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宙を廻る旅
明日の宙
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Medio Del Mondoの近くに、黒い服の女性が立っている事に気がつく。
喫茶店にいた黒いワンピースの女性だ。黒い服を着ているだけに余計にこの場所が墓地に見えた。
その女性はエレベーターの横でしゃがみ、そこに散らばっていた枯れ果てたい花束やボロボロになってしまった御供え物だったであろうお菓子を、持っていたコンビニの袋の中身を出し、そこに入れていく。丁寧な作業でそこに散らばったものを片づけ、ウェットティッシュで手をふき姿勢を正す。
コンビニの袋から先程出した缶コーヒーを片付けられたその空間にそっと置いてから手を合わせる。
死者と会話しているようにしばらくその姿勢でいた。
女性は目を開けたことで、じっと自分を見ていた俺の事に気がついたのだろう。恥じらうような表情をする。
「この辺りの方ですか? 缶コーヒーはちゃんと持って帰りますから」
「いえ、気になさらないで……。
俺も似たようなことでここにきたので。
逆に俺は手ぶらできて申し訳ないなとか思っていました」
相手の女性が変に気を遣わないように俺はそう返す。
女性は目を見開き俺をまっすぐ見つめてくる。その視線に少し疚しさを感じる。
「もしかして、 宙さんのお友達?」
佐藤宙の関係者だったようだ。
ちょうど一年ということもあり、ここにそういう人がいることは予測できていたのに少し迂闊だったと後悔する。
「いえ、鈴木の知り合いです。
友達という程ではないんですが、知り合いがあんな形で亡くなったというのがなんか釈然としなくて。
ここに来てしまった感じで。
……のように……」
事件に関する記録を必死に手繰り寄せながら、今をやり過ごす設定を考える。
下手に佐藤宙の知り合いとしてしまうと話が噛み合わなくなり不審に思われるだろう。
かといってもう一人の女性の方にすると、恋人であったのかのように思われ、さらに面倒な感じになりそうなのでこのようにしておいた。しかし話すネタもそうなくモゴモゴと言葉を濁すしかない。
「佐藤宙さんとは恋人だったの。
一周忌は家族のみで行うということで、コチラに来てしまいました。
彼は実家から離れて東京で生活していましたから家族の方とは面識もなく、葬儀で初めて会った状態なので、彼女だったからと家族面して参加もできませんし」
女性は哀しそうに語り出す。
思い詰め抱え込んでいた気持ちを誰かに曝け出したかったのだろう。
今この世界にいる人は皆ゾンビかロボットだと思っているのに、関わるとこうしてはっきりと心を見せてくるところが俺の気持ちを複雑にする。
「逆にここは、お辛くないですか?」
女性は顔を横に振る。辛いはずなのに。
「不思議ですね、彼のお墓よりもコチラの方にあの人がいるような気がしてきてみたのですが……」
いや、佐藤宙はここにはいないよ。何故かハッキリと感じたが、言葉にはしなかった。
「この缶コーヒー宙さんが好きだったの。
バカよね、ここでこんな事しても自己満足で何の意味もないのに。
この近所の人に対して迷惑なだけだし」
女性は視線を自分が置いた缶コーヒーの方に向け苦笑する。
「俺は無意味だとは思いませんよ。
向き合うって大切なことですよね。
それぞれのやり方があるの思うので」
お調子者と見られ、能天気に言葉を返しているように思われているが俺は実は誰よりも臆病者。
返す言葉も実はかなり気を遣っている。
相手が自分のせいで傷ついたり辛い状態のままでいられるのが嫌。
だからこうした気休めとも言える言葉をすぐに発してしまう。
