夏雪の花に最後の恋をして。

美也

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14.雪の音が舞い降りる(エピローグ)

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「――――良いお年をお迎えください!」
「ありがとう、海浦みうらくんもね!」

 今年の仕事納めとして今日は朝から得意先へ挨拶に回っていた。気がくのは……
 初雪が、降るかもしれない。
 
 そう天気予報が伝えていたから、先方が早仕舞いする前に、車で訪問して済ませておく予定だった。
 最後の事務所ではお茶をいただいて少し長居してしまったからか、外に出た途端に冷たい空気が顔に刺さるようだ。

 時刻は18時を過ぎたところ。寒さに身を震わすようにして、はあぁ~っと白い息を吐きながら車まで急いだ。
 もう真っ暗な空に白色のコントラストがよく映える。

「……ん?」

 車体に白い小さな粒がくっついて、溶けた?
 あ、また。
 もしかして…………雪?

 ――――!?
 天を素早く見上げた。

 目を凝らして、まばたきはせずに。息も止めて……


 あぁ――――――   雪だ、初雪だ。


 俺は天に顔を向けたまま、小さな小さな雪の粒を肌に染み込ませた。
 俺に、雪の結晶が舞い降りる……


・・――――
 本物の初雪も、
 夏樹さんと見れたらって思ってたの……                  
              ――――・・


 雪の音は、愛しい声を俺に届けてくれた。
 瞳を閉じて、耳を澄まして。

 あの時も……こんなふうに初雪が降り始めたんだ。それで、彼女にキスのプレゼントをもらった。

 心はまだ温もりも燦きも覚えていて。すぐそこに抱きしめたい感覚がある事も忘れてはいない。

 ずっと、忘れないから。
 天に旅立った小さな命も一緒に、俺は、死ぬまで――――――!?


「パパ! ゆきらぁ! ゆきぃ~!」
「ははっ、転ぶなよ~」

 可愛らしい声が突然聞こえてきて通りに目を向けると、防寒着でモコモコした幼児が踊るように歩いていた。そのすぐ後ろで父親がガードするように見守っている。

 雪に喜ぶ小さな子供の姿を俺はしばらく静観して……寒いのに見ていたくて。
 なんだか、胸の中でこう、じわじわあったかい気持ち?

 まるで幻想の中にいるみたいな、呆けた頭になっていたんだけど。不思議な事に胸の中は……俺の胸の中は、バラバラな破片がひとつひとつ結ばれていくような実感が……

 結晶が集まって綺麗なカタチになったみたいに――――叶えたい事が生まれた。

 雪、見たいかな?


 ガチャ。……ブゥォォ__。

 降り始めた雪をフロントガラスに受けながら俺は車を走らせた。
 思い出の―――――初雪の舞い降りる場所へ。

 見せてあげたかった。
 そう、まるで踊るみたいに、天から降りてくる雪の結晶を。
 星のように燦めくその白い初雪を。

 かけがえのない幸せを覚えた場所で、この車の中から愛しく眺めた……
 あの時と同じに、この初雪を見ていたい。

 標識の横浜方面に従って進み、思ったより早く赤レンガ倉庫に到着できた。ガラガラの駐車場……記憶の通りに車を停める。

 そして車内ライトを消してフロントガラスのスクリーンで 、、、

 ――――――!!

 画面の隅に歩く人影。
 うろうろと空を見上げながら、その場から離れない、ひとりの女性……

 俺は運転席で目を見開き、息を忘れ凝視した。

 まさか、そう…………なのか?

 夢じゃ、ない?

 本当に――――――


 ガチャ。
 答えを探すより前に俺は車を飛び出す。施錠もしたかわからない。
 けど、助手席で夏雪の光を灯してたスマホだけは手に握りしめて。大事にジャケットのポケットにしまった。

 だって、もしそうなら!

 会いたいだろ? 
 ……会わせてやりたいから。

 失った子の命を、俺はスマホの待受画面に宿したつもりで。いつどんな時もそばに置いて忘れないでいたんだ。

 それで、それで、俺だって!
 彼女に会いたい!!

 初雪が降るこのときに、一緒に天を見上げたその場所にいるのが――――

 会いたくて堪らない、愛しいひとだと信じて!!

