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12.一蹴【 梶翔大side 】
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「今日の勝利に!」
「梶の1ゴールもな!」
「オレ出てないけどぉ」
「「「 乾杯!!! 」」」
寮から一番近い、赤提灯の居酒屋。クラブのサポーターしめてるおっちゃんの店だ。
ホーム試合の後、束の間の祝杯。開幕戦から今んとこ勝ち越し。順調なスタートだ。
よきよき乾杯がこのまま続けばいい。
後輩のルイがスマホ片手にわめき出す。「既読もつかねー! ホームなのに試合も来てくんねー!」と、彼女の愚痴だ。
「リーグ始まると毎週試合だし、アウェーもあるし。かまってやれないから、フラれんのがオチ!」
先輩のジョーさんがたしなめる。
「俺も最近会ってないや。タメなんだけど、入社して大変そう」
交際2年目……だっけ?
俺の彼女は今春、社会人になった。
「かまってもらえなくて可哀想でしゅねー」
ジョーさんが俺の頭を撫で回す。
もう、この人は兄貴みたいなもんで。俺が高卒で入団してからプロのイロハに、酒の飲み方も教わった。
5年目だ、ずっと面倒見てもらってる。
「ジョーさんの彼女ナースでしょ? 時間合う?」
「夜勤あるから難しいけど、あいつ天使なの。ワガママ言わない」
膝手術した時の担当だって、とルイに教える。
「何、そのドラマ設定! 裏山っ」
ルイが一層拗ねてジョーさんにちょっかいを出す。
確かに……
彼女にワガママ言われると冷めるんだよな。俺ん中でサッカーより優先される事ないし。
好かれるのは嬉しいから大事にするけど、相手に飽きられていつも終わりなんだ。
俺もそんなに追いかけない、ってゆーか……女に惚れこんだ事がない。
それより、サッカーが無かったら……俺、生きてこれなかっただろーし。
「俺は天使より、勝利の女神が欲しぃー」
「ホント梶はサッカーひと筋な!」
「この人、練習前も毎日走るよ。怖いよぉ~あんた真面目にやりすぎ!」
ルイが伝票を「イエローカードぉ♪」って、ペタペタ俺の顔に貼り付ける。
このっ。かまってヤローの甘ったれがっ!
ルイの金髪頭をグリグリしてやった。
コイツ坊主で入団してきたのに!
チャラ男に変身したかと思えば、酒の解禁と共にウェイ系の完全体に。
「俺にはサッカーしかないから……
さぁて、1杯飲んだら寮に帰ろっ」
「「 もうちょっとぉ~ 」」
駄々をこねる兄と弟分に今日も癒されて。
――――父さん、母さん、ばあちゃん。
俺……ちゃんとできてるかな?
ふとした瞬間、癖で呼びかけてしまう。静寂した心の声で……
明日もめいっぱい、サッカー頑張るよ!
「なんかぁ、プロのサッカー選手って思ってたのと違う……つってフラレましたあぁ!」
「あるね」
「よくあるパターンよ」
ルイの嘆きに俺とジョーさんが同調する。
試合後のロッカールーム。
合コンしよ、とルイが擦り寄ってくる。
「よせっ。シャワー行って来い!」
「お前、取っ替え引っ替え……」
ジョーさんもボヤいてる。ホント呆れるよ。何回目だって。
「だってぇ、みんな可愛いから」
「あのなぁ、だいたい見た目から入ると、ほぼ減点方式なんだよ! いいか! このままオーセン着て合コン行ってみ!? 俺ら無敵だよっ」
「ぶはっ! 必死かっ」
ジョーさんユニフォーム張ってノってきた。
馬が出ちゃってるよ~。ヒヒ~ンなりかけてる。
「まぁ初めはスゴォイってなるよね。プロのサッカー選手なのぉ? って」
「でもさ、カラーとかスポンサーの名前で、格が全然違うのよ! それに気付くと、なんか違うってなるワケ」
「わかるぅ! 年俸スゴイよね? って実際知るとガッカリされるよぉ」
「だろ? プロって言ったら、海外組も日本代表も全部同じもんだと勘違いすんだよ。全然違うっつの。ベンツと原付くらいの差あんだろ?」
「あるね」
「Jリーグも1から3まであるって知らない子多いし。そりゃあ、トップチームでプレイしたいけどさぁ」
「な! 夢はあるけど金はないって。その点、俺の天使は夢大事にしてくれるからぁ♪」
「なんだよっ結局、天使自慢かよぉ」
ふたりのワチャワチャを聞きながら、鼻で笑って……俺はいつもの祈りの時間だ。
試合前と後、ピッチに入る時、俺のジンクスで右足首に手を添える。
おまじないみたいなルーティンだ。
いつからだったか……高校?
もっと前のような?
こうすることで、よくシュートが決まって。
あぁ、そうだ。
確か大事な局面、絶対決めなきゃいけない。
プレッシャーに襲われて、祈るようにこのポーズをしたんだ。
試合中しんどい時に、“ 負けないで ” どっかから聞こえて、力を奮い立たせてくれた。何回も。
ふっ、自分でもウケる。
そんなハッキリもしないものが染みついてるなんて。
今日もスパイク履いてピッチに立てた事、当たり前じゃなくて、幸せな事だと思う。
プロ選手として華々しくプレー出来るのは、ごくひと握りの天才達だけだ。
生計が成り立たなければ選手をあきらめざるを得ない。
俺がサッカー続けられるのも、両親の遺産があってこそ。それを忘れたことはない。
いつも俺は守られてる―――そう感じるんだ。
会えなくても、俺の支えなんだって。
……目を閉じて、心に想いをよせる。
今日もケガもなく、サッカーができた事。仲間がそばにいてくれる事。感謝だ!!
☆
今週からアウェー試合が続く。ホームに帰るのは半月後だ。
チームは空港からバスに乗り込んで、スタジアムに向かっている。
今日は……雨だ。
バスの窓に雨だれがいくつも跡をつける。外の景色がぼんやりと滲んで……
俺……この眺めがキライだ。
昔から決まって雨の日は、憂鬱になりかける。
頭の片隅で、思い出したくない事を、塞いでいなきゃいけないような……どっと疲れがたまる感じ。
気を紛らわす為にスマホを開いた。彼女にメッセでも……って何も送ることがねーや、通話もしばらくしてないし。
1週間前から流れのない画面を見て、軽いため息をついた。
もっと前からだ。スクロールすれば、恋人なんて関係が終わりに向かっているのは明白だった。
気晴らしにもなりそうになくて、スマホはしまった。
隣のジョーさんはスマホに釘付けだから、鼻唄からして天使とうまくいってんだろ。
「ジョーさん。俺、遠征終わったら、ひとりでホーム帰んね」
「ん? おう。あー、墓参り?」
「うん」
「気ぃ付けてな」
「ありがとう……」
背もたれに寄りかかって、グレー色の景色を薄目で見つめた。
この雨が早く止むといい……俺は瞳を閉じて願った。
線香の煙が風にのって漂う。
半年振りか……
花を供えて手を合わせた。
父さん、母さん……
今シーズンも選手やってるよ。
「俺、ちゃんと出来てるよね?」
もうすぐ9年目の命日が来る。
あのとき、何もかもを失った衝撃は……今も体の奥底に染みついて離れない。
今の俺があるのは、きっと――――
俺の事を、大切にしてくれてた……絶対的な記憶が支えだったと、思う。
「来年は10年かよ。……俺も歳とったなぁ」
ずっと、父さんと母さんは昔のまま。
そのうち俺の方が老けちゃって……ははっ。
もう思い出は色あせて……
今はぼんやりとしか映すことができない。
親より歳を取るって、想像できないや。
いつもここに来ると……
虚しくて、寂しくて、胸の奥がピリッと。そんな気になるんだ。
でも墓石に手を添えれば……冷たい感触しか味わえないけど、心の中があったまってくる。
不思議な魂の繋がりだ。
「ずっとひとりぼっちは……悲しいよね?
