いで凜が出てきた。

「え? あぁ、ついさっき」
「パールの大きいピアスしてなかった?」
「んー、どうだったかな?」

 僕の返事を待たずに彼女は駆け出して。

「ちょっ、凜、待って!」

 早っ。どうやらサキを追いかけたいらしく、視界に捉えると加速して凜はサキの腕を捕まえた。

「サキさん!!」
「うおっ!? 真野、どした?」
「ハァ、あの……
 これからご飯行きませんか?」

 サキがバツの悪そうな顔で……

「ああ、悪い。
 今夜は先約があってさ。また今度な」
「今日は! 朝まで飲みたい気分なんです!
 約束の後でも……」

 凜がぎゅっと腕をつかんで離さない。
 あぁ、そうゆうことか。

 いつもはゴールドのアクセサリーしか付けないくせに、そのパールのピアスも洒落た化粧も、あの男の為か。

「凜、こいつに回りくどい事言っても、ムダだよ。おれたち見たんだ。この前駅で、お前とオーナーがいるトコ」

 サキの顔が引きつった。

「……クソダッセェな」
「サキさん……あの人には家族があります。それに……私も、食事に誘われた事が……」

 っ!!? 
 ななな何だと!?


「そーゆう人と居ても、
 サキさんが報われないです」
「らしくねーな。元ヤ……硬派なお前がさ、不倫とか」

 暫しの膠着状態。
 サキが凜の手をそっとほどく。

「真野、あたしもすぐ三十路だよ。清く美しくなんて無理だ」

 いやいや、元ヤンのお前が清いワケないし。

「でも、サキさん……」
「真野もそのうちわかるよ。
 女が焦った時、2番目でも3番目でも、必要とされるなら……それでいいって」
「ダメです!」
「「 !?!? 」」

 凜が突然声を張って……

「他の人は良くても、
 は絶対にダメです!!」
「真野……」
「え? いや、姉さんて何?」
「はっ、他の人も不倫はダメだ。あれ? 私何言って……」

 凜がテンパってる。
 コロコロ変わる表情が可愛くて、こっちまでしんどくなってきた。

 もう抱きつきたい衝動に疼いた時、きりっと意を決したように、凜は言った。

「……サキさんのデザインする店は、全部あったかいんです。凄く愛情を感じるんです。
 姉さんは情の厚い人だから……一番愛をあげられる人じゃなきゃ、ダメなんです! 
 一番に姉さんを愛してくれる人じゃなきゃダメなんです!
 2番3番なんて……姉さんのプライドが泣いてます!!」
「「!!」」

 言い切った凜の決め顔が、惚れ惚れする程……カッコイイと思った。

「あきらめちゃダメです!
 あきらめたら、希望さえも失ってしまいます」

 真剣に訴える凜のそのまなざしは……
 なんでだろう?

 俺の心の恩師の生き写しみたいで、漫画から飛び出てきたみたいで、なんでおれが泣きそう?

 どうして凜は、こんなに、一生懸命になれるんだろう?

 心に体当たりしてくるみたいに、彼女の言葉にいつも衝撃を受ける。

 ほら、サキだって凜の真っすぐな気持ちに、心打たれてる……。

「サキさ……!?」

 あー!? 
 ガバッとサキが凜に抱きついた。

「真野にはかなわねぇ……よし!」
「サキさん?」
「飲み行くぞ!」

 サキがピアスを外しながらスタスタと…………ガゴンッ!
 ゴミ箱に投げ入れた。

「え!?」
「捨てんのかよ!」
「いらねーこんなもん!!
 今もっと大事なもんもらった!」

 サキが凜の肩に腕を回して歩き出す。

「今日はあたしの奢りだかんな~。真野、一升は空けるぞ~」

 ご機嫌で凜を連れ去る。

「おい、凜はおれとメシ行くんだよ!」
「あっ、そうだった……」

 忘れてたの!? 
 ごめんね、って凜が僕に謝る。

「ちょっと、おれも連れてって……」

 僕の可愛い凜をサキに渡してなるものか!