「はぁっ、はぁっ、はぁ――――」

 俺は激しい心音に突き動かされるように、大きな白い息を飛ばしながらそこへ――――
・・・




 『 本物の初雪も―――――― 』

 あれから、3年の月日が流れて。
 今夜、同じ場所で。


「……願いが叶ったわ」

 私は夜空を見上げて、ひらひらと降りてくる小さな雪の結晶を、手のひらにもらい受ける。

 天からの贈り物、思い出の初雪と同じ。

 ね? 綺麗でしょう?

 心の中で私は語りかける。
 冷たい雪も凍える空気も、私には愛しくて。
 素手や肌で直接感じたかったから、傘も手袋もしないで外を歩いていた。


 ――――もしかしたら今日、都心にも初雪が降るかもしれない。

 予報に期待しながら今年の仕事納めをして定時に会社を出ると……
 チラチラ、白い粒を目にして立ち止まり暗い空を見上げた。


 あぁ、 雪だ。 あぁ――――


 ただ、舞い落ちる雪を。
 手のひらに届くまで。

 ぴとっ、
 待ち受けた白い雪が私の手の中に浸透する。

 そっと優しく包んで、大事に大事に。
 そのひと握りに今日までのいろいろな気持ちが込み上げた――――――

 思わず、涙が瞳を覆いそうになって
…………!!

「ママぁ! ゆーき、ゆーき♪」
「ほんとだね~! あ、ごめんなさい」

「いいえっ」

 通りに立ち止まっていた私に小さな子がぶつかりそうになって母親が慌てた様子で謝った。
 ぴょんぴょん跳ねながら器用に歩く。全身で雪に喜んでいるみたいな無邪気さ。

 その可愛い雪の舞に私の涙は何処かへ消えてしまった。

「はやくパパにもゆきあげたいね!」
「そうだね。パパも喜ぶよ」

 親子の会話を耳にしてその後ろ姿を見送る。幸せを描いたような母娘と雪景色のワンシーン……

 胸がほんのり温かく、ひとりでに笑顔を向けていた。

 私も……そうしてみようかな――――

 コートのポケットからスマホを取り出し時刻を確認した。[17:45]……ぴとっ。
 夏雪の花の画面にも雪が舞い降りる。

 そして私は電車に乗って横浜へ。赤レンガ倉庫の最寄り駅で降りて徒歩でここまでやって来た。

 小さい子みたいに初雪を肌身で感じながら、いつ消えてしまうかもわからない小雪の景色に思い出を映して。

 去年も一昨年も初雪が降ったのは真夜中だったから。今年こそは、あの時のようにと……
 夏の公園でナツユキカズラを見てから焦がれていた。

 忘れたくない、すべてを。
 私に奇跡が起きたことも、失ったものも。

 だからここで、初雪を私は眺める。

 そうやって過ごした時間のぶん、顔と手が冷えきってしまったが……あともう少しだけ。

 まだ離れたくない。
 白い息を吐きながら、思い出の場所でうろうろとしていた――――――!!

 えっ、
       ――――・・・夏樹、さん?


 急に現れた気配、誰か、一瞬で。
 まばたきひとつする前に誰なのかわかった。

 髪は短く変わっていたが、口元から吹き出す白い呼吸の影に、最後に見た表情とまるっきり同じ苦しげな顔がある。

「癌は!? 治療はどうなってる!?」

 えっ!?
 真っ直ぐ私にぶつけてくる強い視線と言葉。その懐かしい声にも、ドキッと震えた。

「ぜ、全部取れた! 低悪性度の肉腫だったから、全摘出して治癒できたの」

 予想外の彼の第一声に焦り早口で答えた。すると、口元を押さえて彼は高い背を縮こめる。

「っ……良かった、良かっ、っ。
 手術しても予後が悪いのもあるって知って……死ぬんじゃないかっ……」
「ごめん! 最後に話をした時に、悪性度を伝えてなかった、ね……」

