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9.夏雪の花に恋をして
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「えっと……夏雪、花……あった! ほら!」
「うん……?」
「ナツユキカズラっていう名前のお花。満開になるとこんな感じで雪が降り積もったみたいになるでしょう?」
「あー、そうそう。ナツユキカズラって名前だったのか」
「花言葉は、今年の初めに降るはずの雪、だって」
「夏に初雪か……」
雪乃さんがスマホで検索した画面を俺にも見せてくれる。珍しく興奮した様子でウキウキした子供みたいだ。まるで宝物を発見したかのように。
俺達の名前と同じ花だから、特別に嬉しいのか……
「ホントに俺と雪乃さんの花みたいだね」
「夏に雪景色を見せてくれるなんて素敵な花。可愛らしい……」
その小さな白い花に顔を近づけて花にまで笑顔を向ける。
可憐な花と雪乃さんと……似ているな。
初めて情緒的に、恋人と花のその光景を記憶にしまい込んだ。
「雪乃さん、部屋に上がろ?」
「うん。お邪魔します」
今まで自宅に誰かを入れるのは拒んでいて、たとえ恋人でもそれが揺らぐことはなかった。家で仕事をすることも多いから、集中できないと困るというのが最もな理由だった気がする。
女はペースを乱したり自分のスペースを拡げたがる、印象が強かったから懸念していた感じ?
東京に住んでいた頃はそもそも部屋が狭くて窮屈だったし。田舎者からしてみれば洒落たデザインの場所以外は、都会なんて息苦しくて生きた心地もしない殺伐としたところだ。
湘南に越してきて良かった。海や緑は多いが田舎みたいに廃れ寂れているわけでもなく。人が集まって楽しんでいる雰囲気と自然環境のバランスがいい。
なにより風が通って息がしやすいんだ。
自宅は会社から近い1LDKのマンション。3階の一室でベランダからは海の水平線が望める。住み始めて3年、あまり物は置かない主義。広いリビングにはシンプルにテーブル兼デスクを置いたら仕事はしやすく捗るし。陽当たりが良くて窓を開ければ空気がいいから、休日にはソファで寛ぎながら動画を観たり酒を飲んだり。オンとオフの切り替えもうまくできて俺スタイルが確立されていった。
こっちに引っ越してから自宅が気に入ってしまって、そこには誰も侵入させたくないと尚更感じていたのに。
雪乃さんは早く家に呼びたくて仕方なかった。
自宅マンションに咲いていた花に雪乃さんが愛着を持ってくれて、まずは安心したところ。俺の部屋にも案内してあがってもらうと、雪乃さんは絶賛してとても満悦そうな表情で終始過ごしてもらえた。
恋人との私生活も全然あり!
という新しい俺のスタイルは成功したかのように思われた……
「――――じゃあ行くね?」
「……寝る前に電話してもいい?」
駅の改札前。夕方になると雪乃さんは電車で帰ると言うので駅まで見送りに。繋いだ手を離しがたい俺の望みに笑顔で頷いて見せた。
俺の手をすり抜けてバイバイすると改札の向こうへ。振り返ってまた笑顔を俺に向け『またね』唇の合図と一緒に手を振ると行ってしまった。
離れるときが……つらい。
寂しい、と心がズキズキ痛がっている。
雪乃さんと過ごした部屋にはあちこちに温もりや香りが残っていて。リビングにもベッドにも。
面影を映して寂しさを紛らわすが余計に実体が恋しくなる。雪乃さんが恋しい、恋しくてたまらない。
毎日会えるわけじゃない、そんなことくらい、とっくに耐性ついたと思っていたが……重症だ。恋煩い、まさかそんな恋の病に陥る時がくるとは……
だから恋しい雪乃さんの代わりみたいに。
駐車場に来ると自然と夏雪の花に近寄るようになっていた。雪乃さんが気に入ってそうしていたから……
「年々大きくなってるな……」
棘などないのに、まるで刺さっているような鈍い痛み……
俺はこの花を実は鬱陶しく思っていたんだ。
台風や潮風に吹かれて細かい花があちこち飛び散る。車にはべっとりと、靴底にもひっついて。しかも花がなくなった後に紅葉して
また葉が落ちる。
煩《わずら》わしく思うばかりで俺は美しいその姿を見ようとしなかった。
「ごめんな……」
まさか俺達の名前と同じだなんて知りもせず、3年も住んでいる間ずっと邪険な態度でいた事を詫びる。
花先をちょんと突ついてみると跳ね返ってゆらゆら。擽ったそうに小花を揺らしていた。雪乃さんと観察した時よりも明らかに白い花を咲かせていた。
それから、縁結びを願うように。
俺達の花を愛でる、癖がついた。
「――――マジか……」
8月初め。
夏雪の花は、見事に満開となった。
白い花蕾は夏の陽を浴びて燦々《さんさん》と開花し、まぶしいほどに純白の花屏風《はなびょうぶ》を完成させた。
本当に、雪が積もったみたいだ……
(カシャッ)写真を撮ってすぐ雪乃さんに送る。
きっと、写真を見て笑顔を向けているだろう。
『夏雪の花、見に来る?』
『絶対行く! 夏樹さんの誕生日祝いもする!』
早く会いたい、恋焦がれ……
休日はまだか、待焦がれ……
*
「――――わぁ、凄く綺麗っ!」
夏雪の花の前で雪乃さんは目を輝かせる。
花も待っていたかのように、そよ風に吹かれ花びらを舞わせていた。
まるで……
夏に訪れた、初雪――――――
その美しい夏の雪景色の中で、目がくらみそうなほど綺麗な雪乃さんに……俺はときめいていた。
補正をかけた加工ではなく、高価な宝石よりも燦めいて。夏のまぶしい光と清らかな白い花と雪乃さんの優しい微笑み。
本物の美、それが目の前にあった。
胸を打たれて息を飲む、そんな感情を初めて覚えて、泣きそうなくらい感動してた。
この世界でたったひとつの……
宝物を、見つけたみたいに。
「……夏樹さ――――!?」
夢中で雪乃さんの吐息を追いかける。
愛しさを募らせて、切なさに耐えた時間を、埋めるために……
「――――っ、見られたら……」
「ごめん、限界だった。雪乃さんが綺麗すぎて……」
俺だけの恋人。
特別な宝物……誰にも渡さない。
雪乃さんは俺の運命の人だから!