はぁ。ジョーさんじゃないけど、俺も早く女神見つけないとな……」
両親の前でそんな独り言をボヤいて、急に気恥ずかしくなった。
火照りそうな頬を、そよ風が撫でてゆく。
緑の葉が……何処からか飛んできて宙を舞っていた。
もうすぐ梅雨が明ける。
俺の気分も晴れそうな予感がした。
ヴィーン、ヴィーン、ヴィーン。
スマホのアラームがクラブの寮の自室に音が鳴り響く。朝の起床時間。
「ぅうーんっ……」
手探りでアラームを止めて、まだベッドの中でモゾモゾ。
……朝か。最近、起きるのに時間がかかる。
目覚めは良い方だったのに……
目をうつらうつら、してからでないと起きれない。
……ん?
んん??
何か違和感……
「ああん!?」
バフッ、と。
布団をはいで下っ腹に手をあてる、そしてまさぐってみる。
「△✕%@#☆~!? ……は? 何で?」
こんな目覚め悪い朝ってある!?
俺のアレが……
起きてないっ!
「ぶはぁ腹いてぇ。ないわぁ、クソワロ」
ルイがグランドに膝落ちして、俺の寝起きの非常事態を楽しんでいる。
俺は冷めた目でストレッチを始めた。
「梶さん……はい」
「?」
ルイが人差し指を突き出すので、俺もマネしてやると指先をくっつけてきた。
「何だ?」
「それは、E.T.な」
すかさずジョーさんがツッコミ。
「このっ、クソッ」
「やめてぇ。オレの、発情エネルギー分けてあげようかと」
ルイがジョーさんを盾に逃げ回るのを、俺は怒り任せに蹴りかかった。
「城! 梶! 類! ちゃんとやれ!!」
コーチの激が飛んできて「ウェーイ!!!」と返す。
「酒でも飲み過ぎたのか?」
ジョーさんが心配してくれて、首を振った。
「彼女か? 別れたのがショックとか?」
「えー? 未練とかないし」
さすがに連絡も無くなればね……
あっさり会うこともなく、スマホの中で
お別れした。
「じゃあ、ほれ、エド君のせいじゃね?」
アップを始めたアフリカ出身の新入りを、クイクイと顎で示した。
それは先週の話だ。
「ワタシハ∀∩∃∑∵∅ヱ~ゞ▷エド△∂∅∴∀デス」
突然スカウトが連れて来た。
「長っ、わからんっ!」てチーム一斉にザワついたさ。
「まぁ、あの身体能力は反則だよね」
俺は同じポジションで絡むこと多いし、場合によってはスタメン争いも……あり得る。
「どっから見っけて来たんだろーねぇ? ありゃチーターだよぉ」
ルイが俺とジョーさんの間に入ってくる。
どこで覚えたのかエドはお辞儀ばっかして、ニカッと白い歯をむき出しにして笑う。もうチームのイジられキャラだ。
だけどさぁ……
「あいつゲームになると、めっちゃエキサイトすんじゃん! 何語!?
俺、あいつとツートップとか、すげーやりにくい!」
思わず愚痴が出た。
「珍しく梶さんオコ~」
ルイが茶化す。
でも変にイラ立ってるのも、自分らしくないと思う。体に起きた異変も、些細な違和感も。
このとき気付いた小さな変化に、俺は少し嫌な予感がしたんだ。
リーグ戦30節アウェー、後半20分すぎ。
「梶! 交代!」
「っ!?」
ベンチからピッチに監督の声が飛んできた。
戦意が一気に失せて、体からチカラが抜ける……。1回もゴールを狙えなかった。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
ラインに向かって、エドと交代した。バシッと背中を叩いて送り出す。
「あざっす!」
ナマッた日本語で返し、加速していった。俺は一礼してピッチを降り、ベンチに戻る。
クソッ、クソッ!!
心の中は荒れていた。思うように体が動かない……
直感に反応する動作にズレがある。体中のいろんなトコが乱れてるようで、うまく自分を……コントロールできなくなっていた。
マズい……
今日勝点を獲らなければ、チームが下位に落ちる可能性もある。
益々窮地に陥って、自分自身も追い込んだ結果……
俺のフラストレーションが爆発したのは、次の試合だった。
「ジョーさん!!」
ファウルのコールと共に、俺は逆サイから滑り込んで近寄った。
ジョーさんが膝を抱え、うめき声を押し殺し、もがき苦しんでいる。
俺、見てた。
ワザと足狙ってた。コイツ……
俺は敵を睨みつけた。
心配してるフリだろ?
反省してるフリだろ?
その薄ら笑いっ!
「おいっ!!」
カッとなって突き飛ばした。
レッドカード!
人生初の、一発退場を喰らってしまった。
「ねぇ聞いた?
ひとつスポンサー降りるらしいよ」
「あー、
いっとき下位落ちたのヤバかったな」
大手らしいんだよねぇ~。マジで?
ルイがヒソヒソしてきた。俺のレッドも響いたかもしんない。
練習前のグラウンド。
いよいよかね~、しんみりした空気に黙ってたジョーさんが……
「……ついでっちゃなんだけど」とモゴモゴ。
「「 ?? 」」
「俺さぁ……今シーズンで引退するわ」
「「 あ"ぁっ!?!? 」」
一気に不穏な風が流れる。
食い付くような両サイドからの視線に、ジョーさんは頭を掻きながら……
「もう潮時かなって。膝も限界だしな。
まぁアレだよ……結婚もしたくて」
うつむき加減で照れ臭そうに?
違う、悔しそう……だよな。
俺とルイは言葉が出なかった。
この前、ファウルくらった後……ジョーさんは病院直行した。
「大丈夫!」って帰ってきた。けど……
レッド貰った俺に、荒ぶる馬の説教が待ってた。正座で30分……。
「こ"ぉらぁっ梶!
ストライカーが退場してどうする!?」
「スンマセン……」
「まったく……お前も!
