スモークキャットは懐かない?

白い黒猫

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イタリアン・ロースト

もの言いたげなその瞳

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 土曜日のデートは誕生日の仕切り直しということで煙草さんをひたすら楽しませる方向で接する事にした。ソフトクリームや安いヘアーアクセサリーくらいでも遠慮する彼女に『今日は、タバさんのお祝いだよ。だから遠慮なんかしないで、今日だけは我儘にただ楽しんで』と言いながらニッコリ流し、思いっきり甘やかす。それに戸惑っているような、照れているような仕草を見せるのがまた好ましく煙草さんらしくて微笑ましい。
 都立現代美術館で今話題になっている展示会を見て、その美術館にあるレストランで展示会とコラボしたランチを楽しみそのまま隣の公園を散策して、リバーサイドにあるカフェで評判のスィーツを楽しみ……そして煙草さんの誕生日に行く予定だったお店でディナーを楽しむ予定。いつも以上にキッチリとスケジュールを組んであるだけに『この後どうしようか?』という余計な事に頭使わないで良い分、会話をより楽しめイチャイチャも出来る。指を絡めるように手を繋ぎながら公園を歩く。それだけでも楽しいから不思議である。煙草さんはいつも以上に多弁で陽気に俺に話しかけてくる。
「なんか紹介したくなる面白い店って、大きくツーパターンあって、一つは兎に角シンプルで拘りだけをメインに打ち出しほかは排除している所と、拘りをどう人に見せていくかに重点を置き空間から演出して世界を楽しませる所。どちらも素敵で私は好きなのですが、やはり一般ウケするのは後者の方ですよね」
 言っているのは分かる気がする。空間から演出をできる店の方が人も入りやすい。そういうオーナーの店は客観的に物事を考える事ができるだけに、見た感じから楽しそうだし、そこにいる自分というのも想像できるから入りやすい。
「そうだね、シンプルな店は逆にそれが通じる人は寄せ付けるけど、ディープさも感じてそこが入りにくくしてしまう所あるしね。
 そして逆に演出上手のお店は、見せ方分かっているだけに宣伝の仕方も旨い」
 煙草さんは頷く。
「そちらのオーナーさんの方が器用だし、取材され方も上手。だからメディアにも多く取り上げられる。私達も取材交渉とかも大変なので、すぐ応じてくれるそういう店の方がありがたく声かけやすいというのもあるから。
 でも、私としては本当に多くの人に知ってもらいたくて、より人に愛してもらいたいという店はシンプルに拘りをもっているお店なのよね。でもそういう店は逆にそういった取材的なものも嫌がる店も多くて。そして私もこの取材によってお客倍増ですよ! 確約できない言葉なんて言うこと出来ないですしね」
 そういって溜息をつく煙草さん。新人時代から見守っているだけに記者としての成長がよく分かる。スッカリ一人前になったのを感じる。最近は本格的に任される事も増えた為に、それだけに色々なジレンマに悩みながらも楽しく仕事をしているようだ。そんな様子が微笑ましく、同時に羨ましく思えてしまう。
「実際モノを売るというのも複雑な要素が色々ありすぎて難しい事だからね。メディアに多く登場したからそれだけ効果が出て売れるというものでもないし、そこにリスクを感じる人もいるのも仕方がないよね。
 販売にはコレが正解というモノもないし、寧ろ失敗の要素の方が多い」
 俺はそう言いながら、自分の仕事について考えてみる。うちの課の営業はやや器用不器用の差はあるものの、お客様に猪口を除いて皆勤勉で誠意のある態度で仕事をしていると俺は思う。それでも何故売り上げが落ち込むのか? 世間的に安いというのは思った以上にメリットと感じる人が多い、同時に味は意外なほど重視されていないようだ。
 今、新規顧客を増やして要素が塩とか相方とかいった魅力的な営業のキャラクターによるものが強い。そして今の顧客の中でマメゾンのコーヒーの味に感動して選択したなんてお客はいないだろう。実際問題、普通に美味しいというのが正しい評価で、味で感動を与え、マメゾンでなければという程ではない。
「清酒さん?」
 名を呼ばれ、俺は首を傾げ煙草さんに視線を向ける。なんかジーと煙草さんが俺の顔を見ている。真顔で俺の顔を真っすぐ見つめてくるその瞳の色に少しドキリとする。
「ん? どうかした?」
 俺が戸惑老いながらそう聞くと煙草さんは困ったように笑い顔を横にふる。
「いや、私ずっとしゃべりっぱなしで、清酒さんに呆れさせたかなと」
 煙草さんの話を聞いていて、少し会社の事を考えたのがまずかったようだ。俺は慌てて顔を横にふり笑顔をつくる。
「いや、興味深く聞いていたよ! それだけに話してくれた内容について考えてしまった。
 まあ取材を受けるという事に物怖じしているオーナーさんには、『一つの宣伝方法として試してみませんか?』といった感じで進めていくのが良いのだろうね。勧めるのではなくて、お客様に選択してもらうという形にした方がいいのかもしれない。
 ……それにしても、前にタバさんが言っていたビジネスのおける客とのWIN―WINの関係って、改めて考えてみると難しいよね」
 煙草さんは俺の言葉に口角をクイっと上げ笑う。
「まあ、私の仕事でも、そこは難しい問題ですが、
 でも清酒さんの場合は良いですよね。美味しいコーヒーに清酒さんとの楽しい会話と情報で、私としては得るものコチラが多めのWIN―WINの関係ですよ!」
 その言葉に俺は曖昧な笑みを返す事しか出来なかった。俺の営業のやり方は成功例の一つではあるが、見方によっては単なる利己的なやり方とも言えるかもしれない。俺にしからできない営業。それはそれで意味はあるものの、営業二課全体からみるとその功績なんて本当に小さいものだ。
「そう言ってもらえるのは嬉しいけどね。
 誰よりも俺が編集部に行くことで、煙草さんが喜んでくれているならば、そこに大きな意味もあるかな。そして俺は煙草さんの可愛い姿を楽しめる」
 ニヤリと笑ってそう言うと、煙草さんは下を向き『そりゃ私も清酒さんに会えるのは嬉しいですけど、今言っているのは仕事の上での話……』とゴニョゴニョいっている様子が可愛くて思わず笑ってしまう。そんな俺をジトッと見上げてくる。
「俺にとっては最高にWIN-WINの関係だといえるよね。煙草さんが喜んでくれたり、嬉しそうな顔をしてくれたりすると俺が堪らなく楽しくてハッピーになる」
 煙草さんの丸い目が俺を真っ直ぐ見上げてくる。
「清酒さんは、私とこうしていて幸せ?」
 愚問である。俺はハッキリと頷く。
「ああ。君といると煩わしい事も吹っ飛び忘れられるし、元気になる」
 煙草さんは、俺の言葉に『ん?』と小さな声を出し、少し首を傾げるがすぐに二コリと笑う。
「だったら、私も最高に幸せです!」

