スモークキャットは懐かない?

白い黒猫

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わかばの季節1(物語後の光景)

結婚のご挨拶2~愛しき人たち~

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 先に動いたのはお父さんの方で、俺の表情を見てフッと笑う。そして困ったように顔を横にふる。
「いや、あの、嬉しかっただけなんだ。
 しかし君にそう呼ばれるのって、なんとも照れるものだな」
 不快にさせた訳ではないことに俺はホッとする。
 お父さんのコップにビールを注ぐと、まだ照れたような顔で『ありがとう』と礼を言われる。
 続いてお母さんにビールを向けるとソコには期待に満ちた嬉しげな顔があった。
「私も呼んで! そんな感じで!」
 キラキラとした瞳にむず痒さを感じる。お父さんの気恥ずかしさの意味がなんか分かった。
「お母さんも、ビール如何ですか?」
 俺の言葉に、お母さんはハジけるような笑顔を見せる。こういう表情もわかばとよく似ている。
「キャー、いいわね、こう言うの♪ お母さんって、お母さん! ね!」
 お酒も呑んでないのに、顔が赤くなるのを感じる。恥ずかしいが、嬉しかった。
 だが、その隣で表情は暗く、何も言わず俺を見てきている平和くんに気付く。
 俺の浮かれた気持ちが少し醒める。
「平和くんも、ビール呑むよね」
 俺の言葉にハッとした顔になり背筋を伸ばす。
「え、あ、はい。ども」
 相変わらず難しい顔をしていて、それで会話は終わってしまう。
 わかばにも注いで、わかばが俺のコップに烏龍茶を注ぐ。
「清酒くんという、新しい家族の誕生に」
 お父さんがそう言いながらビールの入ったコップを捧げ乾杯となる。その言葉にどうしようもない喜びと、戸惑いを感じる。
 俺が一週間以上前から悩みシミュレーションしてきた事。わかばと結婚の許可をとるというイベントが軽く飛ばされ、次の段階にきているのを察する。
 既にお婿さんという立ち位置で確定されていたようだ。
「私達は、お父さん、お母さんで決まったけれど、貴方をどう呼んだらよいのかしら? ねえ、お父さん」
 オカズを俺に勧めながら、お母さんがお父さんに話し掛ける。
「正秀くんで良いのでは?」
 お母さんはその言葉にウ~ンと悩む。
「それでは固くない? マーくんじゃ砕けすぎてるし……」
 悩むお母さんを前に、わかばは甲斐甲斐しく俺の皿と自分の皿にセッセと料理を取り分けている。
「わかば。あなたは何て呼んでるの?」
 わかばはチラリと俺を見てから恥ずかしそうに俯く。
「正秀さんだけど」
 その言葉にお母さんはビックリしたような顔をする。
「堅くない? ソレ。せめてマサくんとかに、マサくん……マサくん。いいじゃない、なんか呼びやすいしシックリするし」
 お母さんの中では、『マサくん』がイチオシなようだ。
 ガシャン
 わかばが取り箸を落としたようだ。俺の方をチラリと見て誤魔化すようにヘラっと笑った。母親の方を見つめ顔を小さく横に振り何かを訴える。母親も、あっという顔になる。
「それはややこしいから、止めよう……。
 いやね、知り合いに既にマサくんがいるんだ。
 高橋雅人くんと言って……。良い若者でね……。私の職場でも評判の良い男なんだ。
 だから君は正秀くんで良いかな?」
 俺は苦笑にならないように、必死に自然に見える笑顔を作り頷く。
 わかばは昔から彼氏は家族に紹介する性質だったようだ。そういう存在を受け入れる事には慣れているからこそのこの空気なのだろう。俺に対しても拒絶反応も低かった。
 とはいえ、ここでわかばの元彼の名前という要らない情報を俺に与えてどうしろというのだろうか? と思う。
 お母さんだけでなく、お父さんまでも天然なのを理解した。
「呼び方も決まり、これで本当の家族になれたわね」
 お母さんの言葉に、平和くん以外は頷き、穏やかな食事時間が始まる。
 互いの呼び方を決めるというのが、この家族にとって今回の俺の訪問における最大の問題だったようだ。この後はポンポンと挙式や入籍の時期の相談などが順調に進む。
 俺の親への挨拶はもう終わっており、俺達に全面的に任せるという話だった。わかばの両親にも色々お伺いをたてたのだが、コチラも俺達の好きなようにして良いという事。
 三十近い俺の方は兎も角、可愛い娘を、まだどこの馬の骨とも分からない男に簡単に託して良いのか? とも思った。
 どさくさに紛れて、結婚準備を円滑に進めるために二人で婚前から同居の許可も求めてみる。伺いをたててもアッサリと承諾された。
 結婚準備の為というのは表向きな理由。隣を見るとわかばまでが『確かにその方が二人でゆっくり準備出来るし、家賃・光熱費も浮いてお得よね!』と感心している。
 少しでも早く一緒になりたいと思っての事だったが、その部分にまったく気付いていないようだ。
 わかばのそんな様子は可愛い。だが善良な一家を言葉巧みに騙している悪人に自分が思えてくる。

