さよならをちゃんと言わせて。

美也

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【 佐藤優一side 】

 淀んだ日々が、痛烈に弾けたのは――――

 仕事用のスマホに、一本の電話がかかってきた時だった。

「はい。佐藤です」
「私は春見と申します。梶さんの、担当看護師です」
「!?」

 『梶』とゆう言葉に心臓がビクついた。

 そして、次の意味に全身が凍りかける。

「梶さんは、昨日、亡くなりました」
「――――え?」

 頭と心が混乱して、瞬きさえ忘れていたかもしれない。

「もしもし? 聞こえますか?」
「ああ、はい……」
「梶さんに託された事を、今からあなたにお伝えします」

 !? 
 梶くんが、僕に?

 段々と鼓動が速く鳴り、回りの雑音を一切かき消した。

「梶さんが……寂しさの余り、真野さんを求めてしまった……」

 春見と名のった彼のゆっくりと力強い声が、僕の耳に届く。


【 春見side 】

 僕は佐藤さんに伝言を話すため……
 目を閉じて、あのときの梶さんを思い出していた――――


「じゃあ、納棺の時にいれるのは、ユニフォームと写真ね?」
「うん。箱、入れてある」
「他に要望は?」
「うーん……。花……緑……緑の花でいっぱいに埋め尽くして欲しい」

 梶さんは一点を見つめたまま答えた。
 わかりました、僕はメモする。

「あと……家族じゃないけど……」
「うん。何?」
「……凜のこと、頼める?」
「梶さんの大切な人なら、その人をサポートするのも僕の役割だから」
「うん。ごめん。何つーの……ぶっちゃけ、愛……とかよくわかんなくて……っ」

 段々小さくなる声。

「え? ……師長、呼んでくる? そうゆうの大好物だから」
「いや、いいから! まじ、ハズいから!  
 息上がっちゃったよ。ハァハァしてきたわ」
「ごめん、ごめん。」

 梶さんの肩をさする。

「ふぅ。俺ん中で……凜は、絶対なの。何て……。
 俺の世界で、一番……大事」
「それ……
 “ かけがえのない人 ”って言うんですよ」
「……そっか」

 急に照れ臭さそうに、ミサンガをぎゅっと握り締めた。
 同時に梶さんの表情が曇る……

「俺……記憶、飛んでるよね?」
「気付いてたんですか?」

 首をコクンと下げた。

「今のうち、伝えておいて、いい?」
「はい、何を?」
「最後の伝言……」

 梶さんは名刺を僕に渡す。

「これ……?」

 驚いた。真野さんの婚約者の名刺。

 梶さんは小さくうなずいて、伝言を残した――――。


 僕は、梶さんの話を聞き終えて……目が潤んできてしまった。

「梶さん……
 それ、カッコ良すぎない?」
「はっ……
 最期くらいカッコつけさせてよ……」

 初めて見る、大人っぽい男の顔をした。

「きっと、これでいいんだ。凜を元の場所に返してやれる。ありがとう、なんかじゃ足りない。感謝、なんて形式じゃ伝えきれない。
 本当に大切だから、凜のこと大事だから、世界で一番幸せになって欲しい。
 毎日を幸せに生きてくれ、って願うよ」

 そして、健やかに優しい笑顔を見せた――――。

 僕は名刺を握る手に力が入る。

「……悪いのは全部、自分だから……。
 どうか、真野さんを、責めないであげて欲しい……と」


【 佐藤優一side 】

 ――――スマホから聞こえる声は……時折、詰まった音になる。

 この人が彼を想った分も、一緒に伝わってきて、胸を熱くする。

「真野さんは、梶さんとの……子供の頃の約束を守ってくれただけだ、と――」

 約束……守る……
 僕も、凜を――。

「梶さんが……――っ俺が、凜を壊してしまうから、助けて欲しい。
 ……あなたにお願いします……そう、伝えるよう……梶さんに……」

 もう声はかすれていて。

 胸がズキズキと痛み始めていた。

 凜が、凜が悲しみに……
 のみ込まれてしまうかもしれない!

「凜っ、彼女は今どこにいますか!?」

 タクシーに飛び乗った。
 凜の居場所を聞いて……仕事は放り出した。

 焦りと後悔を織りまぜて、ため息に似た呼吸を繰り返す。

 今はもう、凜しか頭になかった。

 僕が守ると……あの時、梶くんに言ったんだ。

 それが、どんなに難しい事か、知りもしなかったくせに……。

 ふたりの関係に嫉妬して、年上の見栄を張った。

 梶くんと凜は……
 お互いを想って、戦っていたんだと……思う。

 孤独や、不安や、寂しさから、守るために……ふたり寄り添って――――子供の頃から。

 同じ痛みを、分け合って、生きようと……そうして、繋いだ運命の糸だ。

 ――――梶くんに何ができるの?
 してもらう事しか、できないと思ってた。

 でも、梶くんは……

 ちゃんと約束を守ってくれた、と凜に後悔させないように――――。

 凜の過去を。未来も。守ろうと……
 その全てに、命をかけたんだ。

 おれは……?
 おれは、何を捧げた?