ヘラヘラしてねーで、ここに座れっ!」
ついでにルイも。渋々、俺の隣に正座する。
「何でオレまでっ!?」
「お前は遊び過ぎっ!!」
と、いつものヤツかと思ってた。
最後の方は、ヒヒ~ンにしか聞こえてこなかったし。
その時には、もう決めてたんだね。
だから俺たちに、最後の愛のムチを……
「ちょ、超ウザ~。
ここでノロケぶっ込むとかぁ」
ルイがジョーさんの脇腹を突っつく。
「ヤメロッ」ってすぐクネクネしちゃうんだ。
ルイも勘がいい。俺と同じように流れを読んだな。
何回も見てきた。ケガで、経済的事情で、体力の衰えを理由に、去って行った仲間たちを。
無理に止められない事は誰もが心得てる。
それしかないなら……
ジョーさんが覚悟を決めたんなら……
俺は拳を握りしめて、ぎゅっと奥歯で涙を噛み殺した。
俺ん中の闘志が、燃え始める。
「負けらんねぇ。
残りの試合、全部勝ちに行くぞ!」
ふたりに向けて拳を突き出した。
「「 !?!? 」」
おふざけをすぐさま止めて、拳を合わせる。
3人で力強い視線を交わした。
ミュートなアイコンタクト、ガチなやつ。
本気、全力モード全開!!!
最終節。
勝利で締めくくり、何とか下位プレーオフは回避できた。
もう浮かれてるヤツがひとり。
ロッカールームで……
「梶さん、街コン行こうよぉ。参加してって頼まれててぇ」
いや、俺さっきまで感動してたよ。
ジョーさんの引退聞いてから残りの試合、得点の半分はルイ起点だったし。
今日もイイ活躍してた。
試合後にジョーさんの引退式やって、最後に花添えれて良かった!
ルイすげぇって。
「ワンチャンあるかもよっ。オオカミできるかもよっ」
コイツはっ!
なんて呆れてたんだけど、なんだかんだで流されて……
今、隣で年上の女から色目送られてる。
これは……え?
オオカミ、なってもいいの?
まぁ俺の未だ不完全を貫き通す相棒が、ちゃんと働くのか確かめるにはチャンス……?
悩んでる間に腕を引っ張られて、ふたりで抜けません?
と耳打ち……。
「行こ」
オスのスイッチ入ったかもしんない。
グラスを空けてルイに合図送って……直行した近くのホテルの一室。
自分から脱ぎ出すとか。……軽い女。
あぁ、俺も今は相当なクズヤローか……。
好きにもなれそうにない女とヤるなんて……どうかしてる――――。
キイィィバタン!
ベッドの上でドアが閉まる音を聞いた。
枕に顔を埋めてジタバタもがく。
オワタ。
俺のオスの機能!
どこいっちまったんだよー!?
「――――完全に戦意喪失で1ミリも立てない感じ?
もうさぁ。ずっとAV垂れ流しで眺めてても、ナンも欲情しないワケ。シャワー浴びてホテル出て……朝日に向かって泣きそうになりながら、ランニングで帰ってきた」
って報告を俺はジョーさんの送別会でする。
ふたりが「ヤベェヤベェ」笑い転げた。
「もういいよ、俺の話は」
カッコ悪くて自分でも萎える。
「ジョーさんはどうするの?」
「はぁ梶マジ草だ……
俺、年明けたら彼女んとこ行くわ。就職先見っけて、結婚する予定」
なんか兄貴がカッコ良く見える。
寂しさと嬉しさとゴチャゴチャで、また泣きそうになってる自分がいた。
「あ、ちなみにオレぇ、彼女できたよ」
「「 はぁ!?!? 」」
どこまでも俺の感動を潰しに来るな、ルイはっ!
いつって聞いたら昨日って……
「もっ回する?」俺に人差し指を向けてくる。
カチンと来て首根っこ押さえつけた。
「もうケンカすんなって。
まぁ冗談抜きでドクターに相談しろよ」
体が仕事道具なんだから。
ジョーさんは最後まで心配してくれて有り難かった。
ラストのよきよき乾杯で門出を盛り上げて、新年を迎えるとジョーさんは天使の元へ出発した。
そして俺には……
予期せぬ事態が待っていたんだ――――。
年が明けて練習も始まったけど、寮生活がすっかり物足りなくなった感じ。
でもその分ルイがやたら絡んできて、超ウザいっ!
ジョーさんの言い付けは守って、俺はドクターに恥を忍んで相談した。
まぁ、俺の機能が働いてないのは実証したし。
そんで、手配してもらった病院の精密検査をいろいろ受けて、再検査もやった。
これで原因がわかれば、調整しつつベストコンディションで、開幕に間に合うかな?
安易な気持ちで受けた検査結果で、天地がひっくり返るような衝撃をくらう。
「癌を発見しました」
は?
――――目の前が……真っ白な光景になって、何もかもが、止まった。
我を取り戻したのは、記憶に染み込んだサッカーの事。
それしかなかった。
「サッカー……
サッカーは続ける事ができますかっ!?」
俺が生きる理由、これしかないし……
でも、たったひとつの願いも打ち消された。
「梶さん……サッカーが出来るか、できないかの問題ではなく、5年後生きていられるかとゆう、命の問題です」
―――― あぁ、そっか。
俺……
死ぬかもしれない――――そーゆうことだ。
これが俺のひとつだけの現実なのか……
俺の癌は非常に発見が早く、手術と抗がん剤で生存率が高まるかもしれない。
できるだけ早く治療を始めましょう……そう、話だけ聞いて帰った。
帰ってきた寮が、もう俺の居場所ではなくなるのだと……
寂しさが込み上げて、自室に籠もりひとしきり泣いたんだ。
翌日。
腹をくくった俺は……もう引退を申し出ていた。
来月にはリーグも始まるし、開幕前の大事な時に、戦力にもなれない俺は邪魔でしかない。
ただ病名は伏せて、手術と治療に専念する為と公表した。
心残りはルイだった。
ついこの前、ジョーさんが居なくなったばかりだ。
なるべく重くならないように、やっぱ病気だったわ~……
程度に話したつもりだったけど。
黙あって聞いてるルイが、逆に可哀想になってしまった。
ドタバタと手続きを済ませ、いよいよ退所の時……
ルイが出口まで見送りに来た。
「じゃあな。……スタメン、取れよ」
「……っ」
ガバッときて、ガシッの、ガッツリ抱きつかれた。
「重っ。コアラかお前は……」
「オレ……明日から梶さん見習って走るよ」
かすれた声で頭をこすり付けてくる。
金髪がくすぐったくて……涙が出るかと思った。
「はっ……今日から走れって」
ルイの背中をポンポンしてやった。
ひっつき虫の甘ったれがっ。
楽しかったよ……お前が居て。
ちっとも寂しいなんて思わなかった。
それから、羨ましいよ……ほんとに。
まだまだサッカー続けられる。センスも実力も……俺はちゃんと認めてたからな。
本音は胸の中にとどめた。
そして、俺の夢は仲間に託し……長年世話になったホームにさよならをした。
雪の降りそうな空……
俺は薄く水滴の張った窓から外を見上げた。
冷たい風が吹いているそうだ。
天気予報のニュースが伝えている。
俺は、病院の個室で、ぬくぬくと暇を持て余していた。
いつ退院できるかはわからない。
治療法を探すための検査、検査、検査。
とりあえず暇!