 ふとキツイ視線を感じてそちらを見ると平和くんが俺の事をまだジッと睨んでいる。世代もまだ近く、同じ男だけにこういうズルさを見透かされているのか?
 いや単に姉であるわかばが大好きで、それを奪いにきた俺が気に入らないだけかもしれない。
 彼にだけは最後まで歓迎されていないようだった。かと言って、何かを言ってくるでもなく、ただ俺の方をズッと睨み付けている視線が痛い。
 平和くんという懸念材料は残るものの、俺にとっては満足のいく話し合いが出来て楽しい晩餐だった。

 アルコールが入ってないということもあり、一番風呂をいただく。廊下を歩いていたらスッと俺の前を立ちはだかる存在がいた。
 ダルメシアン柄の室内着に身を包んだ平和くんである。よく見るとフードがついていてそれを被ると犬の着ぐるみのような状態になるようだ。男子大学生が着るにはやや可愛過ぎる気がする。平和くんが着ると不思議とシックリはしていた。こんな格好を違和感なく着られる所は面白いとは思う。
 だがこの今の状況は面白いとは言えない。二人っきりで顔を会わせキッチリ話をしたいというのだろう。
 お父さんは俺と入れ違いでお風呂に入り、お母さんとわかばは晩御飯の後片付けをしている最中。
 俺はどんな事を言われてもキッチリ受け止め向き合う覚悟を決める。結婚を決めたからには、こう言うことも乗り越えていかねばならない。
 平和くんも緊張した面持ちで俺を見つめている。俺は彼の緊張を少し解く為に優しげに見える表情を作り笑いかける。
 平和くんは覚悟を決めたかのように口を開いた。
「お、俺、アンタの事……」
 少し尻すぼみ気味で語り出される言葉を俺は真剣に聞くことにする。ここは毅然とした態度で揺るがず強い頼れる男をみせるべきか? 包容力ある優しい男と見せるべきかの二択で悩む。
「『兄貴』って呼べば良いかな? それとも、『お兄さん』? どっちがいいっすか?」
「え?」
 想定外の問いかけに、ポカンとしたアホ面を晒してしまう。
 もしかしてさっきからコイツはソレを悩んでいただけなのか……。
『正直、そこはどうでも良い』
 頼るようにドキドキハラハラという感じでコチラを見ている平和くん。基、義理の弟にそんな突き放した言い方は流石にしなかった。
「姉貴が、結婚するの初めてなんでこう言うの馴れてなくて! ドチラがシックリしてると思います? もしかしてどちらも馴れ馴れしすぎますか?」
 絶句している俺に慌てたように言葉を続けてくる。
「いや、嬉しいよ君にそう思ってもらって。俺も義理の兄弟が出来るのは初めてだから。男兄弟もいなかったから、君のような可愛い弟が出来るという事に感動してた」
 そう返すと顔をパーと輝かせニマ~と笑う。
「俺もっす。やはりお兄さんという感じなのかな~キャラ的に」
 俺からしてみたら、『兄貴』でも『お兄さん』でもどちらでも構わない。
「平和くんが呼びやすい方で良いよ!」 
「わかりました! 暫くは両方呼んでみて、馴染む方でいきます!」
 俺の言葉に平和くんは元気に頷き、そう答えた。どちらも試すつもりらしい。
「平和、何やっているの? それにアンタまたそんな変な恰好して」
 わかばの声がして振り向くと俺達二人を不思議そうに見ている。
「別に! 義兄弟の契りを結んでいただけだよ!」
 平和くんは、そうわかばに応え、俺の方をチラリとみる。
「ね、兄貴!」
 そう言い照れたように笑い、去っていった。そそくさと去っていくダルメシアンの後ろ姿を見送りながら思わず笑いが込み上げてくる。
「何がオカシイの? 弟、なんか変な事をした?」
 わかばの言葉に俺は首を横に振る。
「いや、なんかホッとして。緊張が一気に解けたというのかな」
 首を傾げて俺を見上げるわかばに、俺はさらに説明する事にする。
「思った以上に緊張していたみたい。わかばの家族に受け入れて貰えるのか? 結婚を許して貰えなかったらどうしようとかも考えていたから」
 わかば目を丸くした後、弾けるように笑い出す。
「そんな事あるわけないよ! 正秀さんだもの。
 それに前もって『正秀さんは凄い素敵な人だから! 格好よくて優しくて紳士な感じの人』 って話も通しておいたから心配する事なかったのに」
 普通はそんな言葉だけで『そうか、なら問題ないな』と受け入れてくれる家族も少ないだろう。しかし彼らは懐深く俺という存在を家族として迎え入れてくれた。
「やはり君の家族だけあるよね。最高だ」
 わかばは『え!』とした顔で首を捻る。
 今日この家に来てからの事を改めて思い返すと、笑いがまた込み上げてきた。この家の人間全員が素敵過ぎて笑える。
 わかばの家族に受け入れてもらえた事。そしてその人達がこれから一生付き合っていきたいと思える魅力的な家族だったという事。
 俺は本当に幸せ者なのかもしれない。今日というイベントをこなして、わかばがこういう風に育った事も納得できた。さらに愛おしく感じる。
 本当はこの場で凄く抱きしめたい気もあったが、誰が通るか分からない煙草家の廊下。流石にそれはチョット不味いだろう。そこは耐えた。
「そうだ、珈琲でも飲まない?」
 わかばがそう俺を誘ってくる。
「いいね! 俺が淹れるよ! お父さんもソロソロ上がってくるだろうから、家族みんなで飲もう」
 わかばが嬉しそうにフフフと笑い頷いた。
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