精悍な囚人騎士を護送したら溺愛されました

吉桜美貴

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本編

1. 街道の向こうから

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 街道の向こうからやってくる一団が見え、キャンディス・クリフトンは目を凝らした。
 馬にまたがった四人の騎士と、一台の粗末な馬車だ。馬車の荷台には縄で縛られた囚人がいる。
 一団はゆっくりやってきて、目の前で停まった。
 騎士たちは鎧の上に、青鷲あおわしと剣のエンブレムがあしらわれたタバードを着ている。タバードとは、袖なしで膝丈のショートコートだ。
 四人とも歳は三十代後半から四十代ぐらい。いかにも熟練という印象を受ける。
 たった一人の囚人に四人の屈強な騎士……いささか大げさな体制だ。囚人は手に負えない人物なのかもしれない。たとえば何度も逃げようとするとか、ひどく暴れるとか。
 などと考察しつつ、キャンディスは首から下げたメダリオンを提示し、声を張った。
「オーデン騎士団のキャンディス・クリフトンです。ジョフロワ教皇の命により、囚人の身柄を引き受けに参りました」
 四人の騎士たちはメダリオンを見る。この小さいコインのような金属片は、オーデン騎士団員の証である。表面に刻まれた逆三角形に縦線のシンボルはチャリス教の聖杯を表し、裏面に名前と出身と生年月日が刻印されている。
 ちなみに、キャンディスの着ているタバードにも同じシンボルが縫われている。白地に紺糸の聖杯がオーデン騎士団の隊服だ。
 リーダーらしき騎士が馬を降り、いかめしく名乗りを上げた。
「シュヴァルゴール王国騎士団ビュフォー隊のヤニックだ。国王の命により、罪人をビュフォー伯領からポルトニス島まで移送する。貴殿が領送使りょうそうしか?」
 領送使とは、罪人を流刑地まで送る、いわゆる護送官である。
 キャンディスはうなずいた。
「はい。私とそこのサイラスが領送使を務めます。囚人の身柄はここで引き渡してください」
 キャンディスは正騎士として叙任を受けて三年目。今年成人し、ようやくオーデン騎士団の任務にも慣れてきた。階級は白騎士というヒラで、段位は最下位。まだまだ駆け出しで、男尊女卑のはびこる組織で奮闘する日々である。
配流はいる指示書をあらためさせてくれ」
 ヤニックに言われ、キャンディスは持ってきた書類を手渡した。
 残り三人の騎士も馬から降り、ヤニックと顔を寄せ合って書類を確認する。
 配流とは流刑に処されることである。いわゆる島流しというやつ。
 配流指示書には、シュヴァルゴール国王が罪人をポルトニス島へ流刑に処したこと、チャリス教会領内の配流地まで、教会に移送を頼みたいと記されている。シュヴァルゴール国王のサインと印章、請けた証であるジョフロワ教皇のサインもちゃんとある。
 四人は確認を終え、うなずき合った。
 ヤニックが目配せすると、御者が馬車のうしろに回り、荷台の掛け金を外す。
 囚人が自ら立ち上がり、素早く地面に飛び降りた。
 囚人の俊敏さと体の大きさに、キャンディスは驚かされる。
 うわっ、でっかっ……。それに、いかつっ……
 キャンディスも女性にしては高身長だが、見上げてしまうほどだ。囚人服の上からでも、全身みっちりと鍛え抜かれているのがわかる。囚人の両手首は縄で縛られ、前腕はたくましく、ボロボロのすそから覗くふくらはぎの筋肉は見事に発達していた。殴られたのか、左のまぶたが紫に変色し、ひどく腫れあがっている。
 配流指示書によると、囚人の名はアラン。二十七歳。罪状は国家反逆罪、終身流刑。姓の欄は空白だ。
 注目すべきは身分の欄だ。ここに『元竜騎士』とある。
 竜騎士といっても、なにもドラゴンにまたがって槍を振り回すわけじゃない。騎士には階級があり、一番下の白騎士から始まり、黒騎士、銀騎士……と昇格していく。竜騎士は、最上位の王、七騎聖に次ぐ、上から三番目である。数千人の師団を率い、戦況によっては王や七騎聖に代わって総軍の指揮を執る。騎士の中でもエリート中のエリートしか上がれない階級なのだ。
 竜はチャリス教の神話に登場する架空の生物だ。力は強く、口から炎を吐き、翼を持ち空を飛べるという。『竜騎士』とは、人並み外れた強さを竜に見立てて名づけられた。
 うわぁー……この人が竜騎士かぁ……。生身を間近で見るのは初めてかも……
 キャンディスは目を輝かせてしまう。騎士なら誰もが竜騎士に憧れている。皆、竜騎士になりたくて日々訓練や演習に勤しみ、切磋琢磨しているのだ。
 アランは拷問されたんだろうか? 顔面だけでなく、全身に刻まれた無数の傷が痛々しい。まだ血が乾いていない生傷もある。
 このとき、アランがフイッと顔を背け、顔の右半分が見えた。
 キャンディスは思わず目を見張る。
 あれ……? この人、すっごく綺麗な顔してない……?
 アランは伸び放題の黒髪をオールバックにし、ヒゲをきちんと剃り、驚くほど端整な顔立ちをしていた。
 いや、「端整」と言っても、繊細な優美さではない。彫りが深く、濃い眉はキリッと引き上がり、エラが張って顎は強そうだ。涼やかな奥二重の双眸に、刃物ですっと割いたような目尻、瞳は美しい銀灰色である。美形というより、「精悍せいかん」とか「凛々りりしい」という形容がぴったりだ。
 ヤニックが配流指示書を読み上げた。
「アラン。シュヴァルゴール国王の命により、国家反逆罪で終身流刑に処す。ポルトニス島へ配流する。あなたの身柄はチャリス教会に引き渡され、ここからはオーデン騎士団があなたを移送します」
 聞こえているのかいないのか、アランは眉一つ動かさない。姿勢がよく、囚人らしからぬ堂々たる態度で黙している。
 元竜騎士って……所属はどこなんだろう? シュヴァルゴール王国騎士団とかかな?
 キャンディスの考察はとまらない。書類に書かれているのは階級だけ。詳細はわからない。国家反逆罪とは具体的になにをしたのか? 陰謀をくわだてたとか、領主に襲い掛かったとか……?
 アランは疲れているらしかった。あまり眠っていないのか、あるいは拷問のせいなのか、生気はなく目の下にクマまである。
 眼光だけは鋭く、ギラギラしているのが印象的だった。
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