「ホントに……ホント、雪乃さん、うっかりさんなんだかっらっ……」
「ごめん。……な、泣かないで?」

 私、夏樹さんに泣かれると、胸が痛くて……目頭が熱くなる。

 手の届かない二人の間で、もう一度、しっかり視線を繋いで……
 昔のように、一瞬も見逃さないように。

 この瞬間を大切にして、心と心を通い合わせる。

「結婚! ……は?」
「……してないよ、」

「恋人は!?」
「……いるわけないっ――――――!?」

 勢いよく距離を詰めて、夏樹さんは私を抱きしめた――――――


「――――――くっ、ぅ、ぅっ……」

「……夏っ 、、、私じゃ夏樹さんのこと――――」

「っ俺達! 
 同じ世界で、同じ時間、生きてるのに!
 どうしたら……他の誰かと幸せになれると思うの? 一番っ、世界で一番好きな人が生きてるのに!」

「――――!! 
 ……ふっ、ぅっ、私と、私と一緒にいたら、つらい思いをさせてしまうからっ」

「それは! 雪乃さんも、同じでしょ……」

「違うよっ。
 お子さんは? って絶対聞かれるよ!?
 夏樹さんは悪くないのにっ……」

「雪乃さんだって悪くない。悪くないんだよ……」

「うぅ――――惨めな思いを……させたくないの……」

「惨めなもんか……雪乃さんは一生懸命、生命いのちを守ろうとしてくれたじゃない?」

「でもっ、」

「うん、とっても悲しかった……ね?」

「ふっ、ふぇ――――」

「ごめんね、俺が情けなくて……別れを受け入れるべきじゃなかった。間違ってた。
 失ったとしても、ずっと、大切だったんだ。大切なものにかわりはないんだ……」

「――――うん、ずっと、」

「ね? 俺達、大切にしてるもの、同じだと思うんだ。だから今こうしてここにいる……」

「……呼ばれた、気がしたの」

「そっか、俺もだ……」


 ―――― パパ! ママ! ――――


「…………私で、いいの?」

「これからは、一緒に見つけよう?
 ……雪乃さんの大切にしたいもの、たくさん。それで俺も一緒に、大切にしたい」

「――――ありがとう。ありがとう、夏樹さん…………会いたかった」

「俺のほうがっ…………会いたかった。こんなに冷たくなって――――待っててくれてありがとう」

「――――――初雪は……みんなで見れたらって、それで、願いが叶ったの」

「――――俺、雪乃さんに伝えたいことがあるんだ」

「私も。ずっと伝えたかったの……」

「雪乃さん……」

「夏樹さん……」


 「「 愛してる―――――― 」」



 この命が尽きようと、いつまでも。
 絶えまない愛を……あなたへ。





「「 愛してる―――――― 」」


 離れていたぶんを埋めるように……
 私達はギュウッと抱きしめあう。

 もう放さない……
 夏樹さんが私を胸に閉じ込め、私は夏樹さんの胸にしがみつく。

 これからはずっと一緒に。
 嬉しくて、幸せで。今、とてもあったかい。

「……雪乃さん、寒くない?」
「ううん、ぽかぽかしてる」

「髪が……雪で濡れて冷え冷えだよ? 俺も泣いたから顔が寒いんだけど、大丈夫?」
「うーん……寒いかわからない」

「え? ちょっ、わっ!? 手が氷みたい!」
「あれ? 感覚がないかも?」

 夏樹さんは私の手を握ると驚いた顔で私を見た。
 夏樹さんの鼻は赤くて可愛らしいし、その目上の高さから注がれる視線が懐かしくて。

 ついニコニコと喜んでしまうと、余計に夏樹さんの表情が困ってゆく。

「いつから雪の中にいたの!? 麻痺してるんだよ!? 風邪引いちゃうからっ」
「……わっ!?」

 手を繋いだまま私を引っ張って夏樹さんの車まで急ぐと、助手席のドアを開けて私を素早く押し込めた。
 バタン、夏樹さんも運転席に乗り込んでそそくさとヒーターの温度と風量を上げる。

「手、かして?」
「は、はい……」

 私の手を掴んでヒーターにあてながら、その大きな手で揉みほぐしてくれて。
 細やかに世話を焼く姿も、車も変わっていない事にじんわりと嬉しさが私を包んでゆく――――――!!