隠れて筋トレ、脱走とゆうランニング。
そして、たまにかかってくる電話。
「ルイ、何? 看護師?
……合コンっておまっ、まさかもう別れたのか!?」
相変わらずな近況報告。
俺が暇なのタイミング良く察してよこしたなと。
「あ、ジョーさん? 就職決まったの!?
おめでとっ」
自分でも大病患ってるのが不思議なくらい、痛みもなければ至って普通な気もした。
不幸中の幸い?
まだこの時は、残りの人生を楽観視していたと思う。
とりあえず、5年。
目標はそこを通過する事……
まだ希望はある。
あきらめるのは、まだ早い。
突然死ぬよりはマシだ、と。
俺の勘が……悪い予感を捉えたのは、検査が終了して治療の説明を受ける時。
担当医が渋い顔で現れた。誰か知らない男を連れ立って。
結果と自分の現状を理解し――――俺ができた事は……
「はっ、ははっ……」
死んだ笑いしか、出せなかった。
癌の位置が悪くて手術はできない。
強い抗がん剤も使えない。
なぜなら……稀な小児難病の兆候がある。
癌と難病が同時進行した場合、極端に余命が短くなる――――と。
23回目の誕生日。
あまりの急展開に、まさかの、予想外な余命宣告……
これ……
俺、どうやって戦うんだ?
ぼーっとする俺に、「少し僕も話をしていいかな?」と、名刺と柔らかい笑顔を向けられた。
「関東にある、丘の上の大学病院で、難病の治療と研究をしています」
たまたま学会で訪れていた、この岸先生が俺の難病を見つけてくれたそう。
名刺に書かれた住所に、頭の遠くにあった記憶が反応した。
「ここ……俺、昔、住んでました」
朗らかに頬をあげる先生の背景に、ぼんやり懐かしい思い出が映った気がした。
「僕の研究に協力してくれませんか?」
先生が言う。
俺は考えもなしに、「はい」と答えた。
俺の直感がそう言わせたんだ。
何か、まだ、あきらめたくない――――気持ちが……。
トクトク、俺の中で小さく音を立てていた。
桜の花びらが舞う、暖かな春の日。
俺は、懐かしい思い出の町に降り立った。
「随分変わったな……」
新幹線を下りて目にした駅前の風景に、すぐは馴染めなかった。
先週、東京に住まいを移した。
23の誕生日。あの告知の後、投薬と検査の通院計画に承諾し退院した。
1カ月ちょいで、九州からこっちに来るなんて、結構至難の業だったな。
岸先生に診て貰いながら、状況によっては
身辺整理が必要かもと考えて……東京を選んで引っ越した。
ルイとジョーさんには、こっちで治療する事になった、とだけ告げて会わずに来た。
もしかしたら、最後になるかもしれない……
動揺して泣いたりでもしたらって。
ふたりには大事な生活があるから、俺のせいで心を乱して欲しくはない。
さて、丘の上の大学病院までは、どうやって行くかな?
駅前から遠くの、こだかい緑に囲まれた町並みを見渡した。
「あ、やっぱ変わってないかも」
昔も町並みの光景はこんな感じだった……
記憶の断片と一致する。
ふわっと、もっと……もっと……
何か溢れて来そうな感覚になった。
「ん?? あ、検索しないと……」
―― 優さん?
今、駅着いた。新幹線が…… ――
「……よし。バスで行こ」
俺は運命を受け入れてる。
この先どうなろうと走れるとこまで……走るのみだ!
目の前の岸先生は、すごく申し訳無さそうに僕に告げた。
「現段階の癌のステージと、難病の進行を予測して……。
来年まで命を繋ぐのが難しい、という所です」
「そう、ですか……」
――――――。
命の、最終告知……
どこかで納得していたかもしれない。
治療に訪れる度、ここに入院している難病の子達を目にした。
発症すればものの数カ月で寝たきりになり、感染症を危惧しつつ……短命に怯えながら生きる。
本当にまだ子供ばかりだ。
俺はそれをなぜか回避して、この歳までサッカーという生きがいに恵まれた。
幸運だと思った。
「癌は根付いた所が厳しいね……
ご家族にも癌を患った方がいるかな?」
「両親は事故で。あ、でも……」
確か、父さんも両親を早くに亡くしたと。母さんのじいちゃんも。ばあちゃんは持病があったし……
そう話すと、先生は遺伝的な要因もあるかなと言った。
――――宿命。
俺のこれが定めなんだ。
独り身ならと、先生は病院のホスピスを薦めてくれた。
難病の研究にできる限り協力したい。
先生と握手を交わし、少し疲れた頭を裏庭のベンチで休ませた。
まぶしいほどの光が降り注ぐ……そうだ。
凜と再会して話したベンチに座った。
あのとき、俺は……
絶望的な現実に、我を一瞬見失って――――。
ひとりでぼーっと、この先の……生き方を探った。
小さな悪性腫瘍が、眠ってた稀な小児難病を目覚めさせたのか、それとも逆か 。
2つを発見できた事は幸運だったけど、仲が良すぎて、どちらかを叩くこともできない。
手を繋いで悪さを始めたら、一気にヤラれる――――。
俺、両親てゆう大事なもん2つ同時に失って、また厄介なもん2つ貰ったな 。
一度あることは二度ある的な?
ぼんやりと自分の人生と目の前の光景を、重ね合わせるように眺めていた。
梅雨の晴れ間、イイ芝の生えた憩いの場。
車椅子の男性が少年に向って、サッカーボールを投げた。
いい眺めだ。
あっちでは、両脇を年頃の娘と奥さんに抱えられて歩くオジサン。
幸せそうだ。
みんなが笑顔で輝いているように見えた。
自分の光景に薄っすら、俺と父さんと母さんも……見えた気がした。
「ふっ、起きてて夢見た……よしっ」
仲の良い家族連れも……羨ましく思った。
自然と――――。
ここで最期をむかえたい。そう、決めたんだ。
家族で過ごした思い出の場所が見下ろせる、ここで――――。
俺の最期の瞬間は、ここに、決めた。
そして……
10年目の命日。
これが最期の墓参りで、来年は……俺もこの中だ。
「ごめんね……
もうグランドにも立てないし、ゴールの祈りもあげられない」
不思議と“ 死 ”に関して恐怖はなかった。
大切な人を失うことの方が、よっぽど怖いってことを知っているから。
「お墓のことは住職に頼んでおいたから。
心配しないで」
これからの管理のこと、俺の未来……
伝えたら、住職は手を合わせながら涙を流してくれた。
手続きは全て弁護士さんに任せてある。
俺の後見人だったひとだ。東京に引っ越したのも、弁護士さんの力が必要だったからだ。
ばーちゃんの相続以来、俺に関わる代理を相談しに行った。
次は俺の死後の……
でもその日は話ができないくらい、弁護士さんは泣いてくれたんだ。
俺の代わりに、涙を流してくれる人がいるから……
きっと俺は救われている。
ポツ、ポツ、ポツ。
空を見上げた。時折、雨粒が顔にかかる。
「今年は梅雨が長いな……」
ここにも長居しない方が良さそうだ。
「次に来るときは……
俺もずっと一緒にいられるからね」
最期になるだろう言葉を語りかけて、ふと見下ろした足元に……可愛い花が咲いていた。
墓石にくっついて生えている。
遠い昔、イタズラにいっぱい獲ったような……懐しい感じがまとった。
悲しくはない。
あと1か月したらホスピスに入る。家族で暮らしたあの町に戻るんだ。
きっと、寂しいなんて思うわけないさ。
小雨の中、何度か振り返って墓地を後にした。
「梶の1ゴールもな!」
「オレ出てないけどぉ」
「「「 乾杯!!! 」」」
寮から一番近い、赤提灯の居酒屋。クラブのサポーターしめてるおっちゃんの店だ。
ホーム試合の後、束の間の祝杯。開幕戦から今んとこ勝ち越し。順調なスタートだ。
よきよき乾杯がこのまま続けばいい。
後輩のルイがスマホ片手にわめき出す。「既読もつかねー! ホームなのに試合も来てくんねー!」と、彼女の愚痴だ。
「リーグ始まると毎週試合だし、アウェーもあるし。かまってやれないから、フラれんのがオチ!」
先輩のジョーさんがたしなめる。
「俺も最近会ってないや。タメなんだけど、入社して大変そう」
交際2年目……だっけ?