駐車場から雪乃さんを部屋までエスコート。俺の家も居心地よく過ごしてもらいたいから、洗面台にアプロディタの全商品を買い揃え並べておいた。雪乃さんはこの陳列を見つけて大喜び。俺も大満足でにっこり。
俺なりのもてなし方というよりは、いつでもおいでのアピール。それでもっと一緒に過ごしたいと思っている願望が叶ったらいいなと。
風呂場にもセットが揃っているから一緒にシャワーを浴びようと誘ってみた。ちょっと恥ずかしそうに雪乃さんが渋ったところ、誕生日をダシにしてセコい手を使い承諾してもらう。
気が変わらないうちに薄い夏服をさらりと剥いで、セクシーな下着にも目を奪われたが裸のほうが魅力的ですぐに脱がした。
我慢できずに浴室に連れ込む。
――――シャワーが流れる音と、瑞々しい接吻の響音が、耳で籠ってクラクラと濡れたキスを止まらなくさせる。
二人では少し窮屈な密室で、漂うトリートメントの香りにより濃く包まれて。いつものキスより甘く刺激的に感じられた。
濡れた髪から滴る雫が白い皮膚を伝い、雪乃さんの体を艶めかしく流れる。ほんのり温まった柔らかい肌を両手で滑るだけでは飽き足らず、自分もそれに溶けこみたいと奪いにかかった。
「はっ、夏樹さん!? なにを……」
「雪乃さんのトロトロが欲しくて。ちゃんと捕まってて?」
雪乃さんの太腿の裏を持ち上げて片足を浴槽の縁にかけると、俺はしゃがみこんで両足の間にすかさず入った。
不安定な足場に慌てた雪乃さんは俺の肩に両手をつく。もう、ホントに、我慢の限界だったから――――――
「あぁっんっ!」
口を塞げない雪乃さんの嬌声がひとつ響いた。俺が快感の中心にキスを、体に指を侵入させたと同時に。
それは始まりの合図で、雪乃さんの奥深くから溢れる蜜を味わいたい俺は、両方を丁寧に探り回す。
「やっ、夏樹さっ……待ってぇ……」
「雪乃さんのナカ、俺にこうされるとキモチイイってわかってるみたい……」
「あんっ、恥ずかしいからぁ」
「なんで? 嬉しいよ?」
雪乃さんの感度が抱く度に上がっている。もうイキそうなうねり具合だ。キスの最中から濡れていたのか、反応がいちいち可愛いこと極まりない。
隆起した俺自身もそれに伴ってジンジンと呼応して……
雪乃さんが快感に崩れて俺の頭を抱えてくるから、すっかり完勃ちだ。
これは今すぐどうにかしないと少しも収まりそうにない。
「雪乃さん、ちょっと……」
「ふぇっ?」
ふらふらな雪乃さんを後向きに立たせるとぎゅっと抱きしめて、はち切れそうに反り立った塊を太腿の間に挿し込んだ。
「えっ!? 夏樹さん!?」
「ゴムないから……でも俺、今めちゃくちゃ腰振りたくてたまらないんだ」
スリスリと……
腰はゆっくり勝手に動いていて、そこからこみ上げてくる快楽にふらつきながら。貪るように雪乃さんの首筋に顔を埋めて口づけを。そして芳しい香りをいっぱいに吸いこんで……色気に狂っていた。
「あっ、そんな。まだ擽ったいのに……」
「……うん。凄い俺のまでぐちゅぐちゅになってる。もっと足閉じて俺の押さえて」
強引に足を狭めさせ、雪乃さんのにもあたるよう両手を突き出る俺のに誘導した。グラつく雪乃さんを支える目的で、後ろから両胸をわしづかみにして離さない。
「はっ、こんなのしたことない……」
「雪乃さんの初めては全部俺ってことでいいよ。ね? 俺も初めてスルけど……キモチイイ、だろ?」
腰突きを速めると可愛い声がひっきりなしに漏れて、密着して擦れる場所からはイヤらしい音が響きわたる。
「あん、あ、熱いっ……夏樹さんの……んん」
「っ! 誰のせいっ……くっ――――、はぁっ」
ドクドクと溜めこんだ欲が流れ出て……
受け止めた雪乃さんの手をシャワーできれいにする。恥辱に耐えるような表情を見たら、辱めた罪悪感が急に生まれて目を合わせられない。
乱した息を整えながら浴槽の縁に腰掛けると、雪乃さんをそっと抱きしめた。
「……痛くなかった?」
「大丈夫。でも……」
「うん?」
「……今度は、私の番かな、」
うおっ!?
雪乃さんの手が俺のまだ元気な男性器に伸びていって……そっと、優しく撫でる。
「なっ、えっ!?」
「まだ大きいから……私がしてもらってるみたいに――――」
舐めっ……!?
雪乃さんが屈んで遠慮がちにぺろっとするから、ビクビク痺れるように反応してしまった。
ちょ、俺、イッたばっかりでっ。
「ゆっ、雪乃さん!? シた事あるの!? だ、大丈夫!?」
「……初めては全部、夏樹さんでいいって、さっき」
――――――!!
口でするの初めてなのに俺にしてくれるってこと!?
ゆ、雪乃さん、ソコから見ないで?
いや、素直すぎん?
しかもこの絶頂後のタイミングで!
ホント突然大胆になるの、ズルいよね……
そんなの抵抗できるわけないよ。
「無理しないで……いいの?」
「うん……夏樹さんが気持ちいいと、私も嬉しい」
雪乃さんが嬉しいことを言うから、俺はもうじゅうぶんに気持ちいいよ。
大人しく、されるがままに。
変な声が漏れないように口だけ塞いで、雪乃さんの淫らで悩殺的な姿を眺めてた。
慣れてない、そんな擽ったい舌の触れ方。
苦しそうに、喉の奥からかかる熱い吐息。
はぁ――――――俺、溶けそう……
*
官能的で悦楽に果てたシャワータイムの後は、雪乃さんが手料理を振る舞ってくれる。終わりなき至福の時間。俺の家のオープンキッチンがまともに料理をしてもらって、さぞ喜んでいることだろう。
雪乃さんが広くて羨ましいと言っていて横で見守る俺はデレついている。
そんな俺の口にドレッシングの味見という魅惑の一滴が、雪乃さんによって投入された。
「どう? しょっぱいかな?」
「……うっ」
「えっ? まずかった!?」
「っうまい!」
俺がふざけると雪乃さんはぷんぷんと頬を膨らませて怒っているが、超絶可愛いでしかなくて。料理をしている後ろから抱きついてべったり。
「誕生日のプレゼントが手料理なんかでよかったのかな?」
「なんで? 凄く嬉しいよ。チュッ」
「初めてのお祝いだから、何か記念になる物を贈る気でいたんだけど?」
「雪乃さんといる時間が一番欲しいから……ん~チュウッ」
腑に落ちないと言わんばかりに首を傾げるから、やりたい放題にキス攻めを開始して。何回も雪乃さんは俺のキスに応じながら料理を完成させてくれた。
今日は何でも言うこと聞いてくれそう、なんて浮かれつつ。ひとくちをゆっくり味わうようにして、ワインを二人で飲みながら食事をした。
オシャレとか贅沢とか……
以前と比べて価値観が全く変わった、と今日1日を雪乃さんと過ごして気づいた。
心の底まで満たすのに必要なのは、高価な物より特別な気持ち……
ベッドの上で寝転びスマホで画像加工をしながら、人生を見つめ直した29歳の誕生日。
よしっと!
画像が完成したのでスマホを隣に居る雪乃さんに見せる。
「見て! これ雪乃さんにも送るから待受にしよう?」
「わぁ凄い! 綺麗だね、夏雪の花」
雪乃さんと見た満開の夏雪の花を二人でお揃いの待受画面にする。肩を寄せ合ってお互いのスマホ画面も並べてにっこり。
「記念になったかな?」
「夏樹さんの誕生日なのに、私がプレゼントをもらったみたい」
「言ったろ? 雪乃さんが居てくれるだけでいいの」
「ふふっ。あ、もうすぐ誕生日が終わっちゃう。何かしてほしいことは?」
「そうだなぁ? ……じゃあもう一回、おめでとうって言って?」
「お誕生日おめでとう。好きよ――――」
雪乃さんから何よりのプレゼントをもらって胸の奥まで幸福でいっぱいになる。
今日、幾度めかもわからないキスに心酔して……
一緒に繋がったまま眠りたいな。
はい。
囁きあった言葉の後、ベッドサイドにある夕陽色のライトを消した。シーツの上で二人のスマホ達は、夏雪の花の光で俺達の愛しく見つめ合う顔を照らす。
それから深く溶けこんで――――――たっぷりと愛し合う。
本当に本当に幸せで、真の幸せを知った誕生日だった。
*
『 ――――――
ホントにあん時の雪乃さんエロかったなぁ
またそれ! ここで言わないで、恥ずかしい
何回思い出してもニヤけちゃうんだよ?
そうゆう時の夏樹さんの顔、格好悪いよ?
雪乃さんも言うようになったね?
何回も、からかうからでしょう?
仔猫みたいに可愛いのに急に白豹みたいにさぁ
なぁにそれ? 恐いってこと?
ううん、襲われそうでゾクゾクする……
だから……そうゆう目で見ないで……
ははっ、ところで雪乃さん海好きだよね?
うん、湘南の海は季節の情景が綺麗で好き
そうだね、秋の夕暮れとか俺も凄く好きだな
初めて海岸に行ったのも秋だったね
絶対に雪乃さんと夕焼けの海似合うと思って
夏の間はダメって連れて行ってくれなかった
当然だよ? ナンパ野郎はいるし日焼けするし
ふはっ、初日の出は逆に凄く寒かった!
冬の海岸があんなに寒いと思わなかったな!
