精悍な囚人騎士を護送したら溺愛されました

吉桜美貴

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本編

8. 頭の中で可能性を検討していると

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 頭の中で可能性を検討していると、母が口元に手を添え、顔を寄せてきた。
「キャンディちゃん。ヴィルヘルムさんはね、夜のほうも……ふふっ、すごいって噂なのよ。うふふっ」
 一応真剣に話を聞いていたが、一気にスンッと冷めた。
「子宝に恵まれるわね~♪ うちみたいに賑やかになると楽しいわよ~♪ でね……」
 深い絶望に襲われ、クラリと目眩がした。
 しかし次の瞬間、ぐっと踏みとどまる。
 ……いや、このまま沈んでなるものか。平和だろうが心穏やかだろうが、好きでもない人と暮らす灰色の毎日を、「これが幸せなんだ」と強く思い込みながら生きていくなんて、まっぴらごめんだ。人生、この手で切り拓かなければ。
 話半分に聞きながら必死で思考する。どうする? この難局をどう乗りきる?
 問題はヴィルヘルムだけではない。この縁談を断ったところで、似たような縁談が山と押し寄せるのは必至。断り続けるのも限界がある。
 よくよく考えたら、この手の縁談……貴族のうら若き貧困女性が成金爺さんに嫁ぐ構図、『結婚』で綺麗にパッケージされてはいるものの、中身ただの人身売買じゃないですか。
「政略結婚をする」という根本的な進路を変えなければ……
 そこで、頭脳明晰で面倒見のよい長兄レオナルドに相談してみた。
「おまえの言いたいことは大体わかった。皆まで言うな」
 さらっと冒頭だけ聞いたレオナルドは言う。まさに一を聞いて十を知るである。さすが次期クリフトン男爵。ハンサムなだけじゃなく、話が早い。
「お察しの通り、結婚という名の……要は人身売買みたいなもんだからなぁ」
 レオナルドにズバリ言われ、首がちぎれるほどブンブン縦に振ってしまう。
「でしょ? でしょ? さすが兄さま! おじさんが買春してるのと変わらないよね?」
 レオナルドは苦笑した。
「いや、買春まではさすがに言いすぎだが……。まぁ、実際結婚となると、先方もかなりの費用を負担することになるからね」
「だとしても、理不尽すぎるでしょう? 私は姉さまたちのようにはなれない。せめて他の選択肢が……」
「キャンディ、おまえも知っての通り、うちには金がない」
 レオナルドは厳かに宣言した。
「わかってるけど、そんなキリッとした顔で言われても……」
「社交界に出ろ。経済力のある相手を探せ。それしかない。おまえならレディとしての立ち居振る舞いも礼儀作法も完璧だし、ダンスも歌も得意だろう?」
「そんなの無理よ。ダンスと歌だけじゃ、ダメだもの」
 文句を言うと、レオナルドは眉をひそめた。
「おい。人との関わりを避け、いつも読書だの勉強だのに逃げてるのはおまえだぞ。せっかく母さまがいい教育を受けさせてくれたのに。甘ったれたことを言うな」
 レオナルドに叱られ、しゅんとしてしまう。その無駄にかさんだ教育投資も、クリフトン家が貧乏な理由の一つなのだが。
「それは私が悪いけど……。兄さまだって知ってるでしょ? 私が陰でなんて呼ばれているか。ノッポだのデカ女だの本の虫だのキモイだの。それでダッサいドレス着て、わざわざ苦手な場に出て、私をバカにしてる奴らの引き立て役になれって?」
「まぁ、なぁ……。うちの財政じゃ、古着のドレスが精いっぱいだろうなぁ……」
 痛いところを衝かれたみたく、レオナルドは眉尻を下げる。
「貴族なんて皆、自分より身分が高いか、金持ってるか、さもなくば可愛いかどうかにしか興味ないんだから。貧乏で身分も下位、ノッポで容姿も中の下の私に声が掛かるとでも?」
「うーん、まぁ……。おっしゃる通りすぎて、ぐぅの音も出ないな」
 レオナルドににじり寄り、拳を握って熱弁を振るう。
「嘲笑されるのは別にいいの。気にしないから。その代わり、情熱をかけたい。どうせ嘲笑されるなら、なにかに一生懸命打ち込んで笑われたいの。じゃないと笑われ損でしょう? やりたくもないことを嫌々やり、ただ嘲笑されるだけの人生なんて……情けない」