女性は少し驚いたように目を見開き、そして本当の微笑みを見せてくれた事にはホッとするが、若干自己嫌悪に陥る。
ーーー偽善者ーーー
兄の言葉が脳裏に甦るが、頭の中からその単語を振り払う。
「ありがとうございます。そう言われて少し気が楽になりました」
俺は女性に明るく見える笑みを返しているのだと思う。
「貴方はここに何を?」
女性にそう聞かれ困る。
「分かりません。ここで亡くなった……の事、ここに来れば何か見えてくるのかなとか思ったのですが……」
俺は空を見上げる。すると頭に来るほど青い空が広がっている。本当にあの雷雲は何だったのか? と思う。
「暑いだけでしたね……」
「確かに。お花とか持ってこなくて良かった。十分で干からびちゃいます。そしてさっきのような事に……」
先程のここの惨状は、ここに死者を弔う為に訪れた人が残した想いの成れの果て。
「缶コーヒーもアツアツのホットになり、卵も割ったら目玉焼きになりますね」
二人で何か笑いあってしまう。
「それはそれで素敵なモーニングな感じ……。
目玉焼きはないけど、温かいコーヒー飲みます?」
女性がチラリと視線を床に置いた缶コーヒーに視線を向ける。俺は顔を横にふった。
その女性は一人でいたくないという事もあったのだろう。
二人でそのままMedio Del Mondoの南西にあるマンション二階にある喫茶店でお茶を飲むことになってしまった。
そこから先程まで二人でいた北東にあるエレベーター部分が少しだけ見える。
女性は伊藤明日香と名乗った。佐藤宙とは大学時代からの付き合いで、聞く感じ二人は良い感じの付き合いをしていたようだ。
「人には、君は頑張り過ぎだ! と怒る癖に自分は人の為に無茶ばかりする人で……」
俺より四つ上なだけなのに、こんな綺麗な彼女もいて、確か役職もついていた。リア充で羨ましいなと思う。
俺が死んだ後、どれくらいの人が悲しんでくれるのだろうか? とかも考える。
友達や会社の人は悲しんではくれるだろう。
家族はどうだろう? 殆ど会話もしていないし、それほど共通の時間を過ごしてない。
家族にとって俺が死んだところで変わらぬ生活がそのまま続くだけ。寂しいという気持ちくらいは感じてくれるものだろうか?
俺の面倒をみてくれていた伯父家族は悼んでくれるとは思う。
伊藤さんの話を聞いている間に、チラホラとエレベーターの横に花束等を手向にきている人が来ている。 ここで亡くなったのは三人いるだけに。それぞれに想いを抱えた人が訪れているのだろう。
伊藤さんはその様子を共にみつめているが、その事について何も触れない。
代わりに静かに言葉を紡ぎ、俺の中で佐藤宙という男を組み上げていく。
クールを装っているが、情に熱くそして面倒見がよいお人好し。暖かい人だったようだ。
伊藤さんの愛しさフィルターがかかっているとはいえ、良い人だったのは良く分かった。
佐藤宙に対する不満が、性格や態度の事ではなく、人が良すぎて損をしがちな所な事を心配してのことから察する事は出来た。
俺と伊藤さんがみつめる先の十字路のコーナーにあるエレベーター横。気がつけば祈り場と化している。
来た人それぞれの儀式を終えたらそこに御供え物を残したまま去っていく。
「こうして引いて見てみると、事故現場の手向けの花や物って、なかなか悩ましいものね。
それだけ宙さん達のことを想ってくれる人が、一年経った今もいてくれているのは嬉しいけど、さっきのように御供え物が散乱しているのを見ると逆に切なくなる。
お墓では無いだけに、ああして残してしまうと、ここで日常生活をしている人からしてみたら心地よいものでもないでしょうし……」
そんな想いから伊藤さんは先ず場を片付け祈り、そして自分が持ち込んだ物はひきとったのだろう。
「難しい問題ですよね。そもそも弔うってどういう事なんだろう。