 ただ、欲しがってただけじゃないのか?

 羨ましい、できない、何で僕じゃないの、と……

 指輪なんて、ただ煌めいた物で。
 ありきたりな誓いの言葉で。

 凜の全てを、僕のものにできるだろう、と。


 自分はかえりみず、自身を捧げて……
 傷付きながらふたりが手に入れた物を、痛い思いもせずに、僕は欲しいと……

 自分の為に自分のエゴと戦ってただけだ。

 そんな野郎がいつまでたっても、強くなんて……
 誰かを守れるなんてできないんだ!


 梶くんの伝言は……
 まるで、自分は愛せないから――――と、嘆いているようだった。

 もっと、愛したい……。

 本当はそうしたかった、のかもしれない。
 今の僕と、同じように。

 込み上げてくる、止まらないこの想いが……

 凜に向けられた、苦しい程の愛おしさが……

 きっと、本物の、真の愛情だ。

 誰かと競うわけでもなく、何かを期待して与えるわけでもない。

 愛されてるからじゃなく、愛することが
できるから――――

 守る力も、沸いてくるんだ。

 わかったよ。
 求めない気持ちが必要だったんだ……。


 もどかしく眺め続けた窓の外が、都心の風景から、すっかり郊外に変わっていた。

 タクシーが目的地に着いて、はやる気持ちに身を任せ、辺りを駆け回った。

 はぁ。はぁ。
 彼女がもう近くにいる。

 痺れを切らしたように、心が繰り返し名前を呼んでいた。


 凜! どこだ!? 凜!! 


「はっ!!」

 体が一点に集中して止まった。

 いた! 凜だ……
        凜――――っ。


 ベンチにちょこんと座って、じっと前を見据えている。

 その後ろ姿の彼女を見つけたとたん、もう泣きそうになってる自分がそこにいた。

 立ちすくんで、愛おしいこの光景をしっかり見つめたんだ。

 ――――ずっと視界が曇ってた。
 凜のいない世界は、どこもかしこもモヤがかかっているようで。

 美しい物も綺麗な物も、目に止まることがなかった。

 ただ、そこに、凜がいるだけで……
 景色が鮮やかに見えてくる。

 彼女にたどり着ける道筋が、照らされる。

 一歩ずつ、近づく度に、キラキラと色彩を取り戻し……

 ぼやけてた輪郭を、はっきりと映し出す。


「り、んっ」

 声がうまく出なかった。

「!!」

 凜が僕の方に振り返る。
 目と目があって……彼女は立ち上がった。

 早足で近寄る。
 一瞬のうちに見て取れたから……
 凜が痛々しい程、一層、やつれて……


「梶くんに、呼ばれたの?」

 あぁ、凜の声だ……
 聞きたかった、凜の声だ――――

「……うん」
「……あそこ。梶くんが眠ってるとこ」

 虚ろな目で弱々しく指をさす。
 その凜の手を、掴まずにはいられなかった。

 ぎゅっ、と。凜の手を握った。
 ビクッと体を小さく震わせ僕を見る。

 冷たい……
 可哀想に。こんなに冷え切って。

 触れたかった、凜に……
 ずっと、ずっと会いたかった、凜が……

 もう離せるわけないんだ!


「運命とか資格とかどうだっていい!」

 僕を見つめてくれる凜を、グッと……ちからいっぱい抱き締めた。

 もう二度と、離したりなんかしない!


「凜のことは! おれが、守りたい。めちゃくちゃ愛したいっ。凜しか、愛せない!
 ……梶くんに、そう伝えてもいい?」


 どんどん溢れてくるんだ。
 次から次に、大切にしたい気持ちが。

 もう欲張ったり、独占しようと思わない。
 ただ、どんな時も、僕の想いを伝えるから。

 さっきより今の方が……今より明日の方が、10年後が――――

 もっと、愛してる。
 確信できるんだ!

 ちょっとして、僕の胸で凜の頭がコクンと返事した。


「……ありがとう。ありがとう」


 小さく囁く声が、何度も僕に届く。

 嬉しさに全身が満たされて……
 堪らなくて……凜をがっしりと包み込む。

 隙間ないくらい、全部重ねて。
 温まるまで何度も、繰り返し撫でて。

 これが、無償の愛、だろう……
 やっとわかった気がする。

 たくさんの愛を、これからも捧げるよ。


「凜、愛してるよ。愛してる×10 ……」


 もっと、もっと……心から抱き締めて。


 この先。
 病める時も、健やかなる時も。

 命ある限り……いや、この命が果てようとも!