 夏樹さんが息を私の手に……

「はあぁっ……あったまった?」
「あ、う、うん……」

 あたたかい。
 私の感覚を失った手は夏樹さんの息で生き返る。

 大事にしてもらっている感覚も、昔と同じに取り戻した。
 初雪をこの車の中から見た記憶も。

「良かった…………チュッ」
「――――!!」

 愛しそうに口づけられた私の手は……
 夏樹さんの唇の感触を完全に思い出し熱を帯びてゆく。

 あの日、私は、自分からキスをして――――――好きが溢れた。
 今日も、同じだ。

「……愛してる」
「!!」

「愛してる、って……あの日ここで初雪を見たときに、本当は伝えたかったの」

 今、やり直せるなら。
 今度こそ、間違えない。

 私に真っ直ぐ向けられた、真実を探る夏樹さんの視線に、微笑んで答えて見せる。

「っ……」

 私の両手を包んだまま祈るように額に押しあてて、夏樹さんは私の愛情を噛み締めているようだった。

 苦しめた年月を詫びるため、私は愛しい気持ちをこめて――――そっとその額に口づけを。

 そして、ゆっくりと。
 初めてのときみたいに。

 見つめあった瞳を閉じて、お互いの唇をふれあわせた。

「愛してる……」

 震える唇が私のに柔らかく擦り伝えてくれる。それは吐息も一緒に私に沁み込んで。
 優しくて、本当にあたたかい。

「愛してるわ……」

 順番に囁やきあっては繰り返し何度も。
 傷つけないように、壊さないように……唇と吐息を重ねる。愛を確かめながら――――――


 『――――家まで送るね』
 夏樹さんはそう言って車を出発させた。

 私の手を握り、指を絡めた恋人繋ぎで。ずっと離さずに運転をして。

 少し心配になるほど……私を見つめすぎだった。

 冷えた体はすっかり温められて、家に着くまでには頬も耳も熱っぽくなっていたし。

 到着したとき、雪が強く降り出していて、ウチに泊まることになったので……余計に暑くなっていたんだ。

 夏樹さんが家に来るのは別れた日以来で、お泊まりという忘れかけた緊張感を思い出しつつ。

 まずは家に上がってもらったらコーヒーを淹れて、と準備しようとした私を夏樹さんは問答無用でお風呂に直行させた。

 別れていた期間を切り抜いたみたいに……自然体であの頃と同じように接してくれる。

 嬉しさと戸惑いが交互に胸の中を走り回って落ち着かないまま、急いで浴室を出て髪もタオルドライだけで部屋に戻った。

「夏樹さっ……!!」

 ――――泣いてるっ。
 夏樹さんの姿を目に写した瞬間、そう痛感して息をのんだ。

 テーブルの椅子に座った格好で項垂れて。片手は顔を覆い、もう片方には……私の大事な額縁を手にしていた。

 その写真がいつもテーブル上にある事が当たり前だったから、私はうっかりしてしまったんだ。

 夏樹さんにまず、その写真を説明しなければいけなかったのに。

 タタッ、急ぎ足で夏樹さんのもとへ。
 めいっぱい両腕を広げて全身で抱きしめた。

 夏樹さんは私の腰に腕を回してぴったりと密着してくる。

「――――会いたかったんだっ、俺達の子にも……」

 体を小さくして私の胴体に語りかける。
 私の奥深くまで、その声は響いた気がした。

「……うん。会いたかったね――――」

 額縁の中には、あの日、手術をしてお別れする前の……超音波写真が入っている。

 私達の赤ちゃんが私のお腹の中にいたことを証明する、たった1枚の宝物――――

 こんなふうに……
 3人で体を寄せ合って、ギュウッとして。

 家族のカタチを作れたら、どんなに幸せなことだったろう。

 思い描いた夢の欠片は私達の胸に抱いて……

 切なさを二人で分け合い、ひとしきり涙を流した。
 やっと、ちゃんとした供養ができた、二人で――――――

「もし、また、悲しい事が起きたとしても、次は絶対に二人で力を合わせよう……約束だよ?」
「はい……約束」

 もう何も怖くない。
 この瞬間、とても強くなった気持ちで胸がいっぱいになった。

 お互いの赤くなった目を見て笑顔を送りあう。

 それからは……もとに戻ったみたいに。
 二人でご飯の用意をして、ゆっくり時間をかけ食事をした。帰省の予定や仕事の状況、話が尽きなくて。

 寒い夜は……ベッドでよく会話をしたから。
 夏樹さんにお風呂をすすめて、私は後片付けを済ましベッドで待っていた。

 すると、入浴後に現れた夏樹さんは予想外なことを言う。

「お、俺、下で寝かせてもらおう、かな?」
「えっ?」

「あ、あれ? 一緒のつもり……だった?」
「えっ、あっ、あのぅ……うん。前みたいにベッドで一緒に寝るのかなって、」

 やだ、私!
 すっかりその気で……夏樹さんの腕の中で眠れるのを楽しみにしてたみたい。

 さっきヨリを戻したばかりなのに、そんな早急にって普通なら思うわ。
 恥ずかしい……///





 ――――これって現実だよな?