亡くなった場所で行う儀式なのか、お墓で行うべきことなのか。お寺や教会で祈れば良いことなのか。
どこに行けば死者と向き合えるのか」
今日死んだとして、俺の魂はどこに行ったのか? そんな事も考える。
「きっと、何処にも居ないのでしょうね」
伊藤さんはあっさりそう答える。
「……でも……」
消えて無くなるのは嫌だという気持ちが俺の中で沸き起こる。
「しいてあげれば、遺された心の中にのみ生き続けるということなのでしょうね。
使い古された言葉だけど」
俺は交差点の対角線で行われている巡礼の様子に視線を戻す。
「貴方が、言ったようにそれぞれの向き合い方で対話する」
伊藤さん真っ直ぐ、一方的に感情を高ぶらせながらエレベーターの横に供物を積み上げていく人の姿を見つめ続けている。
彼女がせっかく綺麗にした場所が雑然としたものとなっている。
「残された方の役割は重大ね。
せっかく心の中で生き続けているのに、勝手な感情で閉じ込めたり、コチラの感情を押し付けたりしたら住みづらそう」
「あなたの心の中だと、穏やかな気候で居住性の良い住まいも与えてくれそうで素敵な生活できそう」
伊藤さんは俺に視線を向け首を傾ける。
「そうかしら? でも家賃はその分お高めよ!」
おどけたようにそう返してくる。
「それは大変ですね。俺が今日死んだとしても入居は難しそうだ」
かなり不謹慎なことを言ってしまった事に、声にしてから気が付いた。
伊藤さんは俺を少し睨むように見つめてくる。とはいえ園児を叱かる保育士のような表情。
「ダメよ、貴方のように若い人がそんな事言ったら。
人の心の中で高額住宅ローンで喘ぐことになるわよ」
俺は頭を下げる。
「ゴメンなさい。バカな事言いました」
「ヨシヨシ」
伊藤さん小さい子にするように俺の頭を撫でた。俺はもう社会人でしっかりと大人だと思うのだが、今日のラフな格好が俺を若く見せてしまっているようだ。
しかしこう言う姉弟なじゃれ合いも悪くなかったから指摘しないでされるままにしておいた。
久しぶりの人との会話が楽しかったこともある。
「ここに今日初めてここに来たんだけど良かった」
真面目な表情に戻り伊藤さんが俺を真っ直ぐみつめたきた。
「分かったわ。ここにもあの人は居ないってこと」
伊藤さんはコーヒーを備えていた時とは明らかに違う、スッキリした表情をしていた。
「こうして貴方と会えてお話できて良かったわ」
「俺もです」
俺はそう答えるしかない。
彼女にとっては本当は出会うことも無く、そしてなかった事になる時間。
イレギュラーな俺との時間に何の意味があるのだろうか?
「そう。私世田谷でこんなお店やってるの。ギャラリーカフェでアーチストさんによる雑貨を多く取り扱っているから面白いわよ
近くに来た時があれば寄って!」
アヴニールと書かれたショップカードを出し微笑む伊藤さん。
本当の時間では伊藤さんはどのようなこの日を過ごしたのだろうか?
この時間は俺のお陰で気持ちを楽にしてあげたなんて、おこがましい事なんで思えない。
冷静で頭の良い彼女なら、早かれ遅かれ自分の力で立ち直り、しっかり未来に向かって歩いていける人。多分ここで俺と会った、会わないなんて些細な出来事なのだろうと思う。
俺は伊藤さんと別れて、そのままどこにも寄らず家に向かう。
寄ったのはコンビニだけ。久しぶりに外出たので、いつもと違うものを食べてみたくなったから。それにここだと変にニュースが入ってくることもない。
冷製明太子パスタとサラダという女子のような弁当をカゴに入れドリンクコーナーに向かう。俺からしてみたらかなり昔に発売された新発売の炭酸飲料と缶コーヒーを入れてレジで会計を済まし部屋に戻った。
リビングのテーブルに缶コーヒーとスマホを置き、冷蔵庫に夕飯用に買った弁当をしまう。
ソファーのところに戻ってきて、悩む。
さてどうするか?