俺の彼女は今春、社会人になった。
「かまってもらえなくて可哀想でしゅねー」
ジョーさんが俺の頭を撫で回す。
もう、この人は兄貴みたいなもんで。俺が高卒で入団してからプロのイロハに、酒の飲み方も教わった。
5年目だ、ずっと面倒見てもらってる。
「ジョーさんの彼女ナースでしょ? 時間合う?」
「夜勤あるから難しいけど、あいつ天使なの。ワガママ言わない」
膝手術した時の担当だって、とルイに教える。
「何、そのドラマ設定! 裏山っ」
ルイが一層拗ねてジョーさんにちょっかいを出す。
確かに……
彼女にワガママ言われると冷めるんだよな。俺ん中でサッカーより優先される事ないし。
好かれるのは嬉しいから大事にするけど、相手に飽きられていつも終わりなんだ。
俺もそんなに追いかけない、ってゆーか……女に惚れこんだ事がない。
それより、サッカーが無かったら……俺、生きてこれなかっただろーし。
「俺は天使より、勝利の女神が欲しぃー」
「ホント梶はサッカーひと筋な!」
「この人、練習前も毎日走るよ。怖いよぉ~あんた真面目にやりすぎ!」
ルイが伝票を「イエローカードぉ♪」って、ペタペタ俺の顔に貼り付ける。
このっ。かまってヤローの甘ったれがっ!
ルイの金髪頭をグリグリしてやった。
コイツ坊主で入団してきたのに!
チャラ男に変身したかと思えば、酒の解禁と共にウェイ系の完全体に。
「俺にはサッカーしかないから……
さぁて、1杯飲んだら寮に帰ろっ」
「「 もうちょっとぉ~ 」」
駄々をこねる兄と弟分に今日も癒されて。
――――父さん、母さん、ばあちゃん。
俺……ちゃんとできてるかな?
ふとした瞬間、癖で呼びかけてしまう。静寂した心の声で……
明日もめいっぱい、サッカー頑張るよ!
「なんかぁ、プロのサッカー選手って思ってたのと違う……つってフラレましたあぁ!」
「あるね」
「よくあるパターンよ」
ルイの嘆きに俺とジョーさんが同調する。
試合後のロッカールーム。
合コンしよ、とルイが擦り寄ってくる。
「よせっ。シャワー行って来い!」
「お前、取っ替え引っ替え……」
ジョーさんもボヤいてる。ホント呆れるよ。何回目だって。
「だってぇ、みんな可愛いから」
「あのなぁ、だいたい見た目から入ると、ほぼ減点方式なんだよ! いいか! このままオーセン着て合コン行ってみ!? 俺ら無敵だよっ」
「ぶはっ! 必死かっ」
ジョーさんユニフォーム張ってノってきた。
馬が出ちゃってるよ~。ヒヒ~ンなりかけてる。
「まぁ初めはスゴォイってなるよね。プロのサッカー選手なのぉ? って」
「でもさ、カラーとかスポンサーの名前で、格が全然違うのよ! それに気付くと、なんか違うってなるワケ」
「わかるぅ! 年俸スゴイよね? って実際知るとガッカリされるよぉ」
「だろ? プロって言ったら、海外組も日本代表も全部同じもんだと勘違いすんだよ。全然違うっつの。ベンツと原付くらいの差あんだろ?」
「あるね」
「Jリーグも1から3まであるって知らない子多いし。そりゃあ、トップチームでプレイしたいけどさぁ」
「な! 夢はあるけど金はないって。その点、俺の天使は夢大事にしてくれるからぁ♪」
「なんだよっ結局、天使自慢かよぉ」
ふたりのワチャワチャを聞きながら、鼻で笑って……俺はいつもの祈りの時間だ。
試合前と後、ピッチに入る時、俺のジンクスで右足首に手を添える。
おまじないみたいなルーティンだ。
いつからだったか……高校?
もっと前のような?
こうすることで、よくシュートが決まって。
あぁ、そうだ。
確か大事な局面、絶対決めなきゃいけない。
プレッシャーに襲われて、祈るようにこのポーズをしたんだ。
試合中しんどい時に、“ 負けないで ” どっかから聞こえて、力を奮い立たせてくれた。何回も。
ふっ、自分でもウケる。
そんなハッキリもしないものが染みついてるなんて。
今日もスパイク履いてピッチに立てた事、当たり前じゃなくて、幸せな事だと思う。
プロ選手として華々しくプレー出来るのは、ごくひと握りの天才達だけだ。
生計が成り立たなければ選手をあきらめざるを得ない。
俺がサッカー続けられるのも、両親の遺産があってこそ。それを忘れたことはない。
いつも俺は守られてる―――そう感じるんだ。
会えなくても、俺の支えなんだって。
……目を閉じて、心に想いをよせる。
今日もケガもなく、サッカーができた事。仲間がそばにいてくれる事。感謝だ!!