 頭からシャワーの湯を浴びながら、これまでの流れを早戻しして再生するも……
 気持ちの整理がついていないからか、浮ついて混乱する。

 夏に指輪を捨てた時から……
 雪乃さんはもう誰かの物だと思い込んで、俺、一生独り身でいる覚悟をした。

 最後の恋でいいと忘れたくなかったから。まさかの奇跡に俺が一番驚いている。しかも……

 雪乃さんが俺を、愛してるって――――

 幸せを噛み締め、また泣きそうになる。
 俺ってこんなに涙もろかったかなぁ……もう年なのか?

 自分の情けない姿を反省し顔をバシバシ両手で叩いた。そして、内面だけじゃなくもう一方の……

 萎れたかもしれない下半身に視線を落とした。
 む、無反応かよっ。

 雪乃さんと別れて以来、ショックが大きかったのか性欲を無くしたみたいで。男らしさを完全に失っていた。

 もし、今夜、そうゆう雰囲気になったとして……
 俺の機能は復活する、のか?

「――――夏樹さん? 着替え、しまったままで洗ってないけどよかったら」

 ドキッ!!
 浴室の扉の向こうから雪乃さんの声がして跳ね上がる。

「あ、ありがとう!」

 驚いたのと緊張で余計に縮む……おいっ。
 ダメだ、自信がない――――――

 ひよった俺は風呂上がりにベッドで待っていた雪乃さんを目にすると、離れて寝ようと提案したが……

 雪乃さんは俺を求めていたみたいだ。
 恥じらった姿に俺は慌てて手を伸ばし、誤解が生じないよう捕まえた。

「もう少し! は、話をしよう?」
「う、うん……」

 誤魔化すのはよくない。
 すれ違うのも間違えるのも懲り懲りだ。正直に、素直に、カッコつけないで……

「雪乃さんは俺と……一緒に寝たい?」
「えーと……はい。夏樹さんの腕枕、安心できて好きだったから。でもっ、いきなり前と同じになんて……変、だよね///」

「変じゃないよ! どっちかというと、俺が変で……」
「え?」

 雪乃さんとベッドの上で向かい合って座り、俺は布団を肩からかけてやると両手をぎゅっと繋いだ。

「もしね、一緒に寝て、俺が雪乃さんを抱きたくなったら? どこまでしていいのかってわからないのと、その、俺のが……勃たないかもしれなくてっ」
「あ……」

 視線で訴え察してもらえたのか、雪乃さんは少し目を泳がせた後で真面目に言う。

「私は子宮と卵巣を摘出したけど、膣は正常だからセックスはできるの。でも、少し膣が変形した可能性もあって。感度とか性欲も無くなる人もいるみたい。私はどうかって……自分でもわからない。確かめてないから」
「そ、そっか。確かめて……」

 つまり、一度もセックスしていないと。
 よ……良かった、安心した~。

「夏樹さんの問題は、私のせい、と思う。ごめんね……苦しめて」
「やっ、苦しいとかじゃ……」

「私に治せるなら、何でもしてあげたい」
「えっ? それは嬉しいけど、無理には……」

「無理じゃない! 夏樹さんが私に教えてくれたの。痛みもなく、二人で気持ちよくなる繋がりかた。良いことも悪いこともちゃんと伝え合って……私達だけの愛しかた、見つけられると思う。また、見つけたい」
「っ……」