佐藤宙が好きだったという缶コーヒーを飲みながら、ウェブラジオのアプリを立ち上げあの番組を選ぶ。
レターのボタンをタッチしてメッセージフォームを開き、彼へのメッセージを入力する。
大きく深呼吸をしてから送信ボタンを押した。
喫茶店にいた黒いワンピースの女性だ。黒い服を着ているだけに余計にこの場所が墓地に見えた。
その女性はエレベーターの横でしゃがみ、そこに散らばっていた枯れ果てたい花束やボロボロになってしまった御供え物だったであろうお菓子を、持っていたコンビニの袋の中身を出し、そこに入れていく。丁寧な作業でそこに散らばったものを片づけ、ウェットティッシュで手をふき姿勢を正す。
コンビニの袋から先程出した缶コーヒーを片付けられたその空間にそっと置いてから手を合わせる。
死者と会話しているようにしばらくその姿勢でいた。
女性は目を開けたことで、じっと自分を見ていた俺の事に気がついたのだろう。恥じらうような表情をする。
「この辺りの方ですか? 缶コーヒーはちゃんと持って帰りますから」
「いえ、気になさらないで……。
俺も似たようなことでここにきたので。
逆に俺は手ぶらできて申し訳ないなとか思っていました」
相手の女性が変に気を遣わないように俺はそう返す。
女性は目を見開き俺をまっすぐ見つめてくる。その視線に少し疚しさを感じる。
「もしかして、 宙さんのお友達?」
佐藤宙の関係者だったようだ。
ちょうど一年ということもあり、ここにそういう人がいることは予測できていたのに少し迂闊だったと後悔する。
「いえ、鈴木の知り合いです。
友達という程ではないんですが、知り合いがあんな形で亡くなったというのがなんか釈然としなくて。
ここに来てしまった感じで。
……のように……」
事件に関する記録を必死に手繰り寄せながら、今をやり過ごす設定を考える。
下手に佐藤宙の知り合いとしてしまうと話が噛み合わなくなり不審に思われるだろう。
かといってもう一人の女性の方にすると、恋人であったのかのように思われ、さらに面倒な感じになりそうなのでこのようにしておいた。しかし話すネタもそうなくモゴモゴと言葉を濁すしかない。
「佐藤宙さんとは恋人だったの。
一周忌は家族のみで行うということで、コチラに来てしまいました。
彼は実家から離れて東京で生活していましたから家族の方とは面識もなく、葬儀で初めて会った状態なので、彼女だったからと家族面して参加もできませんし」
女性は哀しそうに語り出す。
思い詰め抱え込んでいた気持ちを誰かに曝け出したかったのだろう。
今この世界にいる人は皆ゾンビかロボットだと思っているのに、関わるとこうしてはっきりと心を見せてくるところが俺の気持ちを複雑にする。
「逆にここは、お辛くないですか?」
女性は顔を横に振る。辛いはずなのに。
「不思議ですね、彼のお墓よりもコチラの方にあの人がいるような気がしてきてみたのですが……」
いや、佐藤宙はここにはいないよ。何故かハッキリと感じたが、言葉にはしなかった。
「この缶コーヒー宙さんが好きだったの。
バカよね、ここでこんな事しても自己満足で何の意味もないのに。
この近所の人に対して迷惑なだけだし」
女性は視線を自分が置いた缶コーヒーの方に向け苦笑する。
「俺は無意味だとは思いませんよ。
向き合うって大切なことですよね。
それぞれのやり方があるの思うので」
お調子者と見られ、能天気に言葉を返しているように思われているが俺は実は誰よりも臆病者。
返す言葉も実はかなり気を遣っている。
相手が自分のせいで傷ついたり辛い状態のままでいられるのが嫌。
だからこうした気休めとも言える言葉をすぐに発してしまう。
女性は少し驚いたように目を見開き、そして本当の微笑みを見せてくれた事にはホッとするが、若干自己嫌悪に陥る。
ーーー偽善者ーーー