 他愛ない会話しているうちに夕方になり、レストランで美味しいらしいシャンパンと炭酸水で乾杯しアニバーサリーなディナーを楽しみ、上機嫌な様子の煙草さんをそのまま俺の部屋に誘う。先ほどの会話じゃないが、コレだと煙草さんを楽しませる為にしているのか、自分の喜びのためにしているのか分からない。

 俺の部屋で先日話をしたKalita ウォータードリップ ムービングをセットする。水出しコーヒーが作られる工程を、興味津々という感じで煙草さんは見詰めている。実際コチラの器具はコーヒーが抽出されていく様子が視覚的に面白い。実験器具のように縦に連なったガラスの筒。一番上の水の入っておりそこからポタッポタッと下の珈琲豆の入った容器に落ちるのだが、ただ落ちるのではなくそこにセットされたスプーンにまず落ちていきそのスプーンに水が満たされたら傾き下の挽かれた珈琲豆の上に広がるように落ちる。それを繰り返すのだ。そうしているうちに、さらに下の陽気に抽出された珈琲が、またゆっくりとしたペースで落ちていくというシステム。
「このようなペースだからこの珈琲が完成するのは明日の朝になる。今飲む珈琲も淹れるね。何がいい?」

 煙草さんが興味もっていたから楽しんでもらおうと水出し珈琲をセットしたのはいいが、折角の二人きりの時間なのに煙草さんの関心がすっかりそちらにいってしまったのは残念。このままだと何時間でもウォータードリップムービングの前から動かなくなりそうだ。だからそうして声をかけコチラに注意をひくことにした。

 煙草さんは、ウキウキした顔をそのまま俺に向け、楽しそうにその瞳が好奇心の光をキラキラさせて悩む。珈琲器具を並べた棚の前に行き、ジーと展示会の展示物を見つめているように視線を動かす。
「このアトミックコーヒマシンも面白そうなのですが、パヴォーニ社のエスプレッソマシーン動かしている所見てみたいです」 

 煙草さんは職業的な事だけでなく、元々が好奇心旺盛で面白たがり。それだけに俺の珈琲マニアな部分を楽しんでくれる。今までつきあってきた彼女は美味しく珈琲が飲めるという部分では喜んでくれていたが、どうその珈琲を淹れたか? どこの豆を使ったのか? とかいうのなんてそこまで気にしておらずに、ただ『美味しい』と飲んでくれていただけだった。しかし煙草さんは、俺が珈琲を淹れている所から興味をもってくれる。ここまで器具の名称までも覚えてくれる彼女は今までいなかった。
「仰せのままに」
 俺が澄ましてそう応えると、煙草さんはプッと吹き出す。そんな煙草さんに笑顔だけを返し俺は準備を始める。俺のすぐ隣でその様子を爛々とした目で見つめ、俺に色々質問して会話を楽しむ。個人的にもハンドドリップをするようになったらしい煙草さんもだんだん珈琲マニアの道に進んでいるようだ。