秋田人で寒さには慣れてたのに震えたわ
そん時もブルブルしてんの可愛くてっ……
……外でも平気でキスしてくるよね?
二人で毛布被ってたから見られてないよ?
そうかもしれないけど、恥ずかしいのに……
俺は何処だって今もしたいくらいだけど?
ここレストランでしょう……
お祝いだから、誕生日おめでとう! チュッて
気持ちだけで……ありがとう///
プレゼントなしでいいの? ご飯奢るだけで?
いろいろ車で連れて行って貰ったからいい
遠慮しなくていいのに~
してないよ? 初めての所ばかり楽しかったし
無理にとは言わないけど
夏樹さんの誕生日も何もあげてないし
言うと思った! 気持ちが一番嬉しい、ね?
うん、気持ちだけでじゅうぶん
ホント、好き……可愛い、大好き///
……恥ずかしいから///
それでさ、海じゃないんだけど……
うん?
俺今リゾート宿泊施設の仕事してるでしょ?
あぁ、温泉地のコンドミニアムタイプね?
そう、オーナーが是非泊まりにおいでって
いいね、会社の皆で行くの?
いや、そこは、私連れてってでしょ!?
えっ? 私が行ってもいいの?
俺は雪乃さんと二人で行きたいの!
そっか……じゃあ、行きたい! 初旅行だね
今度、日程調整しよう!
うん、楽しみ
やった、嬉しくて眠れないかもな
ふふっ、子供の遠足みたい
違うよ? 雪乃さんを襲いたい放題って意味!
……またそうゆう顔してっ///
ははっ、そろそろ帰ろう? キスしたい限界っ
もうっ///
―――――― 』
今日は朝から車で雪乃さんを迎えに行って横浜デートをしていた。雪乃さんの29歳の誕生日。
特にサプライズやプレゼントを用意したわけでもなく、普通のデートと変わりなかったが、おめでとうの気持ちだけはいっぱいに過ごしている。
夏の俺の誕生日から半年。
あの日、二人の時間を大切にして気づいた価値観はずっと変わっていない。
雪乃さんがそばにいてくれて、一緒にいられるだけで幸せだから。
自分本位に無理させることはしないで、素直さも忘れずに。
そうやって俺達は心も体も繋げて……
『好き』が大きく大きくなっていった。
俺だけじゃなくて雪乃さんも同じみたいだ、そう感じる瞬間が嬉しくてたまらない。
レストランで夕食を済ますと赤レンガ倉庫から外に出た。冷たい風がびゅうっと顔にあたって、肩をすくめ二人ぴったり寄り添いあう。
「寒いぃ。早く帰ってワインでも飲もう?」
「夜になってもっと冷えちゃったね」
「雪乃さん、鼻が赤いよ? ははっ、可愛い」
「あったかい所にいたから」
寒くなければ抱きしめて温めたいところだけれど。車に乗るのが最善と急いで駐車場の愛車へ向かった。
白い息を真冬の夜空に映しながら歩いていると、雪乃さんが突然ピタッと立ち止まる。
「ん……?」
「どうしたの?」
キョトンとした顔つきで目の前だけを凝視したおかしな仕草で固まっている。不思議に俺がしばらく見守っていると、雪乃さんは空を見上げまばたきをしてつぶやいた。
「……雪、雪だわ」
「え……」
ひらり、と。
暗い冬空から細かい白い粒が舞い降りてくる。寒さを忘れその場に佇み俺達は天を見上げた。
本当に雪がひらひらと降りてきて、小さな結晶を手のひらにもらい受ける。
初雪だ。
雪乃さんを見ると真剣な顔つきで俺を見つめ返していて……
「本物の初雪も、夏樹さんと見れたらって思ってたの……」
――――――!!
雪乃さんが唇をそっと俺のに触れあわせて言った。
「……願いが叶ったわ」
雪乃さんからのキスを俺は受け取る。
夏雪の花が見せてくれた白い花びらの雪が、本物の初雪を呼んでくれたかのように……お互いを想った気持ちが新しい未来を作っていく。
今日もまた、かけがえのない幸せを知って、さらにもっと雪乃さんを『好き』になるんだ。
――――フロントガラスに舞い降りた雪の結晶と、星のかわりに燦めく純白色の初雪を眺めていた。
エンジンが温まるまで出発を待って、車内ライトを消し雪景色を車の中から観賞する。
じっと息を潜めて二人の距離を縮め、手を繋いだら視線を重ねて……静かにキスの続きを。
長いキスが冷えた体を温めた。
初雪はそのうちに止んでしまったが、俺達は何度も喜びを確かめ合うように――――
帰ってもその夜が明けるまで深く繋がっていた。
*
春の終わり、若葉が強い陽射しに輝く頃。俺達は雪乃さんの誕生日に約束したリゾートコンドミニアムへ。
途中、高速のSAに入ってカフェでドリンクを購入。俺ができあがりを受け取ることにして、雪乃さんは外で待っていると店を出て行った。
2月の誕生日の後は3月の年度末に4月の新年度と、なかなか旅行に出かける都合がつかなかった。しかも今年のアプロディタの発表会はGW後だったので、旅行はお疲れ様のご褒美というカタチになった。
5月下旬、晴天に恵まれた行楽日和。久しぶりにのんびりと二人で過ごせる時間がとれそうだ。というのも、急ぎたくても何処も混雑していて待つことが当たり前。
ドリンクもすぐにはできなくて、受け渡しカウンターのそばでスマホを見ていると……
ん?
カウンターで両肘をついてスマホを持っている女の子二人がチラチラと見ている。俺?
露出度高めのファッションをした若そうなオネーサン達だ。声かけ待ち、みたいかな?
ちょうど注文したドリンクができて俺は店員さんから商品を受け取り御礼を言った。カウンターで横並びの立ち位置となった子達に視線をやると目があったので、何も言わずニコッとだけして店の外へ急いだ。
昔の俺だったら間違いなく、自分に興味を向けられたら挨拶くらいしたと思うけど。何かね、人の出入りが多い場所に陣取ってるとさ。
店が混んでるから外で待ってるって気配りできる雪乃さんに早く会いたくて……
可愛いからとか若い女の子だからとか、全く魅力も感じないし興味も湧かないな~という自分が少し可笑しかった。
両手にドリンクカップを持って店の自動ドアを出ると、少し離れた場所に雪乃さんを見つけた。
あぁ、女神、みたいだ。
明るい陽の光が雪乃さんを燦めかせているようで、遠目に見ても綺麗で美しい……
俺、相当浮かれてるな?
自覚はある。
スマホを見る表情が柔らかで花にするのとと同じように微笑みかけている。今日のコーディネートはミントグリーンのニットにホワイトジーンズ。雪乃さんの白い肌によく似合っていて、爽やかで透明感が半端ない。
おっと、見惚れてるのは俺だけじゃないみたいだ。
雪乃さんの近くで休憩している野郎共が視線を向けていて、俺は早足で急ぎ、わざと彼氏っぽく声をかける。
「雪乃さん、お待たせ!」
「ううん、ありがとう。凄く混んでたね」
雪乃さんがカップをひとつ受け取って、俺は透かさずあいた手を肩に回して抱き寄せた。
俺のもの!
見せつけるように。
「早く行こ。あんまり陽に当たると焼けちゃうよ?」
「ふふっ、また心配症?」
可愛い笑顔も俺だけのもの!
誰にも見せたくない。
見せつけるとか、見せたくないとか。
雪乃さんといるとジレンマに戸惑う。それもこれも全部雪乃さんの魅力のせいで、俺が男前に身構えなければいけないのだけれど。
出会った時よりもっと、美貌に磨きがかかっていくように。雪乃さんがどんどん綺麗になっていくから……
俺はますます好きになって、ときめいて。幸せな気持ちを抱く度に焦ってしまう。
俺で大丈夫か?
愛想を尽かされたり、フラレやしないか?