☆
今週からアウェー試合が続く。ホームに帰るのは半月後だ。
チームは空港からバスに乗り込んで、スタジアムに向かっている。
今日は……雨だ。
バスの窓に雨だれがいくつも跡をつける。外の景色がぼんやりと滲んで……
俺……この眺めがキライだ。
昔から決まって雨の日は、憂鬱になりかける。
頭の片隅で、思い出したくない事を、塞いでいなきゃいけないような……どっと疲れがたまる感じ。
気を紛らわす為にスマホを開いた。彼女にメッセでも……って何も送ることがねーや、通話もしばらくしてないし。
1週間前から流れのない画面を見て、軽いため息をついた。
もっと前からだ。スクロールすれば、恋人なんて関係が終わりに向かっているのは明白だった。
気晴らしにもなりそうになくて、スマホはしまった。
隣のジョーさんはスマホに釘付けだから、鼻唄からして天使とうまくいってんだろ。
「ジョーさん。俺、遠征終わったら、ひとりでホーム帰んね」
「ん? おう。あー、墓参り?」
「うん」
「気ぃ付けてな」
「ありがとう……」
背もたれに寄りかかって、グレー色の景色を薄目で見つめた。
この雨が早く止むといい……俺は瞳を閉じて願った。
線香の煙が風にのって漂う。
半年振りか……
花を供えて手を合わせた。
父さん、母さん……
今シーズンも選手やってるよ。
「俺、ちゃんと出来てるよね?」
もうすぐ9年目の命日が来る。
あのとき、何もかもを失った衝撃は……今も体の奥底に染みついて離れない。
今の俺があるのは、きっと――――
俺の事を、大切にしてくれてた……絶対的な記憶が支えだったと、思う。
「来年は10年かよ。……俺も歳とったなぁ」
ずっと、父さんと母さんは昔のまま。
そのうち俺の方が老けちゃって……ははっ。
もう思い出は色あせて……
今はぼんやりとしか映すことができない。
親より歳を取るって、想像できないや。
いつもここに来ると……
虚しくて、寂しくて、胸の奥がピリッと。そんな気になるんだ。
でも墓石に手を添えれば……冷たい感触しか味わえないけど、心の中があったまってくる。
不思議な魂の繋がりだ。
「ずっとひとりぼっちは……悲しいよね?
はぁ。ジョーさんじゃないけど、俺も早く女神見つけないとな……」
両親の前でそんな独り言をボヤいて、急に気恥ずかしくなった。
火照りそうな頬を、そよ風が撫でてゆく。
緑の葉が……何処からか飛んできて宙を舞っていた。
もうすぐ梅雨が明ける。
俺の気分も晴れそうな予感がした。
ヴィーン、ヴィーン、ヴィーン。
スマホのアラームがクラブの寮の自室に音が鳴り響く。朝の起床時間。
「ぅうーんっ……」
手探りでアラームを止めて、まだベッドの中でモゾモゾ。
……朝か。最近、起きるのに時間がかかる。
目覚めは良い方だったのに……
目をうつらうつら、してからでないと起きれない。
……ん?
んん??
何か違和感……
「ああん!?」
バフッ、と。
布団をはいで下っ腹に手をあてる、そしてまさぐってみる。
「△✕%@#☆~!? ……は? 何で?」
こんな目覚め悪い朝ってある!?
俺のアレが……
起きてないっ!
「ぶはぁ腹いてぇ。ないわぁ、クソワロ」
ルイがグランドに膝落ちして、俺の寝起きの非常事態を楽しんでいる。
俺は冷めた目でストレッチを始めた。
「梶さん……はい」
「?」
ルイが人差し指を突き出すので、俺もマネしてやると指先をくっつけてきた。
「何だ?」
「それは、E.T.な」
すかさずジョーさんがツッコミ。
「このっ、クソッ」
「やめてぇ。オレの、発情エネルギー分けてあげようかと」
ルイがジョーさんを盾に逃げ回るのを、俺は怒り任せに蹴りかかった。
「城! 梶! 類! ちゃんとやれ!!」
コーチの激が飛んできて「ウェーイ!!!」と返す。
「酒でも飲み過ぎたのか?」
ジョーさんが心配してくれて、首を振った。
「彼女か? 別れたのがショックとか?」
「えー? 未練とかないし」
さすがに連絡も無くなればね……
あっさり会うこともなく、スマホの中で
お別れした。
「じゃあ、ほれ、エド君のせいじゃね?」
アップを始めたアフリカ出身の新入りを、クイクイと顎で示した。
それは先週の話だ。
「ワタシハ∀∩∃∑∵∅ヱ~ゞ▷エド△∂∅∴∀デス」
突然スカウトが連れて来た。
「長っ、わからんっ!」てチーム一斉にザワついたさ。
「まぁ、あの身体能力は反則だよね」
俺は同じポジションで絡むこと多いし、場合によってはスタメン争いも……あり得る。
「どっから見っけて来たんだろーねぇ? ありゃチーターだよぉ」
ルイが俺とジョーさんの間に入ってくる。
どこで覚えたのかエドはお辞儀ばっかして、ニカッと白い歯をむき出しにして笑う。もうチームのイジられキャラだ。
だけどさぁ……
「あいつゲームになると、めっちゃエキサイトすんじゃん! 何語!?
俺、あいつとツートップとか、すげーやりにくい!」
思わず愚痴が出た。
「珍しく梶さんオコ~」
ルイが茶化す。
でも変にイラ立ってるのも、自分らしくないと思う。体に起きた異変も、些細な違和感も。
このとき気付いた小さな変化に、俺は少し嫌な予感がしたんだ。
リーグ戦30節アウェー、後半20分すぎ。
「梶! 交代!」
「っ!?」
ベンチからピッチに監督の声が飛んできた。
戦意が一気に失せて、体からチカラが抜ける……。1回もゴールを狙えなかった。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
ラインに向かって、エドと交代した。バシッと背中を叩いて送り出す。
「あざっす!」
ナマッた日本語で返し、加速していった。俺は一礼してピッチを降り、ベンチに戻る。
クソッ、クソッ!!
心の中は荒れていた。思うように体が動かない……
直感に反応する動作にズレがある。体中のいろんなトコが乱れてるようで、うまく自分を……コントロールできなくなっていた。
マズい……
今日勝点を獲らなければ、チームが下位に落ちる可能性もある。
益々窮地に陥って、自分自身も追い込んだ結果……
俺のフラストレーションが爆発したのは、次の試合だった。
「ジョーさん!!」
ファウルのコールと共に、俺は逆サイから滑り込んで近寄った。
ジョーさんが膝を抱え、うめき声を押し殺し、もがき苦しんでいる。
俺、見てた。
ワザと足狙ってた。コイツ……
俺は敵を睨みつけた。
心配してるフリだろ?
反省してるフリだろ?
その薄ら笑いっ!
「おいっ!!」
カッとなって突き飛ばした。
レッドカード!
人生初の、一発退場を喰らってしまった。
「ねぇ聞いた?
ひとつスポンサー降りるらしいよ」
「あー、
いっとき下位落ちたのヤバかったな」
大手らしいんだよねぇ~。マジで?
ルイがヒソヒソしてきた。俺のレッドも響いたかもしんない。
練習前のグラウンド。
いよいよかね~、しんみりした空気に黙ってたジョーさんが……
「……ついでっちゃなんだけど」とモゴモゴ。
「「 ?? 」」
「俺さぁ……今シーズンで引退するわ」
「「 あ"ぁっ!?!? 」」
一気に不穏な風が流れる。
食い付くような両サイドからの視線に、ジョーさんは頭を掻きながら……
「もう潮時かなって。膝も限界だしな。
まぁアレだよ……結婚もしたくて」
うつむき加減で照れ臭そうに?