 少しも油断できない。
 僕だけに愛着してくれればいいのに……

 しっかり捕まえてないと!
 突っ走ってあっという間に、遠くへ行ってしまいそうだと……やきもきしていた。



 大事な話、聞いて――。

 東京の新駅プロジェクトチームに出向なりそう――。

 2年間だって――。

 本部長から、僕を推薦するつもりって打診された。
 本店を出てすぐ、会社の内線にかけた。

 凜に誰よりも先に伝えなければ……

「……凄い、です。
 それって栄転って事ですよね?」

 彼女がひょう然と答えたように聞こえた。

「凜、2年だよ!
 こっちに引っ越さなきゃだし……離ればなれになるんだよ……」
「はい。わかってます」
「凜は……平気なの?」
「辞令なら、仕方ないかと……」

 駄目だ。凜は仕事モードだし。
 電話じゃ本音も本心もうまく図れない。

「今夜、おれんち先帰ってて。じっくり話たい……」
「承知しました」

 とスピーカーごしに凜の声が届いた。

 何でこんな時に塩対応!?
 ……いや、おれも冷静になれ。

 仕事として名誉なのは確かだ。
 でも凜と離れる事の方がショックで……まずそれが先攻してしまった。

 ただ……
 凜も同じ気持ちだったら良かったのに――――

 どこか期待してたのかもしれない。
 僕がそばにいないと嫌だって……

 僕が、片時も、凜と離れたくないのと同じように。

「ただいま」
「っ!! おかえりなさい!」

 ん??
 エプロンをしている凜がすぐ目に入ったが、何だか慌てているように見えた。

 僕が早く帰りたくて駅からタクってきたから、思ったより帰宅が早すぎたかもしれない。

 コートを脱ぐ間に凜が困った顔で、「ごめんね……」と言った。

「どした?」

 夕飯を作って僕を待ってようと、スーパーに行った。けれど……

「寒いからお鍋しようと……野菜は買ったけど、お肉を忘れて。
 鍋の素を買ったつもりが……洗剤の詰替だった――。夕飯が作れない! ごめん!」

 テーブルの上の材料に残念がっている。

「ははっ。凜、大丈夫だよ。それより……ハグさせて」
「……ん」

 肩をすくめて僕の胸に入り込む……凜を、両腕で包んでようやく安心した。

 凜も動揺してる。僕と同じだった。

 この先、どうなるのかはわからないけど…… 今この瞬間は、幸せだ。
 じーん。

「あ。ただいまのキス、まだだった」

 何気なく発した僕の一言に、凜がすかさず僕に顔を向けて、キス待ちの体制をとる。

 ふっ…… 
 すっごく愛しさ込めて、チュウッと。
 彼女の顔も見つめたいけど、キスもしたい!

 何度もちゅう~を繰り返す、彼女バカの僕に「おかえり」も笑顔もくれるから……

 脳が不安を溶かして、甘い未来を勝手に想像してしまっている。

 今より恋人以上に……新婚みたいな、こんなひとときがあったらいいな~と。



 正式に出向が決まって、僕自身慌ただしくなってきた。

 仕事の調整は勿論、新居の準備も。
 やる事が山積みだ。

 残りの時間は凜とベッタリしていたいのに、増々会えないばかりで。
 気持ちが焦ってしまう……

「ねぇ凜、聞いてる?」
「ん? あー、間違えた!」

 何してるの? 何でもないよ。

 最近は寝るまで電話をし続けて。
 僕は少しでも、凜の声が聞いていたいだけなのに。

 見えない彼女の声は、うわの空とゆうか……

「明日もアパート来れない?」
「うーん。週末は絶対行くから」

 つい毎日同じ質問をして……素っ気ない凜の態度に――――心、折れそう。

「僕……凜がいないと……寒くて、眠れない」

 ほんとは、恋しくて寂しくてたまらない!
 って言いたかった。

 でも、口にしたら……完全に折れる。

「また、そうゆうこと言う……」

 ちゃんと湯船に浸かって、ホットミルク飲んで。
 ってそうゆうことじゃないんだよ、凜!