大人の恋を拗らせている真っ最中だ。
――――到着したリゾート地では散策中に思わぬ発見が。二人して呆気にとられる……
「雪乃さん……」「マジか、まさかね……」
「夏樹さん……」「ほんとにあったんだ……」
「「 鳥入りのお茶だ!! 」」
俺達は鳥カフェの店先にあったオブジェを見つけて大笑いした。
「「 わぁあははははっ!! 」」
たまたま通りかかったら、記憶を再現したかのような物が目に入って。二人して立ち止まりティーカップの中に入ったインコの店看板に衝撃を受けた。
雪乃さんがめちゃくちゃウケてて笑いが止まらないらしい。こんな雪乃さんは初めて見る。記念写真を撮って鳥カフェにさよならしたけれど、クスクスと歩きながら我慢しては吹き出しての繰り返し。
可愛くて俺のニヤニヤも止まらない。
コンドミニアムの宿泊中に必要な食材を買いに来たが、掘り出し物を見つけて気分が上がる。雪乃さんと手を繋いで進む一歩一歩が楽しくて嬉しくて。
ぶらぶらと二人で名所巡りの途中、ウエディングフォトを撮影している近くを通りすぎる。モデルじゃないと思うけど、本格的なポージングの新郎新婦が、俺達みたいな行楽客に見られている様子に雪乃さんがポツリと……
「……恥ずかしくないかな?」
「……ははっ、雪乃さんは恥ずかしがりだもんね。んー、俺は全然イケるかな? だって雪乃さんのウエディングドレス姿ならずっと見てたいし?」
「……見、見たいの?///」
「えっ? ……あれっ?」
勝手に雪乃さんの花嫁姿を想像して……
自分とさっきの新郎新婦に置き換えてた。無意識に俺達の結婚式をイメージしてたみたいで――――っ結婚、アリ? なのか……///
「だ、大丈夫? 夏樹さん顔赤い……」
「いや、あの、想像しただけでも……雪乃さん綺麗すぎた……///」
「えっ? なっ、もう///」
「ヤバいね……///」
カァーッと急に熱くなってしまった。恥ずかしくて顔を隠したい……
考えたこともなかった『結婚』を意識したら頭の中が暴走したみたいだ。
雪乃さんと結婚したら……俺のもの。
どうだ美しいだろう?
なんて見せびらかしても、俺に独占権があると証明できるじゃないか。簡単に雪乃さんに手出ししようとする輩も牽制できる。
雪乃さんが左手薬指にその証をつけてくれたら――――
思い描いた将来を現実にする、叶える方法の考えばかり巡らせながら。2泊する一棟タイプの貸切コンドミニアムでは、仮想夫婦のような生活空間に存分浸った。
特別な夜に二人の絆をもっと深めておくように……
「……チュッ。雪乃さん、隠さないで?」
「んん、でも、夏樹さんが……」
俺が、しつこく舐めるから。
とでも言いたげな雪乃さんの口元。ベッドに張りついた体は俺に溶かされて、快楽に溺れるのを耐えているのか、雪乃さんは顔を腕で覆ってしまう。
恥ずかしがりだからすぐ隠れようとするんだよね。俺はその艶めかしい表情を見たいのに。
邪魔されてしまうから、それを防ぐためにイイ事を思いついた。ベッドサイドに手を伸ばして、シャンパンボトルの近くにあった赤いリボンを掴んだ。
「雪乃さん、両手、合わせてみて?」
「ん? ……こう?」
「そう。そのままで……」
「……え? な、なにっ!?」
俺は雪乃さんが合わせた両手の小指をひと括りにしてリボンで結んだ。手の自由を少し制限させてもらう。これはウェルカムシャンパンについていた飾りだが、こんな使い道もあったとは役に立つものだ。
リボンでくっつけた手を雪乃さんの頭の上にして片手で押さえこんだ。思い通りになってニヤリ。
びっくりしている雪乃さんに向かってイキり顔を見せ突撃を仕掛ける。
「これでもう隠せないよ? じゃあ、もっと気持ちよくなろっか!」
「えっ…………はぁっ! んっ」
唯一自由が効く俺の片手を、舐められてトロトロになった雪乃さんのナカに侵入させる。スイッチが入る弱い所、指で撫で回すとイイ声が漏れてくるんだよね……
「あんっ……はぁ……やぁ、」
「もっと、ね?」
至近距離でよがっている顔を見つめれば、欲が滾って指先に攻撃の司令を放った――――――
愛しい人のイキ顔を焼きつけて、涙の滲む目尻に熱く乱れた息を近くで感じる。そんな、そそる雪乃さんに、我慢の限界は振り切れて……溶けあいたいと唇を奪いにかかってた。
「んんっ――――」
「はあっ。ん、雪乃さん、抱っこ……」
「え?」
「掴まってて……」
押さえていた両手に俺の首を通して雪乃さんを抱き起こすと、俺がベッドに背をもたれ抱き支える。
「今日はナカに入れて欲しい? それともソトいっぱい擦る?」
「……夏樹さんの好きに、」
「じゃあ、全部して俺達……ずっと繋がっていよう?」
「うん――――」
それから……
1回目は抱っこのまま素股して。抱き足りずにナカの浅い所を突いて2回目を。それでも離れたくなくて挿入して眠りについた。
ひと眠りして目が覚めたら雪乃さんから抜けていたけれど、寝返りをした雪乃さんが俺に抱きついて眠っている姿に幸せを満喫中。
拘束チックな仕方で興奮しまくった……
寝息を立てて深い眠りについている雪乃さんを胸に抱いて、少し負担をかけすぎたかもしれないと同時に反省も。
ベッドの上に解いて置いたままの赤いリボンをそっと取る。こっそりと雪乃さんの左手薬指に巻いて……
緩くもキツくもない具合に、起こさないよう慎重に結んだ。まずは最初のミッションを達成して俺はほっと安堵する。
雪乃さんのリボンを結んだ手に自分のを重ねて、祈るように、ぎゅっと握った。
このリボンのサイズで婚約指輪を準備して……プロポーズする。
どうか、成功しますように!
ドキドキと高鳴る心臓に熱い想いと雪乃さんを抱いて……
最高の朝が訪れるまで心地よく眠り続けた。
目覚めれば甘いおはようのキスで1日が始まって。そのうち理由なんていらないくらい、二人でくっついているのが当たり前のように過ごして。
一生忘れられない旅になったんだ――――
*
雪乃さんとの旅行から帰ってくると、早速俺は指輪探しをスタートさせた。オーダーから2週間後、やっと現物が俺の手元に届く。
梅雨の真っ只中。玄関ドアを開けるとジメッとした空気と雨音が入ってくる。配達員から荷物を受け取るとすぐ水滴をはらった。大事な物だから少しも濡れて欲しくなくて。
はやる気持ちで丁寧な梱包をほどいてゆく。リビングテーブルに小さな段ボール箱を置きテープを剥がして開ける。中のクッション材をどけて真四角の紙箱からリングケースを取り出した。
ゆっくりと、宝箱を開けるようにして……
キラッと光り現れた宝石に、まるで雪乃さんがいつもしてるみたいに俺も微笑んだ。
雪の結晶をデザインにしたダイヤのプラチナリング。雪乃さんに贈る婚約指輪――――
真剣に考えて悩んで、いっぱい雪乃さんを想って決めたから……
俺の手の中にあるだけで、なんだかもう愛おしさが込み上げてくる。
2つ目のミッションも達成したし次はいよいよプロポーズ。
俺の誕生日、夏雪の花が満開になったら……白い花びらの初雪が舞う中で雪乃さんに愛を誓おう。そう、考えている。
去年その時の光景が印象的で、雪乃さんがとても綺麗だったから……
「ヤバ、もう緊張してきたっ。プロポーズの言葉考えないと。んー、雪乃さんの未来を俺に預けてもらえますか? ……いや、なんか違う!」
首をひねって絞り出そうとしたが、変にカッコつけて言葉に出すと恥ずかしいと思った、たぶん。
きっと、また美しい夏の雪景色を見たら、雪乃さんは愛しそうに微笑むんだろう。そして俺は……
「――――雪乃さん、愛してる。俺と結婚してください……」
そんな愛おしい雪乃さんを見つめて、そう、言いたくなるはずだ。
俺は確信を得て、その時が来るまで――――――大切に気持ちと指輪をしまっておいた。
「うん……?」
「ナツユキカズラっていう名前のお花。満開になるとこんな感じで雪が降り積もったみたいになるでしょう?」
「あー、そうそう。ナツユキカズラって名前だったのか」
「花言葉は、今年の初めに降るはずの雪、だって」
「夏に初雪か……」
雪乃さんがスマホで検索した画面を俺にも見せてくれる。珍しく興奮した様子でウキウキした子供みたいだ。まるで宝物を発見したかのように。
俺達の名前と同じ花だから、特別に嬉しいのか……
「ホントに俺と雪乃さんの花みたいだね」
「夏に雪景色を見せてくれるなんて素敵な花。可愛らしい……」
その小さな白い花に顔を近づけて花にまで笑顔を向ける。
可憐な花と雪乃さんと……似ているな。
初めて情緒的に、恋人と花のその光景を記憶にしまい込んだ。
「雪乃さん、部屋に上がろ?」
「うん。お邪魔します」
今まで自宅に誰かを入れるのは拒んでいて、たとえ恋人でもそれが揺らぐことはなかった。家で仕事をすることも多いから、集中できないと困るというのが最もな理由だった気がする。
女はペースを乱したり自分のスペースを拡げたがる、印象が強かったから懸念していた感じ?