違う、悔しそう……だよな。
俺とルイは言葉が出なかった。
この前、ファウルくらった後……ジョーさんは病院直行した。
「大丈夫!」って帰ってきた。けど……
レッド貰った俺に、荒ぶる馬の説教が待ってた。正座で30分……。
「こ"ぉらぁっ梶!
ストライカーが退場してどうする!?」
「スンマセン……」
「まったく……お前も!
ヘラヘラしてねーで、ここに座れっ!」
ついでにルイも。渋々、俺の隣に正座する。
「何でオレまでっ!?」
「お前は遊び過ぎっ!!」
と、いつものヤツかと思ってた。
最後の方は、ヒヒ~ンにしか聞こえてこなかったし。
その時には、もう決めてたんだね。
だから俺たちに、最後の愛のムチを……
「ちょ、超ウザ~。
ここでノロケぶっ込むとかぁ」
ルイがジョーさんの脇腹を突っつく。
「ヤメロッ」ってすぐクネクネしちゃうんだ。
ルイも勘がいい。俺と同じように流れを読んだな。
何回も見てきた。ケガで、経済的事情で、体力の衰えを理由に、去って行った仲間たちを。
無理に止められない事は誰もが心得てる。
それしかないなら……
ジョーさんが覚悟を決めたんなら……
俺は拳を握りしめて、ぎゅっと奥歯で涙を噛み殺した。
俺ん中の闘志が、燃え始める。
「負けらんねぇ。
残りの試合、全部勝ちに行くぞ!」
ふたりに向けて拳を突き出した。
「「 !?!? 」」
おふざけをすぐさま止めて、拳を合わせる。
3人で力強い視線を交わした。
ミュートなアイコンタクト、ガチなやつ。
本気、全力モード全開!!!
最終節。
勝利で締めくくり、何とか下位プレーオフは回避できた。
もう浮かれてるヤツがひとり。
ロッカールームで……
「梶さん、街コン行こうよぉ。参加してって頼まれててぇ」
いや、俺さっきまで感動してたよ。
ジョーさんの引退聞いてから残りの試合、得点の半分はルイ起点だったし。
今日もイイ活躍してた。
試合後にジョーさんの引退式やって、最後に花添えれて良かった!
ルイすげぇって。
「ワンチャンあるかもよっ。オオカミできるかもよっ」
コイツはっ!
なんて呆れてたんだけど、なんだかんだで流されて……
今、隣で年上の女から色目送られてる。
これは……え?
オオカミ、なってもいいの?
まぁ俺の未だ不完全を貫き通す相棒が、ちゃんと働くのか確かめるにはチャンス……?
悩んでる間に腕を引っ張られて、ふたりで抜けません?
と耳打ち……。
「行こ」
オスのスイッチ入ったかもしんない。
グラスを空けてルイに合図送って……直行した近くのホテルの一室。
自分から脱ぎ出すとか。……軽い女。
あぁ、俺も今は相当なクズヤローか……。
好きにもなれそうにない女とヤるなんて……どうかしてる――――。
キイィィバタン!
ベッドの上でドアが閉まる音を聞いた。
枕に顔を埋めてジタバタもがく。
オワタ。
俺のオスの機能!
どこいっちまったんだよー!?
「――――完全に戦意喪失で1ミリも立てない感じ?
もうさぁ。ずっとAV垂れ流しで眺めてても、ナンも欲情しないワケ。シャワー浴びてホテル出て……朝日に向かって泣きそうになりながら、ランニングで帰ってきた」
って報告を俺はジョーさんの送別会でする。
ふたりが「ヤベェヤベェ」笑い転げた。
「もういいよ、俺の話は」
カッコ悪くて自分でも萎える。
「ジョーさんはどうするの?」
「はぁ梶マジ草だ……
俺、年明けたら彼女んとこ行くわ。就職先見っけて、結婚する予定」
なんか兄貴がカッコ良く見える。
寂しさと嬉しさとゴチャゴチャで、また泣きそうになってる自分がいた。
「あ、ちなみにオレぇ、彼女できたよ」
「「 はぁ!?!? 」」
どこまでも俺の感動を潰しに来るな、ルイはっ!
いつって聞いたら昨日って……
「もっ回する?」俺に人差し指を向けてくる。
カチンと来て首根っこ押さえつけた。
「もうケンカすんなって。
まぁ冗談抜きでドクターに相談しろよ」
体が仕事道具なんだから。
ジョーさんは最後まで心配してくれて有り難かった。
ラストのよきよき乾杯で門出を盛り上げて、新年を迎えるとジョーさんは天使の元へ出発した。
そして俺には……
予期せぬ事態が待っていたんだ――――。
年が明けて練習も始まったけど、寮生活がすっかり物足りなくなった感じ。
でもその分ルイがやたら絡んできて、超ウザいっ!
ジョーさんの言い付けは守って、俺はドクターに恥を忍んで相談した。
まぁ、俺の機能が働いてないのは実証したし。
そんで、手配してもらった病院の精密検査をいろいろ受けて、再検査もやった。
これで原因がわかれば、調整しつつベストコンディションで、開幕に間に合うかな?
安易な気持ちで受けた検査結果で、天地がひっくり返るような衝撃をくらう。
「癌を発見しました」
は?
――――目の前が……真っ白な光景になって、何もかもが、止まった。
我を取り戻したのは、記憶に染み込んだサッカーの事。
それしかなかった。
「サッカー……
サッカーは続ける事ができますかっ!?」
俺が生きる理由、これしかないし……
でも、たったひとつの願いも打ち消された。
「梶さん……サッカーが出来るか、できないかの問題ではなく、5年後生きていられるかとゆう、命の問題です」
―――― あぁ、そっか。
俺……
死ぬかもしれない――――そーゆうことだ。
これが俺のひとつだけの現実なのか……
俺の癌は非常に発見が早く、手術と抗がん剤で生存率が高まるかもしれない。
できるだけ早く治療を始めましょう……そう、話だけ聞いて帰った。
帰ってきた寮が、もう俺の居場所ではなくなるのだと……
寂しさが込み上げて、自室に籠もりひとしきり泣いたんだ。
翌日。
腹をくくった俺は……もう引退を申し出ていた。
来月にはリーグも始まるし、開幕前の大事な時に、戦力にもなれない俺は邪魔でしかない。
ただ病名は伏せて、手術と治療に専念する為と公表した。
心残りはルイだった。
ついこの前、ジョーさんが居なくなったばかりだ。
なるべく重くならないように、やっぱ病気だったわ~……
程度に話したつもりだったけど。
黙あって聞いてるルイが、逆に可哀想になってしまった。
ドタバタと手続きを済ませ、いよいよ退所の時……
ルイが出口まで見送りに来た。
「じゃあな。……スタメン、取れよ」
「……っ」
ガバッときて、ガシッの、ガッツリ抱きつかれた。
「重っ。コアラかお前は……」
「オレ……明日から梶さん見習って走るよ」
かすれた声で頭をこすり付けてくる。
金髪がくすぐったくて……涙が出るかと思った。
「はっ……今日から走れって」
ルイの背中をポンポンしてやった。
ひっつき虫の甘ったれがっ。
楽しかったよ……お前が居て。
ちっとも寂しいなんて思わなかった。
それから、羨ましいよ……ほんとに。
まだまだサッカー続けられる。センスも実力も……俺はちゃんと認めてたからな。
本音は胸の中にとどめた。
そして、俺の夢は仲間に託し……長年世話になったホームにさよならをした。
雪の降りそうな空……
俺は薄く水滴の張った窓から外を見上げた。
冷たい風が吹いているそうだ。
天気予報のニュースが伝えている。
俺は、病院の個室で、ぬくぬくと暇を持て余していた。
いつ退院できるかはわからない。
治療法を探すための検査、検査、検査。
とりあえず暇!