 レオナルドは「おまえの言いたいことはわかる」とうなずく。
「このご時世、政略結婚しないとなると、女性はどういう方法で社会に出ていけばいいと思う? 独身のままずーっとお婆ちゃんになるまで、クリフトン家にいてはダメ?」
「まぁ、別にいてもいいけど……」
 レオナルドは両腕を組み、困った顔をする。
「僕の代になるまで居座られたら困るなぁ。未来の僕の嫁は、小姑と同居なんて嫌だろうし。それよりキャンディ、おまえ自身が肩身の狭い、生きづらさを感じる羽目になるぞ。あまり幸せとは言えないと思うが……」
「それぐらいわかってるって。成金おじさんに嫌々抱かれるより、肩身の狭い思いをしながら独身のまま死んでいったほうがマシと思うのは、気のせい……?」
「まぁ、待て。早まるな。僕としても、おまえの才能と博識を埋もれさせたくはない。おまえは独学で『生薬誌』をすべてそらんじているからな。そんな変態は一族の中でもおまえぐらいなもんだ。神学の成績も抜群だった。植物学を軸に広がった知識の裾野も広大だ。『フランバッハいちの天才にして変態』と異名を取ったしな。充分世の役に立つだろうし、兄として役立たせる義務があると考えている」
 レオナルドは中空を睨み、さらに続ける。
「おまえがノッパーに嫁いだら、せっかくの知識が水の泡になるだろう」
「うぅ……。どうにか結婚を回避したい……」
「落ち着け。方法がゼロだとは言っていない。僕にアイデアがある」
「アイデア? どんな?」
 思わず身を乗り出し、レオナルドの顔を食い入るように見つめる。
「おまえは、異教排斥運動を知っているか?」
 唐突に聞かれ、きょとんとする。
「異教排斥運動? チャリス教徒以外は人間ではない、全員死ねってやつ?」
「まぁ、まぁ。ちょっと言い方があれだが、おおむね合ってる」
「帝国全体で広がってる、ちょっと過激な運動よね」
 ジークハルトが皇帝となった出来事には、暗い側面もあった。これまではジガーナ人のような先住民や、海を渡ってきた移民たちの信仰する多様な宗教の存在がゆるく許されてきたが、皇帝とチャリス教会の結びつきが強くなると、原理主義的な思想がまん延しはじめたのだ。チャリス教の教義が絶対であり、そこからの逸脱を一切許さない気運が強まっている。
「これはクリフトン家の抱える問題でもあるんだが……」
 レオナルドは自らの顎を撫で、少し考えてから続けた。
「キャンディス。一部の貴族から、クリフトン家は実は異教徒なんじゃないか、という疑いを持たれてる」
「……は? いきなりなんの話?」
 繋がりが見えず、首を傾げてしまう。
「そういう疑いを持ってる人がいるってことだ。少なくとも僕の耳には届いている」
「そんなの事実無根じゃない。うちは生粋のチャリス教徒よ。洗礼も受けてるし、礼拝にも参列してる。兄さまだってわかってるでしょ?」
「それはそうだが、うちの先祖はジガーナ人だろ? ジガーナ人はチャリス教ができる前は、古代神を信仰していた」
「けど、今は改宗したじゃない」
「それだけじゃない。ジガーナ人はなにか特殊能力を持つと恐れられてる。たしかに歴代の先祖たちは、学問に秀でていたり、研究者として功績を上げたり、王族お付きの預言者だったり、ある分野に突出している印象はある。恐らく遺伝的にそういう性質を持っているんだろう。他の人からはそれが異質に見え、あいつらはチャリス教徒のフリをしているが、内心では異教徒に違いない、となるわけだ」
「はぁ? そんなの、ただの嫉妬じゃない。優秀な能力を持った一族に対する、いわれのない誹謗中傷でしょ? デマを流されてるだけよ。断固、拒否してやる!」
「聞け、キャンディ。噂なんて煙みたいなものだからな。実体のないものに戦いを挑んでも、勝ち目はない」
「ええー、そんな。その件について、フランバッハ公爵はなんておっしゃってるの?」
「公爵様は聡明なお方だから噂を信じたりしないよ。父さまは信頼されているしね。しかし、代が変わればどうかな。それに最初は気にしなくても、継続的に噂が流れ続ければどうなることか……」
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