東京に住んでいた頃はそもそも部屋が狭くて窮屈だったし。田舎者からしてみれば洒落たデザインの場所以外は、都会なんて息苦しくて生きた心地もしない殺伐としたところだ。
湘南に越してきて良かった。海や緑は多いが田舎みたいに廃れ寂れているわけでもなく。人が集まって楽しんでいる雰囲気と自然環境のバランスがいい。
なにより風が通って息がしやすいんだ。
自宅は会社から近い1LDKのマンション。3階の一室でベランダからは海の水平線が望める。住み始めて3年、あまり物は置かない主義。広いリビングにはシンプルにテーブル兼デスクを置いたら仕事はしやすく捗るし。陽当たりが良くて窓を開ければ空気がいいから、休日にはソファで寛ぎながら動画を観たり酒を飲んだり。オンとオフの切り替えもうまくできて俺スタイルが確立されていった。
こっちに引っ越してから自宅が気に入ってしまって、そこには誰も侵入させたくないと尚更感じていたのに。
雪乃さんは早く家に呼びたくて仕方なかった。
自宅マンションに咲いていた花に雪乃さんが愛着を持ってくれて、まずは安心したところ。俺の部屋にも案内してあがってもらうと、雪乃さんは絶賛してとても満悦そうな表情で終始過ごしてもらえた。
恋人との私生活も全然あり!
という新しい俺のスタイルは成功したかのように思われた……
「――――じゃあ行くね?」
「……寝る前に電話してもいい?」
駅の改札前。夕方になると雪乃さんは電車で帰ると言うので駅まで見送りに。繋いだ手を離しがたい俺の望みに笑顔で頷いて見せた。
俺の手をすり抜けてバイバイすると改札の向こうへ。振り返ってまた笑顔を俺に向け『またね』唇の合図と一緒に手を振ると行ってしまった。
離れるときが……つらい。
寂しい、と心がズキズキ痛がっている。
雪乃さんと過ごした部屋にはあちこちに温もりや香りが残っていて。リビングにもベッドにも。
面影を映して寂しさを紛らわすが余計に実体が恋しくなる。雪乃さんが恋しい、恋しくてたまらない。
毎日会えるわけじゃない、そんなことくらい、とっくに耐性ついたと思っていたが……重症だ。恋煩い、まさかそんな恋の病に陥る時がくるとは……
だから恋しい雪乃さんの代わりみたいに。
駐車場に来ると自然と夏雪の花に近寄るようになっていた。雪乃さんが気に入ってそうしていたから……
「年々大きくなってるな……」
棘などないのに、まるで刺さっているような鈍い痛み……
俺はこの花を実は鬱陶しく思っていたんだ。
台風や潮風に吹かれて細かい花があちこち飛び散る。車にはべっとりと、靴底にもひっついて。しかも花がなくなった後に紅葉して
また葉が落ちる。
煩《わずら》わしく思うばかりで俺は美しいその姿を見ようとしなかった。
「ごめんな……」
まさか俺達の名前と同じだなんて知りもせず、3年も住んでいる間ずっと邪険な態度でいた事を詫びる。
花先をちょんと突ついてみると跳ね返ってゆらゆら。擽ったそうに小花を揺らしていた。雪乃さんと観察した時よりも明らかに白い花を咲かせていた。
それから、縁結びを願うように。
俺達の花を愛でる、癖がついた。
「――――マジか……」
8月初め。
夏雪の花は、見事に満開となった。
白い花蕾は夏の陽を浴びて燦々《さんさん》と開花し、まぶしいほどに純白の花屏風《はなびょうぶ》を完成させた。
本当に、雪が積もったみたいだ……
(カシャッ)写真を撮ってすぐ雪乃さんに送る。
きっと、写真を見て笑顔を向けているだろう。
『夏雪の花、見に来る?』
『絶対行く! 夏樹さんの誕生日祝いもする!』
早く会いたい、恋焦がれ……
休日はまだか、待焦がれ……
*
「――――わぁ、凄く綺麗っ!」
夏雪の花の前で雪乃さんは目を輝かせる。
花も待っていたかのように、そよ風に吹かれ花びらを舞わせていた。
まるで……
夏に訪れた、初雪――――――
その美しい夏の雪景色の中で、目がくらみそうなほど綺麗な雪乃さんに……俺はときめいていた。
補正をかけた加工ではなく、高価な宝石よりも燦めいて。夏のまぶしい光と清らかな白い花と雪乃さんの優しい微笑み。
本物の美、それが目の前にあった。
胸を打たれて息を飲む、そんな感情を初めて覚えて、泣きそうなくらい感動してた。
この世界でたったひとつの……
宝物を、見つけたみたいに。
「……夏樹さ――――!?」
夢中で雪乃さんの吐息を追いかける。
愛しさを募らせて、切なさに耐えた時間を、埋めるために……
「――――っ、見られたら……」
「ごめん、限界だった。雪乃さんが綺麗すぎて……」
俺だけの恋人。
特別な宝物……誰にも渡さない。
雪乃さんは俺の運命の人だから!