 永遠に愛し続ける。誓うよ――――。


【 最終話 】【 真野凜side 】



 ―――中学を卒業して、ちょうど10年後の今日。

 桜咲く母校を訪れていた。

「わかった。私が明日立ち会っておくね」

 優さんから電話がきて、私は騒がしい輪から抜け出した。

「凜は何を埋めてたの?」
「んー、生徒手帳……」

 卒業式の後、皆でタイムカプセルを埋める事になって。10年後、開ける約束をした。
 今日が記念の日だ。

「このあと同窓会でしょ? 僕、迎えに行こうか? 心配だなぁ。羽目外す奴とか絶対いるから」
「いいから! 優さんは早く荷造りして!」
「ネチネチ……ネチネチ……ネチネチ……」
「はいはい、わかったわかった。大丈夫だから! じゃあね」

 ふぅ、と息をついて。

 気付くと……校庭までふらふら来てしまっていた。

 !!
 部室が目に入って、思わず……
 足はそこを目指し、歩き出していた。

 当時のまま、けど古びた外観になってしまっている。

 サッカー部の入口の前で、私は立ち止まった。

 この中は、思い出が詰まってる。

 懐かしすぎて……時間までも止まりそうだった。

 今、手元にある、この宝物は……

 私が中学を卒業するまで、ずっと胸に持ち続けたお守りだ。

 目を閉じて―――
 遠い記憶を探りに、気持ちを集めた。



「わっ!」
「に"ゃぁっ!?」

 ビックリして変な声出た。
 部室の前でコソコソしていた所、突然声をかけられた。

 今は静かにしないとなのに!
 振り返るとイタズラ顔の男子が後ろに居て……

「何か声しなかった?」

 はっ!
 いとこのお姉の声が部室からして、男子を引っ張り急いで木の陰に隠れる。

 猫じゃない? 
 中から聞こえてきた。ホッ……

「何してんの?」
「しっ!」

(あれ!部室!)
 ヒソヒソ、私は指さして視線を促す。

(あー、マネージャーと部長じゃん。
 何か……ラブい感じ?)

 コクコク。
 えっと、この男子はサッカー部の……

(梶……しょうた、くん? だよね?)

(梶は合ってるけど……
 何か書くもん持ってる?)

 制服をさぐって生徒手帳とペンを渡した。

(どうせカバン取り行きづらいから、暇つぶししよっ。)

 すごい、空気読んでる!

(俺は梶翔大って書いて……はるとって読む。)

(へぇ。あたしは真野凜です。)

(知ってる、はは。ここに俺のケー番とメアド書いておくから、後で真野も送って。)

(はい。)

 どこ小?って話から……
 丘の方だね、俺は反対方向で……って地図まで私の生徒手帳に書いて。

 梶くんて……コミュ力高すぎない?

(ぷっ!)

(え? ウケてる?)

(だって、犬のフン情報いらない!)

(アホ! 俺2回もヤられてんぞ!)

「あはは!」
「激レア情報だかんな!」

 いつの間にか、桜の木の下でふたりくっついて、夢中になって……

「「 !?!? 」」
「お前ら、付き合ってんの?」

 気付いたら部長がすぐ横にいて、私達を見下ろしている。

 梶くんと目を合わせて、同時に吹き出した。

「ぶはっ」 「ぷっ」

「違うしっ。こっちのセリフだっつの!」


 微笑ましい、春のひとときだった―――。




 ―――梶くんと初めて話した日の記憶だ。

 手帳をめくって、梶くんのその筆跡を眺めた。

 少し薄くなった字に、月日がだいぶ流れた事を実感する。


 私は、あの日……

〈 ぜんぶ 忘れて 〉

 梶くんと指切した約束を……守れていない。


「ごめんね……もう少し時間かかるかも……
 でも、私……ちゃんと幸せだから。知ってるよね?」

 手帳の次ページをめくって、自分の書き残しに驚いた。


〈 大丈夫。
     離れても、想いは届いてる! 〉


 ―――うん。届いてたよ。


 パタンと……思い出は閉じた。

「……これは、新居に持って行くべきかな?」

 りーん! 結婚するってホント!?
 来週! 誕生日入籍だって!

 キャーキャー声が聞こえてきた。
 賑やかなとこに戻る前に……

「もう、行くね」


 バイバイ―――

 私は大切な場所に手を振って、“ さよなら ” を。


 最後に笑顔を残して、もう振り返らない。

 私の心は、希望でいっぱいだ。


 いつの日の空も、私達を照らしてくれるから。

 変わりゆく春も、凍えそうな冬も。
 明日も未来も。

 温かい光は、決して消えたりしない―――。




『さよならをちゃんと言わせて。』END.


心が弱った時、ほんのり背中をさすって
「大丈夫。」と伝えてあげたい。
ささやかながら届きましたら幸いです。
作者より。
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