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本編
12. アランはやはり
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アランはやはり、ただ者ではない。
元竜騎士だというのもうなずける。
オーデン騎士団に入ってこれまで出会ってきた人々に比べると、アランの品格は際立っていた。
アランが横目でこちらを睨む。
「なにを見ている?」
とっさに答えられずにいると、アランは冷笑した。
「面白いか? 犬みたいで」
「そんな。そんなこと……」
自虐的なアランの微笑が、胸の奥にツンと沁みる。そんな風に自分を蔑まないでほしい。
「本当は外してあげたいんです、手枷。ご飯のときぐらいは。けど、私の権限じゃ外せないんで……」
アランはなにも言わず、視線を落とす。けど、なんとなく肯定的な沈黙だと感じた。
「あの……水、飲みます?」
問いかけると、アランはイエスともノーとも答えない。これは承諾したものと解釈し、革袋を口元に持っていくと、アランはすんなり口をつけて飲んだ。
だんだん彼の扱いかたがわかってきた気がする。
少し警戒を解いてくれたようでうれしかった。昼食のとき、毒が入っていると疑っていたから、それに比べたら飛躍的な進歩だ。
アランは一口ずつかじり、時間をかけて噛んだ。
キャンディスは時折、アランに水を飲ませながら、ゆっくり進行する食事に付き合った。昼間より彼の態度が少し柔らかくなったことを感じながら。
長い食事を終えると、アランはふたたび座り込み、石壁に寄り掛かった。
少し距離を置き、キャンディスも同じように隣りに座り込む。
「……美味かったよ」
いきなりアランに言われ、びっくりして彼を見る。
このあと「ありがとう」も「すまない」もなかったけど、少し拗ねたような彼の横顔から謝意は伝わってきた。照れを誤魔化しているのか、眉間の皺は深い。
やっぱり、ちょっと可愛いところがあるかも……
キャンディスは笑いを噛み殺す。アランとの距離が縮まった気がした。だからなんなんだ、って話だけど。
昼の暖かさに比べ、夜は少し肌寒い。けど、眠れないほどではない。
アランはなにか考え事でもしているのか、ぼんやり床を見つめている。物憂げな美しい横顔は、なにかをあきらめているようにも見える。
なんとなく、聞いてみたくなった。
「あの、あなた……何者なんですか?」
彼はなにも答えず、横目でこちらを見る。
「国家反逆罪って、なにをやったんです?」
質問を重ねる。こういう話をするなら、今しかないと思ったから。
彼は少しこちらを向き、じっと見つめてくる。探るような視線に胸がドキドキした。
アランの眼差しには強い力がある。心の奥底まで見透かされるようで、平常心ではいられなくなる。
人の瞳にこれほど強い力があるんだと、生まれて初めて知った。
気の遠くなるような時間が過ぎたあと、彼はつぶやく。
「なぜそんなことを聞く?」
いい声だな、と思う。低く、しっとりした甘い声。
「えーっと……純粋な興味本位です。個人的な」
正直に答えるしかない。
意味がわからん、という風に彼は眉をひそめる。
雑談はサイラスから禁じられているけど、それ以上にアランという人物に興味を引かれた。
好奇心旺盛でのめり込むタイプなのは自覚している。『生薬誌』を一心不乱に読みふけったのも、動植物や鉱物が人体へ作用する不思議に惹かれたからだ。それが高じて『生薬誌』の全ページを暗記してしまった。
動物も植物も命あるものはすべて、グロテスクで残酷で理解しがたい。けど、なによりも美しい。
――この「美しいな」という感動に我々は生かされ、衝き動かされていると感じるんですよ。
と熱く語った、若き日の師アルファヌスを思い出す。十五年経った今、キャンディスはまったく同じように感じている。
アランは首を小さく横に振った。うるさいとかダメだとかネガティブな意味ではなく、俺のことは知らないほうがいい、という警告に見える。
静かな銀灰色の瞳を見ていたら、それ以上なにも聞けなかった。
まもなくサイラスがやってきて見張りを交代し、キャンディスは食事を取った。
「次の目的地は東にある帝国領境なんだが、そこへ行くまでにいくつかルートがあってな。セナックの森を突っきるか、迂回して北にある集落経由で行くか……まだ決めとらん。まぁ、朝までには決めとくから、準備しとけ」
めずらしくサイラスが説明をしてくれて、ありがたい。
「先に寝てろ。真夜中に交代する」
サイラスに命じられ、キャンディスは二階の客室に追いやられる。
こぢんまりした綺麗な部屋だ。一人用のベッドが一つ。木製な粗末な椅子と机。ここで交代する時間までのんびりできる。
「はぁー……。今日も頑張ったなぁ……」
キャンディスはベッドにダイブし、手足をのびのびさせる。
食事はすごく美味しかった。お風呂も準備してもらえる。こんなにいい気分を味わえるなら、領送使を何度やってもいい。
しかし、問題はやはり上官。そして、囚人だろうか。
サイラスと行動を共にしていると息が詰まる。しかし、悪人ではない。任務は忠実に遂行するし、自分にも他人にも厳しく、気性は荒いし暴力的だが、根は真面目だ。男尊女卑すぎるだけで。
アランもアランで謎は多いし、扱いづらい。やけに気になる存在だ。
まぁ、国家反逆罪なんて大罪を犯したんだから、悪い奴なのかもしれないけど……
あ、そうだ。眠る前に地図を確認しておかなくちゃ。
えーと、東にあるのがセナックの森か。北にある集落の名前はわからないな……