駐車場から雪乃さんを部屋までエスコート。俺の家も居心地よく過ごしてもらいたいから、洗面台にアプロディタの全商品を買い揃え並べておいた。雪乃さんはこの陳列を見つけて大喜び。俺も大満足でにっこり。
俺なりのもてなし方というよりは、いつでもおいでのアピール。それでもっと一緒に過ごしたいと思っている願望が叶ったらいいなと。
風呂場にもセットが揃っているから一緒にシャワーを浴びようと誘ってみた。ちょっと恥ずかしそうに雪乃さんが渋ったところ、誕生日をダシにしてセコい手を使い承諾してもらう。
気が変わらないうちに薄い夏服をさらりと剥いで、セクシーな下着にも目を奪われたが裸のほうが魅力的ですぐに脱がした。
我慢できずに浴室に連れ込む。
――――シャワーが流れる音と、瑞々しい接吻の響音が、耳で籠ってクラクラと濡れたキスを止まらなくさせる。
二人では少し窮屈な密室で、漂うトリートメントの香りにより濃く包まれて。いつものキスより甘く刺激的に感じられた。
濡れた髪から滴る雫が白い皮膚を伝い、雪乃さんの体を艶めかしく流れる。ほんのり温まった柔らかい肌を両手で滑るだけでは飽き足らず、自分もそれに溶けこみたいと奪いにかかった。
「はっ、夏樹さん!? なにを……」
「雪乃さんのトロトロが欲しくて。ちゃんと捕まってて?」
雪乃さんの太腿の裏を持ち上げて片足を浴槽の縁にかけると、俺はしゃがみこんで両足の間にすかさず入った。
不安定な足場に慌てた雪乃さんは俺の肩に両手をつく。もう、ホントに、我慢の限界だったから――――――
「あぁっんっ!」
口を塞げない雪乃さんの嬌声がひとつ響いた。俺が快感の中心にキスを、体に指を侵入させたと同時に。
それは始まりの合図で、雪乃さんの奥深くから溢れる蜜を味わいたい俺は、両方を丁寧に探り回す。
「やっ、夏樹さっ……待ってぇ……」
「雪乃さんのナカ、俺にこうされるとキモチイイってわかってるみたい……」
「あんっ、恥ずかしいからぁ」
「なんで? 嬉しいよ?」
雪乃さんの感度が抱く度に上がっている。もうイキそうなうねり具合だ。キスの最中から濡れていたのか、反応がいちいち可愛いこと極まりない。
隆起した俺自身もそれに伴ってジンジンと呼応して……
雪乃さんが快感に崩れて俺の頭を抱えてくるから、すっかり完勃ちだ。
これは今すぐどうにかしないと少しも収まりそうにない。
「雪乃さん、ちょっと……」
「ふぇっ?」
ふらふらな雪乃さんを後向きに立たせるとぎゅっと抱きしめて、はち切れそうに反り立った塊を太腿の間に挿し込んだ。
「えっ!? 夏樹さん!?」
「ゴムないから……でも俺、今めちゃくちゃ腰振りたくてたまらないんだ」
スリスリと……
腰はゆっくり勝手に動いていて、そこからこみ上げてくる快楽にふらつきながら。貪るように雪乃さんの首筋に顔を埋めて口づけを。そして芳しい香りをいっぱいに吸いこんで……色気に狂っていた。
「あっ、そんな。まだ擽ったいのに……」
「……うん。凄い俺のまでぐちゅぐちゅになってる。もっと足閉じて俺の押さえて」
強引に足を狭めさせ、雪乃さんのにもあたるよう両手を突き出る俺のに誘導した。グラつく雪乃さんを支える目的で、後ろから両胸をわしづかみにして離さない。
「はっ、こんなのしたことない……」
「雪乃さんの初めては全部俺ってことでいいよ。ね? 俺も初めてスルけど……キモチイイ、だろ?」
腰突きを速めると可愛い声がひっきりなしに漏れて、密着して擦れる場所からはイヤらしい音が響きわたる。
「あん、あ、熱いっ……夏樹さんの……んん」
「っ! 誰のせいっ……くっ――――、はぁっ」
ドクドクと溜めこんだ欲が流れ出て……
受け止めた雪乃さんの手をシャワーできれいにする。恥辱に耐えるような表情を見たら、辱めた罪悪感が急に生まれて目を合わせられない。
乱した息を整えながら浴槽の縁に腰掛けると、雪乃さんをそっと抱きしめた。
「……痛くなかった?」
「大丈夫。でも……」
「うん?」
「……今度は、私の番かな、」
うおっ!?
雪乃さんの手が俺のまだ元気な男性器に伸びていって……そっと、優しく撫でる。
「なっ、えっ!?」
「まだ大きいから……私がしてもらってるみたいに――――」
舐めっ……!?
雪乃さんが屈んで遠慮がちにぺろっとするから、ビクビク痺れるように反応してしまった。
ちょ、俺、イッたばっかりでっ。
「ゆっ、雪乃さん!? シた事あるの!? だ、大丈夫!?」
「……初めては全部、夏樹さんでいいって、さっき」
――――――!!
口でするの初めてなのに俺にしてくれるってこと!?
ゆ、雪乃さん、ソコから見ないで?
いや、素直すぎん?
しかもこの絶頂後のタイミングで!
ホント突然大胆になるの、ズルいよね……
そんなの抵抗できるわけないよ。
「無理しないで……いいの?」
「うん……夏樹さんが気持ちいいと、私も嬉しい」
雪乃さんが嬉しいことを言うから、俺はもうじゅうぶんに気持ちいいよ。
大人しく、されるがままに。
変な声が漏れないように口だけ塞いで、雪乃さんの淫らで悩殺的な姿を眺めてた。
慣れてない、そんな擽ったい舌の触れ方。
苦しそうに、喉の奥からかかる熱い吐息。
はぁ――――――俺、溶けそう……
*
官能的で悦楽に果てたシャワータイムの後は、雪乃さんが手料理を振る舞ってくれる。終わりなき至福の時間。俺の家のオープンキッチンがまともに料理をしてもらって、さぞ喜んでいることだろう。
雪乃さんが広くて羨ましいと言っていて横で見守る俺はデレついている。
そんな俺の口にドレッシングの味見という魅惑の一滴が、雪乃さんによって投入された。
「どう? しょっぱいかな?」
「……うっ」
「えっ? まずかった!?」
「っうまい!」
俺がふざけると雪乃さんはぷんぷんと頬を膨らませて怒っているが、超絶可愛いでしかなくて。料理をしている後ろから抱きついてべったり。
「誕生日のプレゼントが手料理なんかでよかったのかな?」
「なんで? 凄く嬉しいよ。チュッ」
「初めてのお祝いだから、何か記念になる物を贈る気でいたんだけど?」
「雪乃さんといる時間が一番欲しいから……ん~チュウッ」
腑に落ちないと言わんばかりに首を傾げるから、やりたい放題にキス攻めを開始して。何回も雪乃さんは俺のキスに応じながら料理を完成させてくれた。
今日は何でも言うこと聞いてくれそう、なんて浮かれつつ。ひとくちをゆっくり味わうようにして、ワインを二人で飲みながら食事をした。
オシャレとか贅沢とか……
以前と比べて価値観が全く変わった、と今日1日を雪乃さんと過ごして気づいた。
心の底まで満たすのに必要なのは、高価な物より特別な気持ち……
ベッドの上で寝転びスマホで画像加工をしながら、人生を見つめ直した29歳の誕生日。
よしっと!
画像が完成したのでスマホを隣に居る雪乃さんに見せる。
「見て! これ雪乃さんにも送るから待受にしよう?」
「わぁ凄い! 綺麗だね、夏雪の花」
雪乃さんと見た満開の夏雪の花を二人でお揃いの待受画面にする。肩を寄せ合ってお互いのスマホ画面も並べてにっこり。
「記念になったかな?」
「夏樹さんの誕生日なのに、私がプレゼントをもらったみたい」
「言ったろ? 雪乃さんが居てくれるだけでいいの」
「ふふっ。あ、もうすぐ誕生日が終わっちゃう。何かしてほしいことは?」
「そうだなぁ? ……じゃあもう一回、おめでとうって言って?」
「お誕生日おめでとう。好きよ――――」
雪乃さんから何よりのプレゼントをもらって胸の奥まで幸福でいっぱいになる。
今日、幾度めかもわからないキスに心酔して……
一緒に繋がったまま眠りたいな。
はい。
囁きあった言葉の後、ベッドサイドにある夕陽色のライトを消した。シーツの上で二人のスマホ達は、夏雪の花の光で俺達の愛しく見つめ合う顔を照らす。
それから深く溶けこんで――――――たっぷりと愛し合う。
本当に本当に幸せで、真の幸せを知った誕生日だった。
*
『 ――――――
ホントにあん時の雪乃さんエロかったなぁ
またそれ! ここで言わないで、恥ずかしい
何回思い出してもニヤけちゃうんだよ?
そうゆう時の夏樹さんの顔、格好悪いよ?
雪乃さんも言うようになったね?
何回も、からかうからでしょう?
仔猫みたいに可愛いのに急に白豹みたいにさぁ
なぁにそれ? 恐いってこと?
ううん、襲われそうでゾクゾクする……
だから……そうゆう目で見ないで……
ははっ、ところで雪乃さん海好きだよね?
うん、湘南の海は季節の情景が綺麗で好き
そうだね、秋の夕暮れとか俺も凄く好きだな
初めて海岸に行ったのも秋だったね
絶対に雪乃さんと夕焼けの海似合うと思って
夏の間はダメって連れて行ってくれなかった
当然だよ? ナンパ野郎はいるし日焼けするし
ふはっ、初日の出は逆に凄く寒かった!
冬の海岸があんなに寒いと思わなかったな!