兄の言葉が脳裏に甦るが、頭の中からその単語を振り払う。
「ありがとうございます。そう言われて少し気が楽になりました」
俺は女性に明るく見える笑みを返しているのだと思う。
「貴方はここに何を?」
女性にそう聞かれ困る。
「分かりません。ここで亡くなった……の事、ここに来れば何か見えてくるのかなとか思ったのですが……」
俺は空を見上げる。すると頭に来るほど青い空が広がっている。本当にあの雷雲は何だったのか? と思う。
「暑いだけでしたね……」
「確かに。お花とか持ってこなくて良かった。十分で干からびちゃいます。そしてさっきのような事に……」
先程のここの惨状は、ここに死者を弔う為に訪れた人が残した想いの成れの果て。
「缶コーヒーもアツアツのホットになり、卵も割ったら目玉焼きになりますね」
二人で何か笑いあってしまう。
「それはそれで素敵なモーニングな感じ……。
目玉焼きはないけど、温かいコーヒー飲みます?」
女性がチラリと視線を床に置いた缶コーヒーに視線を向ける。俺は顔を横にふった。
その女性は一人でいたくないという事もあったのだろう。
二人でそのままMedio Del Mondoの南西にあるマンション二階にある喫茶店でお茶を飲むことになってしまった。
そこから先程まで二人でいた北東にあるエレベーター部分が少しだけ見える。
女性は伊藤明日香と名乗った。佐藤宙とは大学時代からの付き合いで、聞く感じ二人は良い感じの付き合いをしていたようだ。
「人には、君は頑張り過ぎだ! と怒る癖に自分は人の為に無茶ばかりする人で……」
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俺が死んだ後、どれくらいの人が悲しんでくれるのだろうか? とかも考える。
友達や会社の人は悲しんではくれるだろう。
家族はどうだろう? 殆ど会話もしていないし、それほど共通の時間を過ごしてない。
家族にとって俺が死んだところで変わらぬ生活がそのまま続くだけ。寂しいという気持ちくらいは感じてくれるものだろうか?
俺の面倒をみてくれていた伯父家族は悼んでくれるとは思う。
伊藤さんの話を聞いている間に、チラホラとエレベーターの横に花束等を手向にきている人が来ている。 ここで亡くなったのは三人いるだけに。それぞれに想いを抱えた人が訪れているのだろう。
伊藤さんはその様子を共にみつめているが、その事について何も触れない。
代わりに静かに言葉を紡ぎ、俺の中で佐藤宙という男を組み上げていく。
クールを装っているが、情に熱くそして面倒見がよいお人好し。暖かい人だったようだ。
伊藤さんの愛しさフィルターがかかっているとはいえ、良い人だったのは良く分かった。
佐藤宙に対する不満が、性格や態度の事ではなく、人が良すぎて損をしがちな所な事を心配してのことから察する事は出来た。
俺と伊藤さんがみつめる先の十字路のコーナーにあるエレベーター横。気がつけば祈り場と化している。
来た人それぞれの儀式を終えたらそこに御供え物を残したまま去っていく。
「こうして引いて見てみると、事故現場の手向けの花や物って、なかなか悩ましいものね。
それだけ宙さん達のことを想ってくれる人が、一年経った今もいてくれているのは嬉しいけど、さっきのように御供え物が散乱しているのを見ると逆に切なくなる。
お墓では無いだけに、ああして残してしまうと、ここで日常生活をしている人からしてみたら心地よいものでもないでしょうし……」
そんな想いから伊藤さんは先ず場を片付け祈り、そして自分が持ち込んだ物はひきとったのだろう。
「難しい問題ですよね。そもそも弔うってどういう事なんだろう。
亡くなった場所で行う儀式なのか、お墓で行うべきことなのか。お寺や教会で祈れば良いことなのか。
どこに行けば死者と向き合えるのか」