つらつら考えているうちに、意識は徐々に深い闇の底に沈んでいった。
元竜騎士だというのもうなずける。
オーデン騎士団に入ってこれまで出会ってきた人々に比べると、アランの品格は際立っていた。
アランが横目でこちらを睨む。
「なにを見ている?」
とっさに答えられずにいると、アランは冷笑した。
「面白いか? 犬みたいで」
「そんな。そんなこと……」
自虐的なアランの微笑が、胸の奥にツンと沁みる。そんな風に自分を蔑まないでほしい。
「本当は外してあげたいんです、手枷。ご飯のときぐらいは。けど、私の権限じゃ外せないんで……」
アランはなにも言わず、視線を落とす。けど、なんとなく肯定的な沈黙だと感じた。
「あの……水、飲みます?」
問いかけると、アランはイエスともノーとも答えない。これは承諾したものと解釈し、革袋を口元に持っていくと、アランはすんなり口をつけて飲んだ。
だんだん彼の扱いかたがわかってきた気がする。
少し警戒を解いてくれたようでうれしかった。昼食のとき、毒が入っていると疑っていたから、それに比べたら飛躍的な進歩だ。
アランは一口ずつかじり、時間をかけて噛んだ。
キャンディスは時折、アランに水を飲ませながら、ゆっくり進行する食事に付き合った。昼間より彼の態度が少し柔らかくなったことを感じながら。
長い食事を終えると、アランはふたたび座り込み、石壁に寄り掛かった。
少し距離を置き、キャンディスも同じように隣りに座り込む。
「……美味かったよ」
いきなりアランに言われ、びっくりして彼を見る。
このあと「ありがとう」も「すまない」もなかったけど、少し拗ねたような彼の横顔から謝意は伝わってきた。照れを誤魔化しているのか、眉間の皺は深い。
やっぱり、ちょっと可愛いところがあるかも……
キャンディスは笑いを噛み殺す。アランとの距離が縮まった気がした。だからなんなんだ、って話だけど。
昼の暖かさに比べ、夜は少し肌寒い。けど、眠れないほどではない。
アランはなにか考え事でもしているのか、ぼんやり床を見つめている。物憂げな美しい横顔は、なにかをあきらめているようにも見える。
なんとなく、聞いてみたくなった。
「あの、あなた……何者なんですか?」
彼はなにも答えず、横目でこちらを見る。
「国家反逆罪って、なにをやったんです?」
質問を重ねる。こういう話をするなら、今しかないと思ったから。
彼は少しこちらを向き、じっと見つめてくる。探るような視線に胸がドキドキした。
アランの眼差しには強い力がある。心の奥底まで見透かされるようで、平常心ではいられなくなる。
人の瞳にこれほど強い力があるんだと、生まれて初めて知った。
気の遠くなるような時間が過ぎたあと、彼はつぶやく。
「なぜそんなことを聞く?」
いい声だな、と思う。低く、しっとりした甘い声。
「えーっと……純粋な興味本位です。個人的な」
正直に答えるしかない。
意味がわからん、という風に彼は眉をひそめる。
雑談はサイラスから禁じられているけど、それ以上にアランという人物に興味を引かれた。
好奇心旺盛でのめり込むタイプなのは自覚している。『生薬誌』を一心不乱に読みふけったのも、動植物や鉱物が人体へ作用する不思議に惹かれたからだ。それが高じて『生薬誌』の全ページを暗記してしまった。
動物も植物も命あるものはすべて、グロテスクで残酷で理解しがたい。けど、なによりも美しい。
――この「美しいな」という感動に我々は生かされ、衝き動かされていると感じるんですよ。
と熱く語った、若き日の師アルファヌスを思い出す。十五年経った今、キャンディスはまったく同じように感じている。
アランは首を小さく横に振った。うるさいとかダメだとかネガティブな意味ではなく、俺のことは知らないほうがいい、という警告に見える。
静かな銀灰色の瞳を見ていたら、それ以上なにも聞けなかった。
まもなくサイラスがやってきて見張りを交代し、キャンディスは食事を取った。
「次の目的地は東にある帝国領境なんだが、そこへ行くまでにいくつかルートがあってな。セナックの森を突っきるか、迂回して北にある集落経由で行くか……まだ決めとらん。まぁ、朝までには決めとくから、準備しとけ」
めずらしくサイラスが説明をしてくれて、ありがたい。
「先に寝てろ。真夜中に交代する」
サイラスに命じられ、キャンディスは二階の客室に追いやられる。
こぢんまりした綺麗な部屋だ。一人用のベッドが一つ。木製な粗末な椅子と机。ここで交代する時間までのんびりできる。
「はぁー……。今日も頑張ったなぁ……」
キャンディスはベッドにダイブし、手足をのびのびさせる。
食事はすごく美味しかった。お風呂も準備してもらえる。こんなにいい気分を味わえるなら、領送使を何度やってもいい。
しかし、問題はやはり上官。そして、囚人だろうか。
サイラスと行動を共にしていると息が詰まる。しかし、悪人ではない。任務は忠実に遂行するし、自分にも他人にも厳しく、気性は荒いし暴力的だが、根は真面目だ。男尊女卑すぎるだけで。
アランもアランで謎は多いし、扱いづらい。やけに気になる存在だ。
まぁ、国家反逆罪なんて大罪を犯したんだから、悪い奴なのかもしれないけど……
あ、そうだ。眠る前に地図を確認しておかなくちゃ。
えーと、東にあるのがセナックの森か。北にある集落の名前はわからないな……
つらつら考えているうちに、意識は徐々に深い闇の底に沈んでいった。
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