秋田人で寒さには慣れてたのに震えたわ
そん時もブルブルしてんの可愛くてっ……
……外でも平気でキスしてくるよね?
二人で毛布被ってたから見られてないよ?
そうかもしれないけど、恥ずかしいのに……
俺は何処だって今もしたいくらいだけど?
ここレストランでしょう……
お祝いだから、誕生日おめでとう! チュッて
気持ちだけで……ありがとう///
プレゼントなしでいいの? ご飯奢るだけで?
いろいろ車で連れて行って貰ったからいい
遠慮しなくていいのに~
してないよ? 初めての所ばかり楽しかったし
無理にとは言わないけど
夏樹さんの誕生日も何もあげてないし
言うと思った! 気持ちが一番嬉しい、ね?
うん、気持ちだけでじゅうぶん
ホント、好き……可愛い、大好き///
……恥ずかしいから///
それでさ、海じゃないんだけど……
うん?
俺今リゾート宿泊施設の仕事してるでしょ?
あぁ、温泉地のコンドミニアムタイプね?
そう、オーナーが是非泊まりにおいでって
いいね、会社の皆で行くの?
いや、そこは、私連れてってでしょ!?
えっ? 私が行ってもいいの?
俺は雪乃さんと二人で行きたいの!
そっか……じゃあ、行きたい! 初旅行だね
今度、日程調整しよう!
うん、楽しみ
やった、嬉しくて眠れないかもな
ふふっ、子供の遠足みたい
違うよ? 雪乃さんを襲いたい放題って意味!
……またそうゆう顔してっ///
ははっ、そろそろ帰ろう? キスしたい限界っ
もうっ///
―――――― 』
今日は朝から車で雪乃さんを迎えに行って横浜デートをしていた。雪乃さんの29歳の誕生日。
特にサプライズやプレゼントを用意したわけでもなく、普通のデートと変わりなかったが、おめでとうの気持ちだけはいっぱいに過ごしている。
夏の俺の誕生日から半年。
あの日、二人の時間を大切にして気づいた価値観はずっと変わっていない。
雪乃さんがそばにいてくれて、一緒にいられるだけで幸せだから。
自分本位に無理させることはしないで、素直さも忘れずに。
そうやって俺達は心も体も繋げて……
『好き』が大きく大きくなっていった。
俺だけじゃなくて雪乃さんも同じみたいだ、そう感じる瞬間が嬉しくてたまらない。
レストランで夕食を済ますと赤レンガ倉庫から外に出た。冷たい風がびゅうっと顔にあたって、肩をすくめ二人ぴったり寄り添いあう。
「寒いぃ。早く帰ってワインでも飲もう?」
「夜になってもっと冷えちゃったね」
「雪乃さん、鼻が赤いよ? ははっ、可愛い」
「あったかい所にいたから」
寒くなければ抱きしめて温めたいところだけれど。車に乗るのが最善と急いで駐車場の愛車へ向かった。
白い息を真冬の夜空に映しながら歩いていると、雪乃さんが突然ピタッと立ち止まる。
「ん……?」
「どうしたの?」
キョトンとした顔つきで目の前だけを凝視したおかしな仕草で固まっている。不思議に俺がしばらく見守っていると、雪乃さんは空を見上げまばたきをしてつぶやいた。
「……雪、雪だわ」
「え……」
ひらり、と。
暗い冬空から細かい白い粒が舞い降りてくる。寒さを忘れその場に佇み俺達は天を見上げた。
本当に雪がひらひらと降りてきて、小さな結晶を手のひらにもらい受ける。
初雪だ。
雪乃さんを見ると真剣な顔つきで俺を見つめ返していて……
「本物の初雪も、夏樹さんと見れたらって思ってたの……」
――――――!!
雪乃さんが唇をそっと俺のに触れあわせて言った。
「……願いが叶ったわ」
雪乃さんからのキスを俺は受け取る。
夏雪の花が見せてくれた白い花びらの雪が、本物の初雪を呼んでくれたかのように……お互いを想った気持ちが新しい未来を作っていく。
今日もまた、かけがえのない幸せを知って、さらにもっと雪乃さんを『好き』になるんだ。
――――フロントガラスに舞い降りた雪の結晶と、星のかわりに燦めく純白色の初雪を眺めていた。
エンジンが温まるまで出発を待って、車内ライトを消し雪景色を車の中から観賞する。
じっと息を潜めて二人の距離を縮め、手を繋いだら視線を重ねて……静かにキスの続きを。
長いキスが冷えた体を温めた。
初雪はそのうちに止んでしまったが、俺達は何度も喜びを確かめ合うように――――
帰ってもその夜が明けるまで深く繋がっていた。
*
春の終わり、若葉が強い陽射しに輝く頃。俺達は雪乃さんの誕生日に約束したリゾートコンドミニアムへ。
途中、高速のSAに入ってカフェでドリンクを購入。俺ができあがりを受け取ることにして、雪乃さんは外で待っていると店を出て行った。
2月の誕生日の後は3月の年度末に4月の新年度と、なかなか旅行に出かける都合がつかなかった。しかも今年のアプロディタの発表会はGW後だったので、旅行はお疲れ様のご褒美というカタチになった。
5月下旬、晴天に恵まれた行楽日和。久しぶりにのんびりと二人で過ごせる時間がとれそうだ。というのも、急ぎたくても何処も混雑していて待つことが当たり前。
ドリンクもすぐにはできなくて、受け渡しカウンターのそばでスマホを見ていると……
ん?
カウンターで両肘をついてスマホを持っている女の子二人がチラチラと見ている。俺?
露出度高めのファッションをした若そうなオネーサン達だ。声かけ待ち、みたいかな?
ちょうど注文したドリンクができて俺は店員さんから商品を受け取り御礼を言った。カウンターで横並びの立ち位置となった子達に視線をやると目があったので、何も言わずニコッとだけして店の外へ急いだ。
昔の俺だったら間違いなく、自分に興味を向けられたら挨拶くらいしたと思うけど。何かね、人の出入りが多い場所に陣取ってるとさ。
店が混んでるから外で待ってるって気配りできる雪乃さんに早く会いたくて……
可愛いからとか若い女の子だからとか、全く魅力も感じないし興味も湧かないな~という自分が少し可笑しかった。
両手にドリンクカップを持って店の自動ドアを出ると、少し離れた場所に雪乃さんを見つけた。
あぁ、女神、みたいだ。
明るい陽の光が雪乃さんを燦めかせているようで、遠目に見ても綺麗で美しい……
俺、相当浮かれてるな?
自覚はある。
スマホを見る表情が柔らかで花にするのとと同じように微笑みかけている。今日のコーディネートはミントグリーンのニットにホワイトジーンズ。雪乃さんの白い肌によく似合っていて、爽やかで透明感が半端ない。
おっと、見惚れてるのは俺だけじゃないみたいだ。
雪乃さんの近くで休憩している野郎共が視線を向けていて、俺は早足で急ぎ、わざと彼氏っぽく声をかける。
「雪乃さん、お待たせ!」
「ううん、ありがとう。凄く混んでたね」
雪乃さんがカップをひとつ受け取って、俺は透かさずあいた手を肩に回して抱き寄せた。
俺のもの!
見せつけるように。
「早く行こ。あんまり陽に当たると焼けちゃうよ?」
「ふふっ、また心配症?」
可愛い笑顔も俺だけのもの!
誰にも見せたくない。
見せつけるとか、見せたくないとか。
雪乃さんといるとジレンマに戸惑う。それもこれも全部雪乃さんの魅力のせいで、俺が男前に身構えなければいけないのだけれど。
出会った時よりもっと、美貌に磨きがかかっていくように。雪乃さんがどんどん綺麗になっていくから……
俺はますます好きになって、ときめいて。幸せな気持ちを抱く度に焦ってしまう。
俺で大丈夫か?
愛想を尽かされたり、フラレやしないか?
