精悍な囚人騎士を護送したら溺愛されました

吉桜美貴

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本編

4. これは鞭で叩かれた跡だ

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 これは鞭で叩かれた跡だ。
 それは繰り返し執拗に刻まれ、赤黒いミミズ腫れが幾重にも重なっている。一つ一つの筋にかさぶたができ、血が滲んでいるものもあった。
「これは……ひどい……」
 と言わずにはいられない。こんなことをして、なにになるんだろう?
「もったいない。体だって神様からの授かりものなのに……」
 これほど非の打ちどころがない筋肉美に、みすみす傷をつけるなんて……
 軽く怒りすら覚える。貴重な作品を傷つけられた芸術家の気分だ。
 恐る恐る傷に触れると、アランの体がビクンッと反応した。
「あっ、ごめんなさい。痛かった?」
 と聞くと、アランはボソボソと答える。
「……いや。驚いただけだ」
 やせ我慢かと疑ったけど、本当に平気そうだ。
 軟膏を傷に塗っていく。ひんやりした軟膏に比べ、傷はほんのり熱を持っている。あとでよく冷やしたほうがよさそうだ。
 痛くないように、そろそろ塗っていると、アランはため息を吐いたり、貧乏ゆすりをしたり、祈るように天を見上げたりして落ち着きがない。
 どうしたんだろ? やっぱり痛いのかな……?
 塗る力を弱め、傷に触れるか触れないかギリギリのラインを攻めると、アランは堪りかねたようにうなり声を上げた。
「おい、小娘。もっと強く、ガシガシやれ! くすぐったいだろうが」
「えっ? 小娘……?」
 キャンディスは男性の平均身長より高いし、よくノッポだのデカ女などと呼ばれるけど、小娘呼ばわりされた経験はない。まぁ、アランから見たら、誰でも小男小娘になるんだろうけど……
「誰が小娘ですか! 私はオーデンの正騎士です。敬意を持って接してください」
 アランは嫌そうに舌打ちした。
「ったく、なんで女ごときが領送使なんかやってるんだよ?」
 独り言のつもりらしいが、地獄耳なのではっきり聞こえた。
 ……女ごとき?
 まったく、うんざりするほど男尊女卑社会だ。いちいち気にしていたら身がもたないけど、たまに抑えがたく怒りが湧いてくる。
「いくらなんでも失礼すぎです。神に仕える騎士に男女の別はありません」
 怒りを押し殺して言うと、アランはフンと鼻を鳴らした。
 舐められるのは容姿のせいもあるかもしれない。キャンディスの体型はひょろりとして細いし、筋肉なんてほとんどない。家族や友人からは、二重まぶたのパッチリした目が綺麗だと褒められ、左右のおさげ髪がチャームポイントだと自負しているけど、高すぎる身長のせいで「可愛い」からはほど遠い。そもそも騎士に可愛さは不要だけど。
 とはいえ、おさげ髪は個人的に好きなので変える気はない。ちなみに、緑がかった茶髪とモスグリーンの瞳と色白の肌は、ご先祖様譲りである。
 キャンディスは処置を終え、チュニックの裾を下ろし、アランの傷のない腰の辺りを思いっきりひっぱたいた。
「痛っ……!」
 アランはうめく。
「処置は以上です」
 キャンディスはてきぱきと軟膏や包帯を背負い袋に戻す。
「ちなみに、この治療行為は慈悲でも優しさでもなんでもありませんから。単純にこれがオーデン騎士団の役割であり、任務です」
 そこへ、食事を終えたサイラスが戻ってきた。
「おい。見張りは交代だ。食事してこい」
 サイラスに言われ、キャンディスは「はい」と宿屋の入口へ向かう。
 ちょっと思うところがあり、主人に頼んで多めに食事を用意してもらった。パンが四個にシチュー大盛り、リンゴは二個だ。一.五人前ぐらいの量はある。
「ずいぶん食べるね。育ち盛りなの?」
 主人に聞かれ、にこにこと答える。
「大喰らいなんです」
「銀貨一枚だよ」
 高いと感じたけど、背に腹は代えられない。こんなへんぴな田舎で温かい食事が食べられるだけでも感謝しなければ。
 主人に礼を言い、銀貨一枚をカウンターに置き、トレイを持って厩舎まで戻る。
 見張りをしていたサイラスが、怪訝そうにこちらを見た。
「副長は中で休んでいてください。私が食事しながら、見張りもやりますから」
 キャンディスが申し出ると、サイラスは目に見えて上機嫌になる。
「なかなか気が利くな。なら、俺は一杯やってくる」
「ぜひ。どうぞごゆっくり」
 サイラスはいそいそと歩きかけ、トレイの食事をチラッと見た。
「よく食べるな。大喰らいか?」
「はい、育ち盛りなんです」
 しれっと答え、サイラスの背中を見送る。
 サイラスが宿屋に入ったのを確認したあと、アランにパンを差し出す。
「はい、これ。あなたの分。って、そのままじゃ食べられないか……」
 うしろ手に拘束されたままじゃ、パンもさじも持てない。清潔なテーブルでもあればいいが、もちろんそんなものここにはない。
 かといって、手枷を外すわけにもいかない。鍵はサイラスが持っている。鍵を貸してくれなんて頼んだら、なぜだと問い質されるに違いない。
「……ま、いっか。ほら、食べなさい」
 食べやすいよう、アランの口元にパンを差し出すと、彼は疑り深そうに口をつけない。
「毒が入ってるかもって? そんなわけないでしょ。あなたを殺すつもりなら、とっくに殺ってるって。うちの副長がね」
 毒見とばかりに差し出したパンをかじってみせた。
「ちゃんと食べないと、ポルトニス島まで持たないよ。結構長い道のりだから。はい、どうぞ」
 もう一度、別のパンをアランの口元に差し出す。
「……貴様のかじったほうをよこせ」
 アランに言われ、躊躇してしまう。
「えっ……? けど、私が口をつけたものだし……」
 少し唾がついているし、汚いかもしれないし……汚いというのも変だけど。
 なぜかアランの整った唇を前にすると、回し食いする行為がはばかられた。
 アランはものすごく低い声で「だから何だ?」と睨んでくる。
「いや、なんて言うか……。間接的に口づけするみたいなことになるんじゃ……?」
 って、今はそんなことどうでもいいか。なにを照れてるんだ、私は……!
 どぎまぎしていると、アランは不審そうに眉間にしわを寄せた。
「なにを言っている? そのほうが確実だろうが」
 毒が入っていないことが確実、という意味らしい。
 妙なことを考えていた己が恥ずかしくなり、かじったパンをアランのほうへ押しやる。アランはためらいもせず、かじりついた。
 よくよく思い返せば、回し飲みも回し食いも隊の騎士たちと日常的にしている。なぜ、アランだといちいち妙な気持ちになるんだろう? 自分でもよくわからなかった。
「あの、水も飲む?」
 そう聞くと、アランがうなずいたので、革袋の水も飲ませてやる。
 ゴクゴクと動く喉を眺め、ひな鳥にエサをやる親鳥の気分だった。どうやら喉もすごく渇いていたらしい。全部飲み干しそうな勢いだ。あとで井戸から水を補充しなければ。
 ふたたびパンをちぎってやると、アランは勢いよく食いつく。相変わらずの仏頂面でもぐもぐしている様子は、偉そうなのに可愛さがあり、ちょっと笑いそうになる。
 こうしてアランに食べさせつつ、早めの昼食となった。



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※作中の植物は架空のものであり、医療行為はすべてでたらめです。参考にしたり真似したりしないよう、ご注意ください。
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