 ホント、こうゆうとこ、変わってないな……
 二人で力を合わせるって約束したじゃないか。

 どんな困難も二人で乗り越える、俺達なら大丈夫って……
 雪乃さんの顔が俺に伝えてる。

「……わっ!」

 雪乃さんをひょいっと抱えて俺の膝に乗せた。ぎゅうぎゅうに抱きついて……最愛のひとが腕の中にいる喜びを確かめる。

 雪乃さんの温かい手が俺の頭を包んで、優しく何度も撫でてくれる。
 本当に、幸せだ――――――

「……私に、何かできるかな?」

 愛しい初雪が天から舞い降りるみたいに。
 俺に雪のささやきが降ってくる。

 その純白さを眺めるように見上げて、俺は願いを唱えてみた。

「もっと……キスがしたい、雪乃さんと」
「……ふふっ、夏樹さんは、キスが好きだったね?」

「当然でしょ? 大好きなんだから、キスがしたくなるんだよ?」
「……じゃあ、たくさんしてあげないとね――――」

『私も大好きだから』
 続く言葉はキスで受け取った。


 雪が肌に落ちて溶けるように。
 キスの度に濡れてく口元。

 柔らかい唇が可愛くて堪らない……
 つい食べてしまいそうに口を開けて喰らいつく。

「チュッ……もっと……んっ」
「はぁ、夏っ、んんっ」

 そうだった……
 雪乃さんの小さな舌も可愛いんだよな。

 ぴくっと逃げるのを追いかけて。
 それで、ぜんぶ、雪乃さんのぜんぶが欲しくなるんだ。

 耳も、首筋も。
 顔をうずめて雪乃さんの肌と匂いに……むさぼりつく。

「あっ――――」

 雪乃さんの甘い声が耳を掠めれば、あぁ。何か頭の中で弾けて、火がついた。
 もっと深く繋がりたい!