「珈琲って飲むだけでなく、抽出されていく時間も楽しいんですね。いままで珈琲を飲むという選択肢しかなかったけど、どのサーバーで淹れるか、どの豆にするかという楽しみ方を覚えて、珈琲がより楽しくなりました」
「俺の場合は、今までの楽しさに加え、煙草さんと楽しむというバリエーション増えてさらに珈琲ライフが充実したよ」

 煙草さんは途端に恥ずかしそうに俯いてしまう。 
「もう! なんか清酒さん、そういう甘い事サラリと言ってくるよね」
 言うほど甘い言葉言ったつもりはないのだが……唇突き出しそんな事言う煙草さんに一瞬初芽がダブって見える。まったく真逆なタイプなのに、時々こうして似て感じる事があるのは何故だろうか? 性格も見た目も違うのに、俺の言動へのリアクションが時々驚く程同じで戸惑う事がある。俺が恋人らしい言葉を言うと、初芽も異様に照れて怒った。

「どうする? エスプレッソのまま? ラテにする?」
 照れられている時は、あえて素っ気なく振る舞うしかない。煙草さんは顔をパッと上げる。

「ラテで!」
 案の定そうするとすぐにいつものペースを取り戻す煙草さん。
 俺は頷き、ミルクピッチャーに牛乳を注ぎスチームで温める。そしてエスプレッソが既に入っているカップにピッチャーを傾けハートを描き、ピックで『Happy BIRTHDAY』の文字をいれる。その様子を見つめていた煙草さんがワ~と喜びの声をあげる。それを、手渡すと嬉しそうに両手で持ちジーとラテアートを見つめニマ~と笑い、俺の方へと笑みを二カーという雰囲気に変え笑いかけてくる。そう言えば初芽もここまで表情には出さないにしても、少し離れた場所で俺が珈琲を淹れる様子を嬉しそうに見つめ、俺が淹れた珈琲を見つめしみじみという感じで喜び俺を見てニコリと笑う。
 大人っぽいようで時々ドキリとするような幼さを見せる初芽、あどけないようで意外と大人な思考をもう煙草さん。クールなようでいて熱く情熱的な初芽、感情が豊かで直情的なようでいて意外と冷静な面を持つ煙草さん。最初は全く気が付かなかったけど、二人はよく似ている。見え方が違うのは人に見せている面が違うだけなのかもしれない。
 改めて思い返すと『真面目で真っ直ぐで健気、どこか危なっかしくて、そして一生懸命何を頑張っている。見ていて俺が支えて応援したくなる』そういう女性が俺のツボでそういうタイプに惹かれるようだ。
 ラテアートを壊さないようにそっと口を付けて飲み、フンワリ笑う煙草さんを見ていると愛しさがこみ上げてくる。そしてふと重なる初芽の哀し気な笑み。もう初芽に対して未練があるわけではない。初芽を支えられなかった、守ってあげられなかった、頼って貰えなかったそんな自分を不甲斐無く情けなく思うだけ。
「美味しいです! 今日の珈琲はなんか深みがあるというかドーンと広がる苦味がまたよくてミルクに合います!」
「今日はコロンビアだよ。イタリアンローストだと苦味が強くなりすぎて珈琲本来の旨味が薄れる気がして、フレンチローストにしているんだ」
 目を大きくして感心したように頷き、また一口飲んで目を瞑り味わいゆっくり目を開きニコニコと笑う。この心底嬉しそうな笑みに、例えようのないくらいの喜びが沸きあがる。
これからもずっとこの笑顔を見続けたいし、この笑顔を守っていきたいという気持ちが強くなる。
しかし、ふと俺を見上げていた煙草さんが真顔になり首を傾げる。
「清酒さん? どうかしました?」
 何故か心配そうに見つめられる。ジーと気遣うかのようにも見える表情。
「ん? 美味しそうに珈琲飲むタバさんが、美味しそうだなと思って」
 そんな俺を心配しているような表情が欲しい訳ではない。だからそう態とそういう感じの言葉を返す。すると期待を裏切らないオロオロとしたカワイイ表情を見せてくれる。半歩下がって顔を真っ赤にして慌てている。コレはコレで見ていて俺の心躍る表情。
「ま、まだコレ飲んでいるし。お風呂入ってないし!」
 ラテのはいったカップを抱きしめるかのように持ち、そう訴える煙草さん。上を丁度向いていたので、そのプックリとした唇にキスをする。
「タバさん、ラテの味がして――」
 そう耳元で囁いてからタバさんを見つめる。瞳が熱を帯びてきたように潤み目じりにも朱がさしてくるのを俺は静かに見つめる。煙草さんの頬を撫で、首をくすぐるかのように指を滑らせると動きに感じたのかピクリと身体を震わせる。
「じゃあ、ゆっくりソレ飲んでいて、お風呂の用意をしてくるから」
 濡れた俺を欲しているその瞳に微笑を返しながらそう言うと、素直に煙草さんはコクリと頷く。その様子に満足しながらニヤニヤしている自分を感じながらバスルームに向かった。
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