隠れて筋トレ、脱走とゆうランニング。
そして、たまにかかってくる電話。
「ルイ、何? 看護師?
……合コンっておまっ、まさかもう別れたのか!?」
相変わらずな近況報告。
俺が暇なのタイミング良く察してよこしたなと。
「あ、ジョーさん? 就職決まったの!?
おめでとっ」
自分でも大病患ってるのが不思議なくらい、痛みもなければ至って普通な気もした。
不幸中の幸い?
まだこの時は、残りの人生を楽観視していたと思う。
とりあえず、5年。
目標はそこを通過する事……
まだ希望はある。
あきらめるのは、まだ早い。
突然死ぬよりはマシだ、と。
俺の勘が……悪い予感を捉えたのは、検査が終了して治療の説明を受ける時。
担当医が渋い顔で現れた。誰か知らない男を連れ立って。
結果と自分の現状を理解し――――俺ができた事は……
「はっ、ははっ……」
死んだ笑いしか、出せなかった。
癌の位置が悪くて手術はできない。
強い抗がん剤も使えない。
なぜなら……稀な小児難病の兆候がある。
癌と難病が同時進行した場合、極端に余命が短くなる――――と。
23回目の誕生日。
あまりの急展開に、まさかの、予想外な余命宣告……
これ……
俺、どうやって戦うんだ?
ぼーっとする俺に、「少し僕も話をしていいかな?」と、名刺と柔らかい笑顔を向けられた。
「関東にある、丘の上の大学病院で、難病の治療と研究をしています」
たまたま学会で訪れていた、この岸先生が俺の難病を見つけてくれたそう。
名刺に書かれた住所に、頭の遠くにあった記憶が反応した。
「ここ……俺、昔、住んでました」
朗らかに頬をあげる先生の背景に、ぼんやり懐かしい思い出が映った気がした。
「僕の研究に協力してくれませんか?」
先生が言う。
俺は考えもなしに、「はい」と答えた。
俺の直感がそう言わせたんだ。
何か、まだ、あきらめたくない――――気持ちが……。
トクトク、俺の中で小さく音を立てていた。
桜の花びらが舞う、暖かな春の日。
俺は、懐かしい思い出の町に降り立った。
「随分変わったな……」
新幹線を下りて目にした駅前の風景に、すぐは馴染めなかった。
先週、東京に住まいを移した。
23の誕生日。あの告知の後、投薬と検査の通院計画に承諾し退院した。
1カ月ちょいで、九州からこっちに来るなんて、結構至難の業だったな。
岸先生に診て貰いながら、状況によっては
身辺整理が必要かもと考えて……東京を選んで引っ越した。
ルイとジョーさんには、こっちで治療する事になった、とだけ告げて会わずに来た。
もしかしたら、最後になるかもしれない……
動揺して泣いたりでもしたらって。
ふたりには大事な生活があるから、俺のせいで心を乱して欲しくはない。
さて、丘の上の大学病院までは、どうやって行くかな?
駅前から遠くの、こだかい緑に囲まれた町並みを見渡した。
「あ、やっぱ変わってないかも」
昔も町並みの光景はこんな感じだった……
記憶の断片と一致する。
ふわっと、もっと……もっと……
何か溢れて来そうな感覚になった。
「ん?? あ、検索しないと……」
―― 優さん?
今、駅着いた。新幹線が…… ――
「……よし。バスで行こ」
俺は運命を受け入れてる。
この先どうなろうと走れるとこまで……走るのみだ!
目の前の岸先生は、すごく申し訳無さそうに僕に告げた。
「現段階の癌のステージと、難病の進行を予測して……。
来年まで命を繋ぐのが難しい、という所です」
「そう、ですか……」
――――――。
命の、最終告知……
どこかで納得していたかもしれない。
治療に訪れる度、ここに入院している難病の子達を目にした。
発症すればものの数カ月で寝たきりになり、感染症を危惧しつつ……短命に怯えながら生きる。
本当にまだ子供ばかりだ。
俺はそれをなぜか回避して、この歳までサッカーという生きがいに恵まれた。
幸運だと思った。
「癌は根付いた所が厳しいね……
ご家族にも癌を患った方がいるかな?」
「両親は事故で。あ、でも……」
確か、父さんも両親を早くに亡くしたと。母さんのじいちゃんも。ばあちゃんは持病があったし……
そう話すと、先生は遺伝的な要因もあるかなと言った。
――――宿命。
俺のこれが定めなんだ。
独り身ならと、先生は病院のホスピスを薦めてくれた。
難病の研究にできる限り協力したい。
先生と握手を交わし、少し疲れた頭を裏庭のベンチで休ませた。
まぶしいほどの光が降り注ぐ……そうだ。
凜と再会して話したベンチに座った。
あのとき、俺は……
絶望的な現実に、我を一瞬見失って――――。
ひとりでぼーっと、この先の……生き方を探った。
小さな悪性腫瘍が、眠ってた稀な小児難病を目覚めさせたのか、それとも逆か 。
2つを発見できた事は幸運だったけど、仲が良すぎて、どちらかを叩くこともできない。
手を繋いで悪さを始めたら、一気にヤラれる――――。
俺、両親てゆう大事なもん2つ同時に失って、また厄介なもん2つ貰ったな 。
一度あることは二度ある的な?
ぼんやりと自分の人生と目の前の光景を、重ね合わせるように眺めていた。
梅雨の晴れ間、イイ芝の生えた憩いの場。
車椅子の男性が少年に向って、サッカーボールを投げた。
いい眺めだ。
あっちでは、両脇を年頃の娘と奥さんに抱えられて歩くオジサン。
幸せそうだ。
みんなが笑顔で輝いているように見えた。
自分の光景に薄っすら、俺と父さんと母さんも……見えた気がした。
「ふっ、起きてて夢見た……よしっ」
仲の良い家族連れも……羨ましく思った。
自然と――――。
ここで最期をむかえたい。そう、決めたんだ。
家族で過ごした思い出の場所が見下ろせる、ここで――――。
俺の最期の瞬間は、ここに、決めた。
そして……
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次は俺の死後の……
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俺の代わりに、涙を流してくれる人がいるから……
きっと俺は救われている。
ポツ、ポツ、ポツ。
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「今年は梅雨が長いな……」
ここにも長居しない方が良さそうだ。
「次に来るときは……
俺もずっと一緒にいられるからね」
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墓石にくっついて生えている。
遠い昔、イタズラにいっぱい獲ったような……懐しい感じがまとった。
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