「ねぇ……僕が東京行くまで同棲しない?」
「え? 同棲って……引っ越すのに荷物増えるよ」
「そうだけど……離れるまで、たくさん一緒にいたい」
「そーだね。でも逆に離れ難くなったりするかも」

 なるべく泊まりに行くし手伝いもするから、と現実的な話を繰り返す。

 ……凜。
 だから、そうじゃなくて――――。

「わかった。もういいよ。……僕ばっか好きなんだ」
「何?」

 ふと漏れた本音が、彼女には届かなかったみたいだ。

 今夜は一層、ベッドの中が冷えそうだ。


 仕事の合間に、つい凜を探してる。

 僕、こんなで出向できるかって……ほんと不安になる。

 あの電話以来しばらく外回りが続き、残業も厳しくて。
 まともに凜と会話も出来ていない。

 声も聞けないし顔も見てないと、イライラがだいぶ溜まって、そろそろ爆発しそう!

 デスクにいないから給湯室に向かうと、ちょうど凜の声がした。

「今日、優さん元気そうです?」
「知らね。興味ない」

 サキも居る。
 とっさに入口で身を潜めてしまった。

「何で男の人って急ぎたがるとゆうか、待てないんですかね?」
「何!? あいつ早漏なの!?」
「違いますっ!」

 凜が高い声を上げる。
 聞き耳たててりゃ何の話だよ……

「思いつきで突拍子もないこと言うとか。女は色々準備とか充電しとかないと、イベントに対応できないでしょう?」
「男はさぁ闘いの世界で生きてんだよ。そん時が大事なの。だから、欲しいもんはすぐ手に入れたいんだよ。タバコみたいなもんじゃん」
「そーなんですね……って姉さん、タバコやめてって何度も……」

 いつ結婚して妊娠してもおかしくないんだから!
 凜の小言が始まった。

「はいはい、真野は可愛いな~♪」

 サキのご機嫌そうな声が聞こえて。

 ムカつくっ!
 サキにまで嫉妬するとか……出直そう。

 凜はさ、わかってないんだ。
 ホレたら沼なんだよ。
 欲まみれの底なし沼。

 充電なんかで足りるワケないだろ!
 こっちはどっぷりだよ!!

 ほんと、おればっか好き過ぎる……。


 午後はサノさんと、不動産屋の社長と商談。

 「失礼します」と凜がお茶を運んできた。
 何気に久々の顔合せなんだけど……チラッと目線が合う。

「あ、真野さん!今日は真野さんとも、話したかったんだよ!」

 社長が先手をかけて視線を奪ってしまう。
 「座って座って」と促され僕は隣の椅子を引いてやった。

 堅苦しく座ってる凜との距離が気まずい。

――新人なのにしっかりしてて。
 そうですね。(サノ)

――気が利いててね。
 ありがとうございます。(サノ)

 ただのビジネストークかと思いきや……

「私の息子とお見合いはどうかな?」
「「「 !?!?!? 」」」

 は!!?
 ちょっ、彼氏の前でその話する!?

 何の罰ゲーム!? 
 もぉ~。

「社長、真野はまだ知識を積む歳ですから、他に良いお相手がいると思いますよ」

 サノさんの助け舟もお構いなしに、「どぉ?」って食い下がんないなっ。


「……恋人がいるんです。彼は誠実に仕事をこなす人で、尊敬しています」

 はっ!? 
 凜の言葉に胸が踊った。

 素知らぬ顔で、凜の話声に集中してる自分。

 彼女は丁寧に、社長だけでなく、僕にも伝えようとして……くれてる?

「とても大事にしてもらっているので……。
 寒がりな彼に、今、私は……セーターを編んでるんです」

 !!!セ、セ、セ、セー!?!!

「手編み!? 時間かかるでしょう?」
「はい。難しいんです、けど……大好きなので」

 パシッ。
 口元押さえ込んだ。

 ヤバイ……顔面崩壊する!

「そっかぁ大好きじゃあきらめよう、って佐藤くん? 大丈夫?」

「くっ! ……はい」

 凜やめて。もう、勘弁してっ!
 凜がこっそり、指を繋いでくるから……

 自分でも困っちゃったんでしょ?
 僕にすがりたくなるくらい……

 凜の気持ち、十分伝わったから。
 僕、もう降参っ。

「真野さんも照れ過ぎじゃない?
 って何で、佐野くん涙ぐんでるの?」
「いや。祝福の鐘が聞こえまして、感無量で…」
「3人共おかしいよ……?
 えっと、仕事ちゃんとしてくれるよね?」

   コク    コク     コク 
   (恥) × (照) × (泣)
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