「はぁっ、はぁっ、雪乃さんっ」

 服の中に手を忍ばせ素肌を感じて、隠れた肌も露出させては吸着した。

「夏樹さっ、あ、の――――コレ……?///」
「はぁぅっ!? ……ん? あ、」

 興奮状態の途中で急に電流が走った。雪乃さんが教えてくれたのは二人の間で反り勃つ俺の男性器。

 雪乃さんの手にゆっくりさすられて……うっ、服の上からでも脈打ってしまう。

「えっと、あー、雪乃さん不足が原因だったみたい?」
「そ、そっか、良かった///」

 滾った熱は冷めることなく、欲求が次々と溢れてきた。
 昂ぶった気分で俺は雪乃さんの手を掴んだ。
 
 小さくて細い手を包みこんでそのまま……上下に動かす。
 俺の欲が詰まった熱い芯を強引に握らせた。

 あー、その顔、そそられる……

 雪乃さんの見開いた瞳。頬はみるみる赤く染まっていった。
 ますます硬くなる俺の欲望……

「――――雪乃さんも、確かめてみる?」

 完全に目醒めたオスの視線に囚われた標的は、これから何をされるか察したようだ。

 懐かしい恥ずかしがりな姿でコクンと雪乃さんは頷いた。

「俺達だけの愛しかた、見つけよう。一緒に気持ちよく、ね?」
「わかった……ん――――」


 キスの音色が飛び交い。

 甘い吐息が漂って。

 ベッドの上で俺達が擦りつけあう……いやらしい響きが充満し始める。

「あぁっ、もう雪乃さんのトロトロで俺のぐちゃぐちゃなんだけど……」
「やぁっ、熱くて、ゾクゾク止まらないの……」

 膝の上でよがる雪乃さんを、俺も、腰で揺らすのを止められない。
 胸を揉みしだくのも、吸いつくのも。

「……ナカに欲しい? 俺は、雪乃さんと繋がりたい」
「ん、私も……」

「雪乃さん、愛してるよ……」
「私も、愛してるわ……ぁ――――」

 肌の奥へ、体を繋げたら。
 たっぷりと時間をかけて、深く絡めて。

 二人の熱が溶け合ったら。
 膨張する波と引締める波の快感で……俺達は一緒に溺れた――――――


 あたたかな心地良さの中で眠りにつき、幸せな目覚めを迎える。もちろん、またキスから……
 まだまだ抱き足りない雪乃さんを充電させてもらって。

 冬の朝、二人ベッドで過ごしたあの頃と、同じに戻れた実感に胸が熱くなる。
 腕の中に雪乃さんがいることも有頂天だ。

 ただひとつだけ……
 未解決な疑問が残っていてすっきりしない。

「あのさ……8月初めに一緒に出かけてた女の子と父親はどうゆう関係なの?」
「ん? え? 何で知ってるの!?」

 雪乃さんが慌てふためいて、こう説明する。
 今は柏木さんのパートナーである男性と娘で、その時は代わりに公園へ同行したのだと。

「はぁ~っ……勘違いか。取り返しのつかない事を 、、、」

 真相を知る由もない雪乃さんはポカンとしていて、今度は俺がプロポーズの準備をしていた過去を話す。
 婚約指輪の末路を聞いた雪乃さんは……

「捨てたの!?」

 驚愕の表情をした後でとても残念そうにしていた。
 俺も名残惜しいのは雪乃さんが午後から帰省して年明けまで会えないこと。

 加えて、昨日仕事を残したままで戻らなくてはいけない。支度をすると雪乃さんが玄関で見送りをしてくれる。

「早く仕事終わったら東京駅まで送るから。連絡するね」
「ありがとう……チュッ」

 ――――・・・
 太陽がのぼった冬空の下、車を走らせる。

 帰り道も懐かしい気分がして、しくしく胸が締めつけられ……

 この切ない気持ちがなんなのか、俺は思い出していた。
 片時も離れたくない、恋しくて、そばにいて欲しい……

 俺はまた、恋に落ちたんだ。
 最後の恋に、落ちるんだ――――――ん?

「落ちる、か……」



 __[11:59]パッ[12:00]


「……仕事、終わらなかったみたいね。新幹線の変更――――駄目、お父さん迎えに来るし。私から夏樹さんに連絡入れておこう。
 ……夏雪の花の待受画面、二人して変えられなかったなんて。別れてもずっと同じ時間を゙見ながら、生きてたんだ私達――――」

 ピンポーン。

「はっ!?」

 タタタ……ガチャ。

「夏樹さん!」
「遅くなってごめんっ!」

「連絡なかったから、まだ仕事かなって」
「あっ忘れてた。間に合うように急いで、それで、いろいろ考えてたから。とにかく雪乃さんに早く会いたい一心で……」

「だ、大丈夫? 車から走って来たの?」
「あ~うん。いやっ、そうじゃなくて、えっと……」

「ふはっ、夏樹さん落ち着いて?」
「そうなんだけど、あ~、これっ!
受け取って……」

「なぁに? ……これ、この指輪――――」
「見つかったんだ!」

「え? 捨てたって……」
「そう、捨てたんだけど……落とし物で届けてくれた人がいて!」

「本当にっ!? すごい、わぁ……」
「まさかとは思ったんだけど、遺失物検索してみたらあったんだよ! しかも保管期間が明日までで、急いで警察署受け取りに行ってきたんだ。
 ごめんね……外で長いこと転がってたんだろうし、たくさん人の手に触れたと思うから、綺麗じゃないんだけど――――」

「ううん、嬉しい……とっても」
「その婚約指輪にはたくさん雪乃さんへの想いが詰まってるから。新しくとも考えたけど、気持ちが……」

「うん。ありがとう。これがいい……」
「よ、良かった……いや、良くないっ。あ~もう! こんなはずじゃなかったんだけどっ」

「どうして? 素敵だと思う……旅をして戻って来てくれたんだね。奇跡だわ」
「奇跡……そっか。……ねえ、雪乃さん――――――結婚しよう」

「――!?」
「俺達、結婚しよう」

「夏……」
「ロマンチックもなくて、カッコよくもできなくて、情けない俺だけど……雪乃さんを想う気持ちは誰にも負けないから。ずっと、そばにいて?」

「――――――はい。よろしくお願いします」
「ははっ、敬語。ホントに……」


 ――――大好きで仕方ないんだよ……
          ……私も大好き――――


「チュッ、あ。時間!」
「んんっ、あ。新幹線!」

「急がないと、荷物これだけ?」
「うん。トランクだけ、ありがとう」

「早く、早く。行こ!」
「待って、ブーツが……」

「鍵閉めて? それでさ、俺も新幹線キャンセル待ちして秋田行くから」
「え!? 来るの!?」

「行くよ? ご両親に挨拶しないと」
「えー、わー、どうしよう」


 ……バタン、カチャ。

―――― 二人は明るい未来へ 
        共に歩き始める ――――



夏雪の花に最後の恋をして。



【あとがき】

ときにつまずいたり、頭を抱えたり。
泣きたくなるような日々が続いたとしても。
自分を嫌いにならないで、
大事にして心があたたまるように。
ささやかな幸せは、いつもあなたのそばにあると――――
祈りをこめて。

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