大人の恋を拗らせている真っ最中だ。
――――到着したリゾート地では散策中に思わぬ発見が。二人して呆気にとられる……
「雪乃さん……」「マジか、まさかね……」
「夏樹さん……」「ほんとにあったんだ……」
「「 鳥入りのお茶だ!! 」」
俺達は鳥カフェの店先にあったオブジェを見つけて大笑いした。
「「 わぁあははははっ!! 」」
たまたま通りかかったら、記憶を再現したかのような物が目に入って。二人して立ち止まりティーカップの中に入ったインコの店看板に衝撃を受けた。
雪乃さんがめちゃくちゃウケてて笑いが止まらないらしい。こんな雪乃さんは初めて見る。記念写真を撮って鳥カフェにさよならしたけれど、クスクスと歩きながら我慢しては吹き出しての繰り返し。
可愛くて俺のニヤニヤも止まらない。
コンドミニアムの宿泊中に必要な食材を買いに来たが、掘り出し物を見つけて気分が上がる。雪乃さんと手を繋いで進む一歩一歩が楽しくて嬉しくて。
ぶらぶらと二人で名所巡りの途中、ウエディングフォトを撮影している近くを通りすぎる。モデルじゃないと思うけど、本格的なポージングの新郎新婦が、俺達みたいな行楽客に見られている様子に雪乃さんがポツリと……
「……恥ずかしくないかな?」
「……ははっ、雪乃さんは恥ずかしがりだもんね。んー、俺は全然イケるかな? だって雪乃さんのウエディングドレス姿ならずっと見てたいし?」
「……見、見たいの?///」
「えっ? ……あれっ?」
勝手に雪乃さんの花嫁姿を想像して……
自分とさっきの新郎新婦に置き換えてた。無意識に俺達の結婚式をイメージしてたみたいで――――っ結婚、アリ? なのか……///
「だ、大丈夫? 夏樹さん顔赤い……」
「いや、あの、想像しただけでも……雪乃さん綺麗すぎた……///」
「えっ? なっ、もう///」
「ヤバいね……///」
カァーッと急に熱くなってしまった。恥ずかしくて顔を隠したい……
考えたこともなかった『結婚』を意識したら頭の中が暴走したみたいだ。
雪乃さんと結婚したら……俺のもの。
どうだ美しいだろう?
なんて見せびらかしても、俺に独占権があると証明できるじゃないか。簡単に雪乃さんに手出ししようとする輩も牽制できる。
雪乃さんが左手薬指にその証をつけてくれたら――――
思い描いた将来を現実にする、叶える方法の考えばかり巡らせながら。2泊する一棟タイプの貸切コンドミニアムでは、仮想夫婦のような生活空間に存分浸った。
特別な夜に二人の絆をもっと深めておくように……
「……チュッ。雪乃さん、隠さないで?」
「んん、でも、夏樹さんが……」
俺が、しつこく舐めるから。
とでも言いたげな雪乃さんの口元。ベッドに張りついた体は俺に溶かされて、快楽に溺れるのを耐えているのか、雪乃さんは顔を腕で覆ってしまう。
恥ずかしがりだからすぐ隠れようとするんだよね。俺はその艶めかしい表情を見たいのに。
邪魔されてしまうから、それを防ぐためにイイ事を思いついた。ベッドサイドに手を伸ばして、シャンパンボトルの近くにあった赤いリボンを掴んだ。
「雪乃さん、両手、合わせてみて?」
「ん? ……こう?」
「そう。そのままで……」
「……え? な、なにっ!?」
俺は雪乃さんが合わせた両手の小指をひと括りにしてリボンで結んだ。手の自由を少し制限させてもらう。これはウェルカムシャンパンについていた飾りだが、こんな使い道もあったとは役に立つものだ。
リボンでくっつけた手を雪乃さんの頭の上にして片手で押さえこんだ。思い通りになってニヤリ。
びっくりしている雪乃さんに向かってイキり顔を見せ突撃を仕掛ける。
「これでもう隠せないよ? じゃあ、もっと気持ちよくなろっか!」
「えっ…………はぁっ! んっ」
唯一自由が効く俺の片手を、舐められてトロトロになった雪乃さんのナカに侵入させる。スイッチが入る弱い所、指で撫で回すとイイ声が漏れてくるんだよね……
「あんっ……はぁ……やぁ、」
「もっと、ね?」
至近距離でよがっている顔を見つめれば、欲が滾って指先に攻撃の司令を放った――――――
愛しい人のイキ顔を焼きつけて、涙の滲む目尻に熱く乱れた息を近くで感じる。そんな、そそる雪乃さんに、我慢の限界は振り切れて……溶けあいたいと唇を奪いにかかってた。
「んんっ――――」
「はあっ。ん、雪乃さん、抱っこ……」
「え?」
「掴まってて……」
押さえていた両手に俺の首を通して雪乃さんを抱き起こすと、俺がベッドに背をもたれ抱き支える。
「今日はナカに入れて欲しい? それともソトいっぱい擦る?」
「……夏樹さんの好きに、」
「じゃあ、全部して俺達……ずっと繋がっていよう?」
「うん――――」
それから……
1回目は抱っこのまま素股して。抱き足りずにナカの浅い所を突いて2回目を。それでも離れたくなくて挿入して眠りについた。
ひと眠りして目が覚めたら雪乃さんから抜けていたけれど、寝返りをした雪乃さんが俺に抱きついて眠っている姿に幸せを満喫中。
拘束チックな仕方で興奮しまくった……
寝息を立てて深い眠りについている雪乃さんを胸に抱いて、少し負担をかけすぎたかもしれないと同時に反省も。
ベッドの上に解いて置いたままの赤いリボンをそっと取る。こっそりと雪乃さんの左手薬指に巻いて……
緩くもキツくもない具合に、起こさないよう慎重に結んだ。まずは最初のミッションを達成して俺はほっと安堵する。
雪乃さんのリボンを結んだ手に自分のを重ねて、祈るように、ぎゅっと握った。
このリボンのサイズで婚約指輪を準備して……プロポーズする。
どうか、成功しますように!
ドキドキと高鳴る心臓に熱い想いと雪乃さんを抱いて……
最高の朝が訪れるまで心地よく眠り続けた。
目覚めれば甘いおはようのキスで1日が始まって。そのうち理由なんていらないくらい、二人でくっついているのが当たり前のように過ごして。
一生忘れられない旅になったんだ――――
*
雪乃さんとの旅行から帰ってくると、早速俺は指輪探しをスタートさせた。オーダーから2週間後、やっと現物が俺の手元に届く。
梅雨の真っ只中。玄関ドアを開けるとジメッとした空気と雨音が入ってくる。配達員から荷物を受け取るとすぐ水滴をはらった。大事な物だから少しも濡れて欲しくなくて。
はやる気持ちで丁寧な梱包をほどいてゆく。リビングテーブルに小さな段ボール箱を置きテープを剥がして開ける。中のクッション材をどけて真四角の紙箱からリングケースを取り出した。
ゆっくりと、宝箱を開けるようにして……
キラッと光り現れた宝石に、まるで雪乃さんがいつもしてるみたいに俺も微笑んだ。
雪の結晶をデザインにしたダイヤのプラチナリング。雪乃さんに贈る婚約指輪――――
真剣に考えて悩んで、いっぱい雪乃さんを想って決めたから……
俺の手の中にあるだけで、なんだかもう愛おしさが込み上げてくる。
2つ目のミッションも達成したし次はいよいよプロポーズ。
俺の誕生日、夏雪の花が満開になったら……白い花びらの初雪が舞う中で雪乃さんに愛を誓おう。そう、考えている。
去年その時の光景が印象的で、雪乃さんがとても綺麗だったから……
「ヤバ、もう緊張してきたっ。プロポーズの言葉考えないと。んー、雪乃さんの未来を俺に預けてもらえますか? ……いや、なんか違う!」
首をひねって絞り出そうとしたが、変にカッコつけて言葉に出すと恥ずかしいと思った、たぶん。
きっと、また美しい夏の雪景色を見たら、雪乃さんは愛しそうに微笑むんだろう。そして俺は……
「――――雪乃さん、愛してる。俺と結婚してください……」
そんな愛おしい雪乃さんを見つめて、そう、言いたくなるはずだ。
俺は確信を得て、その時が来るまで――――――大切に気持ちと指輪をしまっておいた。
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