今日死んだとして、俺の魂はどこに行ったのか? そんな事も考える。
「きっと、何処にも居ないのでしょうね」
伊藤さんはあっさりそう答える。
「……でも……」
消えて無くなるのは嫌だという気持ちが俺の中で沸き起こる。
「しいてあげれば、遺された心の中にのみ生き続けるということなのでしょうね。
使い古された言葉だけど」
俺は交差点の対角線で行われている巡礼の様子に視線を戻す。
「貴方が、言ったようにそれぞれの向き合い方で対話する」
伊藤さん真っ直ぐ、一方的に感情を高ぶらせながらエレベーターの横に供物を積み上げていく人の姿を見つめ続けている。
彼女がせっかく綺麗にした場所が雑然としたものとなっている。
「残された方の役割は重大ね。
せっかく心の中で生き続けているのに、勝手な感情で閉じ込めたり、コチラの感情を押し付けたりしたら住みづらそう」
「あなたの心の中だと、穏やかな気候で居住性の良い住まいも与えてくれそうで素敵な生活できそう」
伊藤さんは俺に視線を向け首を傾ける。
「そうかしら? でも家賃はその分お高めよ!」
おどけたようにそう返してくる。
「それは大変ですね。俺が今日死んだとしても入居は難しそうだ」
かなり不謹慎なことを言ってしまった事に、声にしてから気が付いた。
伊藤さんは俺を少し睨むように見つめてくる。とはいえ園児を叱かる保育士のような表情。
「ダメよ、貴方のように若い人がそんな事言ったら。
人の心の中で高額住宅ローンで喘ぐことになるわよ」
俺は頭を下げる。
「ゴメンなさい。バカな事言いました」
「ヨシヨシ」
伊藤さん小さい子にするように俺の頭を撫でた。俺はもう社会人でしっかりと大人だと思うのだが、今日のラフな格好が俺を若く見せてしまっているようだ。
しかしこう言う姉弟なじゃれ合いも悪くなかったから指摘しないでされるままにしておいた。
久しぶりの人との会話が楽しかったこともある。
「ここに今日初めてここに来たんだけど良かった」
真面目な表情に戻り伊藤さんが俺を真っ直ぐみつめたきた。
「分かったわ。ここにもあの人は居ないってこと」
伊藤さんはコーヒーを備えていた時とは明らかに違う、スッキリした表情をしていた。
「こうして貴方と会えてお話できて良かったわ」
「俺もです」
俺はそう答えるしかない。
彼女にとっては本当は出会うことも無く、そしてなかった事になる時間。
イレギュラーな俺との時間に何の意味があるのだろうか?
「そう。私世田谷でこんなお店やってるの。ギャラリーカフェでアーチストさんによる雑貨を多く取り扱っているから面白いわよ
近くに来た時があれば寄って!」
アヴニールと書かれたショップカードを出し微笑む伊藤さん。
本当の時間では伊藤さんはどのようなこの日を過ごしたのだろうか?
この時間は俺のお陰で気持ちを楽にしてあげたなんて、おこがましい事なんで思えない。
冷静で頭の良い彼女なら、早かれ遅かれ自分の力で立ち直り、しっかり未来に向かって歩いていける人。多分ここで俺と会った、会わないなんて些細な出来事なのだろうと思う。
俺は伊藤さんと別れて、そのままどこにも寄らず家に向かう。
寄ったのはコンビニだけ。久しぶりに外出たので、いつもと違うものを食べてみたくなったから。それにここだと変にニュースが入ってくることもない。
冷製明太子パスタとサラダという女子のような弁当をカゴに入れドリンクコーナーに向かう。俺からしてみたらかなり昔に発売された新発売の炭酸飲料と缶コーヒーを入れてレジで会計を済まし部屋に戻った。
リビングのテーブルに缶コーヒーとスマホを置き、冷蔵庫に夕飯用に買った弁当をしまう。
ソファーのところに戻ってきて、悩む。
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